お小遣いっていくら?

 娘にプレゼントを貰うたびに、ちょっと心苦しくなる事。それはお小遣いである。

 私が親にお小遣いを戴くようになったのは、小学生の頃であった。いくらだったか忘れた。ただ、中学で3000円高校で5000円がきまりだったので、それより少なかったのだろう。
 お小遣いをくれるようになった時に親が言った。
 『何もやらずに貰い辛かろう』その頃から働かざるもの食うべからずな家であった。
 だから、雨戸閉めと風呂洗いと食器洗いと米とぎと鳥の世話が使命であった。なので、アルバイトを始めた時に使命を果たせなくなる為、親から小遣いを貰うのをやめた。

 私がお小遣いで賄ったもの。
 それは、学生の本分にかかるもの以外全てであった。だから参考書以外の本はどんなに高価なものでも自分で買ったし、どこかへ行く費用は全て自分もちであった。
 自分もちの歴史を述べれば、小学校を卒業する時に新品のスーツが欲しくて、親にねだったら、そんな来年以降着る保証がないものにお金をかける事はできないと言われ、半分出した。
 中学に入って間もなく作った眼鏡のフレームが気に食わず、度が進んで次に買う時には自分で買った。その後、コンタクトにしたくなった時にも、親に相談したのは保険証を借りる件だけだった。
 専門学校へあがったときに、10数万円の教材費を要求したら、そんな余裕はないと言われた。ちなみに就職して数年後、その専門学校にかかった費用は昼代と多少ながらの利息をつけて返済をした。
 極めつけは、我が家は全て姉が基準だった為、高卒で就職した彼女が家賃を払いだした年が19であったから、私も学生でありながら19の年から嫁に行く迄、月3万の家賃を出させられていた。確か年金も自分で払ってたと思うから月4万だったのを思い出した。
 学校に通いながらのアルバイトから4万はきついよね。おかげで、バイトのついでに学校へ行くような生活となった。家に戻って1時間寝て、次のバイトなんてのざらである。
 しかし、嫁に行く時は『あらそう』と言ったきり、別段嫁入り支度をしてくれるもんでもなく、姉と兄と同じように祝儀袋を出した親である。

 話はそれたが、我が家の娘は、生まれも育ちも違うのに江戸っ子である。下手したら、もっていれば親からの一時預かり金であっても手をつけるので、決して余分には持たせる事が出来ない。
 そんな娘が考えて悩んで、この時期に買ってくれるプレゼントは、月に一度親戚の家に行った折に必ず貰える千円から賄われている。
 とはいえ、今日お昼は友達とマックにしていい?だとか、習い事の帰りにジュース買うだとか、映画行くとか言う突発事項についてはこちらが出すので、きっと、きちんと計算したら、小遣いを月に2000円あげるよりは安上がりである。
 しかし、このままでは決してやりくりは身につかない。いつまでも、欲しいものが出来たら親にお願いしてみるというのも如何なものであろう。
 娘がくれるものに、心おきなく感謝できるよう、けじめをつけたい私であった。

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本日は親ばかで

 一日遅れの記事となってしまったが。昨日の母の日の事である。

 バレンタインデーにホワイトデーがあるように、母の日には父の日がある…というのは単なる暦の流れであるが。
 我が家では、バレンタインデーを『年に一度小エビで鯛を釣る日』と呼ぶ。案の定、主人は毎年翌月を待つように何かしてあげたくて、ソワソワとするから、小エビで鯛作戦は大成功というわけだ。
 これを記していて、だからなのだろうと思うのだが、娘の中で、母へのプレゼントと父へのプレゼントの扱いが大きな違いがあるらしい。

 毎年、娘は母の日に、なけなしの小遣いをはたいてピアスをくれる。勿論大した金額の物は買えない。だから数年前迄は、主人がいくらか足して、それなりの物を進呈してくれたりした。けれど、彼女は彼女なりに、自分の力でなんとかしたいと思うところがある模様。
 何故なら、何年か前だけれど、ほんとに数百円しか持ち合わせがない状態の時、青い蝶が刺繍されたガーゼのハンカチをくれた年がある。子供ながらに、この金額ではと思ったのであろうが、主人がなんとかなだめて、お前が今出来るものでいいんだと言ったのだろう。その後、肩たたき券やら、自作のしおりやら、色々作ってくれた貧困の年は数年続いた。

 私にとっては、どれも甲乙つけられない宝物である事は言うまでもない。言い換えれば、物であろうがなかろうがなんだっていいのである。充分な小遣いを与えていないという事もあり、大人同士であれば、お気持ちだけでというところである。

 対して、父の日のプレゼントは、娘の力作?が多い。燃えるような赤のスーパーカーの絵だったり、車のナンバーが記されたお守りだったりと、彼の趣味を讃えるような作品ばかりである。ちなみに、バレンタインデーはチョコだが、手作りに徹している。
 私からすれば、そっちのがいいじゃんって思うんだけどね。人間は無いものねだりな生き物である。彼に言わせれば、何でもいいうから物が欲しい。。。みたいである。

 そんな娘の今年の母の日のプレゼントは、猫のシルエットに薄い青のきらきらがついたピアスであった。びっくりさせたいからと、義母の部屋に隠し、当日のご飯の時間にお披露目された。普段夜ピアスなんぞつけたまま就寝しない私でも朝迄外さずにいた。
 『いいよねお母さんは』
 とは主人の台詞である。来月はまた、主人にとってはどうでもいいような物が贈られるのであろう。

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応用力はどこで?その2

 立地骨炎さんちのお子さんのお風呂の話で思い出した。
 風呂とはまったく関係ない話なんだけどね…。

 朝ご飯のデザートに、苺を1パック親子3人に配分したついでに、娘の弁当用に小さなタッパーに詰めた。
 彼女の弁当箱は2段重ねで専用の袋に納めて持っていくのだが、専用の袋なので、弁当箱とせいぜい御揃いの箸箱しか入らない設計である。
 案の定娘は言った。
 『お母さん、これどうやって持って行けばいいの?』
 意地悪く、自分の腹にでも納めていけば?と思ったが、そう言ったらホントに食べちゃいそうなので
 『ビニール袋に入れてけばいいでしょ』
 娘は暫く考えて
 『つぶれて、ぐちゅぐちゅになっちゃうよ』
 ならないってば…。
 どうやら苺を直にビニール袋に入れて持って行く事を想像した模様。
 『あんたって、どうしてそうオバカなのかしらね。
 タッパーごとビニール袋に入れて鞄につっこんできゃ漏れないし潰れないだろうが』

 ここまで言わないとイカンのか…と泣きそうな私であった。

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応用力はどこで?

 娘には、よく、『自分の言葉で伝えなよ』と言うが、先日、よそのお宅の大学1年生とサシで話をした時に思った。どうやら応用が利かないのは自分ちの娘だけじゃあないらしい…。

 よそのお宅の大学1年生とは、娘が幼稚園の頃から一緒の子の兄の事で、最初、そこんちの母からメールが来た。
 最近の大学というのは、教材にしっかりノートPCなんかが組み込まれていて、有無を言わさず手元に届いたのはいいが、自宅でどうやって使ったらいいのかという相談であった。
 生憎、そこんちのモデム(っつーんだっけ?光に繋ぐやつ)は有線1台のみの対応らしい。しかし、普段繋いでいるPCは既にリビングのインテリア化しているので、そこからケーブル外して、まあ、ノートではあるが繋いだら?という対応で落ち着いた。
 しかし、後日再びメールが来て
 『子供のアドレスは何になるの?』
 『……』
 電話に向かって、んなこた知ったこっちゃないと呟きながら
 『家にいます』と返信したら、『私はいません』と返って来た。もー…。
 『彼の問題なのだから彼が連絡してくれば宜しい』
 30分程過ぎて、ようやくご本人から電話があったものの、蚊の鳴くような声で、最初何が言いたいのだか、さっぱりわからない状態であった。『ええっ?』って聞き返されたくなければ、取って食いはしないので、もちっとハキハキ大きな声で言って欲しいもんだ…。

 まあ、最初にPC買った時、設置設定をしたのが私であるから何かあれば私に電話してくるのはいいのだが、いつの間にか、どっかからの勧誘で『お得になる』のを聞いて、プロバイダとプランを変更したなどと言う連絡は受けていない。勿論そんな連絡は必要ないっちゃないが、だったらそこに相談するのが順番であろうと思う。てか、直に本人にもそう伝えた。
 『電話線使っての話ならNTTが基本。そこのどこにかけていいかわからないなら116に聞くべし。適当に割り振ってくれるから』
 とまで言っても、『わかるかなー』と言う始末。毎回毎回ご本人達の前で、私がそうやって電話してるの見て聞いて学習というのはしないもんだろうか…。

 何日か前、学校の先生が忙しくて仕方が無いので、保護者を呼んで、先生の一日をビデオで撮影したのを観て検討して戴こうというのをテレビでやっていた。
 その先生は、給食を食べ食べテストの採点をなさっていて、自分の時間どころか、自分が勉強する暇すらないとボヤいておられた。それを観ての保護者の感想は、
 『ああいう先生ばっかじゃないと思うしねぇ。気の毒だとは思うけど、私たちだって忙しいし』というもの。

 私が子供の頃を振り返ると、親からは特に教わった事というのは何もない。と言ってはナンだが、別に口うるさく、ああしろこうしろという親ではなかったし、親に何かをきいても『学がないから』とかわされた。しかし、親がしている事をお手伝いする事で、ひとつひとつ出来る事は増えて行った気がする。

 学校でも、工作したり、家庭科で何か作ったり、グループで発表をする時、先生って実習の時は楽そうって思った。生徒に、考えさせて、揃えさせて、作らせた物を見て点数つけるだけじゃん。
 例えば、ブラウス1枚縫うにしても、次回までに布を用意してねと言われて、友達と買いに行った記憶がある。ボタンも糸も自分で選んで買った。どれだけあれば足りるの、こっちの店の方が安いのと、うろうろしてると別のグループに会ったりして、それも楽しかったように思う。

 今は何でもキットである。無駄なく組み込まれた物に親はお金を出し、子供は組み立てるだけ。キットがない物事には、先生が間違わないよう、無駄が出ないよう、道筋を立て、その上をまっすぐに歩かせてゆく。
 授業参観に行っても、子供は口の中でゴモゴモと話し、どの先生も聞こえないとは言わないし、メリハリのない動作をしていても注意しない。まるで注意して、また同じ事を言わせたりやり直させたりする時間が惜しいようである。

 でも、その結果、子供達には、自分で判断する事と、そうする事でどうなるのかと考える力がまったくないような気がする。自分でしたことについての責任を取れとまでは言わないが、物事にはいちいち理由ってのがあるってのはわかって欲しい。

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おまけの話

 雑誌に『おまけ』がついてくるのが流行っていると、今朝ズームイン!!SUPERで言ってた。

 そういえば、何たらマガジンを創刊号から買い揃えると、タイタニック号が出来上がるだとか、漫画描く道具が一式揃うだとか色々あるが、特に、女性向けの雑誌にブランド物のポーチやアクセサリーが付いてくるのが本日の話題であった。

 子供が小さい頃は、買ってやった雑誌やお菓子の『おまけ』をムキになって組み立てる自分がいて、子供にそういう物を買い与える時は、彼女が欲しがった時ではなく、自分に余裕がある必要がある。だから『…今度ね』というのは、ケチってるのではなく、忙しい時であった。

 『おまけ』というのは、『おまけ』単体では買えないところに意義がある。
 昔、子供ながらにおいしくないと思ったライダースナックが、カードだけ抜かれて、そこらに捨てられていたのを思い出すなー。
 娘の時は、5個揃って1個の合体ロボが出来上がるという、人の足元を見てるような箱物が多く、それこそ『おまけ』みたいな小粒のラムネが一袋こっそり入ってるだけでお菓子の棚に並んでいた。
 しかも小さい子が、しゃがんでじっくり探せるような場所。それを親の私が、あと1個揃わないと完成しないのが気持ち悪くて探してる図ってどうよ…。

 さて、雑誌の話であった。
 今や星の数程あろうかという刊行誌、どこかで『おまけ』を付ければ、『おまけ』付きでなければ売れないと、こぞって『おまけ』をつけるのは当然。読者にとっては嬉しい限り、かどうかはわからないが、付いてるんだから損してないのだけは充分伝わる。
 でも、たかが雑誌に、ポーチとはいえブランド物つけて採算とれるのかって心配になるが、その小さなサンプルによってレギュラーサイズを買い求めて貰おうという魂胆があるので、サンプル代を持つのはブランド屋さんの方だと言われれば、なるほどーと思う。

 それより今日の『へーー…』。

 それらの『おまけ』は、本屋さんに入荷当初、本体の本とは別個の梱包でやってくるらしい。我々が商品を目にするのは、『おまけ』と合体して平積みの状態であるから、どこかで誰かが合体作業しているわけである。
 『こんなのばっか増えて、実際困るんですよね…』
 と言いつつ、くるくるって雑誌から簡単に『おまけ』だけ持ってかれないように紐がけして見せる本屋の店員さんであった。それって本屋さんの仕事だったんだー、と関心。また、それを商売にしているように上手いんだよね。
 レジ打ちの合間に紐がけ作業してる事が多いらしい。しかも紐代、ゴム代は本屋さん持ちなんだって。本売る為とは言え、という感じである。

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GWの思い出 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ GWの思い出
「今年のGWはどんなことをしてすごしましたか?GWの思い出を教えて下さい。」
 今年もようやく終わります、ゴールデンウィークが…って毎年言ってる気がするなー。

 飛び石だかなんだか知らんが、子供は休みで主人は出勤、主人は休みで子供が学校ってスケジュールが連続する毎年のこの時期、変則的な食事の支度が続くだけで迷惑な、一体誰のどうゴールデンなウィークなんだかと、一刻も早い終了をひたすら待つ私であった。

 だいたい、いつもなら行こうと思えば歩いてでも行ける、遊園地やら動物園やらの付近の道だけでも渋滞しまくり、他の土地に行こうと通過するのも下手したら阻まれるような土地に住む為、ゴールデンウィークなんざ出て歩こうとすら思えないから、家で静かに過ごす事が多い。

 それでも主人は大々大好きな車を撫でたり擦ったりと、およそ2日はそれで時間を費やせるはずなのだが、今年の天気予想はまるっきり外れ、しかも、明日雨なんて聞いてしまったら最後、今晴れていても絶対動かないって人で、いちんち座ってテレビ観ていたりして、困った日々であった。

 そして既に彼の仕事は昨日から始まっている…。故に私の早起きも昨日からであった。明日からは娘もいなくなる。平日万歳。

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班長です

 私が住む住宅地は、宅地として山を切り開いてから40年程経っている。当然町内会というものが存在し、全体を10班に区切り、1班30戸から40戸前後でまとめている。
 さて、我が家がここに越してきて10年以上の時が流れているのだが、幸か不幸か、これまで班長という役を仰せつかっていない。
 というのも、順番に順番を重ねているような町内会なのだから、だいたい引っ越してったら最初の仕事になるのは覚悟していたところ、当時、娘がまだ1歳半と小さかった上、お姑さんがご同居している苦労人の奥さんという印象があった模様。
 しかし、何もやらないのも居辛いだろうと、『防犯灯』が切れたら電気屋さんに取り次ぐ専門委員を翌春から2年もさせられた。ま、毎月の定例会などの出席はなかったから楽っちゃ楽だったのだが、反面、2年間いつでも見ず知らずの町内の方から電話がかかってくるという面倒な役目、かつ、一個切れる度に受けた電話をそのまま電気屋さんに取り次ぐわけにもいかず、電話があったのを機に他が切れていないかの見廻りをしていたので、いつも暗い中を、町内の端から端まで歩かなければならない不気味な役目でもあった。
 そのおかげか、すっかり班長順番名簿から外れてしまったらしいのだが、一昨年、子供会のドンをやってしまい、なんだかすっかり顔が広まってしまって、こちらから『班長をやってない』のを白状した次第である。

 我が班は、32戸。32の家があるというだけで、色々である。

 例えば、あるお宅は、お向かいの一軒家が空いたので、そこも買ったらしく、ご子息のお名前で町内会費を払っている。
 『だから回覧はまわさないでいいから』
 そりゃそうだろう…。だったら、結婚して所帯持ってのお引越しじゃないんだし、町内会費もいらないんじゃね?とか思ったりして。
 でも、40年も住んでいると、世代交代をしたり、一度は出て行った息子夫婦なり、娘夫婦なりが戻ってきて同居してなんてお宅も多いから、1つの家の中で2戸分を払うというケースは結構あるみたいである。

 かと思えば、いつも回覧の連名を見ていて不思議だった同じ苗字が2戸並んでいるお宅は、実は1戸の家だった。いかに近所を見て歩かないか、つきあいがないかってのを居住10数年で改めて確認してしまった気がする。
 にしても、どう眺めても二世帯住宅には見えないのに、集金別々はともかくとして、回覧も別々、配布も別々ってどうなのだろう…わからん…。

 来週末は町内会費の集金である。また色々ありそうな予感。。。。

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カッコの中は

 新学期は身体計測を色々する。座高を測るのは日本だけらしいが、娘の代になってもまだ測っている模様。

 一体全体、座高を測る意味ってあるのだろうか?と、ちゃちゃっと調べてみたら、昭和の10年頃は、上半身の成長=内臓の成長と考えられていたからなんだって。座高を測ることで、内臓の発達を調べようとしていたらしい。
 今では、学校の机といすのバランスを見るために測っているそう…で、バランス悪いってわかったところで取り替えちゃくれないんだろうし、そんなもん座ってるの見りゃわかるじゃん…。

 座高はともかく、今、家族の中で、娘の体重が一番重いってどうなんだろう…。ま、主人と同じ位かちっと重い程度なんだけど。

 いや、今日は座高や体重を述べたくて記事にしているわけではないのだった。
 視力である。

 主人もあまり目は良い方ではないのだが、眼鏡をかけるほどではない。しかし、本人は、もうすぐ時としてお世話になる眼鏡が必要になるのだという自覚が始まったらしい。離せばわかる40代ってCMを思い出す。
 私は、中学に入ると同時位から眼鏡が必要だった。頑張れば見えたけど、何せ後ろに座る人が迷惑な座高、もとい!身長だったから、常に後ろの方に座らされていて、頑張ろうにも頑張れない状況に負け、眼鏡を買った記憶である。

 お願いしても本を開いてくれなかった娘が小学校の高学年に入ったらいきなり古本屋通いを始めた。みるみるうちに低下する視力の記録は、未だとどまるところを知らない状態である。
 今年も『保護者の方へ』と書かれた『眼科受診のおすすめ』をいただいてきた。
 そこには、
 『下欄の( )は所持眼鏡またはコンタクトレンズによる視力です』
 とあるのだが、カッコ内にしか文字はない。しかも、右(0.7)・左(0.3可)…『可』ってかろうじての『可』?可能の『可』??

 どっちにしろ、裸眼じゃあ測れませんという事でしょうか。。。

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視力はいくつ? (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 視力はいくつ?
「あなたの視力はどれくらいですか?目が悪い方はメガネ派?コンタクト派?」
 視力は、左右1.0位はある。見えなくはない。テレビとか昼間の運転とか距離感がアバウトで済むものには問題ない。
 しかし、左が近視で、右が遠視である。PCの画面を見る場合には、主に左に任せ、2メートル以上向こうの物を見る時には右目の活躍になる。
 問題は、その日によって違う度合いを示す乱視で、これが弱いくせに、眼鏡をかけても、コンタクトを入れても、角膜に傷を入れても緩和されない手強い相手である。

 ここ1年ちょいになるのだが、右目だけコンタクトを入れる事にしている。これでだいぶ画面を見るのも両目を使えるようになって楽である。

 最近、コンタクトレンズの使い方がひどいという噂を聞くが、雑貨やファッショングッズを扱う店で買えるというから驚きである。
 かく言う私も通販で購入しているが、遠視の格安レンズというのを見つけるのは相当困難である事を知る。やっと処方箋を提示すれば購入出来る所を見つけたものの、処方箋だけを出してくれる眼科が少ない。

 ちなみに今日は眼鏡である。外出る予定がないから…と言いつつ、さっき急に入用な物が出来て、コンビニまで車を走らせた。

 コンタクトは、外してもあまり違和感がないのだが、眼鏡を外すと異様に疲れるので、あまり好きではない。顔がイビツらしくて、長時間かけていると、左の耳の付け根が痛くなるので、テキ屋かダフ屋か予想屋のおっさんのように紙折って挟んでみたりして…。

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嫌いな食べもの (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 嫌いな食べもの
「これだけはダメ!という食べものはありますか?」
 これだけは駄目な食べ物、それは『らっきょう』である。

 正直言えば、食わず嫌いである。でもあの匂いを嗅ぐと、食べてみようという気持ちになれない。
 だから、らっきょうだけは、冷蔵庫にいらっしゃるのも困るのだ。

 我が家には冷蔵庫がふたつある。1階の冷蔵庫には主に生活に必要なものを収納し、2階の冷蔵庫には、当初のん兵衛な夫婦の寝酒の類を入れるはずだったが、今は、ほぼ義母専用と化していて、そこに我々も使用するアイスノンを入れさせていただいている。

 ちなみに義母はらっきょう大好き。私のらっきょう嫌いは、別に彼女に対抗するつもりではなく、いくら私が鬼嫁であっても『自分が嫌いだからお義母さんらっきょうを買って来ないで』とは言えないから、冷蔵庫を明け渡して良かったと思っている。

 義母専用の冷蔵庫があって良かった事はもうひとつ。

 義母は、冷蔵品に限らず、店頭でいただくサンプルとか、加工品にくっついてくる小分け調味料とか、ポケットティッシュなどのコレクターである。コレクターだと思うのは、頂いても使わないし、使う予定がないのに取っておくからである。その血は脈々と我が娘に受け継がれているようで怖い。

 ポケットティッシュなど、先日も述べたように今はいくら貰っても足りない位であるが、結婚当初は、こんなに溜まったから使ってと、でかいスーパーの袋をひとつ進呈された事がある。
 まあ、ポケットティッシュってのは出先では便利だけれど、家で使おうとすると、両手を使わないと取れないという点が災いしてか、つい箱ティッシュに手が伸びて、一向に減らない。
 しかたがないので、箱ティッシュが空くのを待って、その中にポケットティッシュを解体して組んで入れて使い果たした。2箱分以上あったように記憶する。
 その健気な嫁の姿を見て学んだのか、彼女もそうやって使うようになった頃、娘が慢性の鼻炎持ちに成長し、溜まる間を作らず消費するようになった。

 さて先日、我が家のおでんの日にカラシが切れていた事に気づく。いち早く主人が、2階の冷蔵庫にあるだろうと扉を開けたらあって助かった。
 ところが、おでんというのは、だいたい一日ではなくならない。今日のようにメインでなくても、翌日のサイドメニューとしてテーブルに並ぶのだが、またも私の買い物リストから外れてしまっていた。
 『またやっちゃった…』
 お義母さまさまである。でも、らっきょうは嫌い。

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最近○○で。。。 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 最近○○で。。。
「昔はできたのに最近できなくなったことはありませんか?英単語がわからなくなった。重いものがもちあげられなくなったなどなど。教えて下さい。」
 昔はできたのに最近できなくなったこと?そりゃー書ききれない位あるが、それをずらずらっとすぐ並べられないってのが最近出来なくなった事のよう。。。。

 最近ではないが、子供が生まれると(って既にかなり遡ってる…)、自分ではもう卒業してしまった色々な事に再度チャレンジする機会が増える。
 例えば、ヒーロー物の番組に詳しくなったり、ビデオの録画の達人になれたり、恥ずかしげなく童話の音読に感情移入が出来たり、リクエストにアカペラで答えたり…。

 それから、公園に行く事。子供の頃に遊んだ他は、大人になったら、無理くりデートコースに織り込んだりでもしなければ、足を踏み入れる領域ではない。
 滑り台やブランコだけじゃなく、鉄棒で逆上がりを披露していた私である。
 『お母さん逆上がりやって』と言われると、躊躇無くオバサンダルでやっていたのだが、ある日突然出来なくなった。
 時々、上がりそこなうというのはあったのだが、なんだかタイミングが合わないではないか。その後何度やっても上がれない、というか、気持ちが萎えて、二度とやりたくないというのが本音。
 ちなみに、娘はとうとう逆上がりが出来ないまま小学校を卒業した。中学生になってから逆上がりが出来るようになった話など、巷の話にも聞いた事がないから、もう無理であろう。

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足し算と引き算だけなのよ?

 7日から娘も新学期が始まった。始業式の日は午後から入学式もあり、部活動はなかったのだが、火曜日からさっそく部活動が始まったらしい。
 『らしい』というのは、その朝娘に『お弁当はいつから?』と問うたところ『金曜から』だと言うので、その日も昼過ぎには戻ると思っていたからである。ところが、夜7時半近くなっても娘は戻らなかった。勿論、連絡も無しにである。

 7日というのは、大荒れの天気で、朝から晩まで強風と雨のとんでもない日だった。たまたま通学時間、仕事から帰った主人の車を駐車場に入れる前に乗り込ませ、学校迄送り届けた程である。
 さすがに、帰りに何かあったのではと心配になり、多分娘と行動を共にしているであろうと思われる娘の友人の家に電話をして確認をしたところ、数十分前に部活を終えて別れたとわかった、という次第。
 やっと雨も風も弱まり帰った娘に、私の雷の一撃があった事は言うまでもない。

 今回の話題はそれとはあまり関係ないが、その日、娘は自腹を切って昼飯を済ませていた。1個100円の学校に置いてあるパンの自販機で3個のパンを食べた模様。

 翌朝の8日『今日も部活があるのか』と尋ねると『有る』というので昨日の分を加え600円手渡した。それとは別に娘の財布には2000円入っていた。
 それは新学期になって学校の購買部で上履きを購入する為であったが、娘が思い出すタイミングに購買部は開いていない事が数日続き、その日に至るからであった。10日だか11日に、諦めて、下校の際の道すがらにあるスーパーで買わせた。
 その領収書とおつりを返せと催促した11日の事である。

 娘が出したのは300円。。。明らかに、その金額は変である。しかも、それが現在の所持金の全てだという。だとしたら、もっと変。。。。
 ちなみに、10日の昼代は、その2000円から出ていて、11日には弁当持参で登校している。
 『…私が頂きたいのは、2000円から上履き代800円と昼代300円を引いた900円なのですが』
 娘曰く、8日から11日の各日ジュース(ペットボトル150円)を飲んだ、、、、にしても150円×4日分で600円。おまけに150円は義母にしていた借金を返済したと言い出した。人が預けた金で自分の借金を消すとは何事であろう。
 百歩譲って、所持金2600円-上履き代800円-ジュース150円×4日分で600円-9日・10日の昼代300円×2-義母への借金150円を計算しても450円残っていなければならず、残りが300円ということは、150円行方不明である。

 そもそも財布にお金がなければ水道の水なりで済ませているジュースを、断りもなく預かり金で買うというのが気にいらないのだが、江戸っ子でもないのに宵越しの銭が持てない娘に、2000円も渡した私が馬鹿だったのだろう。
 それにしても、お買い物には、足し算と引き算しか出てこないのに、たかが数日に使途不明金が出るって…それが自分の娘だとは理解したくない私であった。

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使い心地

 鼻水が止まらなくなって、1週間以上になる。水あめに納豆菌が合体したような、粘っこい鼻汁である。

 何かというと、簡単にティッシュを引っ張り出してササっと使う習性がある一家である上、この時期だけでなく、一年中いっぱい鼻炎のある主人と娘がいるので、ティッシュを欠かす事が出来ない。

 家計を預かる身としては、そういった大量に必要な消耗品を買う時、特に倹約が趣味があるわけでもないが、なるべくお金をかけたくないという気持ちが働く。
 だからと言って、何だっていいと言うもんでもなく、お米屋さんのサービスデーに戴くトイレットペーパーは、あまり使い心地が宜しくないので嬉しくなかったし、新聞屋さんが更新のお礼に下さる洗濯洗剤は、すぐ塊が出来てしまうので、他の物にして下さいとお願いした。

 新聞屋さんも販促品にお金がかかって大変なのあろう。洗濯洗剤は最初アタックだったのに、聞いた事もないブランドとなり、変更してもらったティッシュも、どこの店にも置いてあるのを見た事がないような物であった。とはいえ、200組入5箱を1Pにして3P。3ヶ月毎の更新なので、おかげでティッシュは買わなくなった。
 ところが、前回更新して持ってきた時、なんだか申し訳なさそうに差し出す。
 『メーカーを変更したので、これだけしか渡せなくなってしまって…』
 3箱を1Pを1ヶ月分として3P。
 確かに少なくなったが、Kleenexティッシュであった。正直言って、普段は手が伸びないブランドである。

 さて、自分で鼻の下が赤くなる程、一日中ティッシュのお世話になって気づいた事。

 それまでストックしてあったエルモアを使っていたのが底をついて、いよいよKleenexの箱を開けた時である。
 あら、Kleenexティッシュって、すごくやわらかかったのね。

 今後、我が家のブランドが変わるか…どうかは定かではない。

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どうなっちゃってるんでしょう

 娘が中学生になった頃から、彼女宛の電話が増えた。明けても暮れても、毎日顔をつき合わせている友達と、くだらない話をいつまでもしていたいという時代は私にもあったので、それについては覚悟の上で特に文句もない。

 その昔には個人がそれぞれに電話を持つなんて夢にも思わなかったわけだから、『電話をかける』というのは、そのお宅のどなたが出るのか想定が及ばない事をするのに、相手が友達であるなら、なるべく本人に出て欲しくて『何時頃かける』と予告迄した覚えがある。
 今や、我が家を例にあげれば、中学生の娘は勿論のこと、75を越えた義母迄、家族全員が携帯電話を持っている。
 その携帯電話のせいだろうか?と思う事。

 家の電話が鳴る。変な電話が多いので、名乗らず『もしもし』と、出る事にしている。
 『あ、○○ですが、△△ちゃんいますか?』
 確かに彼女がかけたい家にかかっているので間違ってはいないのだが、こちらが名乗っていないのに、確認もしないでダイレクトに用件を伝えるのってどうなのだろう。

 昨夜、夜の9時を廻った頃である。電話が鳴ったので、いつものように『もしもし』と出たら
 『あ、△△ちゃん?』
 『は?…××(苗字)ですが?』
 『やだ××ですが、だって。アハハ、△△ちゃんでしょ?』
 『どなたですか?』
 私は既にこの時点で、相手が娘の友達だと把握している。
 しかし、相手は現状把握ならず。
 『え?△△ちゃんでしょ?』 
 『どちら様でしょう?ってお聞きしてるんですけど?』
 そこでやっと我に返った模様。
 『あ、えーと、あの、○○です』
 最後迄、夜分に失礼しましたでもなければ、間違えてごめんなさいでもない。

 あと、最近仲の良いお友達には
 『◇◇ですけど、△△ちゃんいますかね』…かちん、とくる。
 世の中どうなっちゃってるんでしょう。

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二日酔い気味

 と言っても、別に酒の飲みすぎではない。昨日は結構飲んだし、それを理由に帰ってひとりでとっとと寝てしまったが、体調は至って普通。
 しかし、イマイチ吐き足りない気分。

 それは昨日、イトーヨーカ堂で出会った非常識親子の件の後の事である。

 昨日、我が家は知人の家に半日いた。
 今はすっきり晴れてしまったが、昨日今日と花冷えどころか、一旦しまったダウンジャケットをまた引っ張り出して着てても誰も笑わないような寒さである。しかも、昨日の昼過ぎから今日の昼過ぎまで雨となった。

 いつもは車で行くのだが、飲む気満々だったから電車で出かけ、帰りの雨は覚悟だったので折りたたみの傘を持って出た。
 しかし、着いた先で、昼は外に食べに行こうと言った時には、私の感覚ではまだ雨は大丈夫だと思い、鞄から傘2本を出してしまった。ってか、誰もそんなに早く降り出すって思わないから、知人のふたりも傘を持って出なかったし。。。ところが、食べてる最中に降り出したってわけだ。

 娘と私のジャケットには帽子がついていたし、知人の男性も帽子を被っていた。大した降りでもなかったから、主人はそのまま濡れてゆき、知人の女性に、幸いにも鞄に入りっぱなしで持っていた娘の傘を貸して、もともと寄るつもりだったヨーカ堂で、折りたたみをひとつ購入したのである。
 この知人のところにくると、いつも娘はヨーカ堂で本を1冊買って貰うのを楽しみにしているのである。で、我々もついでにフラフラして、本屋で少し立ち読みし、さあ、帰ろうと出口迄行き、買った傘を主人に渡すした時である。

 『これだけ?』
 ホントは、ヨーカ堂に着いた時、知人の女性が、娘の傘を差して先に家に戻り、人数分の傘を持ってくると言ったのであるが、そこまでする降りではないし、
 『1本買うからいいよ』と断った。
 『傘なんか山程あるでしょうに』
 そんなこた言われなくてもわかっているのだが
 『うちは山程ないから平気』と言うしかない。
 だからと言って、仰々しく人数分買ったら、それこそ帰って持ってきてくれると言った知人に申し訳ないではないか。

 しかも、
 『普通の傘が欲しい』
 って、折りたたみ傘のどこが悪いんだか理解できないっ。だいいち、普通の長い傘なんかヨーカ堂中フラフラしてる中ずっと持ってないのに、今ここで出したら手品師で食っていける。そんなに普通の傘が差したかったんなら、もっと早く言えばいいじゃん。
 そりゃ、水玉模様を買った私が悪かったのかもしれないけど、うちに持って帰って使うのは、断然主人よか娘や私や母なのである。それこそ、普通の傘は、もうぶら下げ切れない位うちにもあるだろうが…。
 それも、間に合わせのどうでもいいってのが見え見えの、自分っきゃ使えないだろうってグレーの紳士物を選んだ…。なんかお金出すのも腹が立ったから
 『ポイントでっ』
 ささやかな抵抗である。

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行列が

 お散歩がてら立ち寄ったイトーヨーカ堂での出来事。

 日曜の午後の食品売り場は、ごった返しているから、用でもなければ近づかないようにしているが、たまたま主人の鼻炎がひどくなって、薬が欲しかったので、同じフロアの薬売り場へ行った。
 薬売り場は、食料品の反対側に設けていて、掃除用品や洗剤・トイレ紙などの日用消耗品を集めている。
 食料品売り場のような喧騒な雰囲気こそないが、レジの人が袋詰め迄してくれるので、行列が出来易い。

 鼻炎の薬を選んでレジに持っていき並んだところ、すぐ前のお客さんは、カートを押していたので、食品を買った後に日用品を買いに来たのかと思いきや、そのカゴの中は全部食品なのであった。

 多分どのスーパーでも、例えば、靴売り場の靴と婦人服売り場のストッキングを文具売り場のレジに持っていったとしても対処してくれるから、今私の目の前にいるお客さんが、食料品を日用品売り場に持ち込んだところで、決して間違いではないとは思う。
 ただ、おせじに台所洗剤1本、そうじゃなければティッシュペーパー1パック持っていてくれれば、まだ腹の虫も治まったのだが、売り場に関係あるもんがまったくなくて、ここに並べるもんかなぁ。。。。

 しかも、そのお客さんのカゴの中には、バーコードが付されていないブロッコリーが入っていた。
 日用品売り場のレジのお兄さんが、日替わりで値段が付くブロッコリーの金額を一覧表もなく打ち出せたら大したもんである。
 『申し訳ございません、この商品にはバーコードがないので、こちらでは入力できないのですが』
 と下出に言ったが、相手は筋金入りのオバタリアンとババタリアン、
 『えー。。。駄目なのぉ?電話できいてよ』
 と引き下がらない。
 レジを止め、食品売り場にお兄さんは走っていった。

 『だって、食品売り場のレジ、すごい行列なんだもの』
 ここのレジにも、その行列を作らせているのは、間違いなく、あんた達ですからっ。

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1,008円也

 うちの冷凍庫にあった、味の素の『ピリ辛カルビ炒飯』2袋のその後。

 まだ解決していない中国農薬入り餃子事件の関係で、自主回収品目にあがった『ピリ辛カルビ炒飯』である。
 着払いでいいとはいえ、わざわざ梱包して送るのは面倒だし、大丈夫だと思いつつ食べるに食べられず、かといって捨てるのも癪に障ると、そのまま冷凍庫にしまいっぱなしだった『ピリ辛カルビ炒飯』2袋。
 先日、いつも行くつスーパーの冷凍食品売り場の前を通った時、足元の貼り紙に気がついた。まぁ前から貼ってあったような気もするが、マジマジを読んだのが初めてだったわけである。

 『パッケージだけでも返金させていただきます』

 いつも私は、この類の冷凍ご飯を買う時、2袋づつである。1袋2人前と書いてはあるが、2人前には少しボリュームが足りず、娘と主人と私の3人で昼ご飯にでも食べようととすると、2袋位欲しいのである。
 しかも、買おうと思うのは、4割引だとか半額の札がついている時だけであった。炒飯一人前を外で食べたら500円以上するだろうが、この商品に500円近く払うのはどうにも贅沢に思えて、だったら家で野菜刻んで食べる方が良い。
 だから、この『ピリ辛カルビ炒飯』には1袋300円以上払っていないという確信があった。もしかしたらスーパーの感謝デーも利用して更に安かったかもしれない…。

 などと考えつつ、娘が誤って食べそうになって開けてしまった方の袋も合わせて、サービスカウンターに持ち込んだ。
 『大変ご迷惑をおかけ致しました!』
 いえいえ、決してあなたが悪いわけでは…なんだか心苦しいのはこちらの方です、と、1,008円返金してもらった私であった。

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やな予感

 昨日から、娘は春休みである。花粉症の時期だけれど、慢性鼻炎な彼女の朝は1年中、鼻水との戦いで始まる。目が覚めると鼻にも指令がいくのか、なんとなく治まる模様。しかし、世の花粉症にも付き合いが良いらしく、やっぱり今の時期は、いつもよりひどい。

 いつもより鼻垂れひどくなる時、それは、本格的に体調を崩す前兆でもある。今回はこっちみたい。コンコンかすれたような咳をするし、喉も痛いという。だから昨日は、午前中にかかりつけの内科へ行かせた。

 少し前迄、娘が風邪をひくのは要注意であった。なぜなら、主人とはアカの他人なので、寝起きを共にしていて風邪をひかれても、私は何でもないのだが、血を分けた娘が風邪を引くと、必ず貰っていたからである。主人の風邪を娘が貰っても、気をつけていないと私も被害を被る破目となった。
 ここ何年かは、娘との縁も薄くなったのか、あまり戴かなくなっていたような気がする。

 ところが、今回は、ちとヤな予感が喉の辺りにある。若干ではあるが鼻の辺りにも感じる。

 ちなみに、この近所の病院は、木曜定休がほとんどである。昨日、一緒に行って来りゃ良かった…などと今朝になって思う私であった。市販の薬で乗りきれるかなぁ。

 少し前に知人から聞いた、
 『風邪には絶対生姜がいいのよ』という話を思い出し、刻み生姜を入れた紅茶を作ってみた。元々は娘に作ってやるつもりで買ってきた生姜で、娘には少し砂糖を入れて飲ませたら、結構美味いし、
 『喉、よくなったみたい』と言う。またまたぁ…。
 作った時点では、私の喉には炎症が起きていなかったのでわからなかったし、入れたばかりでそんなに生姜らしい味もしなかったのだが、今朝、『これはヤバいかも』と思って飲んだ時には、ちょっとびっくり。
 一晩寝かせて、すんごい生姜味になったのも然る事ながら、ゴックンするのが嫌な痛さが一瞬にして消えるではないか。
 のどぬーるスプレーみたいじゃん…。
 のどぬーるスプレーより身体に優しそうである。

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ちちんぷいぷい

 ここのところ、Illustratorというソフトを使う事が多い。
 曲線が多かったり、色や形だけの処理の時にはFlashの方が操作性が良いのだが、文字に加工が必要な場合や、印刷の入稿にはIllustratorの方が都合よく、JPEGやGIFの形で保存したときに、最近よくよく比べてみて判った事なのだが、FlashよりIllustratorの方がはるかに鮮明である。

 PCを新しくしてから、おおかたの事が上手くいっていたのだけれど、このIllustratorとの相性だけが悪い模様。

 その症状は、先日、急ぎで入ったパンフレット作成の時に現れた。
 保存をしようとすると、最初にファイル名を宛がった時には正常に保存作業を終えるのだが、何度目かに保存しようとすると『AdobePDF形式に問題があります』というメッセージが出て保存できない。しかたないのでファイル名を変更すると保存が可能…。完成迄に何度かファイル名を変更し、最終的には元のファイル名に戻るというイタチゴッコであった。

 なんとか入稿して、時間が出来たので散々変更して出来たダミーファイルを紛らわしいので削除した。
 私ごときが山程のデータを作成したとて一杯になるゴミ箱ではないが、定期的に綺麗にすることにしていて、数日前、そのゴミ箱を空にしようとした時である。
 最初ゴミ箱を開かずに空にしようとしたところ、削除出来ないファイルにひっかかって、結局ひとつも削除出来ない。しかたがないので、ゴミ箱を開いて怪しいファイルを避けて削除。。削除。。。削除。。。。
 怪しいファイルというのは、言わずと知れた例の『AdobePDF形式に問題があります』とはじかれた数々である。しばらくそれだけほっておいたのだが、思い出してゴミ箱を開こうとすると今度はエラーが出てゴミ箱自体が開けない。。。呪われている。

 うかつにも、そのゴミ箱が空かない呪いは、何かの拍子にとけてしまい、結局どうやってといたのかは不明。

 その後、ちまちま作成するのにIllustratorを使っていても、現象は出なかったのだが、昨日久々に出た。
 名前を変えて保存しなおしたので、いらなくなったダミーファイルを削除しようとしたら、今度は『他のアプリケーションで使用中の為削除できません』。。。。。そんな事言われても、何にも使ってないからっ。と思いつつ一応全部閉じて再度挑戦したが、勿論同じメッセージが出て削除出来ない。クリーンアップをしても、システムチェックをしても、最適化しても、再起動しても消えない。

 まあ、『AdobePDF形式に問題があります』もそうだけど、使ってもいないのに『他のアプリケーションで使用中の為削除できません』などと言いがかりをつけられて困っている人も多く、またそんな人々を助けたがっている人も沢山いらっしゃって、ホントに助かる。
 『これでも使ってみたら?』と載っかっていたソフト『Unlocker』を使ってみたら、何事もなかったようにファイル削除に成功。
 ふーん、このソフトのアイコン、コメットさんが持ってた魔法の棒みたいな形をしている。『ちちんぷいぷい』って消してくれるわけね…。

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修了式 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 修了式
「今日は学校の修了式にあたる日です。成績表をもらったり、これまで一緒のクラスだった人とお別れしたり、いろいろとイベントがありますが、あなたが思い出に残っていることを教えてください。」
 中学生の娘の1学年目が終わった。

 図体がでかかったせいで、そこにいるだけで目立ってしまっていた私は、恥ずかしい事が嫌いだった。何が恥ずかしくて何が恥ずかしくないのかなんて基準に個人差があると知ったのは、多分、自分の娘の成長を見守るようになってからではなかろうか。

 当たり前に『おばか』に見えない事が私にとっての恥ずかしくない目安であった。
 忘れ物をせず、提出物はきちんと出し、遅刻するなら休み、ビリにならない程度に体力を使い、自分に自信がない事には背中を丸めてやり過ごしてきたように思う。上でもないけど、下でもない中位でいられる事に喜びを感じていた。
 まあ、いい評価を受けて嬉しくないわけはなかったが、悪いというのが何よりの敵だった。

 そんな私は、当然成績というのも、5段階評価では3から上しかなく、たった一度、家庭科の先生の怒りを買って2という評価を受けたが、貰う前からそんなこったろうと思った通りだったので驚きもしなかった。
 文句があるなら言えというから文書にして出した報復が2だなんて、小さい人間のする事である。

 さて、我が家の期待の星の成績であるが、小学校1年の時から見てきて相当慣れたつもりだけれど、最初見た時には、眩暈を覚えた。お前の成績表は池か湖か…。
 今回もアヒルのレース、スタート直前ですっ…という、数字が元気良く並んでいる。

 その理由たるや、特に出来が良い類ではない事は周知なのだが、提出物が出てこないという、親としては、限りなく腹立たしい事にある。
 前期の成績を戴いて、ご丁寧に『未提出により』とアヒルな所以迄記してくれた評価を眺めつつ『後期もこれなら、部活は退部!』と約束を交わし、やっても出さないケチんぼな娘には『遅れても』出せと言い続け、自己申告では『全部出した』らしいが、相当遅れた物もあった模様。

 そういうわけで、評定としては変わり映えのない結果となったけれど、学習状況としては若干の上昇が見られたので、私としては良しという感じであった。

 もう本人は、早々に配られた来年の教科書を眺め、にやにやと頭を切り替えてしまっている。
 若いって素晴らしい…。

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問題ありません

 先週受けた検診の結果を聞きに行って来た。

 朝10時半の予約である。10時半というのは、かなり微妙な時間帯で、下手をすると1時間以上待ったりする事も覚悟の上で出かけた。
 しかし、電車に乗るのにチャージが必要な携帯の残高具合といい、乗ってからの座れた駅具合といい、駅に着いては歩いていての青信号の当たり具合といい、なんだか良い塩梅である。
 診察券を窓口に出して、座って、順番の表示された掲示板を見ると、既に自分の番号が表示されていて、次回の予約を取るのに、スケジュールを確認する間もなく呼ばれてしまった…すごい。

 さて、検査結果を聞くにあたり、先日もここで触れた内視鏡の話題になった。
 『どこが特に苦しいですかねー』
 先生の腕が…とは言えない私。
 『喉とかお腹とかに圧迫があるのは、ある程度しかたないんですものね、後で歩けなかったわけでも、具合悪くなったわけでもないし、問題ないと思います』
 『最近は細いのも出来たんですけどね。当院にもあるんですよ一応』
 だったらそれを使えないものなのか??つっこんで聞いてみた。

 先生がおっしゃるには、最近広まった鼻から挿入用の内視鏡は、カメラが小さいので写りがイマイチで、それで検査に使うに踏み切れないのだそう。じゃあ、しょうがないですよねぇ。。。そう言うしかない。
 来年また検査を受ける時までに、先生の腕が上がるか、カメラの性能が上がるか、やっぱ私が安定剤を飲むべきか…内視鏡の進歩の夜明けは、まだ遠い。

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窓の外は? (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 窓の外は?
「突然ですが今日のあなたの住んでるところの天気は何ですか?」
 昨日に続いて、快晴です。

 昨日は、二日続いた雨の後だったから、車を走らせて目に入る風景も、住宅地の傍は、布団を干してあったり、沢山の洗濯物だったりしたのだが、お彼岸渋滞のせいで、信号待ち以外でも止まっている事が多く、そこで見たあるお宅の洗濯物。
 かわいいサイズの、女の子物のセーターが3種類、きちんと2枚づつ並んでいる。
 『双子の女の子がいるおうちなのね』

 雨が降って洗濯が出来なければ、どこの家でも家族の人数分の、下着やら靴下やらが増えてゆくのは当たり前の話だけれど、なんだかその並び具合が、妙に微笑ましい。

 うちには中学生の娘がひとりいる。小学校を出るまでは毎日どこを転がってきているかわからないので、その日着たものは翌朝洗濯していたが、中学に通いだし、一日の半分以上を制服で過ごすようになってからは、私服がそうそう汚れるという事もなくなった。私服を着ても外に出ないという日もあるわけだ。だから、
 『あんた大して履きもしていないジーンズやトレーナーを毎日洗うのやめてくんない?』
 一昨日、一昨昨日のように洗ったところで乾く保障のない天気の日に、洗い場に出されるだけで腹が立つ。しかも、既に全てが大人サイズ…。
 だから、昨日のようにかわいい洗濯物を見ると、郷愁にかられるのかも。

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お彼岸

 昨日まで膨らみかけた桜の蕾が、また少し縮んだかもという程寒かったが、今日は一気に咲いてしまいそうに暖かかくなった。
 主人が3時頃まで仕事で戻らなかったので、いつもは午前中に行く墓参りも午後になった。

 義父の眠る霊園への道は、大きな霊園が隣接しているので、春も秋もお彼岸渋滞が発生する。ひどい時には霊園の中でにっちもさっちもいかない程の大行列になったりもするのだが、今日の渋滞は道路のみで、霊園の中はスイスイであった。
 書き入れ時らしく、カラスが忙しそうにぶんぶん飛んでいるし、お彼岸ももう後半だから、あっちこっち花盛りで大変綺麗である。

 お墓に行って、最近気になるのが、お塔婆のサイズ。何センチが正しいのかよくわかんないけど、こう、男の人が担いで丁度良いみたいな長さが普通だと思っていたところ、あら?と見かけるようになったのがその半分迄はいかないけど、小さいやつである。
 へー…値段も半分ちょい位なのかな。書ける文字も限られるよね、などと素朴な疑問が沸いてくる。サイズは普通でも明らかに、それって印刷でしょ、というのもあり、なんだか情緒がない気がする。

 今探したら、通販で印刷塔婆が売っているのを見つけた。宅急便でご自宅に1本よりお届けって…。
 サイズも、
4尺=長さ120cm:¥3,150
5尺=長さ150cm:¥4,200
6尺=長さ180cm:¥5,250
 大小じゃなくて、大中小あったのね。

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アニマル浜口さんというお父さんの事

 北京オリンピック出場を賭けての試合に浜口京子さんが勝った。

 特にレスリングに興味があるわけでもない私だけれど、前回のオリンピックの時、たまたま試合中継が見やすい時間帯だったせいだと思う。なんだかんだとテレビ観戦してしまったのだ。
 それから色々なところで、この、娘より元気なお父さんの雄叫びを耳にし目にしている。

 レスリングの試合以外は、いつも、どこかはにかんだような笑顔の京子さんは、最初、こんなお父さんと一緒にいるのが恥かしいのだろうと思っていたのだが、初めてアニマル浜口さんの雄叫び以外のお話をきいた時、なんだか感動して、涙腺が緩んでしまった。
 どこまでも娘を信じ、良いものは良い、悪いものは悪いんだと言える、大変素敵なお父さんである。それまでは、なんだか妙な盛り上がりだと思っていた『気合』も、普通に見ていられるようになってしまったから不思議…。

 京子さんは、昨日に至る迄、何度も逃げ出したくなるような痛みに耐えてこられた選手である。叫んで叫んで励ますお父さんですら、自分なら逃げてしまったかもしれないと振り返っておられた。
 おいおい泣きながら観客席で勝利を喜ぶお父さんと、泣かないでって言いながら金メダルをお父さんの首にかけてあげた京子さんに、貰い泣きしてしまいそうな私であった。

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頭がこってます

 ちょっと一段落したので、一昨日美容院に行った。昨年の10月に行ったきりだったので、彼是半年ぶりとなる。
一昨昨日床屋に行った主人に、
 『10月から美容院行ってないんだよね』と言ったら
 『俺なんか8月に行ったっきりだった』と返され、負けた…と思った。
 冗談はさておき、半年ぶりの縮毛矯正となり、約3時間のリラックスタイムとなった。
 特にシャンプー。美容院のシャンプー大好き。普通のシャンプーとは別に、2回も、薬流さないといけないから、長々とお湯をかけてくれて、そうしている間も意識が遠のいてゆく。

 調子に乗って、もう少しリラックスしようと、昨日はマッサージに出かけた。いつもの80分コース。22日迄2割引のチケットが無駄にならずに済んだ。
 パソコンの前に一日座りっぱなしの時が多いので、どうしても前に姿勢が傾いてしまっているよう。整体師泣かせの固い身体であるらしい。
 『だいぶお疲れのようですねー』それはいつも言われる事なのだが、珍しく今日は、
 『特に頭が』と、頭をがしがしがしがし念入りに揉まれた。
 いたたたたたた…という感じなのだけれど、ここでも意識が遠のいてゆく。
 『かなり頭使われているみたいで…』と言いつつ、がしがしがしがし…。
 『あら?見えてるみたい』
 思い起こすと、この数ヶ月、昼も夜も休みの日も、なんだかんだと考えていたかも…。まーまるっきり考えないわけにもいかないんだけど、
 『考えない時間作らないといけないですね』と反省。

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ジベルバラ色粃糠疹の経過

 ジベルバラ色粃糠疹。この病名でここを訪れてくれる人の多さに、少し驚いている私であるが、へーほんとに多いんだーなどと感心もしている。

 そのジベルバラ色粃糠疹の経過であるが、やっぱねぇ…ここんとこ、結構痒いんですよ。。。

 皮膚科のセンセが言ったように、湿疹は体中に広がっている模様。今日は、ふくらはぎにもその傾向を見た。
 いつ痒いのかと言えば、風呂上り。普通どんなボツボツがあっても痒いという状況である。
 完治までに3週間から8週間と言われて、病院に行ったのが見つけてから数日なのだから、私の8週間の先は長い。
 
 痒みというのは、これをかいたら、皮膚がダメージを受けるとわかっている大人でも、とりあえずかいてしまうのではなかろうか。痒いところをかくと、恍惚とした気分になるもんね。それによって皮膚が破けて傷がつこうが、血が出ようが、今はかきたいのである。そんで薬を塗る。かくまえに塗らないといけないんだけど、かいちゃう。

 ところが、この湿疹。まあ、かいてなんでもない肌はないんだけど、かいたところで、だからといって?というようなダメージしかないのも不思議。湿疹があるところをかいたようなひどさがない、といえば伝わるだろうか?
 ここでまたフルハートの宣伝になるようだが、私の場合、次亜塩素酸水をシュッシュっとし、スクワランオイルを塗ると、痒みは綺麗に治まるのである。風呂上り、顔はラップするので、ついでに次亜塩素酸水をシュッシュとして塗り塗りする。かくまえにしろよ、とは思うのだが、その欲求のこの効果は別。。。。。

 このまま8週間過ぎたら、すっかり初夏である。

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