君の名は

よく天気予報で、
『お洗濯は今日のうちに』
と言うのを耳にするが、例え明日、明後日が雨で洗濯しなくても、着るものはまだ箪笥に残っていても、洗濯籠に溜まる汚れ物を見てうんざりして、明明後日には洗濯することだろう。
寝溜め、食い溜めに続いて、溜めるには限界があるコトなのだ。

だいたい人間生きている限り、時間とともに垢が溜まらない人はおらず、梅雨だからパンツを取り替えるなとは、さすがに言わないし、言いたくもない。
しかし、ここ数日は天候が定まらないのが目に見えているのに、シーツだとかパジャマ、冬なんか上着系やトレーナーにジーンズなどを平気で洗濯籠に入れる情け容赦のない家族には、少々イラっとする。

昨日今日と、外は風が大変強い。
昨日は、晴れ間が見えた時、一度洗濯物を外に出してみたものの、結局止んでいる間の方が狭く、部屋干しで夕方までぶら下げ、やっと乾燥機に入れられる程度に乾いた。
今日は、時折陽が射したりしているが、時折雨粒も窓に当たる微妙な天気である。
でも、強風のおかげで、お昼前には既に、昨日の夕方位の乾きになっている。

2階リビング生活になって早3ヵ月目に突入。
ちょっと空を見上げるのも、窓から顔を出さないと無理だった階下の生活から比べると、大変明るく、気持ちが良いのだが、真夏は絶対下のが涼しいだろう。
あ、じゃあ、ノートパソコン持って、下で仕事すればいいのか・・・なんて、今思いついた。

風が強いと言えば、2階リビング生活のリスクは暑いだけじゃなく、強風が吹くと家が飛ばされるかと思う程ゆれること。
寝室は元々2階だけど、隣接の家が風除けになっているからか、あまりひどく揺れず、これ迄気付かなかったが、今いる場所は隣家より道路側に出っ張っているので、暴風音と共に震度2くらいは楽に揺れ、正直、冷静に机に向かって座っていられない・・・。

今日のような日は、雀もカラスも電線にとまって悠長に連絡取り合ってもいないが、普段無言で空高く円を描いているトンビは、風に煽られ文句でも言うように、ピーヒョロロロロと鳴いている。

さて、今年、初めて気づいたのが、キョッキョッキョキョキョキョと、鳥というより子犬のような、響き具合は梟のような、鳴き声というにはリズミカルな、でも明らかに鳥の声である。
春から夏にかけては鶯が自慢げに、今はキジバトが、もうじき朝に夕にヒグラシのカナカナカナが山いっぱいに響き渡るような『山』だから、他にどんな鳥がいても不思議はないのかもしれない。
ただ、上下チェンジして2階に移り住んで落ち着いた頃、主人の夜勤が始まり、夜テレビもつけずに過ごす時間が再び出来たせいか、暗くなっても明け方でも鳴き続けるその声が気になって仕方がない。

今気になる事は、今じゃなくても良い事でも、出来れば今すぐ調べてスッキリしたい私である。

ところが、引っ越し騒ぎでパソコンの音が出ていない事に、鳴き声で調べようとしたその時初めて気づいた。
システム上は問題ない・・・ということは、繋ぎの問題である。
裏を見ても、宙ぶらりんになっているコードは1本もない。
そこに、先日乗り越えた忙しさの山である。
『ああ、君の名は・・・』
調べたいのに調べられない日が続く中、相変わらず、朝でも昼でも夜中でもキョッキョッキョキョキョキョと住宅地にはおよそ似つかわしくない野鳥の声に、近所の子供まで泣き真似をしだした。

そりゃ、気になる声だもんねぇ、真似したくなるのもわかる。

ようやく時間に余裕が見えたので、本腰を入れて、スピーカー付きの液晶ディスプレイをひっくり返し、手探りしたら、穴はあるのに線が刺さっていない箇所を発見。
これだ・・・。
そうそう、台を先に動かしたくて、解体は主人がしたんだっけ。
それでスピーカーのコードを、他の袋にしまわれてしまって気付かなかったらしい。

晴れて調べられる『君の名は?』

野鳥の声を収録したサイトで、かたはしから聴いていくこと数分。
それは、『鳴かぬなら』のフレーズでで有名なホトトギスであった。
ホトトギスなんて、名前と、そのあまりにも有名なフレーズは昔から知っていたのに、鳴き声と一致したのは初めてである。
先日、あるドラマで、山中、野鳥の声に耳を傾けるシーンがあったが、そこにも出てきていた。
こんなに『自然あふれる山の中』で聞こえる鳥が鳴いているところに住んでいるんだ。。。

ホトトギスは、5月頃来る渡り鳥で、カッコウと同じく托卵をする鳥だそう。
他の渡り鳥より若干渡ってくるのが遅めなのは、託す鳥の産卵期に合わせてと、あんまり早くきても毛虫などがいないからだとある。
物哀しくも聞こえる声からは想像できない、ちゃっかりした鳥である。

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初めての国立競技場

昨日の日曜は、町内会の夏祭りの『資材点検日』であったのだが、私には、それより前から法事の予定が入っていたので欠席届を出してあった。

誰の?
石原裕次郎さんの二十三回忌である。

前回の十七回忌の時には、3万人限定で、3日間に及ぶ品川プリンスシネマで24時間大映画会と記念品贈呈という募集に、たった1枚出したハガキが当選し、のうのうと『黒部の太陽』を鑑賞して帰った。
遡ること数日前、
『こんなもん当たるわけないよね』
という主人の言葉に、
『まあ、出さない人には当たらないよね』
と当選ハガキを見せ、ギョッとされた私であった。

その時は45万5千通の応募があったそうであるが、今回5万人当選の記念品に集まったハガキは75万通を越えた。
けれど、何日待っても我が家に当選ハガキは届かないのであった。
もともと、大々的にお披露目するのはこれが最後だと言うし、当たらなくても今回は行ってみようという主人の誘いに、絶対当たるつもりで、当たらなくても行く!と答えていた私であるが、まさかホントに当たらないとは・・・。

裏腹に、すっかり行く気満々の主人である。

私だって、行ってみたいのは山々ではあるが、手ぶらで帰るのを承知の上、日曜の朝っぱらから多くの人でごった返すのが必須の国立競技場に行くというのは癪ではないか。
というわけで、主人はYahoo、私は楽天のオークションで出物を探す日々が始まり、なんとか前日4日の午後に当日記念品引き替えに必要な当選ハガキをゲットできた。

そのすったもんだは別の機会に書くとして。

はがきには朝7時開場と書かれているものの、朝7時に家を出るのが限界である。
当然、開場時間前から並ぶお客様も400人程いらっしゃった模様。
大江戸線に乗り換える前からボックス席で一緒だった爺・婆・孫と親の3代連れファミリーは、会話の様子から行先が同じであるらしい。
大江戸線に乗ったら乗ったで、あっちの鞄からもこっちのポケットからも、場所確認の為か、当選ハガキを出して眺める人ばかりである。

入口では日刊スポーツが特集を組んだ新聞を配り、ポカリスウェットのボトルを1人1本無料配布していた。
勿論入場も夜10時迄無料であったが、ひとり1枚ゲートナンバーが入った整理券を渡された。
席は基本的に自由席だから、特別招待席を除いては、実際スタンドの、どのブロックから観ていても問題なかったのだが、献花をするに当たっては、このゲートナンバーが大変重要なのであった。

楕円のスタンドは、屋根の付いた良い席が、特別席ブロックを挟んで両側に4ブロックづつある。
グラウンドから見て、右から左に1から8ブロックの後、円を描いて全部で30ブロック並んでいる。
祭壇を観るという位置関係で、19と20が祭壇裏に位置するので、そこに人を入れるのが一番最後になるように、4と5が埋まったら3と6、次が2と7、その次が1と8、そして9と30、10と29、11と28、12と27・・・19と20と各ブロックに入るゲートナンバーのついた札を配っていた。

私と主人が着いたのが、セレモニー開始予定時間の10数分前だったので受け取ったゲートナンバーは27。
会場を眺めると、半分より若干悪い側といった微妙な位置であり、再現された総持寺本堂が小さく見えるのであった。
いつも家の大きな画面で顔の皺まで見慣れた人々は、女性のシルエットでまき子夫人だと判別でき、話したから渡哲也さんだとわかる程度で、あとは紹介があったから舘ひろしさんと神田正輝さんと徳重聡さんが並んでいるらしいという大きさである。

はるか右下に見える一般席に、宍戸錠さんがいらっしゃっていて、ずっと展示物を観るように人がたかっていた。

ともあれ9時15分、定刻より15分遅れて法要は始まった。
お坊様をお迎えするのに起立し合掌していると、出てくる出てくる・・・合掌している手が重くなるほどで、暇にあかして隣で主人が数える声を追うと100を越えた。
あとできいたら、120人いたそうである。
そして渡哲也さんと共に『裕ちゃん』コールで式を終えたわけだが、ここからが長い長い待ち時間の始まりなのであった。

つくづく思うのは、カンカン照りや今日みたいな雨じゃなくて、ホントに良かった、という事。

何しろ今日は、100人越えの坊様に向かって合掌する為だけに、ここに来たわけではない。
再現された総持寺本堂に飾られた裕さんの遺影に向かって献花する、そして二十三回忌限定の写真集と焼酎を戴いて帰る、というのが目的なのである。
けれど、スタンド席の他に、グラウンドの一角にアリーナ席があり、その人達から順番に、先程説明したブロック順にグラウンドに降りるわけで、無事記念品を手にしたのは午後1時半の事であった。

速やかに電車に乗り帰路につき、最寄の駅に降り立って、遅い昼食を何にしようかと話す横を、携帯電話で迎えの要請をしている初老の方の口から
『お土産?あるよ~裕次郎のね・・・』
思わず視線を向けると、同じ袋をぶら下げていて『うわっ』と思うのであった・・・。

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そんなこともあるんだぁ

ブログを始めて早数年。
始める前は、続けて書くことなんかあるのか心配したが、まー同じようなネタを披露する事もあれど、なんやかやと思いは尽きないでいる。
それが、このひと月近く、仕事に追われて、この前の記事が久しぶりのアップとなった。
当然、新しい記事を挙げなければ、偶然に検索してきた人はともあれ、いつも覗きにきて下さる人の足も遠のくわけで。

そう、忙しかったワケは、更新という点で共通する、今迄作らせていただいていたサイトが原因なのである。

サイトというのは、みんながいつでも観れるカタログみたいなものですよ、と言いつつ、作りあげたら、はい終わりではいけないというのは常識であるが、企業によっては、作りっぱなしというところも少なくない。
それは、作る事自体に時間が必要なのもさることながら、クライアント側もネタを出さなければ出来あがらないものであり、今は便利なソフトがいっぱいあるから、いくらでも自分作れるけれども、それが叶わないから人にお願いするわけで、必然的に支払いが発生する。
作りっぱなしのところというのは、それこそ、今時ホームページのひとつもなければカッコつかないというので、ホントにカタログ的な考えで作ったけど、以降に続くネタが発生しないか、そこまで広告費を出す気がないというところである。
こちらも、作らせていただいたところのデータを、相手の要望もないのに、あれやこれや改編するわけにもいかず、どうにかしたい状態で、放置してあるところがいくつかある。

今、お預かりしているところのいくつかは、内容の更新はあったりなかったりとバラツキがあるが、サーバーやドメインの維持管理が面倒だという事で、言わば大家さん的な存在であるところが数件。
更新ったって年単位の話だから、それだけで月々の管理費をいただくというのもナンだし、『いつでも更新したい内容があったら言って下さいね』ということになる。
この『いつでも』がアダとなり、何件かが一度に、リニューアルを希望してきたのである。

ま、全部が全部、今日明日になんとかしろというわけでもないのだが。

あれこれやっていても、クライアントさん側の理由で、ちょっと原稿待ってて、という状態になり、ぽっかりと空いたりするから、こんなにひっちゃかめっちゃかになる少し前にお願いされていたサイト制作にかかることにした。

折り込む内容を受け取っていないので、大体の形をつくり、こんな感じで如何ですか?とURLを送ってから、ブラウザのチェックをしてみたら・・・。
普段使っているOperaは何度も観ながらやっていたから大丈夫なのはわかっていたし、Apple Safari、Mozilla Firefoxも大丈夫なのに、Internet Explorerだけ、背景画像が表示されない。
『またIEだよ、だから嫌い・・・』とは言え、Internet Explorerのユーザーは多いので、まさか、Internet Explorerでは見ないでね、とは言えないわけで、なんとか解決する事にした。

が、別に特別な事をした覚えはない。
全体の背景と、サイドバーやページのタイトル部分の背景をグラデーション画像にしただけのことである。
しかも、私がアップした画像全部が映り込んでいないわけではなく、同じフォルダーに格納したヘッダー部分の画像は表示されているから不思議なのだ。
解決ったって、パスや画像名が間違ってないか程度で、表示されているものと比較してみても、違うのは画像名だけである。

ネットで探すと、同じような症状を訴える人は多く、このように記せばといった処方に沿っていくつか試してみたが解決には至らない。
けれどその中のひとつに、IEではなく、画像自体がエラーの原因だったという記事を見つけた。
参考にした記事には、画像ファイル自体がPhotoshopでは開けなかったとあったが、私の場合開けなかったわけではなく、どのソフトからでも開けるし、IE以外の3つのブラウザでは表示されていた。
しかし、Photoshopでというくだりにひっかかり、画像を確認してみた次第。

使っている画像は、jpg形式。
背景画像とヘッダーの画像との違いは、ヘッダーは元々画像だったものを任意の大きさに切りぬいたものであり、背景の方はPhotoshop内で新規に作ったものだった。
その際のカラーモードがRGBではなく、うっかりCMYKだった為だったと思われる。
どうやら無意識のうち、特別な事をしていたようである。
作りなおしてアップしたら、思った通りに表示された。

何かと色々問題のあるInternet Explorerではあるが、今回は、画像の方に問題が・・・へーそんなこともあるんだぁ、と感心してしまった私である。

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無事が何より

先週末、娘の学校の進路説明会へ行って来た。
午後2時という時間帯にふさわしく、入口で渡された資料にほぼ沿う内容が、抑揚のない声に乗って進んでゆく為、うっかりしていると意識が遠のいてゆく・・・。

その話が始まる前、月の始めに行った修学旅行の報告があり、そちらは結構笑える内容であった。

なんといっても、降って沸いて、いつの間にか消えた新型インフルエンザの影響は免れない。
一時は、もしかしたら中止にしようかという手紙を持ち帰ったし、行く場合もマスクを3枚は持たせるようにと記されてあったものの、当日駅まで送り届けてきてから、そんなもん持たせていなかった事に気づいた我が家である。

我々の時代と違い、大きな荷物は前日に宅配業者に委ね、軽々と出かけたが、日曜の朝7時に品川駅集合という、時間的にも道のり的にも結構ハードな出発となった。
品川なんて、乗り変えるか通り過ぎる事はあっても、降りる用など今迄一度もなかったが、友達とふたりで乗り過ごしもすまいし、まぁ駅に着けば先生のひとりやふたりは立っているだろう。
で、担当の先生は、御苦労様にも6時前後には駅に着いたそうだが、その時間には既にマックで朝御飯を決め込んでいる生徒もいたと言う。
ただ一人、一家全員が寝ぼうをしたらしく、当然集合には間に合わず、新横浜から合流したらしいが、それもまた中々体験できない良い思い出となっただろうとは、ひとごとだから言えるのかもしれない。

行先は、大阪USJと京都。
奈良がないのは、阿修羅が出稼ぎ中だから、というわけではなかろうが、我々の時代は、どこに行くのも分刻みの時間で連れまわされ、担任の後をぞろぞろと列をなして歩き、わずかな自由行動と言えば、太秦映画村内と、夜、お土産を買いに出かけた時だけだったが、娘達は私服で出かけ、最後の半日を除いては、すべて班単位の、ほぼ自由行動、それも時代か。

宿泊費に格段の差があるからとはいえ、日曜のUSJに覚悟して生徒をほおり込んだら、インフルエンザのおかげと言ってはいけないのだけれども『おかげ』で、想像していたような混雑は見られなかったそう。
清水寺の坂も、『おかげ』で人出が少なく、土産タイムが余ってしまった程らしい。

さて、娘のお小遣いの上限は7,000円であった。
移動の交通費や観覧費や昼代もそこから出さないといけないので、ひとり4,000円は現地で支給されるときいていたが、さすがに集合場所と自宅間のそれぞれの交通費迄は予定に入ってないだろうし、普段色々と彼女を通じて世話になっている人への心遣いなどもあり、
『チャージするかどうかはよく考えて』
朝suicaと2,000円を別に持たせ、新幹線の中で食べるように買ったパンの袋の中に
『出来れば食べ物ではなく、記念に残る物を』
と、土産リストを持たせた。
送りだして、主人からきいたのだが、往復の交通費が心配だというのを理由に、自分でも2,000円持っていたらしい。
てことは、既に1万円以上の軍資金を手に出かけたわけだ。

遡る事30年前の修学旅行のお小遣いは確か3,000円のところ、1万円持って出かけ、8,000円しか使いきれなかったのを思い出す。
しかも、抜き打ちで小遣い検査があり、使ったリストとGETした品を照らし合わせるという念いりぶりに、冷や冷やした。
そんな事もあろうかと、値の張ったモノは鞄の底に隠し、適当にかわしたが、おかげでその後の買い物は一切叶わず、全額使い切れなかったのが悔しかったっけ。

それに引き替え我が娘の帰ってきての言い分は、
『キーホルダーとかストラップの方が、餡なし生八つ橋より高くて買えなかった』
買えなかったってあんた、うちには東京生まれの血は混じってないはずなんだけど・・・。

帰りは新横浜駅で解散の為、少し心配だったが、無事に最寄の駅に着き、めでたしであったが、中には八王子迄延長旅行を楽しんだ生徒もいた事もその日初めて知った。
また、昨日の午前、京都の歩道で観光客を含む8人の怪我人を出した事故もあり、改めて無事に帰れて何よりだったと思うのであった。

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0.1カラットのダイヤモンドを貰ったら

銀座のモーブッサンで、先着5,000人にダイヤモンドの裸石を1個プレゼントするというキャンペーンに、大勢の人が並んで大変な騒ぎだったというニュースを今朝テレビで観た。

0.1カラットといっても、普段宝石とあまり真剣に向き合う事がないので、大きいのか小さめなのか、ダイヤモンドの0.1カラットにどれ程の価値があるのかよくわからないが、約3ミリと言われれば、まーピアスにする位がちょうどいいのかな、などと思ったりする。
幸い穴は片っ方だけだし、それもちょうどいいかも。

けど、石をコロっと貰っても耳にはくっつかないわけで、加工しなければ使えない。
貰った人達は、どうするのかな。
記念に取っておくのか、どこかで加工して貰うのか・・・疑問。

希望すれば、こちらのお店でセッティングしていただけるとの事。
ピアスだったら月々9,000円の10回払い・・・よく、『○○一式が当選しました』とか電話がかかってきて、月々の支払契約を迫る勧誘を思い出してしまった。

ま、もともと地面に眠っている時はタダだけど、加工するのにお金がかかるもんなんだってのはわかる。

昨日の朝『これから並ぶんです、絶対貰って帰るわ』って血相変えて走り去るご婦人を、やはりどこかの局で流していて、ちらりと見たような記憶が蘇った。

が、一夜明けて、5,000個分の1を貰う為に、朝っぱらから並んだ挙句に貰えなかった人達の文句をはたから聞いていると、何やら可笑しいやら悲しいやらである。
トイレに行ってる隙に整理券を配られて貰えなかったと訴える人。
警備員が、まだ大丈夫ですよって言うから並び続けてダメだった人。
こんなに待たされるなんて疲れちゃうじゃん、とボヤく人。
中には、こっちは会社休んで並んでいるんだって怒る人も・・・。
会社休んで5,000円相当のダイヤモンドを貰って帰って飾るだけか、自分で加工出来るのなら残念だったけど、どこかに加工のお願いをするのなら、今日真面目に働いて買った方が良かったんじゃあ?なんて。

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確認の上、開封しましょう

家の前の道路は、1日何度かは宅配業者の車が通過したり停車したりするわけだが、停まる位置によって、その車が、うちから見えるどこのお宅に来たのか、だいたいわかる私って相当・・・暇なのだろうか?

ありとあらゆる物を通信販売で買い求めている我が家である。
最近買った大きな物は、お引越しの際フローリングにした、6畳間のフローリングカーペット。
ニトリへ行った際に売っているのを見つけたが、若干通販の方が安かった。

夏に向けて買おうと思っているのは、シーリングファン。
友人がマンションを購入した際に拘って買ったのを見て、何がいいんだかよくわからなかったのだが、実家がマンションに住みかえた時にも付けたのを見て、試しに回して貰ったら結構涼しいのに驚いた。
だからといって自分の家にもとは思わなかったのだが、2階というのは熱が籠るのだ。

今迄は主に1階で生活していたから、ほとんど上がる必要がない2階の真夏は、用が済んだら立ち去りたい暑さであり、そこに朝から晩までいる義母に、
『変な我慢してエアコンかけないでいると、知らないうちに死んじゃうからね』
と言わずにいられない程である。
ここ数日はまた涼しかったが、晴れれば昼ちょい前から数時間は、むっと籠る熱をジワジワ感じていた為、インテリアとしてではなく、実用的に欲しいと思った。
けど、これは、楽天よりYAMADAの方が安い模様。

さて、数日前娘のコンタクトレンズが届いた。
いつものお店での何度目かの注文であった。

ちょっと前、コンタクトレンズの杜撰な扱いによる事故が話題になったが、コンタクトレンズの購入には、基本的には処方箋を必要とする。
視力に合ったモノという点だけでなく、瞳のカーブが人によって異なるからである。
普通は眼科医が常駐するコンタクトレンズを扱う店で購入するので、コンタクトレンズの処方箋を手にする事は少ないだろうが、通販で購入する際にも、メーカーによっては、どこのショップを通しても処方箋提出が必要だから、最寄の眼科で、処方箋のみを発行していただかなければならない。
しかし、通販で買うから処方箋だけ出してくれと言って出して下さる眼科は、圧倒的に少なく、うちの近所にはない。
最初に自分で購入する際、その通販ショップに電話してきいてみた。
『うちから一番近くで出して下さる眼科はどちらでしょう?』
買うたびに処方箋を貰いに電車に乗って行っても通販の方が安く手に入る。

幸い、今買っているショップは、1度提出した処方内容で宜しければ、毎回提出する必要がない。
だからと言って目のコトである。
特に、自らの体調管理すらおぼつかない娘に、ちょっとした目の異常に気づけという方が無理だし、視力も学校で測っているだけだから、新しい処方箋が必要かもしれない。
なにせ、眼鏡だけしか使っていなかった頃、フレームを壊したから作り直しに行かせたら、レンズも変える必要があった。
それ程に中学生の娘の近視の度合は、成長と共に急降下の道を辿っていたが、コンタクトレンズにしてからストップした模様。

というわけで、安心して発注して届いたのは、30枚入り×3箱で1Pのお得用を左右分。
宅配用のダンボールを外し、外箱を外して、まだ使い切っていない箱の下に収納した時である。
??パッケージの色合いがチト違うような・・・デザインが変わったのかしら・・・。
と、残りの箱とよくよく比べたところ、デザインの違いというより、多分判別用に色を変えてあるのだろう・・・ベースカーブ8.5のはずが9.0ではないか。

やっちまった・・・。

この時点で、普段こんなに厚かましい私が、何故か自分だけに非があると思いこんでいた、というのが今考えるとやたら可笑しい。
外箱を外してしまった後というのがネックだったのかもしれない。
そういった交換が難しいのは、この類のお約束だからである。

ここで悪魔のささやきが聞こえた。

視力自体は合ってるんだし、8.5と9.0ってそんな違うのかな?
違和感がなければ、このまま娘に使わせようというもくろみである。
けれどもし、どうしょうもなく違和感があるものを、もったいないと言って着けさせる程、鬼にはなれないので、とりあえず、既存が切れないうちに1枚試させて、駄目なら買うか、という強硬手段に出た。

さすがに娘も、何かを感じたのかもしれない。
『・・・これ、どっか違うの?』
ここで、カーブが違うとか言うと、すっかりその気になっちゃうやつだから、そうは言えない。
『ちょっとね』
つけてみて、数分後、何か言わなければって思ったのか、
『これ、前のより薄いみたい』
『へー、薄いんだ』
・・・そんなこたないと思いますが、違和感もないらしい。

そう知ると安心したのか、ふと我に返る。
あれ・・・ホントに私が間違えたのか?
そこでようやく、楽天の注文履歴を確認したら、、、、合ってんじゃん。

とはいえ、反省すべき点はいくつかある。
ついいつものやりとりだったので、注文確認だとか、発送のお知らせだとか来ていたのに開いて見ていなかった事。
届いた物をどうしょうもない状態にする前に、納品書共々確認していない事。
今回の商品の場合、メーカー直送の為、注文者とショップとメーカーの三者のやり取りになるのだから、どこを信頼し過ぎても、お互いの為にはならない。
その点を踏まえて、今朝メールを送った返事には、メーカーではなく、ショップの発注ミスであった事が記されていた。
早々に正しい物を送るので、開けた物は、その時に返品して欲しいとの事。

届いた物は、きちんと確認の上、開封しましょう・・・。

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プレミアム・・・じゃないの?

とうとう東京都八王子市と川崎市に新型インフルエンザの感染者が出た。
報道が過熱させているだとか、マスクで予防は無理だとか言いつつ、それでもあっちこっちでマスクをするように促している。

たまたま具合が悪くなり病院へ行った知人の話では、事前に電話で確認したら、マスクを持参して欲しいと言われたらしい。
『もし、持ち合わせがなければ病院でも用意してあります』
その方は持って行ったらしいが、持っていない人は、病院入口で100円で購入を求められていたとか。
用意してありますって、売ってるのね・・・って当然か。

ところで、本日は、よく行くドラッグストアのプレミアム商品券発売日であった。
定額給付金を当て込んで、10,000円で12,000円分の商品券の発売をすると、数週間前から告知していた。
ありとあらゆる泡が出る品、化粧品、カップ麺、お菓子、そして米も、ここのところこの店でしか買ってない我が家である。
例え期限が今年いっぱいでも、まだ半年ちょっとあるわけで、3万でも5万でも買っておいて損しないところ・・・あいにく御1人様1回限り。
10%OFFですらレジが行列となり品薄になる店だから、開店と同時に並ばないといけないだろうと思っていたのだが、その時間は、色々とやる事が重なり、ちょっと無理そう。
11時に駅で人と待ち合わせがあるので、その時間に合わせて通ってみて、買えるようなら買ってから行こうと家を出た。

店の駐車場を通りかかった時、慌てて駐車して車から走り出て来る人がいた。
あの人もプレミアム商品券が目当てなのかしら?
なんて思いつつ、その後ろにつくように店に入ると、やはり長蛇の列が・・・。
やっぱ並ぶんだぁ、と、列の後ろについてから一応
『すみません、何の行列なのでしょう』
『マスクです』
『・・・・・・あ、マスク』
マスク買うのに並んでいるのかっ・・・。
レジを見ると、マスクの列だけ大変な事になっている。
他のレジの暇そうな店員さんに、
『プレミアム商品券下さーい』
何の混雑もなく出てきたプレミアムが、あまり輝いて見えない私であった。

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予防の国?

『桜前線』や『人の噂』とは違った広がり方なんだろうが、このまま北上して来ないはずがない『新型インフルエンザ』。

今や、ドラッグストア、ディスカウントショップ、スーパーマーケット、そして多分コンビニも入荷したと同時に陳列する間もなく売れてゆくのであろうマスク。
昨日も、いつも行くドラッグストアの店員さんが
『マスクの箱開けたと同時に、いっぱい手が伸びてきて』
と、驚いていた。
幸いうちには、1年中紙マスク愛用の娘がいる為、100枚入りというのを見つけた時、単なるお得感に負けて購入し、つい先日義母にも60枚入りというのを進呈してある。

この新型インフルエンザを、なんとか水際で食い止めようとしていた頃、最初に疑いが出た高校生が住む地から、どれ程離れているのかわかりようもないが、決定なら県下一斉に休校となる範囲内であり、どの程度の力を持つウィルスなのか見当がつかないという点で、じわじわと国内で広がりを見せている今より驚異であったように思う。
最初の疑いがある高校生が出た朝、学校へ行く娘に
『とりあえずマスク持って、うがい、手洗い、むやみにあっちこっち触った手で顔を触らない』
事を言いつけるしかなかった。

この高校生は空港での検疫がまだ強化される前だったから仕方がないとして、もし自分達が、次にいつ行こうと計画を立てらるかどうかわからない海外旅行を、取りやめる勇気を出せたか問われると即答し難いが、なんで、こんな騒ぎの中、自分が持ち帰らないとも限らないのに、仕事ならともかく、遊びに出かけるかなー・・・とは思った。

いずれにしろ潜伏期間というのを考えると、水際で防ぐというのは、無理だったのだろう。

それにしても、もう、どこで誰がという状況ではない中、今回は、あれ?そんなでもないんじゃん?というモノだからいいけれど、これがもし、ホントに大変な力を持つウィルスだったら、どうなっているのだろう。
りっちーさんのところでもおっしゃってるように、『明日から』だとか『今日の午後から』休校、それで大丈夫なわけがない。

だいたい、休ませた学生達は、街中を徘徊しているというではないか。
外で見つけた子供という子供をしょっぴいて隔離とかしないのなら、学校を休ませる意味なんかないし、ふらふらどこに行くかわかったもんじゃないのなら、強制的に学校に行かせていた方がまだましというものだう。
子供だって、決しておばかさんばかりなわけではない。
境界線が市町村だとか都道府県単位とか言ってるから、危機感を感じる事が出来ず、好き勝手に行動するんじゃあないのか。

発熱相談センターにも、発熱の相談ではなく、マスクが買えないけど、どこで手に入れたらいいのかなんて電話があるらしいし、自分を含め、本当はどういうもので、どうしたらいいのかって、わからない人が多いのだと思う。
そのマスクも、最初は『予防にも大変効果がある』ような事をどこでも言っていたが、売れすぎて取り合いパニックを防ぐ為もあるのか、昨日今日は『飛散を防ぐのには効果があるが、予防にはあまり効果がない』と多く聞く。

ちなみに、昔、初めて日本に保険商品を持ち込んだ外国人が、自分が風邪ひいてもいないのに、やたらマスクをしている日本人を見て、『こんな予防の国なら売れる!』と確信し、この国の保険が栄えたそうである。

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お引越し終結

本日午前中、我が家のキッチンにテーブルが届いた。
これで我が家のキッチンはダイニングキッチンに昇格?し、一週間と少し2階に食事の度にお盆を運んだ仲居生活とはおさらばである。

運ぶ度に、
『お食事でございまぁす』
『お、楽しんでるねー』
『楽しまずには、やってられませ~ん』

しかしながら結婚18年を越え、私個人としては実に20数年ぶりの久し振り、台所でのお食事に、ちょっとドキドキしてしまった。

今日、ずっと寝室に積んであった義母の部屋から出てきたいらない本の山と、車の後部に積んであったダンボールを解体した束と、一昨日刻んだラックを捨てに出し、これでほぼ、一筋縄ではいかないお引越し計画も、なんとか無事終結するわけである。

主人がノコギリで一般ゴミに出す為に刻んだラック。
これは、実に由緒正しいっつーか、歴史のある物で、確か私の姉の初めて貰った給料だったか、学生時代のバイト代だったかで買ったオーディオラックである。
下部はレコードを立てて入れる為に数ヶ所仕切りがついていて、中段にはレコードプレーヤーの蓋を開けても邪魔にならない高さで、上段にはチューナーだとか重ねて置けて、更に一番上にも何か置けるという合板ながら太いネジできっちり止めてある頑丈なものであった。
数年後から私所有となり、結婚しても引っ越しても持ち歩き、最後は、主人がキーボードや手を載せる折りたたみ式のテーブルを付けたパソコンラックに改造し、レコードの仕切りは取り除き本を入れ、今迄便利に使っていたものである。
その後、知人からパソコンラックを戴いたので、そのラックは娘用にしていたが、彼女のパソコンは彼女の部屋の机の上に移動したので、長年愛用したラックは不要となった。

おっ建て売り住宅を中古で購入して住んで10数年、ローンが組めるうちに目指せ建替えであったが、この降って沸いた不況である。
金利が下がったのを横目で見つつ、ローンの組み換えに必要な数十万の現金を出すのが不安で、このまま静かに残り10年払い続けるしかないのか?という暗い現実の中のプチお引越しと模様替えであった。

前の記事でも述べた通り、斬新なレイアウト変更の末、最終的に義母の為だったのか自分達の為だったのかと疑いたくなる、明るく快適な住み心地に、主人も思わず
『当分このままでいっか』
と漏らす程である。
なんと言っても、今は、日本全国どこをふらついても一番過ごし易い季節なのだ。
否応なしにやってくる蒸し暑さも、シンシンと迫る寒さもない台所で『当分このまま』でいられるのは、そう長くはないのを私は知っているが、ま、それはそれ・・・。

さて、先週の金曜、1階台所の片隅にあった光回線1式が2階に移動した。
たまたま、去年の夏前に付け替えたエアコンの穴が都合良く、そこから光ケーブルを引き込み、これで再び窓際でのネットライフに戻れたわけであるが、工事の合間にちょっと聞いてみた。
『KDDIさんて、どうして話が通じない人ばっかなの?』
『・・・よく言われます』
『でしょ?』
『担当窓口からお客様がご立腹なので対応に気を付けるようにみたいな事を言われるんですけど、実際に怒られた事ないんですよね』
『そりゃそうよ。だって、工事の人に腹立ててるわけじゃないもの』
電話するたびに履歴を残す割に、その履歴が活用されない事や、電話をタライ回しにされてご立腹になるのは、私だけではないらしい。
けれど、ご立腹にならなければコトが早く進まないシステムはどうにかしていただきたいものである。

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来た!

噂の定額給付金の申請書である。

送ってきた申請書にはカッコして請求書とある。
国が『配りますよ』と勝手に言い出したお金を、カッコ付きとは言え、請求しなければ貰えないというのは、なんだか気分的に宜しくないのは私だけか?

給付対象者の名前と生年月日と給付額が並んだ一覧に、本人の照明が出来る書類を貼って返送するのだが、給付を辞退する人の名前は朱線で消すようにとの指示。
しかも、11月18日迄に振込手続きが完了出来ないものに関しては、当該申請が取り下げられたものとみなすとある。

もう、とっくに支給され、使っちゃって、そんなもん忘れちゃった人もいる頃にやっと申請書を届けてきたこの市の長は、某民放局の番組によくコメンテーターとして出ているが、
『うちの市は財政難だから辞退してくれると嬉しい』
と言っていたのを聞いた事がある。

辞退すると、我が市が潤うのか?

ひとりにたった1回ぽっきり12,000か20,000円を支給すべきかどうかと問われれば、もっと他に有効利用して欲しいと願っていたが、ほぼ全員に配る事が決定し、既に受け取った人もいるお金なら、たかが12,000円でもいらないわけがないというのは当然なのではないか?
もし、我が市がホントに財政難だと言うのなら、市長を先頭に行政に関わる方全員が受け取らない事実を証明し、それから市民にも協力を仰ぐのが順番なんじゃないのか、と思う。

我が家は、夫婦に中学生に主人の母の4人だから合計64,000円。
巷では子供の分をどうするか色々意見があるようだが、私自身の分は、前倒しして使ってしまったのは前にも述べた通りで、一応、個々に分配予定であるが、家族個人の辞退は、謹んでお受け致します。

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チェンジ!

ゴールデンウィーク最終日の今日から、我が家は例年通り平日である。

義母に上下の部屋をチェンジするからという引導を渡して2週間程の時が経つ。
なんだかんだと言って既に80歳近い義母に、早く物事を判断しろと言っても無理だからと相応の時間を取ったのも無駄だとわかったのは、引っ越しが始まって数時間後の事であった。

いらないと言ってゴミにするのはいいが、一般のゴミ回収が週2回、分別ゴミは週1回、紙や布の資源回収は月2回となり、どうしても一時的に家のどこかに貯めて出す事になる。
なるべくそういった物を早めに出していただき、顰蹙を買わない程度に分割して出したかったのであるが、いざ運ぶ段階になってから、あれはいらない、これもいらないという始末。

私達が結婚した時、主人と義母が長年住んでいたアパートを出る際にも悩んだのが、義姉が嫁に出るのに残していった荷物で、在住当時から物置に追いやってあったマンガなどはそのまま置いてきたが、他にも実家感覚で残していった物というのを結構大事に運んできていた。
極めつけが『NHK英語会話』のカセット教材一式。
ネイビーと結婚した姉には必需品であったろうが、母もいずれと残してある物にしては、押入れの奥の奥で蓋も開けられない状態での保管である。
結婚して以来、何度も法事はあったのに、一度も身につけた姿を見たことがない『喪服』一式。
何が入っているのか本人すら覚えていない『柳こおり』。
田舎の誰かが結婚するたびに戴く『壺』
『このワタ、何に使うの?』
『その内、座布団でも作ろうと思って』
『絶対作らないでしょ・・・』
というワタ一袋。
何年経っても出来上がらない編み掛けのベストの入った毛糸一袋。
親戚が定期的に送ってくる文庫本は、読んだら捨てると言うが増える一方である。

義母一人にその罪があるわけではなく、実際自分達の荷物でさえ、奥を覗くと、あったコトすら忘れている物が多く、これを機会に捨てに出した物の量といったら半端ではなかった。
雨の後運ぶコトを思うと屋根のない家の外には、あまり置きたくない。
2台ある車の後部座席は、とりあえず金曜までゴミの山である。

けれど、10年毎位に家中の物を動かしてみるってのもいいかもしれない・・・。

ここに越して来た時には男手が多く、隣の家の塀が今のように洒落っちいフェンスではなく、ブロック塀だったので、そこに登って2階の窓から入れた背の高い洋箪笥は、今回、紐で括って正面のベランダから吊り下ろした。
反対に2階に運び入れなければならない幅1m以上のオーディオラックは、上下分かれたものの、間仕切りを取り除いても、扉を取り外しても、とても夫婦2人で持ち上げられる重量ではなく・・・板レベルにバラバラに解体し、2階で組み立て釘打ちした。
もしも次の引っ越し計画が上がったら・・・間違いなく粗大ゴミである。
36型のブラウン管のままだったら、2人でも無理だったかもしれないテレビは46型でも薄型になっていたので大丈夫だった。
今回は押入れの襖を取っ払い、上段に納め、ちょっとしたシアターのよう。
『ここに置くなら50型でもイケたな』
『置けるけど買えないって・・・』
『ニトリのCMでやってる電動リクライニングチェアが欲しいな』
『景気が回復したら言って』
夢は大きいが現実は厳しい。

後は、KDDIの工事を待つだけである。

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恐くなった

プロフェッショナル・仕事の流儀で、文化財輸送の海老名和明さんを知った。

物を運ぶ時、誰もが、傷つけない、壊さないという事を前提にしているだろう。
それが他人の物であれば尚更であるし、国宝じゃなくとも、傷つける事、破損する事が許されない物を運ぶ仕事を請け負う方にスポットを当てた番組である。

放送を知った時、単純に観たいと思ったのであるが、文化財を運ぶという仕事の緊張感がひしひしと伝わってくる内容であった。

これまで私の中では多分、ふかふかの物でぐるぐる巻きにすれば安心のように認識していた、というか、気軽に鑑賞出来る喜びが先に立ち、運んできたんだという実感など、まるでなかったのではないか。
それどころか、現在展示してある棚から出す時に、素手を阿修羅像に添えているのを見て、羨ましいとすら思った。
しかし、それも手袋の布の擦れで像を傷めることを考慮しての事であり、過剰な梱包は、かえって像に負担がかかるものであるとのこと。
1枚5グラムの薄葉紙を、手もみしてからクッションとして添え、破損しそうな箇所はあえて圧迫しないよう巻き、それぞれに応じた個所に添え木を加えた木箱に納めて運ぶ。

今回の『阿修羅像』輸送は、海老名和明さんの夢であったとのこと。

長距離、長時間の振動を伴う移動は木製の箱に歪みが生じる為、防振装置を取り付けたアルミ製の箱が作られたが、テスト輸送では思うように振動が吸収されなかったらしい。
防振装置の数を変えたり、荷が軽いとトラックのサスペンションが生かされないので重りを加えたり・・・。
考えに考え抜いて、テストにテストを重ね、今迄の経験を信じ、99.9%大丈夫だという気持ちでいても、梱包を解いてみるまでは安心出来ない仕事である。

そんな海老名さんの仕事は信用出来たとしても、道中が安全であるという保障はどこにもない。
自らの運転のせいでなくとも、追突されたり、巻き込まれたりが絶対にないとは言えないのだ。

そんなことしてまで、どうして運んで来なければならないのだろうと思ったりする。
やっぱ、自分から観にいくべきものなのだろうとも思う。
奈良から東京にやってきた像達は、次には奈良を通り越して福岡へゆく。

無事に、元の場所に戻ってくれるのだろうかと、恐くなった。

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また、上野で会いましょう

今日は、昨日の天気予想通り、1日雨である。

3月31日から始まった『上野で会いましょう』が合言葉の『阿修羅展』を初日に観た私は、あの日『絶対また来るから』と、像の前で誓って帰った。
4月は、雨の今日を置いて行く日は無い。

絶対普段より人が少ないはず。

・・・と思って前回より45分程遅く着いたら、相変わらず一番手前の西洋美術館の『LOUVRE』には傘の列がうごめいていて、『阿修羅展』を開催している東京国立博物館方面へも、人がどんどん流れてゆく。

雨だから出足が悪い、なんて事まったく無いみたい。

何分待ちの看板は出ていないものの、既に入場制限をかけている。
今日は、入口で傘の始末があるからかもしれない。

それにしても、次回は、ホントに平日のもっと早い時間に来なければ、と新たな決意をする。

中に入れば、当然、第1と書かれた会場に先に入るだろうし、一応最初っから順番に観てゆくものだ。
前回来てわかったのは、第1会場も第2会場も、逆走するのは難しいが、出たらまた入れる造りである。
目当ての阿修羅像は、第1会場の一番奥にいるわけだから、最初にジックリ見ておけば良い。
何も観ずに直進してゆく私の姿が異様だったのか、要所要所に立つ係員の視線を感じないわけではなかったが、かまっていられない。

阿修羅像の廻りには2重の人が輪を作っていたが、それでも前回より全然楽に360度堪能した。

ここで発見。
柵が進化している・・・。

今回の展示は、全ての像をなるべくケースに入れずに、360度に近い角度で鑑賞出来るようにしている。
そして、ケースに入れていない像は、階段状の台に設置し、仮に人が前にいても、ちょっと覗きこめば足元迄見えるようにもしている。
阿修羅像だけにあらず、横や後ろからの視線で、髪型や鎧や衣の流れや柄が見えるのは珍しいのではないかと思う。
しかし、阿修羅像の廻りは、多分、人がひしめき合うのを想定し、像の廻りにかなり余裕をもって柵を設置し、柵の継ぎ目の4隅に見張りを置き、『撮影はご遠慮下さい』だの『止まらずに少しづつでも動いて下さい』だの『柵によりかからないで下さい』と注意を呼びかけていたのだが、何分、押し合い圧し合いのお祭り状態であった。
あれでは係員は、連日ヘロヘロになったであろうと想像する。

今日観たら、動かない柵が出来ていた。
これなら係員は、有名タレントのガードマン宜しく、柵の一部と化して、頑張って踏ん張らばらないでも足りる。

さて、一旦第1会場を出て、正直言って着いた時から取りたかった気味のトイレタイムの後、再び第1会場へ入る。
今日は前回と違って、他の美術館への梯子の予定はないし、ひとりである。
前回は、他の八部衆にも十大弟子にもちょっと挨拶したっきりで、素通り状態だったので、1体1体横から下から眺めることに。
そしてまた阿修羅像の部屋に着いた。
やっぱ、人の輪は、さっき観た時より確実に厚くなっている・・・。
先に観ておいて正解である。

中2階程度の高さの廊下から、また像を暫く眺めつつ、来月はいつにしようかな、などと思う私であった。

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最低最悪は、どっちだ

昨日の午前中、ネットの画面で『逮捕』の事実を知った時、最初は新手の番宣かパフォーマンスだと思った。

ご本人が
『とんでもないことをした』
というように、巷では上を下への大騒ぎになっている、草なぎ 剛さんの『公然わいせつ事件』である。

昨日の昼頃は、どのコメンテーターも、それ程大変な事にはならず、
『まぁ、今日は警察にお泊りして、明日になれば出てくるんじゃないですか?
やっぱストレスが溜まるんでしょうねぇ』
と気の毒な口調であった。

そもそも、人に観ていただく事を職業にしている方が、理性を無くす程酒を飲んで酔ってしまうという事自体、間違えていたのだろうから、街頭でマイクを向けられた一般市民が『信じられない』だの『いい加減にしろ』だのと感情に率直に答えるのは仕方がない。
しかし、一国の大臣ともあろう方が
『最低の人間だ、絶対許せない』
『そんな人間を地デジ大使に選んでしまったなんて恥ずかしい』
と、本人の弁解も聞かぬ内に、感情の赴くままに息巻くというのは如何なものかと思う。

どのCMにしろ番組にしろ、イメージとしてぶち壊しであったのは否定出来ない事実であるが、ほとんど人通りのない夜中の公園で、酔っ払った上、素っ裸で喚いてしまっただけである。
酩酊状態でメディアの前にしゃしゃり出て、世界中に醜態をさらした誰かにも、鳩山邦夫大臣は、そんなにキツく言えたのであろうか?

だいたい、ワイドショー番組で連日繰り返し話題にするのはわかるが、昼も夕方も夜も、そして今朝になっても容疑者、容疑者と、ニュースとして扱う内容だろうか。
今流行りの薬を所持していたわけでも、電車の中で痴漢行為をはたらいたわけでも、人を殺めたわけでもない。
勿論、夜中に喚き散らかされた近所の方々にとっては迷惑千万な出来事で、とっとと警察に片付けて欲しかったであろうし、そこで2・3日頭を冷やしていただけば済む話ではないのか。

今日になって、鳩山邦夫大臣は、発言を撤回している。
言っちゃった事は後で謝れば、それでいいのか?などと思う。
思った事をやりたい放題にはやっちゃいけない、言いたい放題言っちゃいけないのは、あの人達だって同じはずである。

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凹んでます

昨日、車のミラーをぶつけた。

明らかに車に傷を入れたというのは、記憶を手繰ると2度である。

1度目は、山に移り住んで、買い物用に軽自動車を与えられて、納車1週間目位の事。
スーパーの駐車場に入れようとバックし始めたら、後ろに車がついてしまって慌てたらしい。
柱に擦った。
運転席側の後方サイドに数センチの擦りキズが出来た。
すぐに主人に報告したら、
『ぶつけないと、上手くならないよ』
と一見優しい言葉の後に
『でも、この車で、しかも運転席側って、どうやってぶつけるんだろーなー・・・』
グサッ・・・。

2度目は、ワンボックスを運転していて。
線路がある手前で、停止している2台の車を発見。
このまま走っていけば、私もその後ろにつくことになる一直線の道路である。
一応後ろに付いたものの、別に遮断機が降りているわけでもなく、歩行者を待っているわけでもないらしいので、クラクション鳴らして、ウィンカー出して、追い抜いている最中に、私の前方にいた車が私の車の横腹に突っ込んできた。
サイドミラーに、車の頭が動いたのが見えたので、やばいと思ってアクセルを踏んだが間に合わなかった。
それが元で、お気に入りだったワンボックスを手放す事にした。

その事故より遡る事数年前、自分ちの駐車場に入れようとして、下がりすぎて壁に接触した事があるが、傷にはならなかった。
でも、確かにコンという感触はあったので間違いない。

今の車になってから、駐車スペースを度外視して停めなければならなかったとき、やはり不自然に車が止まった感触でわかったコトもある。
降りて見たら、知人の車にピッタリくっついてしまっている・・・。
厳密に言えばどうかわからないが、傷はついてなかったので無罪放免。

同じようにスーパーの柱に寄り添ってしまった事もあったが、あれは紙一重で離れていた。
だから、傷未遂は3回である。

で、昨日。
場所は、スーパーの駐車場。
いいところが空いていたと思ったのを覚えている。
駐車場で気をつけるべきは、他人の車と通行人である。
巻き込むと人なら無条件に大変であり、車だと面倒だからである。
昨日も、右後方、左後方共に大丈夫だと確認した。
続いて下がりながら、何故か右より先に左ミラーを見た瞬間だった。
右ミラーがぶつかった音に驚いて止まった。
暑かったので、窓が全開だったから、すごい音を間近に聞いた。
消火栓の扉に当たって、ミラーが若干そっくりかえっているではないか。
ちょっと前進して、電動で閉じようとしたら、動かない・・・げげげ、重症だわ。
こっちにガコンと戻して再びスイッチオン。
景気よくモーター音だけが鳴り響く。
もう一回はめ直したら無事動き出した。
数回のリハビリの後、傷を確認。
上から下まで撫でても、指先に何の違和感もない。
見た目もなんでもない。
つまり無傷である。
相手の消火栓?他の人もぶつかるのだろうか、既にベコベコである・・・。

これも未遂に数えてもいいのだろうか。
消火栓がない柱だけだったら、損傷の報告義務が発生したかも。

何事もなかったように買い物をしたが、気持ちが相当ヘコんでいるのを感じにはいられなかった。

ぶつかったショックより、ぶつかるまで気づかなかったショックが大きい。
ま、気づいていれば、普通は、ぶつからない。

ちなみに、今日も同じスーパーの駐車場を利用。
特売日につき、開店当初から非常に混んでいた。
いつもなら、それでもカートで持ち上げられない2階には止めず、どこか空くのを待つのだが、昨日の事を引きずってか、そもそもそんなに多く買う予定ではなかったので、1周して諦めて2階に停めた。

ところで、中に入り込んでいるドラッグストアでも、スーパーの特売日に合わせてポイント3倍曜日である。
いつも箱買いする野菜ジュース、残量で考えれば来週で大丈夫だったのだが、1本いつもの今日より20円安いではないか。
これは買いである。
この時点で、すっかり2階に停めているなんてコトは頭からすっとんでいる私である。
今日欲しかったのは、冷凍食品と野菜類だけだったから、予定通りそんな量にはならなかったが、箱は、さすがに一緒には持って上がれない。
帰りの道々カートを押しながら、おもむろに2階に車を停めているのを思い出した次第。
(う~ん、どうすっかな)
しかし、カート置場に付いたら、運よくカートを店内に戻すお仕事の方が通りかかったので、
『すみません、2階に停めたの忘れちゃって、買いすぎちゃった。
ちょっと番してて下さい』
と、お願いした。
めでたし。

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KDDIからの電話

前回のKDDIの話の続きである。

あの翌日、午後になっても電話は無かった。
前日に、
『明日は出かける予定がない』
とは言ったものの、明日とは常識的に何時まで許されるのだろう?
人にはそれぞれ『普通』の時間帯があって、夜ゆっくりできる人もいれば、昼間ゆっくりできる人もいる。
私は、昨日午前中に電話しているのだから、日中が宜しいとは思えないか?
1日とは万人が平等に24時間である。
かかってきた時間から24時間を超える場合には、前もってのお断りが必要に思うのは私だけであろうか。

痺れを切らして、15時過ぎに、こちらから電話をした。

『お問い合わせの件は、只今お調べしている最中でございます。もうすぐお電話がいくと思います』
『もうすぐってのは、あと何時間の幅をみてます?』
『それはお答えしかねます』
『ちなみに、お宅何時迄営業?』
『20時でございます』
『じゃ、最悪20時になることも?』
『考えられます』
サービス業でありがちなのは、社名の他に担当としての名を名乗るのに、いくらこちらがメモしても、次にその人と話が出来ないという事である。
でも、わからないと答える人と話していてもラチがあかないし、わからないのは昨日の担当ではない故である。
『昨日お話した○○さんに、一度電話下さいとお伝えいただけます?』
『この電話は全国に繋がっておりまして、○○がどこにいるかわかりません』
・・・はぁ???

110と電話したら、北海道から沖縄まで警視庁に繋がるわけじゃああるまい・・・。

同じフリーダイヤルで日本国内すべてから通じるとしても、かかる場所はエリアごとに設定され限られるはずであり、私が連日自宅からかけているのだから、違うエリアにもかかろうわけがない。
だいたい、KDDIは、どの社員がどこの部署で、今遊んでるのか仕事してるのか、わからないのだと言っているようなものではないか。

『あなた方は、担当として自分のお名前を名乗った上、毎回履歴を残しておきながら、わからないと答えて、引き継ぎや伝言もままならないのでしたら、いちいち担当として名前を名乗る必要も、電話に出ることすら意味がないように思えますが?』
『おっしゃる通りです』
賛成されるのも腹が立つので電話を切った。

案の定、かかってきたのは20時過ぎ。

『あなた、今何時だと思ってます?』
電話をかけるのに20時が常識を外れた時間だとは言わない。
ただ、一般的に食後くつろいでいるような時間帯に、北海道の蟹のセールスや、オール電化にしませんかのお薦めや、保険の案内や、KDDIの用の口を誰が聞きたいのであろう。
『そもそも、この件を、あなたが時間を駆使して調べて今になったんじゃないはず。
工事担当だか技術担当だかの専門の方にお願いして、返事が来なかったから連絡が出来なかったのでしょ?』
『おっしゃる通りです』
(その返事もマニュアルにあるのか?)

結局それだけ待たせておいて、返ってきた返事は、外部から購入する際の型番も、注意点も、工事を依頼した場合の金額も日程も何もなく、10m以上のケーブルは送る事が出来ないのひとことである。

ただ、切れ切れに伝わってきた内容と自分でネットで調べた事柄を整理して考えると、光ファイバーケーブルを、室内においても、くねくねと配線してゆくのは、結構危険である様子。
結束する際も線を傷つけらないし、曲げにもあまり強くない。
せっかく秋葉原へ行けばとの案を出していただいたが、何軒か電話で伺ったところ、やはり扱っていなさそうである。
大人二人が闇雲に行脚するには、それなりの金と時間がかかるわけで、実際ケーブルが見つかったところで、工事費と同じ位かそれ以上になってしまいそうな予感がするので、おとなしく工事をお願いすることにした。

工事部署に電話をしたら、一番人間らしい受け答えができた。
最初っからここに相談するべきであったと、今更ながらに後悔をする私であった。

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一筋縄ではいきそうにない10数年ぶりのお引越し計画

月々どこまで安穏に暮してゆけるのかという不安な景気の中、まだ宝くじも当たっていないというのに、お引越しなんてするわけもないのだが。

先日、法事の折、親戚との会話の中で、ふいに
『おかあさんいくつになったん?』
その場にいなかった義母の年齢を聞かれ、もう80に手が届きそうなのだと我に返る主人であったが、最近義母の足元に不安を抱いているらしい。

というのも、我が家のそれぞれの寝起きをする部屋は2階にある。
1階部分にはトイレ・風呂・台所と居間にあたる部屋しかなく、居間の真上を義母の部屋に充てている。
本来は、この居間部分を義母に使わせるべきなのだろうが、台所はダイニングキッチン風なだけの広さで、一家団欒食事をするにはチト狭い。
しかも、テレビというおかずがないと食が進まない人々であるから、ここにテレビを置くと、部屋の角に三角タナでも造り、定食屋さんのような視線にならないと無理な為、引っ越し当初、義母に泣いて貰った次第。
しかし、2階には、トイレはあるが、他の水周りが整っていないから、ちょっと風邪でもひいて寝込んだ際、口をゆすぐにも階下に来なければならず、年々気の毒になるのであった。

というわけで、降って沸いた上下チェンジ計画。
双方の荷物だけで考えると、そんなに大変じゃあない。

問題は、またインターネットであった。

我が家には電話回線が2つある。
我々のと義母名義のものである。
料金的な事を言えば1回線でいいと思うのだが、嫁に気兼ねしいしい長電話できない、という理由で義母が年金で払っている。
その電話線の外からの入り口部分だけは、うちのと共用している為、1階の中心部から2階の義母の部屋迄、延々とケーブルが壁を這って伸びている。
上下をチェンジすれば、義母の電話ケーブルは短くなるのだから問題ないが、今度、うちのを延長しないといけない。
いっそ、電話局にお願いして、相互で使う回線を入れ替えて貰ったら楽であるのだが、うちの電話回線はひかりにしてしまったから無理である。

KDDIに電話した。
『うちの中で1階から2階にお引越ししたいので、長いケーブルが欲しいのですが』
『そうしますと、工事が必要になります』
『・・・いやいや、工事は必要ないでしょ。長ーいケーブルが欲しいだけなんです』
『では、お調べして折り返しこちらから電話させていただきます』
そんな難しい問題か?

どうやら、結構難しい問題であったらしい。

というのが、KDDIでは10m迄しか対応しておらず、10mでケリを付ける為には天井に穴でも開けて2階に通すしかない。
そんな事になったら、正に大工事。
それ以上の長さは、デンキ屋さんで購入してくれと言われた。
『なんて言えば?』
『光ファイバーケーブルです。ひかりoneに使うとおっしゃって下さい』

へー・・・売ってるんだ。

が、YAMADA電機には置いていなかった。
2軒目のPCDEPOTに電話したところ
『そういったものは当店では取り扱ってません』
ここまでは先に電話したYAMADAと同じ返答である。
でも、このあたりで家電量販店には置いてないモノなのだと察する。
『あの~、無いとおっしゃるお宅にお尋ねする事じゃないのは承知してますが、どういうところに売ってるんですかねぇ・・・』
『えっと~・・・』
カチャカチャカチャ・・・親切にもネットで検索して下さっている音が電話越しに聞こえてくる。
『どういうものかわからないので、ここってはっきり言えませんが、何件かあるみたいですね』
申し訳ないので、自分で探すと言って電話を切った。

普通に売ってないんじゃん・・・。

再びKDDIに電話した。
『ヨドバシカメラさんとか、ビックカメラさんのような家電量販店に置いていると思うのですが』
まだ言うか・・・。

検索して、そういった類のケーブルを取り扱ってそうなところに電話をしてみたが、仕様がわからないと売れないと言われた。
当然である・・・。
だいたい、個人では買わないもんだとも言われた。
そりゃそうかも・・・。
だけど事情が事情なのだから、普通個人では買わないものでも必要なものは必要なのである。

とりあえずはKDDIを、もうひと押ししてみる事にした。
『1階が回線の出入り口で、2階でインターネットしたいっていう場合、どのように対応していただけます?』
『・・・明日までお時間下さい』
そして今日、電話は、まだかかってきていない。

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ボクらの時代

朝、テレビを付けたら、市川海老蔵さんと、藤原竜也さんと、小栗旬さんがお話をしていた。
収録は何時だったか存じないが、およそ朝から観るには個性が強烈な男性陣である。

フジテレビ『ボクらの時代』の後編、しかも残念な事に途中からなのであった。

小栗旬さんは『クローズZERO2』のPRもあって、ここのところ色々な番組に出ていたから、その流れかな?と思うが、前編を見ていないので、どういう繋がりでこの3人なのかは不明。
藤原竜也さんは、市川海老蔵さんと前からのお知り合いで、小栗旬さんとは映画や舞台での共演があったらしく、市川海老蔵さんと小栗旬さんとは、これが初対面だった模様。

お話は、ふたりより5歳ばかりお兄さんの市川海老蔵さんがリードをとる形で進み、それに小栗旬さんが自分の意見を加えつつ答え、藤原達也さんは、ふたりの間のクッションのような存在に見えた。

市川海老蔵さんといえば、本来のお仕事でより女性との話題でテレビを賑わしている方である。
役者さんとしての活躍も知ってはいるが、こういったトークを聞くのは初めてであった。

今日、私は彼に持っていた印象が大きく変わったように思う。
数々の女性との浮名が立つたびに、イイ男だってのは見た目にわかるけど、それ以上にどこがどうイイんだかよくわからずにいたが、小栗旬さんが、最後の方に代弁して下さった。
『こりゃ面と向かって話した女は落ちるわ』
市川海老蔵さんと面と向かって話す機会があるかどうかは別として、きらきらとした目で思いを語り合う男性の姿というのは、どうしてああ魅力的なのであろう。

あんな姿を見たら、是非こっちを向いて、まっすぐに受け止めてみたいと思いはするが、男女の間柄になれば、仕事や将来の夢ばかりきいているわけにもいかなくなるのは必須。
究極の愛情ではなく、共に高みを目指す友情である方が、熱が冷めない関係を永く保てそうである。

最近、結婚前から『つきあったのは彼女だけで、この先もずっと彼女きり』と、ホントにそうかは亡くなってみないとわからない事を宣言してる潔い男性が流行り気味な中、3人に共通して感じたのは、女性とのつきあいの数が確実に芸の肥しになってゆくタイプなのだろうな、ということであった。

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金婚の日

子供の頃、皇室と言えば雲の上の人々といったイメージで、自分と同じ地面に住む人とは思っていなかった。
生まれてから死ぬ迄、苦労を知らずに笑ったままお亡くなりになるような印象は、どこで植え付けられていったのだろう。

昭和天皇といえば戦争の時代が重なり、私が存在を知る頃には既に『おじいさん』といった外見で、いつも周りに人が沢山いるから、皇室の方は、自分の言いたいコトも言えない、お人形のような方々なのだと思い込んでいた。
その昭和があまりに長く続くものだから、次の時代は、きっと10年ももたないだろう、などと勝手に決め付けていたら、気付けば、平成は既に20年を越えているではないか。

昨日、天皇皇后両陛下が金婚の日をお迎えたなられた。

50年の時を共に過ごす。
考えれば、容易な事ではない。
主人の両親も、私の両親も50年には達せず、夫を送り出している。

国ごと巻き込まれる戦争はなくとも、あちこちで震災があったり、一家の中での問題、ご病気と、決して苦労を知らず笑ったまま過ごせるような日々ではなく、夢のようでしたとおっしゃる皇后様のお言葉は、それらを全て受け止めた上での重みを感じるものであった。

思えば、ご結婚そのものが、覚悟の上の事。
我々のように、失敗だと思った時点でやり直せばいい的な気持ちを持つ事は許されず、それこそ、人としての在り方そのものを、何か別のものに取り替えなければならないような。
もしかしたら、そんなおどろおどろしい世界ではないのかもしれない。
或いは、それ以上の厳しさだったかもしれない。
どちらにしても、私ごときが知れる世界の事ではないけれど。

おめでたい時、大変な時、天皇皇后という方々は、直接現地に赴き、そこにいる人にお声をかけていらっしゃる。
若い頃は、そんな映像が流れても、それが一体何になるというのだろうとチャンネルを変えていたように思うが、いつの頃からかだろう、お声を掛けて戴いた人々の癒された表情に、これがあの方々の大事な役割なんだなって感じるようになっていた。

50年経った今、お互いに感謝状をとおっしゃる姿に、心が熱くなった。

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残りランチ1回分

いつ頂けるのか、まだはっきりお知らせも来ない定額給付金分の贅沢を先にしてきた。

1年以上ぶりに美容室へ行ったのだ。

髪を伸ばし始めて随分落ち着いた形になったから、頻繁に通う必要がなくなったせいもあるが、足掛け3年以上通った美容室が、前回行こうと思った時に閉店していたので、どこに行こうか決めかねていたせいもある。
普通にカットもしたかったが、縮毛矯正が目的だったので、ちょっと『えいっ』と思わないと行けない。

ちなみに、この辺りの私が通う美容室が閉店になったのは、これで2軒目。
担当になったスタイリストさんが『いなくなった』数で言えば、1軒目で1人(後に閉店)、2軒目で2人(3人目が店長さんだったが、間も無く閉店)。
そういえば、高校時代から通っていた店も、閉店まで通いつめたんだっけ。
私が行くところは・・・潰れる運命にあるのだろうか?

この土地に引っ越してきた時から存在している美容室に、今回初めてお世話になろうと思ったのは、縮毛矯正が通常15,540円のところ、初回限定9,975円のチラシを、新聞の間に見つけたからであった。
前の記事の通り、定額給付金を頂いたら行こうと心に決めていて、有効期限が記されていないのを良いコトに大事に保管しておいた。
先日、裏面の柄が変わり、ニューバージョンとなったのを再び新聞の間に見つけ、取り替えたばかりであるが、未だ定額給付金の『て』の字も聞こえてこない地域である。

でも、既に受け取った人がいるし、同じ県に住む別の市では手続きが済んだとの事、もう貰えないって事にはなるまい。
だったら、そよ風に髪がなびいても、鬱陶しくない季節のうちに、美しくなりたいではないか。
というわけで、昨日行って来た次第。

諭吉1人しか連れて行かなかったので、受付で確認したところ、チラシは有効との事。
しかし、矯正液をたっぷり注がれ、オカマを被ったところに店長さんらしき方が寄ってきて
『すみません、言いそびれたようなのですが、お客様ロング料金が1,050円追加でかかります』
腰近くまで伸びた髪である。
当然っちゃ当然なのだが、ひとこと広告に記すべきだよね。
『・・・お財布に相談してみないと』
『あ、じゃ終わったら、ですね』
足りなかったらマケてくれるつもりだろうか?

ひろーい店に客は私ひとり。
この店も通ったら潰れてしまうのだろうか・・・。

1液をかけて、蒸して、洗って乾かすのだが、助手がドライヤーを2本持って現れた。
ふたりでやってくれるのか、と思ったら、先ほどの店長さんっぽい方もドライヤーを2本用意しているのが鏡に写る。
ひとりが2本のドライヤーを片手に持ち、合計4本で、がーーーーーっとかけ出した。
通常、引っ張る方向と反対方向に力を入れて踏ん張るものだと思うのだが、両側から別々にひっぱるものだから、踏ん張っても頭がぐわんぐわん動く。
よく見ると、2本のドライヤーは、マジックテープで繋がるようにしてある。
出力が弱いのを2つ使っているらしい・・・。
電気代としてはどうなのだろう・・・などと、目を瞑るしかない中、考える。

アイロンもふたりがかりでしてくれた。
さて、すっかり綺麗に伸びたところに2液をかけて、待つこと数分。
え、こんなんでいいんだ?という時間であった。
前の店では、1液をつける時も2液をつける時も、スタイリストさんは、相当手が荒れるのか、分厚いゴム手袋をし、ひたすらまっすぐに伸ばす感じで念入りにつけ、かなりの時間をじっと待つ。
店によって液体の種類も違うのだろうが、ここの店は素手である。
まあ、注がれる方は地肌につくわけだから、相手も素手である方が、安心はするよね。
カットも最後のブローも入れて、2時間で終了。
前の店の半分近い。
『シャンプーは、いつしていいですか?』
『ちゃんと乾かせば、今日でも平気ですよ』

これで、長持ちするなら、通常料金でもいいかも。
潰れないといいけど・・・。

レジで
『えっと・・・おいくらなら払っていただけますか?』
オカマを被りながら、確か夏目君も1人連れてきていたのを思い出していたので安心していたら、真面目にマケてくれるつもりらしかった。
結局、11,025円の出費。
定額給付金が来ても、残りランチ1回分、多分飲み物なしの私であった。

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春だから

開花宣言が早かった割にはボチボチと花を開いた桜が、今、どっちを向いても満開である。

朝早いうちに車で出かけたら、いつもより綺麗なお母さんと小さな子供が手を繋いで歩く姿を、いくつも見かけた。
一昨日は入学式や始業式だったけど、今日は入園式が多くある模様。
自分の子供は、とっくに自分より大きくなってしまったのに、ああいう姿を見ると、その頃を思い出し、自然顔がほころんでしまう。

こういう気持ちで育てたら、もっと違った育ち方をしたのかもしれない、などと思うが、現実は、ばたばたと追いやるように色々な事を過ごして、笑って自分の子供を見つめる時間など、どれ程あったろうか。
その点、人んちの子は、無責任に笑って見つめる事が出来て楽である。
泣いてようが笑っていようが、無条件にかわいい。

窓を開けて走っていたので、後部座席に花びらがひとひら舞い込んでいた。
春である。

出かけている間に、仕事のメールが入っていたのだが、打ち合わせを済ませ、さあこれからかかろうという所で、お客様の都合で図面が不要になった・・・がっくり。

他にしなければいけない事が無いわけではないが、なんだかポッカリ空いてしまった気分である。
こんないい天気なのに・・・って天気はあんまり関係ないか。

というわけで、
定額給付金が出たら、久しぶりに美容院へ行こうと思っていたから、気晴らしに先行投資を決めた。
通常15,540円のところ、初回9,975円のチラシを手に、いってきます。

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得々

昨日の朝、家計の為、チラシに目を向けるようになった私に、主人が気を使って、朝刊に挟まってきたスーパーのチラシをチョイスして渡してくれた。
そのうちの1枚、イトーヨーカドーの広告に、下取りセールの案内が。
『衣料品・住まい用品・家電を3,000円以上お買い上げにつき、不要品1点・500円で買い取ります。』
セーターとかスタンドとか茶碗や皿など、買い取ってくれる物のイラスト付きリストで目についたのは、体重計であった。

現在、我が家には2台の体重計がある。
というのは、

最近、祝儀を出しても、不祝儀を出しても、お返しはカタログが多い。
鶴亀の柄に名前迄入った壷をいただいても置き場に困るし、予期しない器・大きさの合わないシーツ・使い道のないバスタオルを戴いても、町内会のバザーに出展する他ないから、金額に応じて商品が限られても自分で選べるのは嬉しい。
あまり欲しいモノが並んでいなければ、普段視界に入れないようにしている食材や、アクセサリーなど、貰えるなら欲しいものがあったりする。
そういえば、去年は、この類でエステティック体験をしてきた。
後で散々誘われるのは若干面倒臭いが、ハナからお金に余裕があって来たわけではないってのを言っているので、相手もお約束程度にしか誘ってこない。

そういったカタログで選び、つい先日届いたのが『からだスキャン』であった。
随分前から欲しかったのだが、何せ我が家の風呂場の前には、既に『体脂肪計』が鎮座ましましている。
あれを買ってから、すぐに出た商品だったので、悔しくても、買うに買えずにいたわけである。

一家に2台は要らない体重計。
縦横50センチ以内なのだから月曜か金曜にゴミとして出せたのに、1ヶ月以上むやみにほっといたおかげで500円になるなんて・・・とはいえ、3,000円以上のお買い物をすれば、の話である。

あった♪
娘に、春から弁当箱をジャーにしてくれとリクエストされていたんだっけ。
にしても、駐車場入り口から大盛況である。
皆さん下取り品を持ってきているのかしら・・・。

さて、生活用品売り場に足を運ぶと、不景気のせいか、新学期のせいか、弁当箱のコーナーがやたら広いのを感じる。
色々置いてあったが、食べ盛りの娘、デザインより量で選ばなければならないのが、少し悲しい。
しかし、所詮保温の為に加工してある品々で、小さくても、大きくても金額に大差がないのが気休めとなる。

茶碗3杯分・・・これだな。

レジに持って行ったら、金額を見間違えていたらしく、4,400円が3,980円で済み、得した気分になった。
更に、弁当箱へのおまけなのか、おかずを小分けにして入れる、アルミカップのカラータイプを戴いたのだが、うちに帰って開いてみると、それはレンジOKのシリコンタイプのカップなのであった。
へー、こんなのがあるんだ、と感心。
またまた得した気分ではあったが・・・。
『洗って使えて経済的だね』
と、小喜びする主人には、油ものが多い弁当箱が油まみれにならないように小分けしてるわけで、正直洗いたくないから使い捨てにしてるんだよね。。。とは言えなかった私である。

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逢いたかった

東京国立博物館で今日から『阿修羅展』が始まった。

実は数日前から、今日は同じ上野にある国立西洋美術館に、娘を連れて『LOUVRE』を観に行く予定になっていたのだが、昨日、昼を食べる時につけた情報番組で、偶然にこの事実を知ったのである。

明日から、という事は、まだ前売りが手に入るはず。
『LOUVRE』の当日券は、ネットでクレジット購入した。
購入手続きの後、自宅でプリントアウトする為、発行手数料も送料もかからず、そのまま改札に行けるという大変便利なシステムを利用したのは初めてであった。
それと同じ方法で、当日券より200円安い前売り券を手に入れたのだが、実際、こんなぺらっぺらな印刷物で改札を無事に通れるのかどうか心配であった。

朝、7時15分に家を出発。
開館は9時半。
当然、我が家から上野迄、そんなに時間がかかるわけではない。
時間前に行って、並ぶつもりであった。
着いた時には、誰も並んでいなかったが、あれよあれよという間に、国立西洋美術館の前に長蛇の列が出来上がってしまった。

さて、娘は中学生。
この辺は、中学卒業迄は、無料である。
前回『ダヴィンチ』を観た折にも、確かに娘は無料であった
しかし、落ち着いて看板を眺めると『チケット売り場にて無料券をお受取り下さい』とある。
なんだそりゃ・・・当日券を持ってて、娘は無料なのに、窓口に並べってか?
意味ないじゃん。。。

まだ門が開かないから、西洋美術館のチケット売り場へは行けないし、外のチケット売り場では、学生証を提示すれば良いのだと言う。
『でも、看板にはチケット売り場で無料券を受け取れってあるのですが?』と言えば、
『どういう意味でしょうか?こちらにはそういったものはございません』と切り返され、『どういう意味』か聞きたいのはこちらである・・・。

改札へ行くと、娘は、学生証の提示を求められ、かわりに『おこちゃま用のチケット』と便覧風な物を渡され、私は、プリントアウトしたチケットのバーコードを読み込まれ、まわりのみんなが持ってるのと同じ、豪華版のチケットと交換してくれた。
なるほど、2回目の提示は無効って、そういうしくみか。

『LOUVRE』は、こういう大きな展覧会で、人の頭や影を気にすることなく、こんなにゆったり観たのは初めてという点で、とても良かった。
さあ、これで娘のお付き合いは終了。

正直、昨夜は、遠足に行く前の子供の心境だったのか、興奮して眠れなかった。
あまり逢いに行かないもんだから、奈良からわざわざ57年ぶりに東京まで出てきてくれているのだ。
しかも、写真以外で360度観れるなんて、こんな機会でもなければ不可能である。

こちらは10時を廻っていたので40分待ち。
入場制限をしたところで、中では相当の混雑が予想されるが仕方が無い。

会場の入り口に立つ案内の方を見て、ちょっとびっくり。
お坊様の出で立ちであるが、興福寺の方なのだろうか・・・。
ご苦労さまです。

で、案の定、ガラスの前は人の海である。
玉だ飾りをひとつひとつ観ていたも始まらないので、比較的空いている展示物だけ眺めて、娘もほっぽらかして、薄暗い中を前へ前へ進んでゆく。

いつ興福寺の国宝殿へ行っても、硬いガラスの向こうにしかない八部衆や十大弟子の姿が両脇に並ぶ、この先の部屋に阿修羅がいる。
同じ空気の中にいるだけで、ちょっと鳥肌が立つ思いがした。

一度に押し寄せられないよう、またどこからでも待ち時間にその姿が見えるように作られた、入り組んだ道標の真ん中に立つ阿修羅の傍は、ガードマンが固く守り、3重の人人人である。
あの状態で観るのは、残念だけど、今日はじっと我慢である。
絶対、絶対、終わるまでに、朝一番で、もう一度は、出来れば二度は来るから!

とかなんとか思いつつ、時計廻りにぐずぐずと進んでゆく輪に加わり、一番前ににじり入り、頭の天辺から足の先迄見える位置を陣取り、360度じっくり楽しんだ私であった。

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いえいえ、こちらこそ

いやー、やっと終わりましたWBC。

普段スポーツするわけでも、進んで観戦するわけでもなく、決してファンでも通でもないんだけど、前回も今回も、どっぷり浸かってしまったのは、近しい人々が好きなもので、ついついつられてなのである。

…の割には、仕事から帰った主人に、丸々流れを説明できる程、しっかり観戦していた私。
超急ぎの仕事も送ってしまった後ゆえ、ここ数日は何をしても正直言って手につかず・・・ちょっと脱力な朝を迎えている次第。

なにしろ、終わってから今朝に至っても、TVをつければシャンパンファイトと、陣内智則さんの離婚報告会見の繰り返しである。

私個人としては、MVPは、打っても守ってもの内川選手に、投手なら岩隈選手に、あげて欲しかったなー、と思う。
心配なのは、肉離れで途中から帰国してしまった村田選手の分のメダルがあるのかであったが、どうやら誰かが持って帰ってきてくれるらしい。
あれで彼のメダルが無かったら、本人の代わりに暴れてあげたい。

大会開催前の宮崎キャンプでは、やっぱイチローってカッコいいわって思わさられていたから、ひたひたと不調の影が迫っていたなんて知らずにいた。
昨日の6打席目の大チャンスに打席に立った時には、『彼ならやってくれる』という思いと『あーでも・・・』って思いが入り混じっていたのは私だけではあるまい。
改めて試合を振り返ると、ここでこうしてれば、ああなってれば、もう少し楽に勝てただろうというシーンは数々あれど、延長になったから与えられた舞台でもあったわけで、
『美味しいところだけ貰いました、ご馳走様でした』
という言葉に、
『いえいえ、こちらこそ、大変楽しませていただき、どうもありがとうございました』
という気持ちである。

打てなくても、打てなくても毎日注目されていたイチロー選手の瞳が、試合終了直後は泣いちゃうんじゃあないかって潤み方をしていたのに、シャンパンファイトが始まる瞬間、原監督が発する一言一言に、まるで高校球児みたいに、ワクワクキラキラ反応してたのが、大変印象的だった。

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飲んじゃった

この時期、検査目白押しの私である。

昨日は、年に1度の、無い胃にカメラをつっこむ日。
去年の今頃もこうやって、その辛かった印象を記していると思うが、年々あのカメラの先っちょを見ると拒否反応が強くなるのを、ひしひしと感じている。

鼻から入れるタイプや、カプセルタイプなど、巷で色々出している割に、この病院は、私が通っている5年の間、新しくなったのは、入院患者が引っ張って歩く点滴カーと、本人認証に必要な診察券とそのケースと携帯電話の扱いくらいである。
携帯電話は、入院当時、全館使用禁止だったのが、診察室等入室の際は電源を切るようにとなった。
とはいえ、建物内全体がもともと電波が弱く、だいたい通じないから、ゲームやってたり、メール打ってたりしていても冷たい目で見られなくなっただけで、実際に通話や送信をしたい場合には、玄関先に移動しないと無理なのだ。

三十路にかかり検査を受けるようになってから、全体的に緩和されてきたなと思う事もある。
以前は、胃の検査を受けると言えば、夜8時だか9時以降は飲食禁止だったのが、食事の扱いは変わらずとも、就寝前迄なら、お茶や水に限っては可となり、今回初めて目にしたのが、当日になっても飲水なら可となった。
もっともこの辺は、毎年の事だからってよく読まず、今年初めて気付いただけかもしれない。

検査そのものも嫌っちゃ嫌なのだが、当日の朝、自分は飲んだり食べたり出来ないにもかかわらず、家族の食事の仕度をしなければならないというのが、限りなく嫌である。

そう思いながら、あと、『水なら飲んでいいんだ』という姑息な安堵が手伝ったせいであろうか。
朝食の仕度の流れに乗って、ついうっかり、毎朝飲む習慣のある漢方薬を湯に溶かして飲んでしまった!

とりあえず病院に電話してお伺いした。
ダメですという事になると、検査後の結果を聞くための予約も取り直しになるわけだし、往復1,500円近くかかる電車賃も無駄になる。
『あ、大丈夫ですよ』
一安心である。

こうして毎年、術後の検診を受けるのだが、胃から十二指腸にかけての内視鏡検査と腹部超音波検査には予約が必要であり、当日朝、保険証を確認して戴いたときに、そのふたつだけは指示があるのに、いつも何故か、血液検査と採尿・採便検査と胸部レントゲンがあるとは言われない。
だから、毎回会計時に、
『あと血液検査と採尿・採便検査と胸部レントゲンを受けて下さい』
と言われてしまう。
そうだって事に、4回も受けて気付く私も私である・・・。
どれも大して時間がかかるものではないからいいのだけれど、今年は、予約の45分前に着いたので、その間に全部済ませてしまったら、カメラ飲んでも1時間半で終了。
素晴らしい・・・。

でも今年は、夜になっても、口のどこかにイチゴの後味を感じる。
何度飲んでもカメラは美味しくないのであった。

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早い話が老化だって

先月の終わりに行って来た健診の結果が届いた。

好き勝手な食生活を送っている割には、結構いつも優等生な結果である。
それでも胃を取る前迄は、鉄分に要注意症状があった。
夏場は400mlの献血にも耐えられるのに、冬場はヘモグロビンが足りなくなる為、はじかれる。
ただ、血の内容は大変宜しいらしく、時間がかかりますが成分献血お願いします、と言われた事もあった。
切除後は、ビタミンB12は永久に作り出せないのと、鉄分も慢性的に不足する為、毎日錠剤で補充しているので、数値的には充分足りている模様。

今年、5年ぶりに『要精密検査』の文字を見た。
それは乳房である。

別に、今すぐ、何がどうだと結果が出たわけではない。
もう一度、医師とカルテを見て、それからの話であるが、やはり、一度は運が悪ければ死んでいただろうという病が巣くった身体を持つ者としては、いつ来てもおかしくないモノがとうとう来たのかもしれないと思わざるを得ない。

触診の際、全体的に乳腺が張っている様子なのは先生とも話しているし、自覚もある。
ここのところ、ひと月を通じてそういう様子で、
『乳腺症の疑いにしておきましょうか』
おきましょうかって何だよ、という感じだが、
『超音波とマンモグラフィの結果を見てからという事にしましょう』
と付け加えた。

その結果が『要精密検査』である。
乳房レントゲンにて、左乳房に局所的非対象影有り。
乳房超音波にて、左乳房に乳腺腫瘤の疑い、右乳房に乳腺のう胞の疑い有り。

さっそく検査を受けた病院へ電話し、最短での予約はいつになるのかお伺いした。

5年前、胃の『切除が必要な状態ですから』というお墨付きな宣告をそのまま主人に伝えたら、彼はその日仕事にならずに帰ってきてしまった。
多分、葬式を出す所まで想像を膨らませただろう。
後できいたら、また結婚相手を探さないといけないのか迄考えたらしい。

当人ですら、まだ何の宣告も受ける前からブルーになっているのに、彼に話したら、明日付いて来るとか言い出しそうで面倒である。
付いて来ずとも仕事にならない事はわかりきっている故、言えない・・・。
この精神的負担を何日も負うなんて、まっぴらごめんである。

幸い翌朝一番で予約が取れた。

『まぁ数値的にこういうものが出てしまうと、お呼びしないといけない事になるのです』
と前置きして、
『全体的な痛みが生じていて、こういった影があちこちに見られる場合、乳腺症ということでしょうな』
とはいえ、これが何の心配もないとは100%判断しきれるものではなく、経過をみる為に、半年後にもう一度写真を撮りましょうという事で今回は帰って来た。

乳腺症とはいえ、それが癌に発達しないという保証はなく、場合によっては組織を取って調べるらしい。
乳癌は食生活を含んだ環境の変化に伴い、発病率はどんどん増えている。
原因ははっきりしていないものの、初潮年齢が低い、閉経が遅い、妊娠期間が少ない、ホルモン補充療法を受けている等、引き起こしやすい要因は挙がっている。

しかし、子供が乳飲み子の時に、軽く乳腺炎になったが、炎と症では一体何が違うのか。

乳腺とは、妊娠や出産をした時に、乳を分泌する組織である。
若い女性の乳房は、妊娠や授乳に備えて、ほどんどが乳腺組織で占められているけれど、その役割を終えた乳腺組織は徐々に脂肪組織に置き換わってゆくそう。
乳腺組織と脂肪組織が交じった状態にある過渡期に、乳腺は硬くなり『しこり』として感じる事があり、その乳腺の変化を痛みとして感じる事もあるらしい。
こうした変化は、女性の正常な体の変化である・・・早い話が、これって乳の老化なんじゃん。

別な意味でブルー・・・。

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キムです

大韓航空機爆破事件から22年を数える今年、久しぶりに金賢姫さんの話題が持ち上がった。

それは、彼女に日本語を教えたのが、北朝鮮に拉致された田口八重子さんだからであり、そのお兄さんや息子さんと面会をすることになったからである。

20年以上前になると思うが、私の母の一番下の妹が失踪した。
あの時、実家の母が『北朝鮮にでも連れて行かれたのよ、きっと』と言ったのを、私は半ば冗談だと思って聞いていたように思う。
いい大人を、しかも、飛び抜けて容姿が良いだとか、頭が良さそうとかの理由もなく、どうして異国に連れ去る人がいるものか、とも思っていた。
勿論、北朝鮮による拉致なんて、今は当たり前のような事実を知る由もなく、身近に起こりうる事にしか興味もない時期でもあり、あちらから本当に人が帰ってきて初めて、もう何十年も、そのような事が行われていたのだと理解し、だったら叔母さんも?と改めて思ったものである。
しかし、叔母の場合は、いなくなって何年か後に住民票が動いている事や、一度は電話連絡が入ったらしく、どうやら自分で勝手にいなくなっただけらしい。

どうして金賢姫さんが、パッタリと10年以上もマスコミも前から姿を消したのか、また今になって出てくる気になったのか、それは色々難しい事情があっての事だろうし、賛否両論あるだろうが、昨日の対面の様子を見る限りでは、それは1人の女性として、同じ人の親としての姿であり、見ている私も母親の視線で、これが今後良い方向へ進むのを願うのみである。

年も重ねているし、整形もしたという事だが、当時を思い出す面影はしっかりと残っている。
事件直後は、自殺防止の為に口元が痛々しかったけれど、その後何度かカメラの前に姿を現した時には、随分綺麗な人なんだという印象で、キムといえば、暫くは世間で女工作員を指す言葉として通った記憶である。

その暫くの間の出来事。
私は、鹿児島迄出張に出かけ、行き先で用意して下さったホテルに泊まる事になったのだが、
『お名前がわからなかったので、キムで予約してあります』
『・・・へ?』
仕事が終わって、飲んだ席だったから冗談だと思って聞き直したが、答えは同じであった。

1人フロントに向かい半信半疑で
『・・・キムです』
『あ、キム様、お待ちしておりました』
嘘じゃなかった。

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籠城作戦

近所のスーパーが特売日だったので、午前中早々に行って来た。

先日、エンゲル係数を計算した結果、日本のほぼ平均値に収まった我が家ではあるが、実際、それで喜んではいられない経済状況である。
すっかり15年分程後ろにタイムスリップした給料で、そのまま消費し続けては、食い倒れてしまう。
決して贅沢な食卓ではないが、かなりおおらかと言えるので、まだまだ無理をせずとも引き締める余地は残されている。

今年に入ってから、ひしひしとそういった状況に追い込まれ、徐々に家計改正を進めてきた。
大方をクレジットで処理しているので、結果としての数字はこれからといったところであるが、レシートの溜り具合に変化は現れてきている。

当たり前の話だが、やっぱ無駄な物を買わないようにするには、買い物しないのが一番なのである。

なんとか、家にある物を工夫して消費してゆく。
題して、籠城大作戦。

籠城する為にも買い出し日は重要設定ポイントとなる。
芋や人参・玉葱等、丸々1週間は持つようなものを中心に、肉の量をゴマカす為、かつ彩りを豊富にする為、それから、あれこれ作ると、最後に息切れして、よくインスタントで済ませていた味噌汁のネタとしても、野菜の補充は必須。
肉類は、今日明日に必要分だけ揃え、後は普段の夕方の方が値下げしていたりするから、牛乳やパンのように数日おきに買い足しが必要な物と一緒に買う。

特売日はレジに長い列を成す。
自分の順番が来るのをひたすら待つわけだが、前や横のカゴを眺めていると、様々な風景が見えてくる。

先日は、赤ちゃんを抱っこした若いお母さんが前にいた。
並んでから自分の番になるまでに、野菜売り場の前を通り過ぎるのだが、1歩進む毎に、軽く屈伸運動をするように手を伸ばし、1品また1品と増えてゆくのであった。
その日は、私も1個98円のキャベツに手を伸ばしてゲットし、カゴには入らない状態だったので手で持っていたら途中で完売となり、優越感に浸ったのを思い出す。

今日は、肉より魚が目玉のようだった。
私はブリの切り身を選択、家族分を袋に入れていた。
前にいた方は、もうお孫さんがいらっしゃるでしょうといった感じの奥さんである。
カゴの中身の大半を占めていたのは、鯵の干物、一列に並んだ尾を数えると10枚以上。
今日は、もしかして鯵パーティ?
若しくは、ひとり暮らしで、あれを冷蔵及び冷凍にして、毎日1枚焼いて食べる、新式・鯵ダイエットか。
鯵の干物は決して嫌いではないが、旅館の朝ならまだしも、毎日食べたいって代物ではない。
新鮮でも二泊三日で帰りたい。

そうして、まぁ私のコトも他人がそのような目で見てくれているのであろう・・・などと思いつつ、会計を済ませるのであった。

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トイレの鶯

鶯の声が春を呼ぶ季節である。

鶯は『ホーホケキョウ』と鳴くものであるが、毎年『ホー』と『ホケキョウ』がくっつく迄、結構練習が必要な模様。
季節の最初は、
『(低めに)ホー・・・(中くらいに)ホー(あれれ?)』
みたいに、昔懐かしアイドル歌手さながら音を探しているのがわかる。
『ホー・・・ほけ?』
と、どこか自信なさげにつっかかると、こちらもなんだかコケそうになる。
まあ、それはビギナーな鶯のことだと思うけど、ベテランだって発声練習は必要だろう。

土鳩が鳴いたり、ヒグラシが煩いほどだったり、ヒヨドリで木がまっくろになったりする山なので、鶯もやってきて当然なのだが、どうやって招いたのか、我が家の裏に位置するお宅のお庭の木に鶯がやってくる。
『ホー・・・・・・ホケキョッ』
『あー鶯が鳴く季節になったんだ・・・』
と、寝室からは、どこか遠くで鳴いているようにしか聞こえなかったのだが、反対側に位置するトイレに入ると、窓辺にいるかのように聞こえてくる。
初めの頃は、丁度雨が降っていたので、偶然雨宿りに留まったのかと思ったのだが、毎日のようにやってきているみたいである。

何が気に入ってしまったのだろう。
それとも捕まえちゃった?
飼っちゃいけない鳥だものねぇ。
それはないか。
静かに確実に1人になれる領域で、鶯の声を聴く贅沢。

ちなみに、隣の生垣には、カラスがいらっしゃる。
常に手入れが必要なタイプのお庭を持ちながら、虫だ蛙だ蛇だって嫌いな奥様がご存知かどうかは不明だけど、私がここに座ってみている限り、もう1年以上、多分同じカラスが来ている。
別にカラスが名札を付けているわけではないが、別のカラスと一緒に来たこともないし、入れ替わる事も見たことないもない。
留まって、暫くそこでツンツンしては、また飛んでゆくしぐさが、確信に近く同じに見える。

やっぱ、カラスでも鶯でも、お気に入りの場所ってのがあるんだろうな とか思う春であった。

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面倒くさい大荷物

町内会の話題で、もぅひとつ。

たかが回覧と集金と配達係の班長であったが、昨年度の終わり頃、
『引継ぎをしておきたいのですが』
と、前年度の班長さんからお電話をいただいた。
『いや、確実にいらっしゃる時じゃないと、量がね・・・』
引き継ぎたいのは『事項』ではなく、『荷物』であるらしい。

前年度の班長さんは、両手に大きな袋をぶら下げてやってきた。
中身は、回覧を挟む板が一袋と、集金袋が一式、集金した領収表のファイルとゴミ分別が始まった時に市から配布されたビデオと煎餅の缶というものであった。

せ・・・煎餅の缶???

回覧の板は、2区画が1班になっているので、1度に2枚必要である。
お知らせが多い時期は、一度に廻してしまうと見落とされると困る連絡もあるので、分けて廻したり、通常の回覧が途中の時に、訃報があったりすると至急で別に廻すから3枚つづ位は欲しい。
いくらガサばっても、コレは必要である。
とはいえ、端っこが捲れてボロボロなのと、金具が壊れているものは、捨てさせていただこう、と既にはじいている私。

集金袋に仕立てたジップロックの類。
・・・おっきいのから小さいの迄数えると10枚以上あるけど、これはこんなにいるのかなー。。。疑問。
多分、古いのが使えるのに、新しいのを支給されたりして、全部大事にとってあるのだろう。
多すぎたが、捨てる理由も見つからずそのまま束にしておいて、おっきいのをひとつだけ愛用する事に。

会費やテレビアンテナ代の歴代領収表。
こいつが大荷物の犯人である。
こういったものの保管は、法的にも5年と定められていたように記憶するが、昭和の半ば、この集まりが会を成した頃からずーーーーーっととってあるのだ。
うっかり開けたら煙が出てきそうな煎餅の缶に旧領収表がきっちりと納まっていて、昔懐かし出席簿さながらの黒い表紙に、既にお引越しされたり、代替わりされた方の名前がズラリと並ぶ・・・。

しかも、1年に2枚ないし3枚しか使わない領収記録用紙は、毎年会計から記入の仕方と共に余分に支給されるのだが、余った用紙は、なにかあった時の為?ストックされている。
てことは、去年より今年、今年より来年、来年より再来年と重くなるわけですね。

極めつけは、G30のビデオ。
『・・・これは・・・ご覧になったわけですか?』
『いや、まさかぁ』
『ですよねぇ…』
これが配給されて何年経つのだろう。

定例会でお伺いしたら
『5年分もあれば充分でしょ』
あっさりと返ってきた。
じゃ、捨てていいんですね♪

こういうのって、何も考えずに次に引き継ぐのが、ホントは宜しいのだろう、とか思う。
捨てていいって言われても、捨てられない族はいるのだろう。
だから、次いつ廻ってくるかわからないけど、またメタボな袋が我が家にやってくるのかもしれない。

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