個別?総合?

35歳の誕生日を迎えてからウン年間、毎年『健診』を欠かさずに受けている。
『受けている』というより『受けさせていただいている』或いは『受けさせられている』という方が近い。
書類上私の立場は、主人の扶養なので、35歳以上には会社の健康保険組合から、ほぼ強制的に、毎年申込書を渡されるのである。
まぁそれで命を救われた身であるのは確かなので、感謝の日々を送っているし、同年輩以上の知人には『健診受けてる?健診って大事よ』と頼まれもしない健診大使活動などもしている。

負担額2千円と消費税コースの健診内容は、身体測定、血圧・視力・聴力・血液・尿・便・胸部と胃のレントゲン・心電図と女性は子宮がん・乳がん迄が加えられている程度である。
それで充分だと言えば充分だが、乳がん検診については、数年前迄は触診のみであった。
徐々に増えている乳がんを予防すべく、超音波とマンモグラフィのどちらかを選べるようになって数年経つ。

今年の初めに受けた健診で、
乳房レントゲンにて、左乳房に局所的非対象影有り。
乳房超音波にて、左乳房に乳腺腫瘤の疑い、右乳房に乳腺のう胞の疑い有り。

との結果を受けて、要精密検査の指示。

結局、その時は、『乳腺症』つまり乳の老化だと言われて終わったのだが、老化に1年でケリがつくわけがないい。
次に健診を受ければ、また同じ結果を戴くのであろうことはわかりきっている。
その上、
今年、健康保険組合のシステムに変更があったとかで、今迄、年の初めに近い月にあった健康診断が年末に移動した。
つまり、今年の2月の終わりに受けた健診の結果、再診したのが8月で、また11月に健診を受ける事になったのだ。
ま、次回はさすがに来年の11月迄ないのだろうけれど・・・。

ただ、今回は、結果の前に『ん?』と思う事があった。

まず、超音波の技師が画面に目をやりながら、
『その後、どちらかで検査してみました?』
検査って・・・ここでしてるだけじゃだめなのか?
そして、触診との先生も、
『何か変わった事とかありますか?』
『乳汁が出るんですけど』
『え・・・どんな』
『マンモグラフィを撮った時、プレートの上に黄身がかった色で、液溜まりが出来る位』
勿論、マンモグラフィの技師にも指さして、『これってどうなんでしょう』と訊いたが、特に問題ないような事を言われたし、再診の時の先生にも言ったが同じような答えだった。
でも、この先生は心配らしく、1枚のコピーを下さった。
うちからでも行ける乳腺科のホームページを印刷したものだった。
『一度ちゃんと診ていただいた方が宜しいわね』
それでようやく、ここでの検査というのは、異常があるかどうか診るだけなのだと悟るのだった。

胃の時は、再検査でカメラ飲んで、組織採って病理検査に出してくれて、手術の必要がありますから病院を探して下さいってところまで言ってくれたものだから、ついそこまで期待してしまった。
だったら、この間、再検査してくださいって申し込んだ時に、そう言ってよ・・・。

というわけで、11月の健診結果を待つ前に、私は、いただいたコピーにある乳腺科へ電話して、予約を取った。

マンションの一画に、整形外科と乳腺科のあるクリニックを入れてあり、婦人科らしい落ち着いた雰囲気の割に、看護師さんはどなたも、明るくハキハキと、笑顔を絶やさない女性ばかりの気持ちよいクリニックであった。
先生もテンポよくお話する割に、こちらの言いたい事も聞いて下さる気さくな感じであった。
何より、最初の問診票の記入・実際の問診・マンモグラフィ撮影・触診と超音波、そして組織を採って再び先生とお話をしてから会計迄で40分。
他に患者さんがいなかったわけではなく、ドアを開けて見廻した時には6~7人いたように思うが、早くて驚いたし、初診料も入れて5千20円というのは、私が知る限りでは安い。

確かに、のう胞と呼ばれる塊の他、ちょっと怪しい塊があって、それに白黒をつけるべく組織に針を刺して採取しようということになり、検査結果は1週間後となったが、触った感じでは、シコリもそんなに悪い感触ではないとの事。

しかしながら、あまりお気楽な1週間ではなかった。
胃が無くなるという事より、女の象徴にメスを入れるかと思う方が、気持ちはブルーになるらしい。

そして1週間後、検査結果をお伺いしに再びクリニックに行った時。
今日は、男性の患者さんが数名、待っている間にも数名・・・え、男性?
先日と変わって、予約時間より数十分待たされたのだが、その間、色々と観察する事が出来た。
まず、ここは婦人専門の医院ではなく、内科・胃腸科・外科・乳がん検診・ 乳腺専門外来であった。
先日来た時は、たまたま男性患者がいなかっただけらしい・・・。

ただ、乳腺外来は予約制なので、待ち時間に何本もの電話が入っていた。
耳に入ってくる内容は、私と同じように健診結果に不安を持つ方が多い様子。
私も半月以上先の予約になったが、12月18日の時点で、来年1月7日位の予約が埋まってゆくのであった。

結果は、良性。
怪しいと思えた塊も、お乳が溜まって塊になっていたらしい。
『赤ちゃんいなくても、お乳って作られてるんですよ。だから絞れば出てくるの当たり前なんです』

先生と相談して、来年から乳腺に関する事はこちらでお願いする事にした。
健診だと、触診と超音波と問診、すべてがバラバラの先生が診る事になる上、はっきりした結果が貰えないから。
ここなら、マンモグラフィの撮影は看護師さんだが、その他はすべて先生がしてくれる。
胃の切除をしてからバリウムも飲めないので、消化器系も手術をした病院でメンテナンスを受けている。

そうして私の健康診断は、徐々に分離の方向にあるのであった。

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あぁ親ばか

大騒ぎの内に迎えた娘の面接受験の日は、映画ワンピース『STRONG WORLD』初日でもあった。

テレビのワンピースは毎週日曜日を楽しみにしているのだが、映画を毎回観に行く程の熱狂的なファンというわけではない。
今回行こうと決めたのは、そこで貰える『0巻』欲しさに、娘から誕生日プレゼントとしてねだられていたからである。

いつも観に行く映画館は、毎週木曜日に、翌1週間分の席を購入する事が出来る。
思えば、この木曜日に多少無理をしてでも買っておくべきであったのだが、まさか、あんなことになるとは予想していなかったので・・・・・・。

初日の土曜日に、家族で映画を観る事が出来る時間帯は、限られていた。
午前中の娘の受験時間と、居酒屋の開店時間から始まる主人の忘年会の間の回しかなく、前日金曜に窓口へ行ったら、
『その回の予約席はもう完売しております。どうしてもその回を観たい場合には、当日早めに来て購入して戴くしかありません』
げ・・・。
『えっと、当日って、ここが開くの何時でしたっけ』
『8時45分です』

私がとった作戦は、朝窓口が開く時間迄にここに来て、チケットを購入した後、10時半からの保護者同伴の面接受験に出て、めでたく14時代の映画を観る、というものだった。

保護者は父母いずれかで良いのだが、主人も行きたいと言っていた。
面接は俺が行くよ、とひとこと言ってくれると丸く納まるのだが、一緒に行きたい、ここが面倒臭いところであった。
ま、受験票と本人と片親が揃っていれば、なんとかなるだろう。
後で合流するからと、私は朝8時に、受験する学校とは反対方向の電車に乗る為にホームへ向かうのであった。

ところが、土曜の8時過ぎだというのに、ちょっと人の数が多い気がする。
青少年の数人組、小学生を連れたお母さん・・・そして、聞えてくるのは『ワンピース』の話題・・・。
だからと言って、誰もが今日の2時に観たくてここにいるわけではなかろう。

しかし、映画館のある駅で降りる人数を目の前にして悟った。
・・・これは、大変なことになる!
とりあえず、タラタラと歩く人の波をかき分けるようにして駅を出て、年がいも無く走り、映画館のある建物に続く陸橋を登り終わった瞬間、仰天した。

まだ建物の開店していない時間帯なので、映画に行く場合には、エレベータを利用するしかなく、そのエレベータのある方角から人が並び、私が登った陸橋から別の階段に一度落ち、再び登り、歩道に続く階段を下り、歩道にもずっと列は伸びていた。
091212

げげげ・・・。
この時点では気付かなかったが、販売開始時間前からズルズルと列が動いていたという事を考えると、既に建物内に渦巻けるだけ渦巻かせていたと思われる。
それでも、私からエレベータが見える位置に進む迄に1時間と少し要し、もう店が開く時間を迎えつつあったので、列の先頭を非常階段に誘導するところだった。

開店時間ということは、10時。
今から面接には間に合わないが、それは主人が行っているのだから別に何の心配もない。
同伴は自分ひとりだと知った主人は、もしかしたら娘以上に緊張しているのかもしれないけど、それも経験であろう。
だけど、面接に行かなくても良かったのなら、何もスーツ着て、ヒール履いて来る必要はなかったのである。
運動靴ならさぞや楽だったろうに・・・。
この日だけ春のように暖かいでしょうという天気予報通り、日向にいればそう辛くもなかったが、薄手のコートとストッキングの足に、風が冷たくないわけではなかった。
幸い、外で並んだのは1時間ちょいで済んだし。

でも、結局『明日14時』のチケットを手に入れたのは、並び始めてから4時間半が過ぎた頃であった。

当然、建物に入って間もなく、当日分の席は完売し、皆、明日以降の席を取る為に、まだ建物の外に迄並んでいるわけだ。
それもこれも、このペランペランの『0巻』の威力であろう。
18日分迄は確保しているときき、安心して帰る人もいたが、だいたいが、ここ迄待った意地でいるのだと思う。

家に帰ると、余程緊張したのか、娘は昼も食べずに義母の部屋で寝こけていた。
その顔を眺めて、ほんと親ばか・・・と思う私であった。

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間違えてます?

受験の季節である。
うちにもひとり中学3年の娘がいる。

最近、特に足の裏を眺めていると、自分の足の裏でも見てるように思えるのだけれど、性格や行動を客観的に観れば、やはり私ひとりの分身ではないな・・・と思う所が数々ある。
しかし、自分側の身内が見れば私に似ていて、主人側の身内が見れば間違いなくお前の子だと言い、子供とは不思議な存在である。

その愛すべき娘も、ごく普通に高校受験を迎えたのだが、少々難あり・・・。

小学生の頃から忘れ物大王であったが、年々磨きがかかっているように思う。
それが手伝ってか、提出物が揃わない事しばしば。
絶対評価の今、通知表には見事にその成果が表示され、私はかつて見た事のない、まさしくアヒルのレースのスタートラインを彷彿させる数字の並びに最初こそ驚いたが、徐々に慣れてしまった。
だが、アヒルならまだ良かったらしい。
娘の成績表は、段々、煙たなびく工業地帯化してゆくのであった。

そんな話を誰にしても、提出物を出さないなんて大物だとか、心配ないなどとヒトゴトな反応なのだが、何がどのように大丈夫だと言うのだろう。
出したくなくて出していないのなら救われる。
彼女はそうではない。

どの教科担任の先生も、課題を出して、いつ迄という期限を均等に与えているはず。
それに応えてないのは娘の方だ。
毎日何の教科があって、宿題が出たか、ノート提出などあったかを書き出させ、うちに帰って確認しても『なにもない』と答えるのに、実際は提出するものはあり、出されていない。
あと私に出来るのは、毎日授業のあった先生に電話して確認するか、彼女と共に授業を受け出させるしかないのだ。
元々試験というものに弱いから、勉強してもしなくても、いつも結果はあまり変わらない。
だったら試験勉強などしなくて良いから、授業に参加して、提出物だけ出してくれと言っても、個人面談になれば必ず、ほとんどの物が出ていないと言われる。

何か、頭の中で欠けているパーツがあるのかもしれない。

普段の言動に違和感があるとか、喜怒哀楽の反応がおかしいとかいうことは、私には感じられない。
どこに行っても、自分に合う友達を見つけてくるし、例えその場に誰もいなくても、ひとりでいられる。
計算が出来ないわけでも、問答が成り立たないということもない。
ただ、ひとりでやらなければいけない段階になると、集中力がついていかなくなるように思う。
それは、中学1年2年の夏休みなどを利用して、英語や国語の底上げを試みて感じた事だった。
一問一答一緒にやっている事にはついてくるのだが、それを毎日自ら進めていくことが出来ない。
授業など、その日途中からついてゆけなくなったら、もう諦めてしまう。
その状態でノートを出せと言われても、出来ていないものは出さないでいたらしい。
出せと言われた日に出してナンボの事なのだと何回言っても、心に響かない。
仮にその場は反省したとしても、気持ちが長続きしない上、過ぎてしまえば綺麗に消え去り、負の蓄積がまるでなく、だから成績表に表れても、次に結び付かない。

私の厳しさ故に委縮するのかと、何も言わないようにすれば、やらなくても良いのだと勘違いし、余計に何もしない。
だったら、どうしたら良かったと言うのだろう。
もしも、彼女を精神的に追い詰めているものがあるとしたら、悪循環である。
5月のおわり、学校カウンセラーの先生に相談をした。
どこか病院をという前に、という事を踏まえて話したのだが、私の話を1時間聞き、娘とも1度会ったきり、何の進展もなく、そのまま時だけが過ぎてゆくのであった。

前期の成績が出て、担任の先生からは、
『この成績では、入れる高校はありませんので、もしも見つかったら報告して下さい』
と厳しく言い渡された。

その時はまだ、どこでも良いから、普通の高等学校へ潜り込ませる事を考えていたのだが、先生からのやる気を出させる為(と信じたい)の叱咤激励も、娘にとっては何の効果もないのだと確認しただけであった。

どんな低レベルの学校だって、また3年間、提出物とテストの結果で物事が進んでゆくのだろう。
何の解決もしないまま、普通の高校へ行ったところで、また同じような3年間を過ごすのではないか。
それで進級出来なかったり、大学へ進む事も望めないのだとしたら、さぞやつまらない学生生活の終わりを迎えるだろう。

そうして、真剣に発達障害等を診ていただける病院を探していた頃、これから娘を通わせようと思う学校の存在に目を向けるのだった。

主人と二人で学校見学へ行き、先生とお話させていただいたところ、ここなら安心して、彼女が彼女でいられると判断した。
実際に在校生がいる教室に体験入学させていただいたり、説明会に参加し、娘の『行きたい』という意思の確認もできた。
更に、一般入試でもスムーズに入学する事は出来るが、年内に推薦状を持って専願で願書を出せば『特別推薦』として面接だけの入試で済み、入学金の半額と試験の費用が免除されると聞き、省けるものは省きたいと願うのは、親として、いけないことであろうか。

というか、あんな成績で、推薦状って下さいと言っていいの?と思ったのだが、推薦状というのは、基本的には請求したら出してくれるものらしい。
現に、学校に全く行っていない子も、学校へは来ていてもクラスには馴染めないという子も請求して戴いている。

とりあえず、受ける側の学校にお願いしますと意思を示してから、面接受験迄ほぼ1ヶ月、土日や祝日臨時休暇を省いたら、あるようでない1ヶ月だから、最短の日に娘に推薦状の用紙と募集要項を持たせ、担任にお願いさせたところ
『こういう書類は親と一緒に持ってくるものだ』
と押し返されたらしい。
子供から連絡を受けた時、学校の近くにいたので、その日のうちに教室に残る先生に親子共々声をかけたら、先生曰く
『彼女、今日の昼休みにいきなりそれを渡すんですよ』
カチン・・・。
100歩譲って、突然に彼女が『推薦状下さい』と言ったとして、運悪くこんなデキの悪い生徒を受け持った担任としては『こういう類はこうするのが順序だ』と教えるのが仕事ではないのか?
うちの娘は、親と来いときいて、私を連れてきたのだ。
勿論、今日突然に行って、先生が帰ってしまったりして会えなかったとしても、娘がキチンと今日連れてきていいんですか?と聞かなかったから仕方がないのは承知である。
『すみません、上の子もいなくて、こういう場合どうしたら宜しいのかわかりません。どういう順番でお話をすべきかお伺いしに参りましたので、教えて戴けますか?』
この時点で、私の目は相当吊り上っていたように記憶している。
『だいたい、推薦状って誰でも貰えるもんじゃあありませんし』
ああ、そう・・・。

まずは、受検したい生徒の意思に保護者が同意をしているかの確認が必要らしい。
『先生から行けるところを探してくるよう言われて、何か所か見学にも行き、先週の土曜日に、ここにしたいとの本人の意思が確認出来ましたので、願書を出す迄はまだひと月近くありますが、1日2日では戴けないものだと思って、最短の今日に本人に持たせた次第です』
そして、推薦状を請求するには、それにふさわしい行動を取るよう記された誓約書などの書類提出が必要なのだが、その書類を手にする迄、それから2日を要した。
色々難しい言い回しだったので、これを空欄にしたまま持たせると、そのまま持ち帰って、更に日を費やしてしまう事が予想されるから、私が学校へ持っていくと決めた。
また突然に伺ったりすると、あれこれ慌てるだろうから電話したら
『今日は職員会議があって、何時に終わるかわかりません』
『終わった時間にご連絡いただければ、その後に伺います』
『その後、部活があるし・・・』
『終わってからでかまいませんが、目を通していただけませんか?』
『紙持ってくるだけですよね?お子さんに持たせていただければ結構なんですけど』
その紙は書き損じたら書き直しって書いてある。
ちゃんと書いて出さないといけないもんじゃあないのか?
『また持って帰ると日数かけてしまうし、お願いするのに急いで戴くようになってしまいますから』
としつっこくお願いして、ようやく会って戴けたのだが、そんなに部活が大事なら、3年生を受け持つべきではないように思える。

提出して1週間は、こちらからも何も言わずにおいた。

翌週月曜、娘が自主的に聞いてみたらしいが、『まだだ』という一言だった。
火曜には、『いつ頃になるかきいてこい』と行かせたら『作成中』という返事。
水曜夕方、ちょうど明日3年生の受検の為の仮の成績というのが出るという日、先生から電話があった。
『推薦状の件ですが、相変わらず、提出物が何も出ていないんですよ。他の教科担任に相談しても、彼女に推薦状?と首を傾げるばかりで・・・私も、こういった状態では他の学校へ行っても将来的に彼女が困る結果になると思うんですよね。しかも、特別推薦って枠ですし、私には推薦出来ません』
特別推薦って・・・そういう意味の『特別』と違うと思うんだけれども・・・。
『お言葉ですが、そういった提出物の類が普通に出せる人だったら、多分、通常の受検でも、やれるはずですよね。そういった事が出来ないんだって判断したから、普通の高校に行くのを諦めて、そこを探してきたんです』

どうしてそういう学校を選んだのかという質問が一切なかったので、私は、そこに至る経緯を手紙にして、学校指定の推薦状と一緒に、担任の先生に渡していた。
行き先の学校には、娘の2年半分の通知表を見せ、提出物がまるで駄目な点も説明した上で、安心して来るよう言われた事も手紙に書き記し、渡す時に口頭でも念を押して伝えている。

何より、提出物を揃えるのを条件としていたのならば、わざわざ今日迄何も言わずに『結局出なかった』のを確認する為に、1週間以上無駄に待つ必要があったのか?
『何しろ、もう成績は出てしまいましたが、今迄出していない提出物を出して下さい』

時間が経つにつれ、腹の虫は治まりがつかない状態になっていった。

木曜日の午前中、校長先生にかいつまんでお話しさせていただいたたら、早々に学年主任の先生からお話をお伺いしたいと電話があり、午後、学校で内容をきいて戴けた。
というより、
『感情的になって、伝えそびれるといけませんので、(言い放たれた失礼の数々)文面にして参りました』
時間があったので、A4用紙2枚に内容を記して渡した。
それを目の前で読んだ学年主任の先生曰く、
『実は、話は良い方向に進んでます。校長とも面談する予定になってましたので』
と、担任の代わりに何度も『申し訳ありませんでした』と頭を下げるのであった。

私が学年主任に問いたかったのは、これが正しい時間と話の進み方かどうかである。

担任の口から学年主任や校長にどう伝わっていたか知らないが、少しはこちらの憤りは伝わったように思う。
しかしながら、いくら第3者に謝って戴いても、担任の先生に対して、今後感謝の気持ちは持てそうにない。

金曜日の夕方、担任の先生から
『急に決まったのでお嬢さんには伝えられなかったのですが、月曜の放課後、校長先生と面談することになりましたので』
急にって・・・ほんとに話は良い方向に進んでいたのかより、この人が国語を教える資格があるのかどうかの方が疑わしくなってきた。

そして昨日、やっと校長との面談が済んだそう。
『推薦状をお渡しする事に決まりました。これから調査書を作成するのですが、出願はいつ?』
これも何度も伝えたし、必要書類と日程が記された募集要項も預けてある。
『今週の土曜日に試験を受けるには、3日前迄の出願ですので、明後日が限界です』
『推薦状と書類は、出願の朝、行く方にお渡しする事になっていますので』

明日の朝、推薦状と調査書類を手にしたら、担任の先生にきいてみたい。
どこの家庭もこのように、ギリギリの日迄待たされて書類を受取るのか。
どれだけの日数があれば常識的だったのか。

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プレゼントの定義

毎年この時期、11月生まれの娘にプレゼントが届く。

送り主は、アメリカにいる主人の姉である。
今年は、女の子らしいソックスが2足、ストール、ニット帽をモノトーンでまとめた内容で、たいそう娘は喜んでいたが、その笑顔を横目に、私は頭痛を感じずにはいられないのであった。

毎年忘れずにプレゼントをしてくれるのは大変嬉しい事である。
それは、アメリカの人と結婚し、生活をしているお国柄かもしれないが、だからこそ、こちらが知らん顔をするわけにもいかないし、遠慮なくどうぞと言わんばかりに、もう12月、クリスマスがやってくるのだ。

姉には、大学生の女の子を頭に、高校生の男の子、10年開いて女の子と男の子の合計4人の子供がいる。
正直言って、毎年毎年4人別々に誕生日に何か贈るのは、経済的にも厳しいが、気持ちに余裕がない。

何をプレゼントひとつに、そんな心の狭い事をと思われそうだが、自分的には逆なのである。

私は、小さい頃から人にあげる物を考えるのが苦手だった。
貰う事が苦手だからかもしれない。
とはいえ、姉がいるし、決して豊かな家庭に育ってはいないから、お下がりを使うのに何の躊躇もなく、気に入れば欲しいと言って、人が使っていた物を好んで使ったりするし、人に物を買い与えられるのなんて大歓迎である。
だから正確に言えば、欲しくない物を貰うのが苦手だし、使うかどかわからない物を、取りあえず貰うという行為が嫌いなのである。

勿論、手土産だとか旅行に行ったからなどと戴く類の物に文句を付ける気はなく、純粋に嬉しく思う。
しかし例えば、ポイント集めて貰える、衣類とか、器だとか、当人は使う予定もなく貰っておいて、そんなの要らないと言えない間柄の人に『あげる』と言われるのが一番困る。

なので、貰って嬉しくない物を、なるべく人には差し上げたくない。

小学生の頃、何度かお誕生会というのに招かれた。
その度にファンシーショップで悩んだ覚えがある。
特別仲良しでもないけれど、せっかく買って行くのだから、何か欲しい物をあげたいのだが、いざ選ぶ段階になると、その子がどんな物を好むのかわからなかったからだと思う。

中学生にもなれば、何をやるのもお小遣いの範囲なので、そういう頭数的な付き合いはしないし、予め欲しい物を聞いたり、当たり障りのない物を贈ったり出来るようになったが、大人になって再び困ったのが、友達や知人の子供への贈り物である。
特に、自分の子供が生まれて、ありとあらゆる要らない戴き物を経て、なるべく邪魔に思わない物を贈りたいと思うようになった。

子供の好みは様々であるし、人の家の子供が今どんな事に夢中なのかを知ろうという探究心がない私には、プレゼントを選ぶのに楽しさは感じられない。

が、昨日意を決し、娘と学校帰りに待ち合わせ、買い物に行った。

長女には、娘があげたいと決めていたブリザーブドフラワーを、長男にはシルバーのチェーンを、二女にはクリスマスらしい飾り物を、二男には500ピースのジグソーパズルを購入。
二女と二男が悩みの種で、部屋で考えているときには何も思い浮かばなかったが、店をフラフラしたらあっと言う間に決まって、頭痛は治まった。

お花屋さんで来年のカレンダーを戴けたのを、何より収穫に思う私であった。

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綱手姫

・・・とは『なめくじ』である。

ひと月位前だったか、娘が台所で『なめくじ』を見つけ、塩をかけて遊んだらしい。

らしい、というのは、実際に私が、うちの台所に這う『なめくじ』の姿を目撃したわけではないし、見たくもないし、どうしてそこに『なめくじ』が這っていたのかとか、あまり深く考えたくない・・・。
第一、ゴキブリが出るとか、ありんこが行列をなすとか、コオロギが迷い込むとかに比べたら、遥かに変だし、嫌である。
だから、娘が主人を呼んで、拾い上げて捨てて貰っている大騒ぎにも、あえて参加しないでいたのだが・・・。

昨日の朝、いつものようにヤカンに湯を沸かしたので、火を止めて、ポットに移そうと取っ手の部分に手をかけた時、視界に流線形の物体が飛び込んで、思わず固まった。
ガス台の向こうで、立派な角を立てた『なめくじ』が、どこかに向かってジリジリ這っているではないか。

まいったなぁ・・・。

夜勤に備えて寝ている主人を起こすわけにいかない。
どう考えても、この処理は私の仕事である。
とりあえず、ガス台の向こうのステンレス部分にいるので、『消臭プラス』をかけてみた。
ちょうど、拭きたかったところだ。

ところで、私は花王のまわし者でも何でもないが、この『消臭プラス』は、かなりお薦めの洗剤である。
普段、フライパンを使う料理の後は必ず、ガス台の余熱が消えぬ内に台拭きで飛び散った油を拭うのであるが、徐々に油は残ってゆくもので、そういう部分を見て見ぬふりをして、年末やっぱり大掃除が必要となる。
『消臭プラス』は、そんな時、シュシュっと簡単に油汚れを落とすのが売りの洗剤なのだが、先日、違う分野での得意技を見つけた。

ひとつは、長年使い込んだヤカンのスス汚れ。
出来ればお湯を満杯に入れた状態で沸騰させ、そのままシンクに移動し、熱いところにシュシュシュとして放置すること10数分・・・ススがヤカンから剥がれ、廻りにブワブワブワっと浮くので、そのままジャーっと流せる。
顔が映って、まるで新品みたいになった。

ふたつめは、麦茶の入れ物。
我が家の冷蔵庫にはパックの水出し麦茶が常駐しているのだが、ちゃんと濯いでも、時間と共に色々こびり付き、擦ってもなかなか落ちない。
これも、シュシュシュとして待つ事10数分、結構綺麗に落ちる。

その大活躍の『消臭プラス』。
手肌にやさしいのか、綱手姫の最期の舞いは、なかなか終わりを迎えないのであった・・・。


思わず固まる・・・と言えば、固まる件が、もうひとつ。

最近我が家は、トイレの蓋カバーとマットを変えた。
変えたいっ・・・と思って1年。
風呂場のタイルが剥がれて張り替えたり、水道管が破裂したり、墓買い替えたりの間に、100年に一度の大不況である。
どうしても変えなければならない物じゃないという理由で、後回しにしていたトイレタリー。
でも1日の内に何度も見るたびに『変えたい』『変えたい』『変えたい』・・・人知れずストレスになっていた、気がする。

ようやく変えた、それは『Jiji』・・・魔女の宅急便に出てくる黒猫がワンポイントになっているものである。

買った時も付けた時も、娘と共に大絶賛したのだが、ドアを開ける度に、黒い物体が目に飛び込み、一瞬ドキっとして固まる。
この思いを他の家族がしているかどうかは定かではないが、いつの日か慣れるのだろうか。

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プロパティ?

朝の情報番組を横目にPCの電源をONにし、コーヒーをすすりながら立ち上がりを待ち、まずすることと言えば、メールチェックである。

無意識のうちに、スタートボタンの隣に並ぶクイック起動から、Outlook Expressをクリックしたつもりだったのだが、もうメールチェックなど済んだ頃に画面に目をやると、プロパティなんぞが開いているではないか。

これだけ長年PCを使い込んでいても、普段使う機能と使わない機能どころか、知らない機能がまだまだ沢山あり、その割合は、もしかして、人間の脳の稼働部分とそうじゃない部分に等しいのではないか、と時々思うわけだが、プロパティの出し方ひとつ取っても、私の場合は、見たい部分の上で右クリックして、メニューの一覧の一番下から選んでしか、ほとんど開いた事がない。

なのにOutlook Expressのプロパティが目の前に展開している。
・・・私はどうやってこれを開いたと言うのだろう。

だいたい、Outlook Expressのプロパティなんて、初めて開いているのかもしれないって程、用がない・・・。
従って閉じる。
だって、私がしたいのは、プロパティの閲覧ではなく、メールチェックなのだから。
再びクリック。

・・・やっぱりプロパティ。

ここでちょっと、嫌な予感が横切る。
こういう、立ち上げていきなり、普段と違う事が起こる時、それは、PCに何らかの事情が生じた時なのである。

最後に電源を落とすその時迄、機嫌良く働いておいて、翌日、電源を入れても、うんともすんとも言わず、二度と立ち上がらなかったという事もある。
だから定期的なバックアップは欠かせないのだ。
私物データもそうだが、お客様からお預かりしている大切なデータを、そう簡単にお釈迦にする事は出来ない。
っつーか、コツコツ作り上げてきたものをハナから作り直すなんて、泣くのはお客様ではない、自分である・・・。
幸か不幸か、最後にバックアップをとってから、まだ1週間と少ししか経っていないから傷は浅い。

とは言え、デスクトップ上の、どのアイコンをクリックしても、出てくるのはプロパティばかり。
スタートボタンに至っては、一瞬にしてプログラム一覧が出て消えるもんだから、再起動することも出来ないではないか。

どうする?
強制終了?

・・・・・あれ?

システム手帳の角が、Altキーの上にのっかっているのを発見。

Altキーを押しながら左ボタンをクリックすると、ダイレクトにプロパティが開くのを知る私であった。

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限りなく黒に近いグレーの場合

ひと晩様子を見た結果。

正確には、夜になって解熱剤の効果が見られなくなったので、寝る前に、ストックしてあった『リレンザ』吸引を決行した結果、朝迄にひと汗かき、熱はほぼ平熱に落ちた。
相変わらず頭や背骨や腰は痛く、吐き気も若干残っているし、何か口に入れれば下すだけのようだから、まだまだ戦いはこれからだ・・・と熱が下がって楽になった本人は、あまり感じていない顔色である。

ひとえに娘の回復を願う親心からの『リレンザ』使用であったが、おかげで新たな問題が勃発するとは思いもよらなかった。

それは、主人の会社では、社内に広く感染するのを防ぐ為に、家族の誰かがインフルエンザにかかった疑いがある場合には、仕事中マスク着用のこと、また、家族が発病した場合には、出社しないことというお達しがあったからである。
しかも、A型かB型か新型かの申告が必要なのだと言う。

というわけで、お医者から『インフルエンザ、○○型です』というお墨付きが是非とも欲しい。

医師曰く、
検査キットを使っても稀に反応しない場合がある。
また、新型は反応し難い。
その上、リレンザ使用後は・・・更に反応し難い・・・。
って、そんなの教えて貰わなかったから、使っちゃったも~ん。
(いいじゃん、実際よく効いてるんだから・・・ってそういう事じゃないか)
けれど、
臨床面で診た結果としては、これはインフルエンザだろうとしか言いようがない。
でもインフルエンザですとは言えない。
だって、反応しないんだもん、しょうがないよね。
『インフルエンザ・・・でしょうねぇ多分』
歯切れの悪い言葉と、そうじゃなかった場合にも効く抗生物質と、鎮痛解熱剤のカロナールの追加の処方箋を戴いて帰る紫親子。
夜勤明けのまま、車で送迎を買って出て、結果を待つ主人は、
『ね、どうだった?出た?陽性?何型?』
『・・・・・・インフルエンザ、だろうと思う』
『え、違うの?』
『いやインフルエンザ、だろうとのこと』
『え、インフルエンザなの?』
『だから、インフルエンザ、だろうって』

ホント言えば、自分が具合悪いわけじゃないのだから、仕事したければ『疑いだけだった』と言えば良いのだし、休みたいんだったら『A(或いはB)だった』って言っちゃえばいいんだよね。
そこを、真実を伝えようとするから曖昧さが増し、事態はどんどん面倒臭い方向へこんがらがって進んでゆく・・・。

以下は会社の方と主人の会話である。
『熱は?』
『今のところないに等しいです』
『咳は?』
『若干』
『くしゃみは』
『少し』
『のどは?』
『痛くないみたい』
『で、何型だって?』
『いや、それが陰性で』
『それインフルエンザなの?』
『いや~インフルエンザかもしれないって。あ、だろうだったかな』
あぁ、じれったい・・・。

熱がないのは解熱剤を併用しているからでもあるが、そもそもうちの娘は、突発性発疹に始まって、溶連菌感染症にかかっても、水疱瘡の時も、熱があんまり上がらない性質なのである。
それ故に、わからない場合が多くて、突発性発疹だって熱が下がって風呂に入れたら赤く湿疹が浮き上がってやっとわかった程だし、水疱瘡だって、未だ、あれはホントにそうだったのかと疑っている。
今回にしても、症状の経過と、本人の様子で、2人の医師がそれぞれに『インフルエンザとしか言いようがない』とおっしゃっているのだし、3日経った今日だって、まだ本人大して回復には向かっていないじゃないか。

結局、何ともない主人も2日仕事を休んだ。
もし、感染して具合が悪くなるとしたら、これからのはずなんだけどね。

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治療始めますか?

我が家にも、とうとうインフルエンザがやってきた?のかも。

午前2時過ぎ、娘のトイレで吐く声で目が覚めた。
晩御飯、遅くても6時から7時の間に食べたはずのクリームシチューその他がそっくりそのまま、という事は、完全な消化不良である。

朝、熱を計った時には、37.2度(ちなみに私は年柄年中これくらいある)~37.4度。
胃薬も、吐き気止めも、頓服もなかったので、かかりつけのお医者様に診ていただいたところ、学校でもかなり流行ってるし、口唇ヘルペスを描き壊した跡を見て、長期的に体調が万全ではないという点でも、
『インフルエンザの検査をしておきましょうか』
と鼻水を採ったが結果は陰性だった。
時間的に、判断出来る段階に至っていないと思われる。
『夜中頃ドンと熱が出た場合は、インフルエンザだと思って下さい』
でも、どこの急患医療機関も3時間以上待たされると言う。
余程緊急だと思われる以外、熱だけの状態の場合は、そのまま朝を待ち、またここに来てからでも、発症後48時間には充分だとのこと。

クリニックから帰って、少しお粥を食べ、薬を飲んだので寝かせ、私は数時間出かけた。
外出から戻り、熱を計りに部屋へ行った時、その少し前にトイレに立ったついでに熱を計ったら、38.6度位迄上がっていたらしい。
『お、来ましたか?』
計ると38.9度ある。
来たのかもしれない・・・。

かかりつけのクリニックは、午後は往診に出かけてしまうので、既に連絡が取れない時間帯である。
ここは、解熱剤を飲ませて朝を待つべきか、今ならどこの内科も開いているので聞いてみるべきか。
とりあえず、思いつくところは、いつも混んでいるので、電話して様子を話してから、行くかどうか決める事にした。

ひとつめの内科は、ずっと話中。
ふたつめの耳鼻科は、すぐに電話に出てくれた。
昨日からの様子と、午前中に一度検査をして陰性だった旨を告げ、現在の熱の様子も話し、どうしたら良いかお伺いしたら、早い方がいいので来れるようなら来て欲しいとの対応。

家から一番近い内科だし、今珍しく空いてるとの事もあったのだが、ひと晩苦しむのをわかっていて、明日迄ほっとくのは、親として冥利が悪い気がする。

先生は様子を聞くと、
みつばちハッチの触覚みたいな長い綿棒を、にゅ~っと鼻につっこみ、容赦なくぐりぐいぐりっと回し、咳き込む娘に
『マスクしてくれるっ』
と促し、待合室に追いやった。
待つこと10数分。
『陰性です。
けど、インフルエンザだとしか言いようがない。
が、ちょっと来るのが早いんだよなぁ』
『だから、電話して、どうしたらいいかきいたら、来るよう言われたので来たんですよ』
『・・・まぁ、そういう事もあるんだろう、だいたい、新型は反応が出にくいんだ』
どんな逃げだ・・・。
しかしながら、まだ早かったというのは事実なんだろうから、これについては我慢出来る。

問題は、
『で、治療はどうします?はじめますか?しませんか?』
『はい?』

もう、植物状態になってしまい、これ以上の回復は望めない患者の家族に、延命治療を望むか望まないかの『どうするか』を聞くのはわかる。
それは、判断ではなく選択だから。

しかし、お医者は、今陰性でも、だいたい陽性になるだろうから、早期からの治療を望むかどうかの話をしているのだ。
ま、かかっているのが確実でも自然治癒に任せるという選択もあるそうだが。

『正直言えば、インフルエンザに家族の誰もなったことがないし、そういう判断も含めて来たんですけど』
元々、薬を使った治療をしない方針の患者は、インフルエンザかどうか、わざわざ確認しにこないだろう。
だいたい、ここに来るのは、適切な判断と、薬を求める患者ではないのか?

それでも私が何か言わないと話が進まないようなので、
『こちらでお願いしていただける薬は、新型でも従来型でも同じですか?』
『リレンザです』
だったら、去年の2月に、かかりつけのお医者が念の為と処方してくれて飲まずに済んだのがある・・・。
それを使うかどうかは別として、ここで同じものを買いたくない気がした。
頓服のカロナールもいただいてきていたし、
『明日朝まで、様子みます』

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証明、証明って・・・

娘が被保険者の簡易保険が満期を迎えましたというお知らせがきた。

保険。
振り返ると、私はこれに随分助けられた人生を送ってきている。

大きな声では言えないが、毎日、根のしっかりしていない仕事をフラフラし続けていられるのも、結婚という保険あってのコトである・・・。
・・・そうでもないな。
逆か。
今回の墓騒動に消えていったお金は、まだひとりでいる頃、実家の母が『葬式代がないと困るだろうから』と、ほぼ一方的に契約してきた、やはり郵便局の簡易保険で、20年の時を経て、昨年末にやっと掛け終えたものであった。
だから、私の保険が今の家庭を支えている?のかも。

500万の葬式ってどんなんだろう・・・虫の息状態でかけたラスト3年には、恨めしくも思った。
まぁ、過去2回の開腹手術で充分元は取れたともいえるが、終わってみると、私は次の保険を契約出来ない身体である。
せめて、間違えて長生きしてしまった時の為に、年金タイプの生命保険に全納して半分を費やし、18歳の時まである子供の学資保険の残金を払い、残りは、何かあった時に動かせるよう、貯蓄に回して、1年も経たない内に、墓騒動である。
後半10年は、年間18万ちょいを自分の稼ぎから出せず、家計費からやりくりしてなんとか掛け終えたのだが、その分が丸々墓代に消えた計算となる。

さて、冒頭に挙げた簡易保険、これは、来年春、進学するはずの娘の為に消えてゆく予定のお金である。
私達が結婚した際は、親戚のひとり程度のお祝いしか出さなかった母が、父が亡くなった後、家を処分し、姉にマンションを与え、自分は田舎へひっこみ、私に何も出来ないのを理由に、娘を被保険者に掛けてくれたという、マンションに比べたら頭金程度にしかならないが、ありがたぁいお金で、多分、これがなければ、今回の墓騒動も、どうにかしようとは思いようがなかっただろう。

満期を迎えた保険をそのままにしていても1円にもならないから、というわけでもないが『全納していれば3か月前から請求出来ます』とあったので郵便局へ行ったついでに、手続きをした。
受取人は私なので、私が行けば何ら問題はないはず。
『満期ですね、おめでとうございます!こちらのお金は何かお使いになるご予定ですか?』
もう次の商品の説明をしだしたので、
『春を迎える前に、消える予定でございます』
と制し
『そのまま私の口座へ入れて貰えます?』
『承知しました』
出された請求書をサラサラと書きいれ、手続きが終わるのを待つこと5分。
呼ばれたと思ったら、
『こちら、本日が満期なので、明日からのお受け取りになります』
『・・・わかりました、口座には自動的に入るんでしょ?』
『はい、でも数日遅れますが』
『それ程急ぎません。春前迄に手に入ればいいですからっ』
『それには、こちらの用紙にご記入いただいて・・・』
っち、待つ前にくれればいいのに・・・。
『じゃ、また後日来ますから、今日はいいです』

実はもうひとつ貰える予定のお金があった。
さっき、残金を払ったという学資保険の生存保険金ってやつだ。
小学6年で1割、中学3年で1割、これがなければ、こんな保険には入っていない。
しかし、手続きの全てを私がしていても、名義は主人である。
預ける時には結構甘いくせに、受取るには『ご本人確認』がいるのが常。
前回6年の際は、窓口で委任状が必要だと言われ、その時は、切羽詰まっていたので、うちに帰って義母に一筆いただき、別の局でその日に受取った。
今回は、まだ日数があるので、委任状だけ受取って、また今度手続きしようと思う。
『こちらの委任状をご主人にお書きいただいて、証明できるものを2つお持ちください』
『ふたつ??保険証1枚じゃ足りないの?』
『はい、運転免許証とか』
そりゃ、持ってるけど、毎日車に乗って通勤してるんだから不可能である。
『でなければ、印鑑証明など・・・』
『・・・いい、本人連れてくるから』
もう、夜勤の日の昼間にでも連れて来るしかない・・・。

だいたい、他の名字だとか住居を共にしていないんなら別だが、同じ所に住んでる配偶者が請求してるのに、どこまでしつこく個人を追及すれば気が済むのか。

最近、何でもカンでもIDやパスワードが必要で、思いつきで設定しては『なんだっけ?』と聞かれるのにも閉口するが、連番がダメだったり、誕生日だと勝手に変えられちゃったり、2重のパスワードの設定を薦めるところもある。
こないだは、娘のゆうちょ銀行の暗証番号を間違えて、ロックがかかってしまった。
あれ?今日初めて入力してるんですけど?と窓口に持っていったら、当日だけでなく、今迄ひっくるめて3回目にロックがかかる仕組みなのだと言う。
ちなみに、ゆうちょ銀行の場合、通帳だけでもおろせるから、カードと通帳個々に、3回目の間違いでロックがかかるそうで、解除には勿論本人の証明が必要。

過去の過ちを許して貰えないなんて・・・。

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私も私で生きていきます

昨日の夜、サバンナの動物保護をしている人の活動を見た。
罠の針金を食い込ませたまま、腐りかけた足を引きずる麒麟に麻酔を打ち、横たわらせ治療をしたが、高血圧の麒麟が、長時間頭を下にしていると、脳に酸素がいかなくなるという。
朦朧とした意識の中、何をされているのか判らず暴れる麒麟の針金は、なかなか切るに至らない。
やっと治療が終わった頃、麒麟の目は既に虚ろで、どこを見ているのかわからないまま息をしなくなった。

動物は、死にたいとも言わない代わりに、もっと生きていたいとも思ってないだろう。
足を治療してあげないと、その内立てなくなって死ぬ運命だったあの麒麟だって、普通なら人間に見つかる事なく、ただ足が腐って立っていられなくなる迄昨日と同じように今日を生きて、死ぬ時が来たら死んでいったのだと思う。

そんな姿を見ていたら、先週末、自殺した加藤和彦さんを思い出した。

今日、昼にテレビをつけたら密葬の様子が流れていた。
最後にご同居なさっていたという女性が遺影を抱いていた。
一般の方なのでとカメラの前に立つのを周りが気遣ったが『悪いことをしているわけじゃないから』とおっしゃったらしい。
3回結婚して3回目も離婚していたので、ひとごとながら、遺影を抱いて下さる方がいて良かったと思わずにいられなかった。

加藤和彦さんの名前も顔も、私の中では特別な印象のない人であった。
けれど、残した曲の数々を見れば、どれもこれも耳に残っているものばかりである。

ザ・フォーク・クルセダーズという名前は、ここ数日何度きいても読み慣れないが、『帰って来たヨッパライ』なんか子供の頃、よく真似して歌って笑っていた。
けれどテープを早回ししたというのは、お亡くなりになってから知ったエピソードである。

多分メロディというのは、真面目に長い時間、机に向かっていても出て来ない類のモノだ。
そういう作り出す類のモノというのは、考えて考えて考えて迫りくる時間に潰されそうになっている時よりも、ふと見ている方向を変えた時とか、起き抜けだとか、なんとなく電車に乗って揺られながら広告や、知らない人や、窓の外を流れて行く景色の中で、突如として降ってくるもんだと思っている。

天才と言えども、材料を入れたら完成品が出てくる機械ではない。
何よりも同じ事を繰り返すというのを、ご本人が嫌っていたようだし、何につけても天才だと言われた事がないのでわからないが、『死にたいのではなく、生きていたくない、消えてしまいたい』というのは、ホントは一生のうち誰でも1度や2度は、頭をよぎるのではないか と思ったりする。
おおかたが思うだけか、口にしておしまいの『おまじない』である。

『もうやりたいことがすべてなくなった』
とは、中々言えない。
彼が生きてきた軌跡を見れば、沢山の『やりたいこと』をしてきたのかもしれないが、『すべてなくなった』わけじゃないだろう。
人間て欲張りだし、なんだかんだ自分に甘いし、なんとか生きる事にしがみついてしまう凡人からすれば、やはり、心のご病気が後押ししての事だったのだろうなどと締めくくりたくなる。

身体の方がもう駄目だって何度悲鳴をあげても、立ち直っては出てくる吉田拓郎さんの『僕は僕で生きていく』という言葉が印象的だった。

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墓見本、貰ったらどこに置く?(紫家の墓騒動その5)

日曜日の午前中、新しい管理業者兼石屋さんが『墓地使用承諾書』を携えて、定刻5分前にやってきた。

9月のお彼岸に勃発した我が家の墓騒動は、早くも10月中旬に入り、刻々と年末へのカウントダウンは近づいているし、石を輸入する中国は、春節祭の時期になると、2週間位平気で輸出入が滞るとの事。
2月の初めには新しいお墓に落ち着いて、父の二十七回忌を迎えたいというのが今回の最終目的であるから、春節祭にかかって云々言っていられるわけがないのだが、あんまりゆっくり来週、さ来週と伸ばしているわけにもいかない。

石屋さんの本日の目的は、永代使用料の振り込みが確認出来たので、無事発行の運びとなった『墓地使用承諾書』という仰々しい封筒に入った厚紙を届ける事にあったが、両手には重そうな鞄が下げられていた。

墓地というのは、永代使用料を払って、土地を永代に渡って借りただけでは権利が確かにならない。
そこに墓石を建てることによって、初めて『うちの墓』だと主張出来るものである。
使用規則にも、半年以内に囲いを設けるようにだとか、1年以内に墓石を置くようにと記されている。

そうやって半年とか1年の猶予を設けているせいか、せっかく家に迄上がりこんで、この家の主と財務省が雁首揃えて座っているというのに、石屋さんの方からは『墓石は、いつどうなさいますか?』という話が出てきそうにない。
下手したら『今日はこの辺で』と帰りそうだったから、何度も足を運んで戴いても悪いし、こちらから今後の予定を促すと、石屋さんは、お風呂場のタイル程の大きさの石見本がギッシリ詰まったアタッシュケースをパカリと開けた。

『どのような形をお考えでしょうか?』
現在のうちの墓は、よくお化け屋敷で見る縦長の『和型』である。
先日新しい霊園を見学した折、ふと娘が『あんまり高いと、ばぁばが水をかけるのが大変だ』と呟いた。
なるほどと思い、義母にその話をしたら、単に『頭から水をかけるもんじゃあないから』という理由だったのだが、今回は『洋型』にしようと思っている事を告げると、もうひとつの鞄から、数枚の図面が出てきた。
CADで綺麗に描かれた墓の斜視図である。
1段積みと2段積み、直角に切りっぱなしのものと各角に面取りを施したもの、それから各パーツの下方に飾り切り込みを加えたものなど、細い線で描かれていて大変判り易い。

石屋さんは、テーブルに左から順番に石見本を並べ出したが、多分今迄の話をしている段階で、あんまりお金をかけたくないのを察している模様。
だからかどうか、一応という感じではある。
石にも色々ランクがあって、基本は白御影石であるが、真っ白ではない。
どちらかと言うと、白地に細かい黒ブチが混じって白っぽく見える。
隣に置かれたのが1ランク上のもので、白と黒の割合が同じ位だから、基本の白よりちょっとグレーっぽい。
ずっと右側に置かれたものは、顔が映りそうに黒びかりしている。

石のランクは、密度によって決まり、密度が高ければ硬くて吸水性が低いそうだ。
キメも細かいから、当然表面も滑らかで、お参りした時に水を絞った布で拭いてあげるだけで、いつまでもピカピカしているという。
石といえども水を吸うので、水分の含みが多ければ、それだけ脆く、欠け易くもなるそう。
表面を四角く平らに切りっぱなしだと、雨が降った際、水分が表面張力で保たれてしまい、時間が経てば経つ程石に吸いこませる事になる。
いずれにしろ、10年やそこらの話ではないが、標準ランクの石でも角の面取りをしたり、天辺を『くし(蒲鉾)型』にする事で、水が長時間溜まる事を回避出来るという。

うち仕様の図面が出来上がったら、今度はミニチュア版の実物を見せてくれるそう。
それってよく、新築のお宅を造る際に見せてくれる便器だとかバスタブの見本みたいなものだろうか?
え?くれるのかな。
それも困るが・・・ちょっとワクワクしてしまう私であった。

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ゆとりは隙間と金額に(紫家の墓騒動その4)

『いっそ新しい所に、お引越しってのどう?』
と提案した私であるが、言うからには『ここ』か『ここ』ならという目星がついていた。

第一候補地。
駅から徒歩10分、年間管理料一律1万円。
墓石代・工事費・初年度年間管理料・基本彫刻費・永代使用料・消費税含んで96.25万円!但し0.4平米。

0.4平米と言えば、単純に四角い敷地だとして、幅約63㎝である。
長年自分達がお参りしてきた墓を基準に、63㎝を狭いと感じるかどうか、定規に向かって『前へならえ』をしたところで、想像つかないというのが正直なところ。

今の敷地がほぼ真四角の4平米。
4平米というと、幅が2m、砂利を敷いてある部分でカゴメカゴメが出来そうな広さの敷地である。
後々に引き払うような場合の他、納まる予定人数を考えても、そんな広さは要らないのだけははっきりしている。

尚、この霊園は、0.4平米(永代使用料28万円)~1.6平米(永代使用料128万円)迄、10段階の細かい設定である。

第2候補地。
駅から徒歩12分(とあるが、歩道が確保されていない割に多い交通量を考えると、実際あまり歩いて行きたくはない)。
土日のみ送迎車有り(とあるが、入口にある管理棟迄と予想する)。
1.5平米で、墓石代・工事費・初年度年間管理料・基本彫刻費・永代使用料・消費税等でオープン価格208.65万円!

こちらは1平米が最小となり、永代使用料は1平米につき60万円(だから6平米なら360万円)、年間管理料は、1平米につき8,820円(もしも6平米あれば52,920円)と、明瞭かつシビアな設定。

ちなみに、ここは総区画数7,500のうち、まだまだ空いている所の方が多く、オープン以来時々電話の勧誘を受けては、いつも丁重にお断りしていた霊園である。

実は、墓騒動が発端した彼岸最終日の翌日、日曜と月曜の2日かけて2箇所の霊園を比べてみた。

第一候補地は、霊園として大変小さく、まず今後の運営がどうなってゆくのか気になる所であったが、実際に行ってみてわかったのは、実はここは、元々古くからある寺で、普通の墓地も持っている。
『近所の方がお墓がないって困ってらして』
と空いていた土地に管理業者を入れて、宗派自由の霊園を開いたとのこと。
今のご住職がおやめになっても、他から派遣されてくる古いお寺であるらしい。

駅からは、ほぼ平坦な道のりで、最後の20m程が、私の住む地域からは切っても切れない縁の坂道である。
訪れた日、何の気なしに曲がって登ろうと思ったらマフラーを地面に擦った傾斜角度だと言えば想像がつくだろうか。

さて、いきなり勧められたのは1.5平米の『ゆとりタイプ』。
次に紹介されたのが同じ1.5平米でも『一般タイプ』。
敷地の幅いっぱいの洋型墓石を目の前にすると、かなりデカいと同時に圧迫感を感じる。
しかも、墓石と墓石の間に、誤って何か落としてしまった日には、永遠に取り出せないかもしれない『隙間』と呼ぶにふさわしい間である。

『ゆとりタイプ』というのは、隣の敷地との間に緑を植える『ゆとり』の空間を設けたもので、墓石の幅が『一般タイプ』よりも狭くなる分、石の体積も小さくなる。
従って、墓石の金額に『ゆとり』が生まれるというものであった。

墓石代の広さによる金額の一覧表を見ていて、同じ平米で、普通『一般』より『ゆとり』の方が高いと思われるのに、何故逆なのか、謎が解けた。
墓石業界全体がそうなのか、たまたま同じだったのか、第二候補の地でもそういう表現をしていた。

では、問題の0.4平米とは、どれ程のものなのだろう。
『せっかくですから、どうぞどうぞ』
と案内されて前に立ってみると、なるほど、確かにコンパクトである。
骨壷の定員は2名様迄だそう。
さすがにこれでは小さいと思ったが、今はご夫婦だけしか入る予定がないという方もいらっしゃるから、割り切った大きさであるらしい。
骨壷としては二つしか入らないが、納骨の部分には必ず1ヶ所、土の部分を設けているので、小さくなった先代の遺骨は土にお返しすることで、人数は増えてもある程度は大丈夫なのだそう。

現在の我が家の墓は、『芝台』とも呼ばれる『下台』の上にピラミッド状に『中台』『上台』、そして○○家とか彫ってある細長い『棹石』が積んである『和型』と呼ばれるもので、納骨は墓石より下、地中となるが、今はそういった形は主流ではないらしい。
積んだ墓石の一番下の部分を空洞とし、コンクリート敷きの納骨堂となっていて、その一番手前に、先程記した
土に返す部分を残して造る。
霊園の基礎を全てそうしている為、物理的に今使っている墓を持ち込んでは使えない。

色々見せて戴いて、大体どれくらいの広さが適当なのかの見当もついてきた。
『この位でいいんじゃあない?』
と思えたのが0.8平米のゆとりタイプ。
骨壷数で言えば4人分だそう。
義父・義母・主人に私。
『ジャストサイズじゃん』
『ぇえええ・・・』
自分が頭数に入っていない事を知る娘の声。
『ええって、あんたは嫁に行かないのかい?』
ってか、若い美空で墓に入れるかどうか心配するより先に、とりあえず高校へ入る事を考えて欲しい。

後は、墓石の種類とデザインによって上物の金額が決まる。
建立者や家紋、○○家といった表面の彫刻までは基本料に入っているが、角を面取りしたら10万、卒塔婆立て付ければ10万という具合に、いくらでも金額は上がってゆく。

こういった物は、上限を決めておくというのが鉄則である。
細々雑費含んでも、200万は絶対に越えてはならない。

一応、第二候補地の事。
売りは、先に記した通り、1.5平米で『ゆとりタイプ』の208.65万円だが、こちらの1平米区画には『ゆとりタイプ』が用意されておらず、敷地を1平米に抑えると総額は231.15万円と返って高くなる。
1平米なら年間管理費は8,820円だが、買う時安く1.5平米にした場合、年間管理費は13,230円、50年管理していただくと年間管理費の差額で高い方の墓石分を払い終わる計算である。
いずれにしろ200万越えなので、却下。
しかしながら、ここに足を運んだお陰で、『遺骨救済計画』が立ったので収穫は大きい。

というわけで、ゆとりの金額で事が進みつつある紫家。
必要書類が揃ったら、結婚した時には既に土の下にお隠れになっていた義父との対面も間近なのであった。

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遺骨救済計画(紫家の墓騒動その3)

我が家の墓がどういう状況にあるのかを詳しく説明出来る方からの連絡を待つ一週間、様々な人に、今回の話を聞いて戴いた。

とりあえず地域の消費者センターに言ってみたところ、法律に関わる内容だからと、相談出来る事務所を紹介されたが、最短相談可能日が遠かった為、順番を待っていられず、自力で無料相談を受けて戴ける事務所を探した。
実際相談には丁寧に応じて戴けたが、法律に詳しいからといって簡単に解決に導ける問題でもないらしい事だけがわかった。

では、埋葬や改葬の届けが区役所なので、何かわかる事もあるかもしれないと区役所に問い合わせたら、認可や権利に関しては『ちんぷんかんぷん』で、どう説明しても埋葬場所を探している程度にしか聞こえないらしく、たらい回しにされた挙げ句、そういう内容は市役所の健康福祉局・生活衛生科だと電話番号を告げられた。

市役所の健康福祉局・生活衛生科では、霊園名を挙げたら、大凡の内容は把握していたが、細かい相談は、○○弁護士事務所にするようにと案内され、その方はこの件での破産管財人の1人であった。
だが、その方から紹介されたのは、結局、最初に管理事務所で、現在休暇中だと言われた事務所長なのであった。
聞けば、彼はただの休暇ではなく、病気療養中との事で、完全復帰迄はまだ遠いらしい。

大体、あれから1週間経ったというのに、取り次いだ管理事務所の副事務所長からは、そういう情報ひとつも入って来ないのだ。
催促の電話をしたら、
『電話、いってませんか?』
『・・・来てたら問い合わせません』
事務局長には電話をするよう伝えたので、自分のせいではないと言いたげである。
しかし、それらしい着歴は一切残っていない。
『・・・ていうか、その病気療養中の方、お話出来る状態なんです?』
このまま黙って治るのを待っていたら、1ヶ月経っても何も言ってこないだろう。
不謹慎だが、その方にもしもの事があったら、話が進まないと副事務所長に文句を言ったら、何かあったら、また上の人がする事で『我々下々の者が関わる問題ではない』と言われた。
清算中とはいえ仮にも『管理事務所』の看板背負った副事務所長が、そう言うか…。

だったら、病気療養中の事務所長が電話口に出られない瀕死の状態でない限り、話をしていただかなければならない。
なので、今回はいつ電話をくれるのか確認出来次第『あなたから私に連絡してくれるよう』お願いして、ようやく、多分事実に一番近い内容を聞き知る事が出来た。

まず、
遡る事10年前、霊園運営以外の事業に手を出した事により、94億円の負債を抱えて、財団法人を取り消された。
関係霊園は、うちが墓を持っている園以外に数ヶ所あり、他市・他県にも及ぶ。
破産して明らかになったのは、全体敷地面積比によって定められた、本来緑地でなければならない部分や急傾斜地など、墓として当然認可の下りない土地まで『ご好評につき』分譲した違法利用。
それは、うちの霊園だけでも8千を数え、当初、市はその全てを、園内認可の下りた地に移動するよう命じたが、そんな土地も予算もないのは明らかである。
破産10年とはいえ、初めの8年は放置されていた。
その間に、自分達の墓は自分達で守ろうという会が発足した模様。
市は、重い腰を持ち上げて前記の通り命じたものの、徐々に言ってる事が緩くなり、まずは認可云々より、危険とされた箇所の土壌を調べた所、地盤としてはしっかりしていることが判明。
墓を守る会の意見では、危険がないなら希望者だけ移動すればいいのではないか。
それも、破産管財人側からすれば、この守る会の横槍が、市の最終決定を、いちいち鈍らせているとのこと。

ここで所長は
『市だって、造成している時から知っていて何もいってこなかったですよ』
とぼやき、
『そもそも、このせいで私は病気になったんだ』
と嘆く。

それはさておき、
管財人としては、最終的な方針に決定が出ない限り、違法の地や危険とされた地を利用している方々に、お知らせ出来ない状況だとのこと。
従って、現状で修理や園内移転を希望する持ち主には、今後はまだ未定である旨納得戴き、自己負担での修理、及び移転をお願いしている。
市の最終決定が下りれば、多少なりとも霊園からの補助も出せると思うから、うちのようなケースの場合、応急処置を施して待ったらどうか、というご意見。

予定では、今年の1月初めに決定が出かかった折、『お墓を守る会』から待ったがかかり無効。
年内には必ず何らかの決定をするとおっしゃっていたが、その調子じゃ、あてには出来そうにない。

我が家としては、勢い余って、ここを出ようと迄計画したが、元々は、今墓がある場所での修繕を考えていたわけである。
修繕と同じ金額から上限100万以内で、同霊園内の平坦な区域に引っ越しが出来るのであれば、今より条件は良くなると考えていいと思うのだが、どうも話の様子では、補助程度の金額しか与えられる予定はない。
そして、今現在墓がある場所は、急傾斜地にあっても頑丈であるとわかったが、無認可である事は、この先も変わらないのだから、そのまま修繕しても、市からの決定が『移動』となれば、再び莫大な金をかけて移動しなければならないのだ。

やっぱり、出た方が良さそうである。

問題は、更地にする為の費用。
これにずっと悩んでいた。
本来、ただの改葬であれば、次に使用する人の為に更地にして返すのが正当なのは理解している。

しかし、ここは市が認可していない土地であり、うちがいなくなったら、他の誰も使えないはず。
市が言う通りに、一帯を何もない状態にして戻すのなら、この区画の全員がいなくなる事が必要で、そうなれば一度にガッと均してしまえばよいのだから、本来かかる程の金額は、かかるはずない。
また、『お墓を守る会』の主張によれば、移動させたり更地に戻したりといった費用は、管理料を何年かの間上乗せして、既に(うちのように)永代管理料を払った人も含めて、みんなで払っていこうというものである。
もしも、うちが自費で園内移転した上更地の費用を出して居残った上、管理料迄請求されるようになったら、二重の支払いが生じるという事になる。

誰が正しいかよくわからないが、あんまりかかわっていたくない・・・。
相手が滅茶苦茶なのに、こちらが正当な手順を踏まないといけない理由が見えない。
はっきり言って、更地にするお金だけは出したくない。

と、ここで、改葬先の霊園として回った内のひとつでお会いした事務所の方が、ぼそっと呟いたのを思い出した。
『永代使用許可を持っているのなら、別に、その権利放棄しないでもいいんですよ』
あまりお薦め出来る方法ではないが、と加えて黙った。

なるほど、墓をふたつ持っていて悪いというきまりはない。

『今現在、この件がいつ納まるという確証がない中、既にカロート部分に水が浸透しているかもしれない状況で、応急処置を施して待っているわけには参りません。
この件がキチンとするまで実家の墓に避難させ、落ち着いて、来年二十七回忌の法要をしたいので、遺骨を出したいと思います。必要書類(墓地管理証明書・改葬許可申請書)を出していただけますか?』
書類は事務的に手に入った。

勿論戻る気なぞない。

通常、管理料の支払いが3年以上滞ったり、連絡が取れなくなってしまった場合、霊園側は、その墓を無縁として処理して宜しいそうで、更地にして他の方に分譲しても元の持ち主は文句言えないそう。
そうしてくれるのが一番ありがたいが、それもこちらが思う程簡単ではないかもしれない。
けど、何年か先の話だろうし、その時はその時である。

改葬には、現在どこに埋葬されているかの証明と、次に入る墓地があるという証明(新しく入る墓地の使用承諾書)が必要である。
いよいよ、墓地買わなくちゃ。

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お墓、持ってますか?(紫家の墓騒動その2)

『お宅から交通便の良い場所にできた霊園のご案内です』
という電話があるたび、
『お墓は持ってますので』
とお断りしてきた。

それが一転、墓探しである。

ちなみに、うちから通える範囲で、墓というのは、私が知る限り平らなところにはない。
墓地そのものは平らであっても、そこに行き着くまでは、絶対と言いきってよい・・・坂がある。
それに駅からすぐなんて土地があったら、まず、生きた人間が住みたいと思うだろう。

結婚して最初に墓参りに連れて行かれた時に思った事。
『あたし死ぬまでここに通うんだろうか・・・通うっきゃないんだろうなぁ』
今回の件で改めて考えたのは、自分達が年老いて自動車運転免許を返上してからの事。
ある意味、義母は良い。
例え歩けなくなっても、運んであげる我々がいる。
だが、私達夫婦が車を運転できなくなった時を思うと、今の霊園内でどんなに良い場所に移動をしたとしても、墓迄歩く距離が長過ぎる。

だから、きっと今が買い替え時なんだよね、と前向きに考える。

さて、『お墓を買う』とよく言うが、買うのは『永代使用』をする権利と『墓石』である。
耳に馴染んでいた言葉は『永代供養』であるが、『永代使用』と『永代供養』では意味が違うらしい。
お寺の檀家さんになって墓地を持つ身内は主人の父の田舎の方にいるだけで、私が墓参りをするような間柄の人は全て、『永代使用料』を納めて、各霊園のお世話になっている。

『永代供養』とは、墓参りをする人がいなくなっても、お寺や霊園が供養し続けて下さるというもので、共同の墓所であったり、供養塔の内部を細かく仕切り、各々の遺骨を納めておくタイプで『永代供養墓』とも言うらしい。

『永代使用料』を払う霊園では、宗教を問わない。
臨済宗であろうが、真言宗であろうが、キリスト教であっても、横一列に仲良く並んでいる。
ただ、ここからここという仕切られた内に許される大きさの墓石を置く。
墓石のデザインも選択肢があるだけで、既存の墓石を持ってきて使うなんて通常無理だし、好きな石屋さんを選べるところは少ないのではないだろうか、とわかったのも昨日今日の話である。

『永代使用料』とは土地借地料である。
借地であっても更新はない。
但し、代替わりの際は名義変更が必要で、それなりの手数料は発生するが、既に払った『永代使用料』とはケタ違いに安い金額であるけれど、霊園によって規定は異なる。
この使用権は、多分『あなたやあなたの子孫がお墓として使用している限りは3代でも4代でも使ってていいよ』という権利で、その『お墓として使っているかどうか』というのは、墓石がそこに存在しているか、或いは管理料なるものをキチンと払っているかというところにあって、骨の存在には触れていない。
夫婦健在の内に墓を購入し、どちらかが亡くなったら即入れるように準備している人も少なくないのだから。

但し、その墓が不要となった場合には、買った時の状態に戻し、無償で返還しなければならず、その費用は1平米あたり10万強が相場であるから、買う時に安いったって広い土地を無駄に使っていると、いざ返却する際にツケが回ってくるという仕組みである。
我が家などその最たる例で、振り返れば、使っている間、ただ草むしりが大変で、いざ立ち去ろうと思えば10万×4平米だからざっと40万の費用がかかるという計算である。

しかも、遺骨のお引越しとなれば、1人あたり4万とか5万で取り出していただく。

何年か前、実家の墓を『永代供養墓』に引越す際、うん十年ぶりに納骨室を開け取り出した所、父の養父母2体分のつもりが、あと2体出てきて、狭くなるので一緒に連れてはいけないし、そもそもどこの誰かもわからないのに供養をしないわけにもいかず、泣くに泣けなかったと聞いた。

その一度葬った遺体や遺骨を、別の所へ葬り直すこと、お墓のお引越しを『改葬』と言うそう。

『改葬』には、まず、新しいお墓を確保しなければならない。
何故なら、埋葬するにも改葬するにも役所の許可が必要で、今埋葬されている所と、今度改葬する所をはっきりさせないと、役所で許可を出せないらしい。
だからまず、空いている霊園を探し、新しい管理事務所に『永代使用料』と規定の『管理費』を支払い、『墓地使用承諾書』を発行していただかないと話が先に進まない。

と同時に、既存の墓地の管理事務所からは、『埋葬証明書(墓地管理者証明書)』と『改葬許可申請書』を戴いておく。
『埋葬証明書(墓地管理者証明書)』には、埋葬されている人の名前・墓地の住所・墓地管理者の署名・押印が必要である。
『改葬許可申請書』には、死亡者の本籍・住所・氏名・性別・死亡年月日・埋葬または火葬場所及び年月日、それから改葬の理由・場所・申請者の住所・氏名・続柄等を書く。

新しい『墓地使用承諾書』が出たら、『埋葬証明書(墓地管理者証明書)』と『改葬許可申請書』を共に、既存の墓地がある市区町村役所で『埋葬許可証』の申請を行う。
交付された『埋葬許可証』を既存の墓地の管理者に提示することによって、御魂抜き(閉眼法要)し、遺骨を取りだす事が出来るらしい。

この後、不要になった墓石を処理し、敷地を更地に戻して返還する。
そして、新しい墓地で開眼法要と納骨を行い改葬を終了とする。

つまり、新しいお墓が決まらないと先に進まないという事であるが、今住む所から離れすぎず、駅から歩いて着き、タクシーも楽につかまえられて、金額に折合いがつくような願ったり叶ったりの場所は、簡単には見つからないし、霊園は存在していても既に完売していたり、という中、ふたつの候補地が見つかったのだが・・・。

所帯を構えた時、何事もない内にと義母から主人に移した『墓』という権利について、ホントのところ何も知らずにいた私達に、来年二十七回忌を迎える義父が、ひとこと言いたくなったのかもしれない今回の件は、まだまだ続くのであった。

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確かに傾いてます(紫家の墓騒動その1)

秋のお彼岸最終日の午前中、墓参りに行ってきた。

広い霊園の奥、管理の為の車を除いては、進入禁止の坂の果て、義父は25年以上静かに眠っている。
坂の最後は梯子のような階段が待つ。
今辛そうに前をゆく義母と同じ姿に、いずれ私もなるのだと登るたびに思う。

その梯子のような階段を登りきって、主人が異変に気付いた。
『墓、傾いてね?』
『・・・へ?(ぜー・・・ぜー・・・)』
言われれば、若干おじぎしている模様。
見ると、墓石の土台に少し隙間がある。
改めて正面から眺めると、気持ち右傾斜。
素人目にもわかるのは、土台の部分が崩れてしまっているからなのだが、このままでは納骨部分に水が入っていってしまうだろう。

一大事である。

だって、何年か前、墓の外壁の目地が緩んだ為組み直した時、11万だか12万払っているのだから、墓の土台からとか言ったら、20万じゃきかないだろうし、30とか40とか下手したら50とか?と主人が脅す。
『えー・・・そんなにかかるのー?やだなぁ』
『って、多めにみとくに越したこたないでしょ』
後にそれが全然多めじゃないとわかるのだが、何にしろ、霊園だから事務所に相談するしかない。

家に戻って、早速事務所に電話したら、契約の石屋さんに直接電話するように言われ、当然現地調査の上でないと、なんとも返事がし難いのでと、折り返しを待つことに。
早々に現場を見て下さったらしく、いくらも時間を空けずに電話はかかってきた。
事態は、私達が見てきた通り、結構急を要する状態らしい。
『それで大凡の見積としてはどれ位に?』
ここが肝心である。
『えーと85万です』
『わぁおぉ』
下手したら50どころの問題ではないじゃないか。

ただ、実際に工事をする場合には、事務所の許可が必要だと言う。

その時は『はいわかりました』と電話を切ったのだが、これはちょっとおかしい。
事務所には最初に電話をしているわけで、その時に修繕をお願いする前提で話をしたし、それで石屋さんの電話番号を伺ってかけたのである。

とりあえず、管理事務所に電話。
『墓石の修繕をお願いするのに、許可をとるよう言われましたが、どうすれば?』
最初出たのは女性だったが、何区画の何番地かを聞かれると『ちょっとお待ちください』と言った後、電話口に出たのは男性であった。
『お宅様の墓地は、無認可ですので、そこで修繕をされたいとおっしゃるのであれば』
『・・・・・・はい?』
『お宅様の墓地は、無認可ですので・・・』
いや、聞こえなかったわけじゃないんだってば。
『あの、何をおっしゃってるのか、理解できませんが』
『ですから、お客様が御使用している墓地は、墓地としての認可が下りていない土地なのです』
『そんなの今初めて知ったんですけど?』

実は、我が家が墓地を持つ霊園は、1999年厚生省から墓地を経営する法人の認可を取り消され、解散となって、清算手続中なのだ。
それは今も霊園の名前を挙げれば『潰れちゃった霊園』として地元では有名な話で、当然私達も知っている。
義母が墓地の権利金を払ったのが1984年。
そんなに昔から、正式な墓所としての認可も得ていない所に、墓としての永代使用許可を出していたということになる。
潰れたのは霊園とは無関係なリゾート開発等に手を出し、巨額な借金を抱えた故であるが、元々が、いい加減な経営であったのだ。

我が家は断じて、当時無認可であるのを承知で買ったわけではない。
しかしながら潰れたと知って、どうなるのか見守っていただけの10年でもある。
寄付を強要されるでもなく、立ち退きを迫られるわけでもなく、今日まで平和に墓参りや法事をしてきた。

たまたま今日、古い墓の土台がダメになったらしいから事務所に電話をしたのである。
けれど、無認可な上、移動が必要なのだという件は、ついでがあって伝える内容であろうか?
更に、実際その勧告がいつ出されたものなのか、そういった場合どのような手続きを取らなければならないかを説明できる人間が、ひとりだけしかおらずに9月末日迄休暇中だという。
『うちの墓が明日倒れちゃったら、全面的に責任取って下さるんです?』
『それも休暇が明けてみないとお答えできません』
何を言ってるのかわかってんのかこいつ。

彼と今話を続けても解決しないって事はよくわかったから、しょうがないので、実際に似たようなケースで工事をしてきたであろう石屋さんに打診することに。
『そういった場合、移動って、いくらくらいかかるんです?』
今ある墓は4平米。
現在どこの霊園を探しても、普通の家が4平米も新しく持てる時代ではない。
実際最近みるのは1平米から1.5平米、もっと小さい区画も普通に分譲している。
この霊園とて例外ではなく、空いている土地と言えば、墓地として使っていいと与えられた範囲に墓石がすっぽり覆う広さである。
だから外壁をそっくり新しく作り変える事になるので、150万かかると言われた。

俗に言うところの永代使用料等は免除し、既存の墓石を使って150万?
この時点で、その金額が安いのか高いのか、何の比較対象もないので、比べようがないし、もし高いとわかっても、指定業者以外は使えないのであるならば、所詮言い値を払うしかなくなってしまう。

思えば、許可が下りず、とんとん拍子に話が進まなくて良かったのだろう。
色々と調べる時間が出来、霊園関係者が運営する『お墓を守る会』なるサイトを見つけた。

法人解散から7年後、管財人と裁判所がようやく動き出し、問題点を明らかにしたとのこと。
何年経っても減らない借金の事も重要だが、宅地造成法に違反して造成が行われて、我が家のように非常に危険な箇所もある。
平地でも道路上に墓地を作るなど無届けで墓地を作り売却した箇所を含め5,000近くあるらしい。
それを市が求めるように更地にするには、莫大な費用がかかるから、管理料を値上げして財源にするというものだが、今後は、うちを含む永代管理料を払った墓主からも平米あたりの管理料を払うようにしてゆくとある。

よくわかる人の休暇明けを待たずして、自分ちの墓場は、無認可な上、急傾斜地であるが故、最優先移動区域指定内にあり、85万かけて改修しても安心は買えないのだと理解できた。

と、同時に、こんな怪しげな業者と傾ききった霊園の中で、150万払って移動するのが、限りなく無駄に思えてきた。
『いっそ新しい所に、お引越しってのどう?』
また長く悩むコトが必要な問題を提供してしまった私である。

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テレビで『おくりびと』映画館で『BALLAD』

昨年9月13日に封切られ、今も上映継続中の『おくりびと』の地上波放映を観た。

主演の本木雅弘さんの所作の美しさや、あまり世間が知らなかった納棺師という職業のクローズアップと、山形の自然が大きく話題となり、原作を開いていない私は、CMで紹介された部分の映像しか知らずにいた。
チャンスがあれば観に行きたいと思っていたが、なかなか気持ちと時間の折合いが悪かったらしく放送日に至る。

一番最初にCMを観たのは映画館の次回作紹介だったと記憶する。
その時のシーンで目に焼き付いていた死して横たわる美しい女性が、実は男性だったと笑わせてからの本編スタートである。
主人公がどうして納棺師になっていったのかというストーリーに、母と子、父と子、夫婦、知人・友人との間に行き交う愛という情を絡ませ、子供だった自分、大人になった自分、そして父親になる自分が、自分との間で葛藤しながら、それぞれが、それぞれの中で、じんわりじんわり『わかってゆく』、何度観ても、何年経っても名作であり続ける作品だと思った。

ところどころで山﨑努さんが放つ『大丈夫』というセリフが、ストーリーに絶妙な味付けをする。


さて、本日はレディースデーにつき、1,000円で映画を観られるので、娘を連れて『BALLAD』を観てきた。

これも映画館で次回作紹介の時、お姫様と戦国武将と現代人の組み合わせに、あぁ『しんちゃん』だとわかった私は、娘の為に借りてきたビデオに、思い切り泣いた口である。

堂々とリメイクとうたっている通り、ストーリーは、野原しんのすけが幼稚園児ではなく小学生で、アホ丸だしな場面はなく、決して消極的ではないがイザという時、積極性に欠ける所をコンプレックスに思っているというような、私的には許せる範囲の捻りであった。
中学生の娘に言わせると、どの人も良かったけど、『しんのすけ』が・・・、だったらしい。
原作の『しんのすけ』のイメージを崩さない新星が見つからなかったのかもしれないし、監督としては最初っから彼のイメージでいきたかったのかもしれないし、その辺は不明。

草彅剛さん、つい先日『任侠ヘルパー』も終了したが、色々な役をこなせる役者さんとして好きである。
個人的には、がーーっと雄叫んでる時より、静かに凄んでる時の方が怖そうで宜しい。
色々と豪華なキャストだったけれど、実は、野武士役の波岡一喜さんが結構好きな俳優さんである。
初めて観たのは『パッチギ!』
もしかしたら、今後も主役で花咲くより、永遠の名脇役として名を残すタイプなのでは?なんて決して御本人が知ったら喜ばないような評価をしてしまうけれど、期待しております。

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それはいつ?

先日、近所の夢庵でトイレに入った時の事。

『このトイレは離れると自動で水が流れます』
ああ、そうですか、と用を足していたら再び
『このトイレは離れると自動で水が流れます』
と女性の声。
はいはい、わかりましたよ・・・特に長居をした覚えもないが、2度も同じアナウンスを聞くのは、せかされているようである。

しかし、実際に立ちあがっても何も起こらない・・・。
じゃあ、手動で流して出れれば問題はないが、タンクはあれどレバーがない。
え・・・それはそれで、ちょっと困るんだけど・・・。

トイレの洗浄の方法には色々ある。
家庭に普通設置されているタンク型は、一度流してしまうと、ある程度水が溜まってからでないと、次の洗浄に差し支える。
昔、知人宅のトイレを借り、うっかり一度流してしまい、もう一度流して出たいのに水の流れをかなり絞っている為、泣きたくなる程長く待たされた事がある。
観光地の外のトイレでよく見かけたのが、見上げる位置にタンクがあり、紐だかクサリを引っ張って流すタイプ。
今迄そういうトラブルに遭った事はないのだが、紐を引っ張るとタンクごと落ちてきそうで怖いのは、私だけだろうか。
思わず身体を斜めによけて引っ張るのだが、もし実際に落ちてきたら、そんなもんじゃあ防げないだろう。
とか思いながら、やっぱり気持ちよけて引っ張り、上から水やタンクが落ちては来ず、足元でだけ水が流れて安心する。

最近よく見るのが、センサーに手をかざすタイプ。
だいたい席を立てば自動で流すのを併用していると思うが、自分で流したければ手をかざすと流れてくれる。

自動で流れると言えば、座ると終わったと思われる時間で?流してくれるのもあり、ちょっとゆっくりしていると、流れの良い川の上ででも用を足しているようで、せわしない・・・。

などと色々思い巡らしているが、自動だと言いつつ、いつまでも流してくれないコレは、どうしたものだろう。

もしかして、ドアの内側にいるのが悪いのか?
そんな、後始末もしない状態で見えない所になんか行きたくないのだが、幸いトイレスペースには私の他誰もいなかったので、ちょっとドアの外に出てみたが、やっぱり何も起こらない。

困った・・・。

そうこうしている内、どこでタイミングがあったのか何事もなかったように水は流れ、席に戻れた私であった。
一体、何がいけなかったのだろう。

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老化の行方

ヘバーデン結節の診断をされて、2週間が経過した。
ホントは2週間後に、また診せにいらっしゃいと言われていたのだが、病院へは行っていない。

お隣の人差し指の時には、ただどうかすると痛いってだけで原因が判らず、段々痛みを伴わない右手の使い方が上手になり、気づいたら痛くなくなっていたのだけれど、今回は、湿布してテーピングしていれば2週間もすれば痛みはなくなるでしょうという処方を受けている。

ヒネてるようで結構従順な私は、丸2週間、医者が言う通り湿布して、テーピングして、風呂でマッサージして過ごした。
何もせず、何かにつけて痛い痛いと長い期間を過ごした事を思えば、2週間で痛みがひくのなら容易い事である。
まぁ人が良いと言う事は、特に異論がない限り従ってみる。
(だって、やってみないで、文句言えないし)
良ければ、それに越したことはないし、駄目なら、それが駄目だのだと判るだけでも収穫である。
しかし、やっぱり、そう簡単に痛みがなくなるもんではないらしい、というのが充分判ったので、テーピングはやめた。

確かに、固定している方が、指にとっては楽である。
しかし、指先というのは、案外清潔に保つのが難しい。
時間が経つにつれ、巻いたテープは確実に薄汚くなり、濡れればネチョネチョするし、結局、大々的な水仕事の前に外す破目になる。
それに、痛い方向に負担がかかった時、テーピングをしていたから痛みから免れるか、といえばそうでもな。

ただ、今は、どういう現象なのか、どうしていることが望ましいのかわかったせいか、前回より痛みを感じる度合いが少ないように感じる。
お医者は、マッサージなんかしても意味はないと言っていたが、関節の部分を両サイドからぎゅーっと押すと、幾分か気持ちが良いし、スムーズに曲げ伸ばしが出来る気がする。
あるサイトでは、意識的にグーパーの運動が必要とある。
私が行った整形外科の先生も、固定し安静を保つのも大切だが、動かさないと更に、軟骨の接触を緩和させる液体が、そこには必要ないと身体が作り出さなくなるとおっしゃっていた。

しても変わらないコトより、辛いコトより、したら気持ち良いコトのほうが悪いワケないに決まっている・・・なんてね。

さて、先週のバルサンを炊いた際に、久しぶりにマッサージに出かけたのだが、その時に色々指摘された事がある。
今のような生活パターンでいると、『筋』がつく肉がどんどん落ちてゆくらしい。

私は、左の足に浮腫みがある。
これには長い歴史があって、彼是20年以上の昔、思えば、マウスを握る仕事に携わるようになってから。
足にはあまり関係ないが、小学校5年に始まった近視が手伝ってか、ずっと慢性的な肩コリに悩まされている。
右側の負担が左側にかかる、とはよく聞く話。
ただ、そこの部分、うとうとしていて、あんまり詳しく覚えていない・・・。
頭に残っているのは、その右利き故に左足が浮腫み易いのだというところ。
だから、夜中に暑くて布団の外に両足を頬り出していても、左の足ばかりがツルらしい。
座りっぱなしだから骨盤辺りの動きも悪くなる。
動かさないと、骨盤の筋肉も落ちてゆく。
私の下半身は、普段の運動不足を自覚するよりずっと、瀕死の状態にあるらしい・・・。

老化は指先だけにあらず。
もっと運動を取り入れなければ。

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カステラ1番

『敬老の日』は、『聖徳太子が四天王寺に悲田院を建立した日』や『元正天皇が養老の滝に御幸した日』などの説があるが、確かではないらしい。
それよりも、兵庫県で『老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村作りをしよう』と、農閑期、気候も良い9月中旬15日を『としよりの日』と定め、『敬老会』を開いたというものが、『敬老の日らしい』説である。
この『敬老会』が、1950年からは兵庫県全体で行われるようになり、後に全国に広がり、1964年『老人の日』となり、1966年に国民の祝日『敬老の日』となったとのこと。

2001年の祝日法改正により、2003年からは9月第3月曜日となり、次回の土曜が休みであれば、5日間の連休となる。
5月のゴールデンウィークと敬老の日に引っ掛けてか、シルバーウィークと言うらしい。

休みが寄せ集まったり増える事に特に異論はないが、カレンダーから元の記しがなくなるのは、あまり賛成できない。
『母の日』のように、元々が『5月の第2日曜日』と定められたものなら良いが、9月15日や10月10日の由来がはっきりしているものは、カレンダーを眺める事によって、色々思うところがあるのだろうから。

まぁ何年かしたら、そういう違和感も薄れてゆくのかもしれないけど・・・。

さて、この時期、我が町内会では、敬老のお祝いとして、毎年70歳以上と『申告のある住人』に文明堂のカステラを配っている。
申告なんぞ一度すれば歳は年々増えるだけで減る事はない、とは思うが、お引越しされたり、お亡くなりになったりもあるし、毎年一応確認の意味を込めた申告制である。
ただ、毎年ひとつ足して申告をするのに抵抗のある女性は多く、去年迄申告したけど今年からやめたなんて方もいるから、ほんとはもっとカステラの注文数は多いはず。
我が家の義母が70を越えて8年経つ。
申告は私がしているので、何の躊躇もない。
ここに越して来て10年以上だから、8年間、私も毎年1度は、文明堂のカステラを一切れ味わっているってわけだ。
ご夫婦揃ってご健在のお宅には、カステラが2箱になってはナンなので、カステラ1箱と三笠山1箱をセットにしている。
ちなみに届いた三笠山の箱は51個。
51のお宅で70歳以上のご夫婦がご健在というコトになるが、カステラの箱は200近い。
町内会戸数約300ちょいある内、250人近く70歳以上の方がいらっしゃるって事である。

朝10時半に、各班長さんに自分の班の分を取りに来て下さいとお願いしているので、それ迄に1個1個手のついた紙袋に納めるのが町内会三役のお仕事であった。
ところで、紙袋には、お名前を書いた封筒が添えられる。
封筒というからには、中身があるわけだ。
義母宛なので、毎年何が書いてあるのか見たこともなかったのだが、カステラを敬老の日より前に配るのには、訳があった。
封筒の中身は、今週末、近所のセンターで催される『敬老芸能大会』なるもののプログラムなのだ。
敬老芸能大会・・・すんごいお名前だが、60年近い伝統行事であるらしい。。。
勿論、出る人はあらかじめ決まっていて、敬老な方々に気軽に観に来て楽しんで下さいというものである。

という真心のこもった袋詰めなのだが、この真心の込め具合に今年ちょっと問題を見た。

贈り物というのは、買う時は文明堂なら文明堂の名前の入った紙袋に入れて戴くが、渡す時は、普通袋から出して進呈すると思う。
ただ、今回の場合、袋のままお渡しするのが前提である。
だから、袋に入れる際、箱と封筒の向きとか色々気を使ったし、毎年そうしてきている事なのだろう。
昨年班長を務めた際、30個近い袋を見てギョっとした記憶だが、私の場合は、副班長さんを同行し、二手にわけて配ったのだが、カステラが入った袋が両腕に鈴なり状態で、帰ったのを思い出す。
ただ、今年この日は雨であった。
何人か大きな袋を持参したのを見たので、せっかくセッティングしたので、そのまま手の部分を持ってお持ち帰りくださいと言ったが、その内ひとりが、くるくるっと箱を丸めて、自分の袋にしまっているのを発見した。

渡したい物の形が変わるものではなし、良いと言えば良いのだが、何かこう、温度に差をみた瞬間である。

贈り物を買う際、品物を複数点購入すると、個別の袋は端に添えてくれて、持ち帰り用の袋に入れてくれる。
確かにああしてくれると運びやすい。
今回も20点から30点ある同じ品物が、封筒が入っている故に個別が決まってしまうのは、運び難い上面倒なのかもしれないと思う。

提案してみようかな なんて思う私であった。

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2年ぶりに発射しました

ふと部屋をカサコソ進んでゆく物体が視界に入ったので目をやると・・・子ゴッキー・・・。
お久しぶりっ・・・とスリッパで退治したが、毎度毎度あんまり気持ちの良い始末ではないので、そろそろバルサンを炊かなければと思ったのが、まだ8月の暑い日の事。
暑いうちは無理・・・。

また別の朝、髪を洗おうと入った風呂場でも見つけた。
思わずカビキラーをかけたらピョンピョン跳ねた為、コオロギだったと気づく。
朝は視力が定まらない故、かわいそうな事をした。
楽に成仏できるよう、もうひと吹きした。

さぁ9月である。
朝晩だいぶ涼しくなった。
しかし、バルサンを炊くというのは、結構面倒臭い。
第一に家が数時間無人になる日を選ばないといけないし、直接口をつけるようなもの、鍋やお玉類、服などは扉のあるところに片づけ、観葉植物はベランダに出し、テーブルやベッドなどは新聞で養生する。

娘は毎日学校へ行くし、主人の昼勤務は隔週だが、義母はほとんど出かけないから、明日は出るという日を逃せない。
なんだかんだと、その日、どこにも行く予定がなかったのは私であった。
しょうがないので?2時間マッサージに行く事に決め前日に予約を入れた。
幸いにも天気はよくない。
洗濯するのを迷わなくて済むし、ベランダに出した観葉植物もヘタらないだろう。
あれやこれやと、ざっと30分から40分の準備をし、窓という窓を閉め、各部屋に水を入れて置いた容器にひとつひとつ本体を浸し、シュシュシュシュという音を確認しつつ、玄関にカギを閉め、車に乗り込み脱出・・・。

ところが、一番最初の角を曲がった時、
『あ。。。。洗面所の窓、閉めてないような・・・気になる・・・すごく気になるっ』
コの字にユーターンして家の前へ。
けれど、もう家の中には入れないから、脇から家の裏へ行くと、やっぱ窓が開いていて、モクモクと煙が出ていた。
戻って良かった。
消防署に通報されちゃったら大変である。
窓を閉め、再び脱出!

そして、マッサージ開始。
ああ、気持ち良い・・・2時間の天国である。
と、思ったのもつかの間、建物の前を消防車がサイレン鳴らして通り過ぎた。
『・・・・まさか、まさか、うち??なんて事ないよね』
いつも水煙タイプしか使わないのだが、何故かひとつだけ、点火式のがあった。
取っておいてもしょうがないし、捨てるってのもなんだから、思い切って火をつけてきたのだが、なんだかそれが気になる原因なのであった。
とは思いつつ、携帯もロッカーの中だし、ここにいるの、誰も知らないし、そう思うと、徐々に意識が遠のいてゆく。

2時間が経過し、ロッカーに戻り、一応携帯を開いたが、何の着信もない。
なんとなくホッとする私であったが、家に辿りつくまで、またちょっとドキドキした。
最後の角を曲がって人だかりができていたらどうしよう、とか?
勿論、煙っ臭い家が待ち構えていただけである。

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24時間戦えますか

午前中、例によって特売に出かけてきた。
先週は食べ盛りの娘がちょっとバテ気味だったせいか、冷蔵庫には若干食材が余っている。
しかし私の命の元・インスタントコーヒーが安かったり、先々週ダース買いした野菜ジュースも底をついていたから、なんだかんだとカートはいつも通り山盛り。
そして、朝一番の食品売り場のレジは、早くも大渋滞が発生していた。

この間なんか、アイスをカゴに入れていた女性が、長蛇の列に待たされ過ぎたからだろう、自分の順番になったら、そのアイスをレジに返していた。
今更ドライアイスを貰ったって固まらないわよって気持ちはわからなくないが、受取ったレジ係は、通常の食品のようにその場に一時的に置いておけないものだから、レジを止めてアイス売り場に走って戻しに行く始末であった。
間違えて、それを手にとってしまった人は災難である・・・。

食料品でカートが一杯になる前に、明日炊く予定のバルサンをドラッグストアで買った時、黄色いRegainエプロン姿のお兄さんが試飲販売の準備中であったのだが、どうやら準備が整ったらしく、
『10本買ったら6本サービス!そんなこと有り得ません!』
と、ひとりでボケとツッコミの掛け合いを始めた。

『黄色と黒は勇気のしるし♪』のRegainは『Re=再び』+『gain=獲得する』
『疲れた身体に再びパワーを与える』という意味だそう。
それで、24時間戦えということらしい。

10本買ったら6本サービスという事は、20本買うと12本のサービスか。
我が家は、主人が夜勤の週、毎日愛情を1本持たせているので、2箱パックの袋を買う。
やはり6本位袋の隙間に詰め込んで売っているのだが、26本でも結構重い愛情となる。

ノルマがあるのか、単に張り切ってるのか、フロア中に響き渡る声で
『10本買ったら6本サービス!50本買ったら40本サービス!買えば買う程お得です!!』
確かにお得・・・。
しかし、10本買って16本は持って帰れるが、50本買って90本持たされるのは、お得というより拷問に近い。

50本買って10本分しか払わなくて良いなら買うんだけど。

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袋とじな話

1回につき10ポイント加算される映画館のカードポイントが100になると、希望の映画に2人招待となるので、先日『アマルフィ』を観せていただいた。

役を与えられていない場面の織田裕二さんは苦手であるが、織田裕二さんの出るドラマや映画は好きである。
(でも『太陽と海の教室』は全話録画したのに観る気になれず、一話も開かず消去した)
それは、どっちを向いても笑顔満載の トム・クルーズさんは苦手だが トム・クルーズさんの出る映画は面白いと思える気持ちと良く似ている。

外交官・黒田という人も確かに気になったが、我が家は、天海祐希さんのファンである。
娘など『女王の教室』の頃から、かっこいいと言っていた。
普段男勝りな役柄が多い彼女だが、今回は誘拐された我が子を、言葉の通じない国で周りに翻弄されつつ、ひたすら探し回る女性の役である。
まだ上映中なので詳しい内容は控えたいが、外交官・黒田シリーズなんか出来そうな終わり方であった。
ただ、毎回あんな豪華なキャストで、外国のあちこちで事件が起きていたら大変かも・・・。

さて、昨日は『20世紀少年-最終章-ぼくらの旗』を観てきた。
まだ封切られて間もないし、土曜日の2回目というゴールデンな時間帯の為、親子3人で並んで席を取るには、前から3列目か両サイドの席しか選べなかった。

そりゃ端っこより真ん中でしょ・・・と選択した席は、久しぶりに、スクリーンを見上げるような位置であった。
最初に第1章と第2章のダイジェストがついているので、のっけから睡魔が・・・。
まー流れなどは嫌いな類ではないが、あまりにもスケールが大きすぎて?色々無理な設定などあるから、真面目に没頭して楽しめるってものではない。
最初っから、ちょっと大人向けのウルトラマンかなんかだと思って観れれば、結構面白いのだ。

これも上映中なので詳しい内容は控えるが、なるほどそういう終わり方か、とエンドロールが流れる中、席を立ち去るという、まぁありがちな光景が視界に入る。
それまで、試写会の際、ラスト10分をカットして上映したという事も、CMの予告に出てきたシーンもまだ観ていないのも忘れていた。
でも、エンドロールの最初の方で、あれ?この子、どこに出てたんだっけ?と思いつつ、他の名前を目で追ううちに、エンドロールの後も、まだ周りが明るくならず話が続いてゆく。
これも最近ありがちな、オマケ映像であると思いきや、ここからがラストの始まりであった。

そっか、ともだちだったんだ・・・。

多分、前から3列目で確認できた人だけがエンドロールで立ちあがり、もったいない思いをした人ではなるまい。
やっぱ、せっかくお金払って映画館にきたら、明るくなるまで座ってないとね。

ちなみに、娘が買ったパンフレットで『ともだち』の正体を明かすシーンは、袋とじになっているのであった。

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ヘバーデン結節

片方に5本もある指であるが、どの指のちょっとした負傷も不便なものである。

中指の第一関節が痛くなって随分経つ。
実は、長い間、人差し指が同じ症状だった。
こうやって、キーボードを打つような作業は何ともなく、関節を揉んでも痛む事はない。
けれど、人差し指の時には、垂直に力が加わるとかなり痛かったような気がする。
今は、どうすると痛かったんだっけ?と思い出せない程、何でもない。
中指の場合、握るのは平気だが、反対方向に反らせると痛い。
例えば風呂を洗うような時、平らな面をスポンジを使って擦る分には何でもないのだが、四隅のカーブにかかるだけで、他の指は何でもないのに、中指には耐えがたい痛みが走る。

ぶつけたり、捻ったりした覚えはまったくなく、見た目も何ともない。
でも、人差し指の時は、何ヵ月もずっと痛かった。

これは何かあるに違いない、と、数日前ネットで調べてみた。
しかし、『第一関節 指 痛み』と入れたら、調べたなんて言えない程簡単に『ヘバーデン結節』の名前が出てきた。

ジベルバラ色粃糠疹』の時も『へ???』って思ったけれど、『ギランバレー症候群』にしても、発見した人の名前を貶す気はさらさらないが、『ヘバーデン結節』・・・へんな病名である。
ちなみに第2関節の場合は『ブシャール結節』というんだそう。

あっちこっちに書いてあるのを読むと、多分そうなのだろうと思う症状であるが、そうじゃない場合も絶対無いってことはないわけで、はっきりさせる為に、思い切って整形外科医院へ行く事にした。

思い切って、というのは、怖くてとかいう理由ではない。
だって、整形外科というのは、いつどこに行っても混んでいるのだもの。
よっぽど痛いか、よっぽど時間がなければ思いきれない・・・。

『ご説明しましょう』
と、先生が胸を張って、ヘバーデン結節というのは、指の第1関節に起こる変形性関節症のひとつです、と話し始めた。
骨と骨を結ぶ関節は、双方を粘液で満たされていて、その成分であるヒアルロン酸とかコラーゲンなどは、私位の年齢になると、徐々に減っていく為、骨の先っぽにある軟骨がこすれるようになるのだと言う。
『よく、ご年配の方が、膝が痛いとおっしゃるでしょう。
あれと同じようなものです』
こすれた軟骨は、段々飛び出すように変形していき、人によって痛みが伴うかどうかはまちまちだが、末期になると、痛みはなくなるが、変形して固まってしまった骨は元に戻らないそうである。
私の場合は、幸いにして変形は見られず、レントゲンで確認できるような骨のささくれや軟骨がこすれているような感じもない。
そういう意味では全くの初期症状で、痛みもそのうちになくなるという。
確かに、以前痛かった人差し指は、今はまったく痛くない。

『まったく心配ありませんよ、老化ですから』
って・・・それが心配だよっ。

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狼が出た

今朝も無事に主人を送り出し、本格的に顔の施工に取りかかろうとしたら、今迄笑顔を交えて話していた日本テレビのアナウンサーが、
『緊急地震速報です』
と、真面目な顔をして言っている。
最近また地震が多かったから、またどこが揺れたのだろう?と画面に目をやると、どうやらこれから来るらしい?

地震てのは、いつも急なのだが、何しろ、幸いにして、まだ家からほっぼりだされるような状況に陥った経験がなく、大抵あたりに注意を払いながら揺れが治まるのを待つわけで、さぁこれから揺れます!という宣言に近いお知らせには、どうしたものかという時間の流れ・・・。

千葉県東方沖だから安全かと言えば、今迄に被害がなかっただけで、どーーーんと来たらどうなるのか、というのは想像が出来ない。
テレビでは、数分の間、
『緊急地震速報が出ました。千葉県、茨城県、東京都23区、神奈川県東部、埼玉県南部の方は、強い揺れに注意して下さい。身の安全を確保して下さい。火を消して下さい』
と、繰り返されている。
もうとっくに朝の家事は終わっていたので、ガスコンロなどに心配はいらなかったが、火を灯したばかりのお香に目をやり、揺れたらヤバい?などと、のんきに眺める私であった。

一応、財布と携帯を突っ込んだバッグを手元に置き、もし避難するような大揺れがあって、宣言してたのに短パン??と思われるのもナンなので、長いパンツに履き替える。
(本番だったら、そんな余裕ないよね)

その内、
『只今、地震が発生している模様です』
でも揺れている気配はない。
時間差で来るのかな。

・・・・・・

来ないみたい。
う~ん。

どうやら狼が出たらしい。

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変えてやるっ

結婚したての頃は、クレジットカードを使って物を買うなんてとんでもないことのように思っていたが、今、財布の中はカードが束になっている。
ホントは、同じクレジット会社のカードを何枚も持ちたくないのだが、最近は銀行のキャッシュカードにまでも、クレジット機能が抱き合わせになっているものが多く、結局、発行元のマークが入ったカードを使わないとポイント還元率に響くから、JCBやVISAのマークがダブって増えてゆく。

今回は、そのうちの1枚、週に1度の特売日には必ず行き、毎日のおかずの種を調達するスーパーのカードの困ったコト。
思えば、カード生活に突入すると決めた時、一番先に作ったのがこれなのだ。

カードには年会費というものがあり、通常のカードで1,000円から1,500円程度が多く、入会初年度は無料などとうたっているから、金券や粗品といった入会特典の景品欲しさに入り、次年度迄に解約するなんて姑息な真似をしたこと数度。
最近では、年間一定金額を使用していれば年会費は免除というところや、もともと永年無料な物も増えた。

問題のカードには、ETCカードをセットにしている。
クレジットカードとは別になっているので、比較的安心して、車に差し込んでおける。
加えて、DriveAidという年間1,575円でロードサービスの契約もしていた。

こう言っては何だが、我が家は保険が好きである。
ここで、あえて私は、と言わないのは、これは主人の方針だからである。

転ばぬ先の杖、保険。
使わなければ、それは何事もなかったという事であり、喜ばしくあるわけだが、毎月確実に消えてゆくお金である。
正直、ガン保険には随分助けられたし、車の任意保険ってやつも、掛け捨てているようで、時々どーんとお世話になっている。
しかし、JAF。
入会してただの一度も使ったことのない事が自慢の年間4,000円のロードサービスである。
そのJAFに、我が家で車を2台持ち、別々に運転するようになると同時に、主人にプラス2,000円で家族会員になるように勧められ、入会していた。

自慢ではないが、免許を持ち、車を運転して早20年の今日迄、タイヤ交換すらしたことない私である。
ひとりでフラフラ出かけて、釘でも拾って困るのは、主人より私のはずなのだから、メインの会員は本来私であるべきだし、はっきり言って、バッテリーだって自分で買ってきて交換しちゃう人には必要のないサービスなのである。
・・・という考えには至らないらしい。

そういうわけで、初めてスーパーのカードを作る際、JAFよりも年間500円安くロードサービスを付加出来るのを見つけ、そちらに鞍替えしたのである。

さて、そのカードを使って何年経つだろう。
前々から気になっていた事は、このロードサービス付きのUCSカードは、店の人に周知されていないらしい。

スーパーの食料品売り場は、どこの会社のカードを提示しても、だいたいがサインレスになったものの、他の売り場で買い物をするには、どのカードを使ってもサインか暗証番号入力が必要であるが、そのスーパーではUCSカードに限って、サインがいらない。
にもかかわらず、数回に1度はレジの女性がサイン用のペンを用意するのだ。
当然レシートはお客に渡す分の1枚しかプリントされず、あら?という表情をし、そのカードはUCSだと気づき、ペンをしまうという流れを、何度目にしたことであろう。

多分、デザインが他のカードと違うせいで、UCSのマークを判別しにくいのだ。

元々、他の階では、年間通してそんな頻繁に買い物をするわけではなかったし、何年経っても認知度は増さないとはいえ、毎回の事ではなかったから、ずっと流していたことであった。
ところが、数ヶ月前、軽くプッツリ切れる音を聞く出来事に遭遇した。

どこのスーパーでも、毎月何日はポイント何倍だとか、消費税分還元などのサービスの日を設けている。
そこも毎月5%OFFの日があり、この不景気の波を乗り切る為に、ケチらず無駄なくを心がけるようにしている私は、その5%OFFの日に、普段あまり特売の対象にならない乾物や缶類、調味料などを仕入れる事にしていて、たいてい1万以上の金額になる。

ふとレシートを眺めると、5%OFFになってないではないかっ・・・。

サービスカウンターに、
『わかりにくいカード使ってて申し訳ないんですけどね』
と、わかりにくく皮肉を言ってみたところ
『あらー、ホントですね』
あんたの店が発行しているカードの柄の事なんですけど?

ここでプッツリ切れたわけではない。

その日は生鮮品も少し欲しかったので、荷物を一度車に積み込み、カートを空にして再び買い物を終えレジでカードを提示したら、
『これ、UCSのカードなのかしら?』
こんなもの見たこともないみたいな対応である。
ちなみにレジの彼女は大ベテラン、かどうかは不明だが、何年にも渡ってここでレジ打ちをしていて、何十回も彼女にこのカードを渡して会計している。。。
どのレジも大行列で、自分が済むのを後ろの人が待っている状態でグズグズしたくなく
『いいですよ、サービスカウンターで計算し直して貰うから』
と、諦めるように言い返したら
『あ、いえいえ、大丈夫よね』
掛けでもするようにカードを通し、大丈夫だったと小躍りする姿を見て、完全にブチ切れた。

店長を呼ぶべき内容だと思うが、ここの店舗だけで済ませたくないと思い、サイトでお客様サービス宛に、今日あった事の詳細を送った。
加えて、
・店員に自社発行のカードの柄をしっかり把握させて欲しい点、
・出来ればデザインを『普通』のものに変えて欲しい点、
それが無理なら、
・割引の日はレジの方の判断で会員割引ボタンを押すしくみらしいが、そこを自動認識するようにしてほしい点もメールした。

即日、店員周知の教育とカード一覧を各レジに貼るという改善報告の返答があり、たまたま翌日買い物に行ったら、レジにはカード一覧表が貼ってあった。

それから2ヵ月程経過したろうか。
2階の衣料品売り場で、またサインを求められたので、レジを覗き込んだが、どこにもカード一覧の表はない。
名札を確認して帰った。

そして今月も5%OFFの日がやってきた。
しこたま買い物をし、カードを提示。
『UCSのカードはお持ちですか?』
『ここに、出してます』
表など貼っても見ていないのだと、確信した。

再びメール。
今回は支店名宛にし、こちらの住所・電話番号も入れた。
つまり、それなりの方に一言戴きたいという意味である。
ところが、前回と同じく、丁寧ではあるが、サービス担当から文字での返答があるきりであった。

いくらメールが発達して、即時対応が可能になったとしても、その日の内にメールを返せば良いという問題じゃないことがある。
ネットショップの通販上のトラブルならば、それもアリかもしれない。
しかし今回は、人の認識と態度の問題で、しかも同じ苦情を受けながら、それでいいのか?
私が本来苦情を言いたいのは、仕事がまともに出来ないバイトやパートであるが、後から後から新しい人材が湧いてくる彼女達にいちいち謝って貰ってもどうにもならない。
問題は、店の顔として仕事場に出して大丈夫なのだと判断した人事にあり、人事を任せた店長にある。
・・・という内容で送った後、やっと店長から電話があった。

車の任意保険の契約内容を確認したら、元々JAFと契約しているので、ある程度迄なら保険会社負担でのサービスが受けられるとのこと。
だったら、年会費払って嫌な思いをし続ける事はない。

普通のカードに変えてやるっ・・・。

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静粛に40分

娘の社会科の宿題は、作文であった。
作文ったら国語じゃないの?と思うが、国語は国語で別にあるらしい。
社会科のテーマは『人権』若しくは『税』についての作文か『裁判を傍聴』してのレポートである。

『人権』や『税』など、普段の生活でかかわりのある内容ではあるが、毎日のほほ~んと生きている状態で、原稿用紙4枚だ5枚だのネタを捻り出すのは難しいと思い、今日観て聴いた事をレポートすれば足りる『裁判の傍聴』に行く事にした。
勿論、娘から言いだしたわけではなく、私の提案である。
『・・・え。ひとりで行くの?』
と不安気な態度の娘を安心させるように
『いえいえ、一緒に行ってさしあげます』
とは言ったが、実は自分が一度は行ってみたかったというのが本音である。

裁判員制度によって参加するかもしれない裁判とは規模が違うだろうが、裁判所自体、建物がある事しか知らない状態だし、実に良い機会ではないか。
最寄の地方裁判所には、家から車で30分位、電車を使っても1時間以内で行ける。

裁判所の入り口の前には、警備員の方が等間隔にキチンと立っていて、なんだか警察署だとか区役所のように、誰でも自由に入っていける様子ではない。
多分、黙って真ん中を通って行っても『コレコレ』とか呼び止められやしなかったのかもしれないが、一番手前の人に傍聴したい旨を伝えると、中にいる人にきいてみてみて欲しいと言われた。
中の警備の方にもう一度同じ内容を伝えると、開廷予定表から選んで直接目的の法廷へ行くのだと教えていただけた。

中学からの案内には、午前中が10時から12時、午後が13時から15時としか書いてなかったが、午前に1件、午後に1件の2時間ずつの枠はあるが、実際に全部の法廷で裁判が開かれているわけではなく、今日の予定では午前に2ヶ所、午後に1ヶ所のみであった。
なんとなく、地区センターとかの貸し部屋の予定表と似ている。

裁判所の建物に入って、警備員さんの姿を見たのはそこだけで、後は、何階に行っても、入ってはいけない部屋には鍵がかかっていて、静かな廊下が広がるのみである。

選んだのは、『住居侵入と窃盗』という事件名だった。

エレベーターで4階に進むと、エレベーターホールを中心に左右に2つずつの法廷がある。
各法廷の前には、今回の開廷表が張り出されている。
開廷表には、今日の日時、裁判長、検察官、裁判所書記官、被告人などの名前が印刷されていた。
別のプレートには、傍聴についての注意があり、
 1服装を整え、はちまき、ゼッケン、たすき、腕章などでアピールするような事をしてはいけない。
 2大きなもの、危険物、旗、ヘルメット、プラカードなどの持ち込んではいけない。
 3撮影、録音は許可がある場合を除いては禁止。
 4法廷では静かに傍聴すること。
 5携帯電話などの電子機器は電源を切り、バッグなどに収納すること。
 6裁判長、裁判所委員の指示にしたがうこと。
などと記されている。

『傍聴』とは、ただ黙って聴くだけの意味だと思っていた。
中学からの注意書きにもホームページ上にも『服装を整えて』とか『気をつけて』とあるが、短パンやサンダル履きがいけないのか?中学生の娘は制服か?
でもテレビで映る傍聴をしてきた人々の服装は、ラフな恰好の人も多い。
まぁ、チャラチャラした格好じゃなければ大丈夫だろうと、娘も私服で行かせたのだが、辞書に『当事者以外が発言権なしに、その席場の傍にいて聴くこと』とある通り、黙っているのは勿論なのだが、自らを看板化して応援や賛否を唱えるような行為をしてはいけないという事らしい、とそのプレートの注意書きを見てわかった。
(別に、ちゃんとした格好で来いって事じゃなかったんだ・・・)

開廷開始時間10分前、施錠が外れる音と共に、電光掲示板に『開廷中』が表示され、傍聴人が次々に入廷する。
傍聴人が出入りするドアを開けて法廷に入ると、テレビドラマで見る通り、裁判が行われる場所との間に柵があった。
傍聴席は45席あり、結構多く座れる。
傍聴に来た人は、開廷前は22人のみだったが、最後の方は、ほぼ満席になった。
だいたいが親子連れで、間違いなく宿題のネタ集めである。
裁判官が座る席は9席あり、各席の間、5台のモニターが設置されていた。
左右の壁に大型モニターがあり、向かって左が弁護人席で、その前に被告人が座る長椅子がひとつあった。
右側が検察官席で、弁護人の机の上と同じく、六法全書が置かれていた。
裁判官の席の前は書記の席で、開廷時には、ここに女性がひとり座っているだけだった。
多分、我々傍聴人がおかしな真似をしないよう見張りの役でもあると思う。
開廷時間5分前に検察官がひとり入ってきて着席した。
10時ちょうどに左側のドアから、手錠をかけられ、縄で繋がれた被告人が警察官ふたりに支えられるようにして入ってきて、弁護人席の前の長椅子に座った。
弁護士が傍聴人のドアから入ってきて座った。
正面のドアから裁判長が現れ、一同が起立して、礼の後、裁判が始まる。

今日の裁判は、第1回目ではない模様。
何回目かは不明だが、裁判長と弁護人と検察官は、前回までの流れを確認し、今日は判決が言い渡されるらしい。

裁判長が被告人を中央の席に呼ぶと、被告人は手錠を外され裁判長の前に立った。
被告人の両脇にいた警察官は、被告が中央の席で手錠を外している間、左右のドアを守るように両側に分かれて座っている。
裁判長は、はじめに刑を言い渡す主文を述べて、その後に判決の理由を読み上げた。

主文、懲役2年。
判決の理由・・・ここでは、事件がいつどのような形で行われ、どうして被告が犯人なのかを細かく読み上げるので、大変時間がかかる。
裁判長が早口で話していたので、あまり細かいところまで聞き取れない。
そのせいか、傍聴席では居眠りしている人が徐々に増えてゆく。
弁護士・検察官・警察官のそれぞれも、油断をすると欠伸を抑えきれなくなる様子。

今回の事件は、2ヵ月の間に6回としているが、被告人は、その内5回を認めている。
合計10数万円を盗み、現金のほか財布、ゲーム類なども盗んでいる。
判決の理由で最後、懲役2年の理由も述べられた。
2ヶ月という短い間に、認めるもので5件、しかも同じ住居への侵入、窃盗であるから常習性が認められ、実刑は免れないとのこと。
しかし被告人がまだ若い上、両親が共に更生を見守るということで2年とする。
ただし、これまでに180日の拘禁期間があるので、それは減算され、実際の懲役期間は1年半となる。
そして、この判決は、平成17年と19年に起こった同類事件を判例としている。
最後に、被告人に、この判決に不服があるのなら14日以内に控訴するように、と付け加えて閉廷。
再び被告人は手錠をかけられ退廷したので、傍聴人も法廷を出て、今回の傍聴を終えた。

本来なら最初の裁判から観ないと、子供などは流れとしては掴みにくいかのしれないが、前編・中編・後編から選ばないといけないとしたら、結末が見れる後編で良かったように思うし、結構色々勉強になった40分であった。

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5年も経てば更新方法も変わる

その昔、自分の誕生日の仕事あがりに、ケーキを買いに寄り道した帰りに違反して運悪く捕まり、その時に初めて、自分の免許の有効期限が今日迄だったと気づいた知人がいる。
或いは、免許取得オタク気味で、数々の許可を持ちつつ、更新日を毎回忘れる為、通常は免許証1枚につきいくらだったのに、更新期日を過ぎると許可1つにつき更新金額が加算されるらしく、ずっと更新は免許項目が沢山あればあるほどお金がかかると思い込んでいたという知人もいる。
また、普通自動二輪と大型自動二輪の免許を続けざまに取得し、雨の日までも教習を受けたにもかかわらず、誕生日が先に見えていた為、わざわざ温めておいて次回の更新迄の日数を最大にしようともくろんだ人・・・ちなみにこれは、うちの主人の事。

今年、有効期限が5年になって3回目の運転免許証更新となる。
赤ん坊だった娘が15歳になるのだから当然か。
免許の更新に自動車運転免許試験場迄行かなくても、最寄の警察署で済むと知り、おまけに写真を持参すれば、安上がりだと友人から知恵を付けられ、娘を載せたバギーを押しつつ、暑い中歩いて警察へ行った遠い記憶。

それでも運転免許試験場へ行くより、全然近いし、待ち時間も少なくて済む。

さて、自動車免許試験場では、人がごった返す中、書類があっちへ行ったりこっちへ行ったりするので、実際に免許証に張る写真はそこで撮影するとしても、書類と本人を確認する為の写真が1枚必要であった。
顔がわかるものなら胸元から上が写っていてサイズがあっていれば、スナップ写真でもモノクロでも可、だったと思う。

それまで、試験場でしか更新したことがなく、その時、初めて警察に更新に行く私であった。

思えば、警察では、書類があちこち廻ることはないので、確認の写真はいらない・・・とは、知らずにいた。
免許に貼る写真は、個々用意しても構わず、なければ隣接する交通安全協会内でも、お金を払えば、無地のスクリーンの前で撮影してくれる、と、これを利用するつもりでいたのだ。

機械による証明写真が、まだモノクロとカラーでは金額に差があった頃の話である。
当然、その日見せる為だけの写真にお金をかけたくないから、モノクロタイプを選んだ。

どうしてこう、セルフの証明写真というのは、凶悪犯人のように写るのだろう?・・・。

それはさておき、その帰りに美容院へ行き、翌日ばっちり化粧し、乱れない朝の内に警察に向かった。
簡易的な視力検査の後、
『写真ありますか?』
という問いに
『はいっ』
と返事をし、数日前のスッピンモノクロ写真を出した途端、写真を受け取った警察官が免許証に張る大きさに手際良くカットし出した頃
『あれ??』
と思い、裏に糊づけをした時、確信した。

まずいっ・・・あの用紙に文字をタイピングした後、パウチされてしまうという事実。

『あ・・・えっと』
と止めようと試みたが、ふと後ろを振り返ると、仕事の途中で更新に来たと思われる、作業着やら、ニッカポッカやらの方々が数名待っているのを確認したので、止めてもらうのをやめた。。。。。。
子連れの、さも暇そうな一主婦が、モタモタ邪魔をしたと思われなくなかったのである。

バギーを押す帰り道、降り注ぐ真夏の日差しよりも大きい精神的ショックに、よろけまいと必死であった。

そのモノクロ写真の5年間は、子供の保護者としての証明が何かと必要で、かつてないほど多く免許証を提示したように思う。

次の更新迄に、私は人生初の駐車禁止を取られたが、5年更新はゴールド免許だけじゃなくなっていた。
今迄、諸手続きの間、待合所で観ていればよかった講習ビデオは、別の日、指定会場で受ける事になってるし。
そのまた5年後の今年、印紙を買うのに必要な交通安全協会は・・・ちょっと離れた別の場所に移動してるじゃないか。。。
でも、プレハブっぽい作りは変わらない模様。

『お待ちの方、どうぞ。
写真の撮影が1,000円ですが、交通安全協会に入っていただくと、年会費は1,500円かかりますが、証明写真が500円の割引になります』
『・・・・・・えーと、つまり、1,000円余分にかかるんですよね?』
『あ、そうですね。けれど、書類をすべてこちらで作成しますので』
書類・・・書類って何か大変な事書いたっけ?確か見て気をつけて転載するのは免許証番号くらいだったと思うんだけど。
『・・・自分でがんばります』
いつの頃からか、公安委員会より更新のお知らせが届くようになり、交通安全協会も会費を集めるのが大変なのかもしれない。

今回の免許更新から、ICチップ搭載となり、更新には暗証番号が2パターン必要となる。
それ以外は、既存の免許証を機械へ挿入すれば、両面コピーを取ってくれるから、書くのは住所・電話番号と本籍位で、これに1,500円も払わず、本当に良かった、などと安心したりする。

そして昨日、指定場所での1時間講習の後、新しい免許証の引換の日であった。
前回迄は、ちょっとお仕事が暇気味な俳優陣による、臨場感の薄いお芝居を見させられていたのだが、今回は違う。
実際に家族を失った遺族が出演する実話が4本立てである。
しかも被害に遭った方々は、いづれもこれからの将来を断たれた若者ばかり。
あっちこっちで鼻をすする声が聞こえるではないか。

30分ばかりのビデオが済んだら、今度は、ホントに聞かせたいのか寝かせたいのかという流れの、この5年の法規改正点の説明を経て、ひとりひとりの引換え、更新は終了である。

本籍が表示されず、写真の横に少しだけ四角く盛り上がったところにICチップを感じる新しい免許証を受取り、暗証番号って、いつどういう時に使うのかなー・・・などと思うのであった。

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映画化は必要だったのか

今日はすっかり空が晴れ渡り、いつもの夏に戻ったけれど、一昨日は一日雨の予報、窓を開けると雨が吹き込んでくるから、朝から除湿でもかけていなければ、息苦しい暑さと湿気が身体にまとわりついてきていた。
各地に台風や地震による爪痕が残る日本列島であるが、夏休みど真ん中でもある。

6月に『天使と悪魔』を観た帰りに、『ターミネーター4』と『ごくせん』の前売券を買っていた。
『ターミネーター4』は『天使と悪魔』と同じく主人と二人で観たのだが、『ごくせん』は娘の分も購入していて、一応受験生の彼女には、遠慮気味のイベントのひとつなので、前々からの予定していた一昨日の雨の中、行って来た次第。

前回娘を連れて映画を観たのは『20世紀少年』
第1章は、油断している内に上演期間ぎりぎりになり、未成年を連れ歩くのもギリギリな時間帯でしか観れなかったから、周りにお子様はいなかった気がするのだが、第2章は昼間観たので、前方で画面と一緒に人差し指を掲げる少年を見かけた。

今回の『ごくせん』は、『ポケモン』か『仮面ライダーディケイド/侍戦隊シンケンジャー銀幕版』の会場と間違えたのかって勘違いする程、小学生の皆様が多い。
小学生が映画観るのに文句ないけど、ずーとなんだかガヤガヤワサワサ雑音が聴こえていて、落ち着かないのには閉口した。

始まる前から後ろで陣取っていたかと思えば、何が気に入らないんだか二つ前の席まで集団で移動した男女3人3人のグループ交際の小学生。
携帯の写真は見せ合うわ、女の子が持ってるチュロスが欲しくて、端っこの席からねだるわ、お礼に自分のポップコーンを回すんだけど、他の子が食べて文句言ってるわ、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃぺちゃくちゃぺちゃくちゃ・・・・・・・。
中盤で誰かがトイレを訴えると、そこにも集団で出かけて行くし、戻ってくる時には籠まないので、視界を通り抜けるし。

うちの娘というのは、こういう所で、普段の姿からは想像もできない集中力を発揮する。
3歳児の頃から、映画館に親は必要のない楽ちんな人であったから、小学校に入った時には、彼女だけ『アニメ』を観て、私達は別の館で他の映画を観て、終わったら適当な場所で落ち合うような事が出来た。
勿論、始まってからは、流れで笑ったり泣いたりはしても、ガタガタ隣や前後に迷惑をかけて困った事がないし、途中でトイレなんて滅多に言わないのである。

けど、終わってみると、そういうレベルの映画だったなー・・・というのが感想である。

仲間由紀恵さんの臭いセリフに共鳴するから観たかったのは確かで、その辺は、ウルウル乗せていただいてきた。
しかしながら、毎週毎週、『ったくあいつら、余計な真似しやがって』と言われるまんま、みんなでバタバタ走って駆けつけて、やられて真打ちの登場を待つ流れは変わらず、それを数週間分かき集めて、劇場版だからか、更に大袈裟に盛り立てただけの映画だったなんて・・・。
まぁ同窓会だったって意味じゃ、豪華に成長したメンバーそれぞれがそれなりのセリフを言わせてもらっていて良かったけど、この為に集められた現在の3-Dの生徒たちは、セリフもストーリーも与えられているのにも拘わらず、なんだか影が薄くて気の毒だったように思う。

『余計な真似』は映画化だったのかも。

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少し愛して、ながーく愛して

大原麗子さんといえば、このフレーズである。
子供心に、あんなかわいい女の人になりたいと思った。

綺麗というより、断然かわいいという感じで、だからと言って、ぶりっこだとか媚びるというイメージのない、なんだか、何を言われてもされても、許してしまえそうなお得感のある女性だったと思う。

芸能人の方というのは、今度、これをやります、ああしますっていう時には、当然のコトだけれど、あっちこっちに進んで出て、宣伝して、まあ、それが当たるか当たらないかは別だけれど、そういう姿を観て、存在を確認する。
だから、出てこないといっても、出てきていないのにすら気付かずにいるのである。

ここのところ、どうしているのだろう、と思ったのは、ずっとずっと欲しかった高倉健さん主演のテレビドラマ『あにき』を手に入れた頃。
草刈正雄さんに恋する、高倉健さんの妹役であった。

長年ギラン・バレー症候群に悩まされ、自宅にいながら転倒し、手を骨折したという報道を、たまたま見て、ああ、そうだったんだ・・・と思ったのは、記憶に新しい。

昨日の夜、テレビに流れたニュース速報の音に、失踪中の『酒井法子』さんに何かあったのか、と目をやったら、大原麗子さん死亡のお知らせであった。

かつて華やかな世界にいて、誰にも知られずに息を引き取る芸能人は、案外少なくない。
けど、なんかそこが切ないと思った。

ご冥福をお祈りします。

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会計補佐の夏祭り

思考能力が鈍りそうに暑いかと思えば、今日は久々に家の中で長いパンツを穿いていても不快指数が上昇しない程涼しい。
夏生まれでありながら夏が大の苦手ったって、これ位の陽気であれば、ずっと夏でも良いとはいえ、このままでは、15年ぶりの冷夏になるらしく、既に作物には影響を及ぼしている模様。

そう言えば、娘が生まれる少し前、米が不足して、当時ベースに住んでいた義姉に、カリフォルニア米を都合して貰った事が何度かある。
普通の金額を出して手に入るのはタイ米やらブレンド米しかなかったのに、千円ちょい出せば10キロ以上のカリフォルニア米が手に入り、米が不足しなくなっても定期的に欲しい・・・なんて思ったっけ。

野菜や米の高騰はまだスーパーには現れていないが、去年は、口に入る物が何でもやけに高かった。
高かったのは夏だけではなかったのだが、夏祭りの仕入れに頭を悩まされたせいで、特に印象に残っているのだ。
そもそもガソリンが馬鹿みたいに高かったから、あっちこっちに車を走らせて、安価な食材を探し回るボランティア精神が起こらなかった。

そう、こういう地域に関わる仕事というのは、基本無償のエネルギー提供である。
やれ1万数千円の儲けが出たと喜んだところで、下ごしらえに各家庭が使った水道代、ガス代、電気代と労力に対して分配される金はない。
まぁ、それは順番なんだし、自分が住んでいるトコのコトだし、別にいいんだけど。

今年の私の町内会の役は『会計補佐』。

会計の任期は2年あり、1年目は現金・通帳・帳簿等は預からず、主に毎月の会議の頭数の賑やかしと、小間使いが仕事になる。
だから、お祭りだからと言って、各班長さんのように何時にどこに集合して、何々をやるという確固たる仕事が与えられず、楽っちゃ楽なのだけども、知らん顔してるわけにもいかない微妙な役どころ。
夜店要員としては、20人前の焼きそばに入れる野菜と肉の下ごしらえをしただけで、後は、暑い中右往左往する仲間から外れ、陽が傾く頃迄は冷房のきいた町内会館にいるのが主となった。
外に本部のテントが出来あがった後も、その受付に座り、寄付を持ってきて下さった方にニッコリと笑顔を返し、金額を確認しては、書き出して貼り出していれば、だいたい良い。

思えば夏祭りと言えば、娘が小学校へ入った翌年からずっと、飛び回っていたから、大きな声では言えないが、数年ぶりの楽ちんであった。
来年も焼きそば焼かなくていいなんて、今から楽しみ・・・と思ったのも束の間。

『どうしよう、大変な事しちゃった。焼きそば赤字なんだよ』
申し訳なさそうに、焼きそば担当の班長さんのひとりが嘆きにきた。
『・・・え?どしてです?』
去年、仕入から、販売後の計算、反省を含めた次年度への申し送り書作成迄を一人でやった私は、今年の担当さんが集合した時に、前年度のノウハウを全て伝授したつもりであった。

1. 前年度と同じ大きさの容器なら、焼きそば1袋が2人前で、10袋・20人前が1回の鉄板にちょうど良い。
2. 野菜も20人分を1袋とし、600食売る予定なら、30軒の人に下ごしらえをお願いすれば足りる。
3. 事前に付属の粉ソースを10袋分づつ紙コップに分けておくと、注ぎやすい。
4. 紅ショウガも出来れば30個の入れ物に分けておくと、途中で足りなくならない。
5. 青のりは、シュガーカットみたいな注ぎ口のある入れ物が均等にかけやすい。

と、ここまで書いたのだが、400食分位しか出来あがらなかったのだと言う。
なんで???

例えば普通、お味噌汁を4人前作ったら、お椀を4つ用意し、なるべく均等に注ぐと思うのだが、彼らは、それをしなかったらしい。
つまり、全ての食材を20人前づつ用意しているにも関わらず、容器を20個並べず、次々に盛っていったから、1回分の鉄板で出来あがった焼きそばが、20人前取れていたかかどうかわからないまま最後まで進行したのだ。

確かに私は『容器を20個並べて、均等盛りしましょう』とは書かなかったが。。。
うかつだった?

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