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2007年8月

比較してます?

 ちょっと前まで、インターネットに接続してるのしてないのを気にしていた時代というものがあった。今は常に繋がっている状態に慣れちゃっていて、なんだか接続されていない状態に違和感があったりする。

 私が個人的に知人に聞いて思うのは、おうちの財布を管理している人でも、自分が『契約』しているモノに、一体月々いくら支払っているのかを、意外に感知していない、おおらかな人が多いということ。
 契約しているモノなんて言い方すると、そんな大それた事してないわよ、とまで言い出す人もいそうであるが、当たり前に使って、当たり前に支払う水道光熱費や通信費というものが請求に至るという間には、当然、基本がこれだけで、使用量に伴う使用料がこれだけ掛かりますよ、という事について、払う約束をしているから使わせてくれるという『契約』が挟まっているのである。
 なのに、トータルの金額は請求書が来ると目を通す割に、どれ位使っているという事には割合無頓着なのである。まあ、先月よか高ければ一杯使ったと思うのは間違いではない。

 例えば、プロバイダー選び。どこがいいの?とよく聞かれる。今使ってる回線は何?と返すと、何だろ…おぃおぃ…じゃ、電話代いくら?えーいくらかなぁ。いつ誰がどこにどれ位かけたかなんて、調べて貰えばいくらでも知る事が出来る世の中なのにねぇ。。。プロバイダーを比較するより前に色々なリサーチが必要になる。
 だいたい、電話代だけでそんな状態なのに、プロバイダーだ回線の種類だなんてオプションが加わったら、一体どこに対していくら払ってるなんて、考えたくもないあろう。

 けれど、それこそ、ちょっと前までは、お宅インターネットに接続できるのね、なんて時代だったのが、そういう事していて当たり前になって、更に、色々楽しみ方も増えて、そしたら、ただ速いだとか安いだとかが基準というより、使い道によって色々選ぶべき。
 そろそろ1度はきちんと、プロバイダーを比較する時期なんだろうなと思う。

情報元:buzzmo

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女性に人気は男性に人気?

 つい先日、レシートの話題で、病院の領収書がデカくて邪魔だと投稿したばかりであるが、その中身、いわゆるレセプトというものを入力するお仕事を医療事務という。
 小さい病院なんかだと、受付兼入力なのだろうが、大きな病院へ行くと、銀行のカウンターの向こうのように、チキチキチキチキひたすら入力なさっている方が何列にも並ぶ。

 私は、どんなソフトでもだいたい、触れば使いこなせるもんだろうという自信がある。
 てか、誰が操作したって基本的には動くように出来ているからソフトってもんで、言語を操れるわけでも開発できるわけでもないので、偉くもなんともないのはわかっているが、だいたいのPCアレルギーの人は触ってみるのが怖いらしい。
 怖いって理由の中には、壊しちゃったら困るじゃん?と思うよう。PC講師をしていた時に言ったのは、そんな簡単には壊れませんよ。けど、ルール違反は機械にとって暴力と同じだということ。誰もキーボードの上でジダンダ踏んで暴れるわけじゃなかろうが、滅茶苦茶のダメージは受ける側にとっての問題なのである。

 だから、きちんと教わる事が大事なのである。
 こと病院のレセプトというのは、カルテの次に大切なものだろう。病院に支払うというよりは、どのような医療にいくらの料金が発生しているのかを知るのは、患者の役目でもあるのかもしれない。保険があるから気軽に病院へ通う事が出来るというのは、無駄に病院に行く事に繋がり兼ねないし、それは保険の無駄遣いにもなるのである。

 今、その医療事務の資格を取る女性が増えているらしい。
 確かに、医院によっては午前中だけでよかったり、土日の休みが確保されていたり、勿論休日が通常と違うところもあるのだろうが、フルタイムで働けない女性でも、自分の勤務できる範囲で探すという意味では、例え病院が変わっても、使いまわしがきくのが資格である。
 受付のお嬢さんがかわいいと、行ってみたくなるだろうって思うのは、私だけじゃないと思う…。

情報元:buzzmo

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ザ・くびれたい(ダイエット体験談) (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ ザ・くびれたい(ダイエット体験談)
「痩せた! 太った……!? 何やった?あなたのダイエット体験談を教えてください。」
(Sponsored by 講談社ビューティエンジン「i-VoCE」
 ダイエットにはあまり縁がない。といって、食べても太らないわけでもないし、太ったという覚えも何度かある。が、多分、食に対する思い入れが『太る』心配に至らないという事なのだと思う。

 例えば、今持ってる服が着られなくなったら、体系を戻せばいいわけである。そこまでして痩せたいと思えない人がいるのと同様、自分の服のサイズを変える程食べたいと思えないだけである。

 美味しそうなメニューを見れば素直に食べたーいと思うが、どうしても食べようという努力はしない。
 好きな人となら、公園でコンビニお結びを食べても美味しいと思うし、コーヒーだけでファミレスで何時間でも話していられる。

 妊娠した時に、食べつわりで、何食べても美味しくて楽しくて仕方がなかったのだが、あっと言う間に6キロ程太り、先生に『これ以上太ったら入院よ!』と脅かされ、我が家に入院する余裕はないので、翌月迄に4キロ痩せた。
 先生は『む…無理しないでいいのよ』と言ったが、特に無理はしなかった。子供がおなかにいるんだし、栄養は摂らないといけないと思い、栄養になるものしか摂らなかっただけである。余計な水分が欲しくならないように、味の濃いものやしょっぱい物は避け、夏場口を開いて歩かないよう努力はしていた。

 あと、以前入院した折、病院食の丼飯におののいたものだが、病院のメニューというのは、しっかりバランスが取れたものだから、ご飯はちょびっと、おかずは全部平らげて、お見舞いで戴くおやつは眼中に入れず、さっさと家族や周りに配り、美しく痩せて退院したという経験はある。

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そりゃ1度は観ておかないと

 夏は大嫌いなのだが、花火は大っ好きな私である。繁華街だとか、バーゲンの人の波には弱いのだが、縁日、酉の市、初詣の人の海を泳ぎきるのは得意な方だと思う。

 それは、父の血かもしれない。父は小さい頃からよく海や花火や酉の市に連れて行ってくれたのだが、その楽しみは、子供の為というより、むしろ自分の楽しみなんだろうと気づくまで、そう長い年月を必要とはしなかった。
 段々姉も私も大きくなり、家族と出かけるよりは友達を選ぶようになっても、父は1人で各地に出かけた。

 対して主人は、混んでるのが嫌いである。ま、一般的に男性は混むのを嫌うし、普通誰だって混んでるのが好きなわけじゃーないのだと思う。
 しかし、人っ気の無い花火大会とか祭りってどうよ?と私は思う。空いてる場所を見つけたら得した気分になれるが、誰も来ないってのは如何なものであろう…。賑わってるから盛り上がるってもんじゃあありませんか。。。
 結婚当初、そういう主人に気を遣って、そういった場所に行きたい気持ちを抑えていたってか、正直結婚した頃なんざ忙しくて、日常のレジャーを考えたくなかったのかもしれない。

 それがある時、自転車を2台買った。その大義名分のひとつに、近所で催される花火大会に行けるという項目があったように思う。平地に住んでいたから、自転車があれば行動半径が広がるという意味合い。
 ただ、それから毎年、子供が生まれて、山の上に引っ越して、自転車が用を成さなくなっても、花火大会には行くようになった。

 地元と呼べる範囲の大会の中での規模としては、いささか小ぶりではあるが、砂浜で寝転んで、周りにいくら人がいても邪魔にならないという恵まれた花火大会の噂を聞きつけてか、毎年人出が増える傾向にある。
 知人の奥さん親子もその数の内で、毎年遠くから足を運んでくる。そこのお宅の子供も1人が2人となり、今やバギーも必要としなくなり、てってけ歩いて帰路をたどるようになった。毎年行きに乗るバスでは『ファミリー料金』と称して夏休みの間は大人1人につき、子供1人が無料になるのを喜んでいた我が家の娘も今年から大人料金である…なんてとこにも時の流れを感じちゃうよね。

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ギター (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ ギター
「ギターを弾いたことはありますか? 弾いたことのある曲、弾いてみたい曲を教えてください。」
(Sponsored by 映画「ブラック・スネーク・モーン」9月1日(土)より渋谷シネ・アミューズにて公開
 学生の頃、ちょびっとかじった。ほんとにかじった程度で終わってしまったけどね。
 姉貴がまた何でもかじってみる人だったものだから、あまり自分には負担なく、色々かじれたとも言える。

 土井まさるさんがテレビジョッキーの司会をしていた時、賞品に白いギターとジーンズを戴ける一般募集コーナーがあった。あれ?両方だったかな?…どっちか片っぽだけだったかな?…毎回毎回太っ腹だと思ったから多分両方…だと思う。いや、そんなこたどっちでもいいんだけど、チェリッシュの歌にも出てきた『白いギター』ってのに随分憧れたものである。

 今更、おピアノは習えないし置くとこもないけど、ギターなら…とでも思ったのかもしれない。何しろ、弾きながら歌っちゃうなんて、器用の極みに見えて、自分もやってみたくてしょうがなかったし、ギター弾けるってだけで男の子がかっこよく見えた時期であった。勿論、アイドル歌手より、シンガーソングライターってのに惹かれまくった。明星だか平凡だかに譜面の付録があると喜んで買ったし、今は気にしてないから知らないが、アルバムが発売されると譜面集も発売されてたような…。それを抱えているだけで、なんだか弾けるような気分になれた。

 『禁じられた遊び』を聴いて、どうしても弾きたかった。ピアノで言うところの『猫踏んじゃった』程の入門的な曲である。転調する所まで弾けたら満足したので、手を引いた…。

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信頼 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 信頼
「あなたが一番信頼している人は誰ですか?」
(Sponsored by 映画「ブラック・スネーク・モーン」9月1日(土)より渋谷シネ・アミューズにて公開
 きっぱり、自分である…てか、自分が自分を信頼せずして一体誰が信頼するというのであろう?反面、一番信頼おけない存在も自分である、とも確信している。

 人ほど、生まれてから死ぬ迄に自分以外の手を必要とする生き物はないと思っている。
 近所付き合いが面倒だとか、うっとおしいと言いもし思いつつ、私は人との係わり合いが好きだし、そういう事なくして生きていてもつまらないだろうと思う。

 信頼ってのは、ただ付いてはこない。接した上での人柄や、付き合ってきた時間が育みゆくものなのだと思う。或いは、コツコツと積み上げてきた実績が評価された結果だと感じる。
 ただ実直なだけでは信頼はされない。頼られた事に対して責任がとれないと無理。だから信頼という言葉には、それなりの重みがあるのだと思うし、簡単にしてはならないのだ。

 やたら小難しく言葉を並べたみたいだけど、要は、自分が好きだからといって第三者にそれを押し付ける事は出来ないし、好きだから信じられるってもんでもないと言う事かな。

 基本的には、自分の心を覗くように他人の心を愛しんでくれる人はこの世においては誰もいないと思っている。
 信じていた人が、もしも裏切った時の衝撃は、全て自分が受止めるしかないわけで、だから自分がしっかりと立っている力が必要で、その力の源ってのが、自分を信じる事なんだと思う。というわけで、自分を信頼できなければ、人なんか信頼できないという事である。

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ラピュタみたい

 我が家は山の中腹にある住宅地である。山を切り崩して?切り整えて?宅地にしているので、南側にベランダを向け、玄関があり、庭兼駐車場があり、道路挟んで向かい側に別の家が並ぶ。北側は段差があり、我が家の2階あたりに裏の家の庭が広がるので、うっかり2階の窓から顔を出すと、庭弄りをしている裏の住人と挨拶をする羽目になる。南側のスペースを確保する為に北側はギリギリに建ってはいるのだが、水周りの問題もあり、人が楽に通れる位は地べたがある。家の左右もそんな感じ。

 そこに、元気よく雑草が生えるので、定期的に除草剤を撒いているのだが、まあ、ひどくならないと実行しないもんだよね。てことは、定期的とは言わないな。不定期的?
 裏の敷地を有効利用しているのは、主人で、普段使わないスタットレスタイヤやら、取り替えたマフラーやらが陳列されているので、私より頻繁に裏庭にまわる。
 『もー…すごいんだよね』
どう凄いのかあまり見たくない。何しろ、この暑さですからねえ。裏に行く気持ちにすらなれない。

 私が最期に裏に行ったのは、まだ暑くなる前。朝起きて洗面所に行ったら、シャーーーーっと、いかにも景気良く水が出てますという音がしていて、薄暗い中行ってみたら、裏は既に泉になっていて、卒倒しそうになった。水道メータなんか、カラカラカラカラってフル回転してるし。水道管が破裂してたんですけどね、何しろ、それ以来である。

 今日は久々に恵みの雨があると天気予想でも言ってたし、だからかどうか涼しいし、除草剤を撒くのは今日しかないじゃん。
 意を決して裏へ行った私の目に飛び込んできたのは…『天空の城ラピュタ』に出でくる『飛行石の部屋』のような光景であった。通るのにやっとだっちゅー幅に、身の丈程の草がびっしりあったら、除草剤撒く前に除草しないと除草剤撒いて進めない、なんて朝から早口言葉の練習をしつつ草むしりをする私であった。

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自由研究 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 自由研究
「子供の頃、夏休みの自由研究でどんなことをしましたか?」
 中1の娘の宿題の一覧を眺めていて、保健体育の宿題に『1日1回は運動をして汗をかく』とあるのを見て、私が中学3年の夏、バレー部に所属していたクラスメイトが『僕は将来キューバを倒す為に、もっと身長が必要だと思い、1日1本牛乳を飲みました』という発言を聞いて、先生が苦笑いしていたのを思い出した。

 小学1年の夏に、何をしていいのかわからず悩んでいた私に、母が障子紙でクズ入れを作ってくれて、自分はチュウリップと蝶々を模って貼っただけで提出する折、自分の力だけで制作しきれなかった事に悔し涙を流した覚えがある。
 そこに至る迄にも、ひと悶着あった。姉がそういう『お手伝い』に120%ありがたさを感じるタイプだったのに比べて、180度の受止め方をする次女である私に、ギャップを感じたのだろう。
 『あんたって面白くない子ね』
という言葉を浴びせられて、2度と相談すまいと誓った私であった。

 中1の夏には、浴衣を縫った。企画・制作についての相談をする事と、師として仰ぐ事は別なので、母に教わりながら縫い上げた。
 確か『1人1課題』とかいう宿題で、新学期早々制作物を展示して、全校全クラスを見学し、気に入った作品へ感想を書いて渡すという、まさしく品評会があったので、何を作ったら目立つか、評が貰えるかを踏まえて、題材を決めたような気がする。

 着目点は良いと思ったのだが、浴衣を制作した女の子が、クラスにもうひとりいた…。当然ディスプレイする時に並ぶよねぇ。
 しかし、彼女と私には2点の違いがあった。それは、袖の袂の角が彼女は四角く縫いっぱなしだったのだが、私は、裏側で絞って角丸にする一工夫をしていた事と、もう1点はお尻の部分。しゃがんだりした時に負荷がかかるので、尻の部分に『居敷き当て』という補強布を付けるのだが、彼女の物にはなかったのである。
 実は、私は身長が高いので、浴衣地一反では『居敷き当て』に使う部分が間に合わず、他の布を当てていたのだが、その2点を褒めた感想が非常に多く、母に感謝したものである。

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山口小夜子さんのこと

 昨日、お亡くなりになったという記事をネットで見た時、『ああ…』と思った。

 山口小夜子さんという女性を、姉が持っていた資生堂の冊子『花椿』で初めて見た時、私はいくつだったろうか。どんな服を着て、どんなポーズであったのかなど思い出しようもないのだが、もしもその時、彼女が一糸まとわぬ状態であっても、何か高貴な姿に見えただろう、という位の衝撃を受けた。綺麗だとかいう褒め言葉を簡単には受け付けないような、魅せる為の美しさを具えた、何しろ別の世界の人のようであった。

 今朝、朝の情報番組で57歳だった事を知った。自分が子供の頃から既に大人だった人の年齢というのは、へー、と思う事が多いが、57歳と言われると、彼女の場合、そんなもんだったんだ…という思いが強い。
 私の中での山口小夜子さんは、自分の視界の範囲にないだけで、もう現役から退いていたのかと思っていた。それ程、ずっと長く、もっと長くこの世にいた人という感じを抱いていた。

 57歳ってのは、ちと早すぎるではないか。昨日迄年齢不詳だったせいか『ああ、もうお亡くなりになるような年だったんだ』という納得をしていたのだが、改めて年齢を知ると、まだまだだったのではないか。
 50歳を過ぎて尚現役のモデルだっただけでなく、映画や舞台の数々に出ていたらしく、なのに私はその声を、今日初めて耳にしたのかもしれない。

 彼女を知る人は、陶器のような美しさとは別に、普段は気さくでかわいらしかったと言う。どうやら普通に血の通った人間の女性だったようで安心した。
 彼女の遺作になった『馬頭琴夜想曲』の監督をなさった木村威夫さんが『彼女なら悠々と三途の川を渡っていくんじゃないの?さらば!ってね…』とおっしゃったのが印象的である。

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すぃすぃすーらららっと

Etc
 ETCは、我が家の車にはみんな付いている。主人の車と私の車と、そうそう、最近主人の単車にもくっつけた。元々、2輪にこそ必要な装備なんだろうと思う。

 遠出というものにはあまりしょっちゅう縁の無い家であるが、車で北海道にも九州にも行った。さすがに沖縄に行った時は、羽田に置いて、沖縄でレンタカーしたけどね。

 つきあってた当時、関西に車で行くのに地図を買った。バスの停留所まで出ているような詳細地図というもので、5,000円位したんじゃないのかな。けれど、やっぱりあると楽だった。これで、どこかに行こうと思う度にまず地図を買う家なんだってわかるでしょ?
 なので、カーナビてのは、CDの頃から付いている。今は、HDDタイプとDVDタイプに進化してる。単車にもつけようとしてるらしい、というもくろみを最近耳に挟んだ。

 次に目をつけた装備がETCである。先に記述した通り、あんまり目立って旅行する家ではないが、高速道路料金というものには敏感で、ハイウェイカード50,000円というのは何度か購入した。一見50,000円というと高額だけれど、8,000円おまけがついたら、美味しいでしょ?普段ちょっと有料道路使うのに迷わずに済むもの。

 けど、ETCって使う時のお金だけじゃなくて、装置自体にもお金かかるし、装着代セットアップ代もかかるという点が邪魔して、いの一番に付けるってわけにはいかなかったのも事実。
 実際我が家がつけた時には、大した目玉になる旨みはなかったような気がする。確か、販売が中止になったハイウェイカードの残金をETC前払いに移行してくれる、というのに乗ったと思う。そして、前払いをするとハイウェイカードの時と同じだけおまけが付いたんだよね。今は、マイレージポイントに変わったけど、我が家はようやく前払いを使い切ったかな、というところである。

 つけてみて良かったと思うのは、観光シーズンの渋滞時。現金支払いの出入り口の、気持ちいい位並んでいる車の列の横を通り抜ける時、実に『快適なドライブ』を感じるわけである。いちいち窓あけてチケット貰わなくて済むし、ひとりでも自分で財布開かなくて済むし、時間帯や距離によっては割引の制度もあるんだもの。使った分はちゃんと記されてくるわけだし。

 イマならおトクなETCもやっていて、付ける際の助成金があったり、2輪だと付けたと同時にマイレージ2,000ポイントいただけたりするので、ちょっと早まったかな、なんて思う事もある位なのだが、今はまだ、せっかくつけたETCの出口の数が少なかったり、出口車線が優遇されていなかったりするので、当たり前のようにみんなでつければ、もっと、すぃすぃすーらららっと通れるようになるんだよね。

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24時間テレビに思う

 ボランティアや、寄付をするという事に、どこか賛同出来ない私である。まず自分、という考えであるからかもしれない。もっと軽く構えればいいのだろうか。イベントに乗って、貯金箱持って、一番近い銀行や、コンビニに行けばいいのかもしれない。けれど、自分に余裕がない上、気持ちまで伴っていないのに、無理した思いつきでその場でした寄付に来年も再来年も縛られるようで嫌なのだと思う。
 毎年、町内会で一律いくらって集金にくる共同募金は、躊躇なく払えるのにね。

 24時間テレビが始まって30年が経つそうである。
 30年前といえば中学1年の夏である。ずっとではないが、所々腰を落着けて観ていたように思う。高校に入り、バイトを始め、私は数年で24時間テレビを卒業し、今年珍しく、起きている時間ずっとテレビをつけっぱなしでいる。

 もう何日も前から、昨日から今日へ続くこの番組の為の前振り企画を目にしていたので、私の頭は随分洗脳されていたし、いくつか観れれば観たい企画もできた。
 昨夜の滝沢君のドラマのおかげで、今朝の私の瞼は土偶状態…。久しぶりに、声を堪えて涙を流す事が苦しくなる程泣かせていただいた。勿論、その前の企画も、一夜明けてからの企画にも、泣かされっぱなしである。だって24時間テレビってのは、そういう番組なんだものねぇ…。
 驚いたのは、滝沢君のドラマを一緒に観ていた主人が、タオルで涙を拭っているのが視界に入った事である。私が癌になった時、ひとり会社から先に戻り、行く先を考えながら『泣いた』というのは、本人から『聞いた』話であり『見た』わけではない。あ、ほんとに泣くんだって思う程、泣いたところを拝見した覚えがない、という主人が…である。年のせいかな。

 色々な人が様々な気持ちを抱えて、それぞれの思いで組まれた、どれも良い企画である事は充分認めるし、だからこそ30年の長きに渡って続いてきたのであろう。
 ただ、久々に落着いて眺めて疑問に思う事も多い。
 
 例えば、カンボジア迄行き、子供を励ましに行くのはわかるが、ナスカで地上絵を描かなければいけない理由はどこにあるのか?数知れない人の協力と、いくらかかったかわからない費用。出して下さるスポンサーありきの企画ではあろうが、日本で描けるような場所はなかったのか?グーグルマップでナスカの地上絵を写し、それと比べたって同じように描けたんだってわかったろうになんて思うのはケチ臭い事なんだろうか。

 橋の下12mの川に小学生が飛び込むのに、飛び込み台まであしらえて、いざって時のダイバー用意した上、欄干を越えさせてからCM挟んでカウントダウンするなんて、コメディアンに要請した企画のように、ひっぱってどうするのだろう。
 新種の深海魚を見つけに行くのに船を出すなんて、他の番組に任せておけばいいのではないか?
 寄付を募る番組である趣旨から少しづつ外れていって、行き過ぎを感じる。

 致命的なのは、徳光和夫さんで、決して嫌いな人柄ではないのだが、周りが振り回されているような気がするので、なんだかこの人には少々荷が重いのでは?と心配になる。生番組なので、不測の出来事は多いと思うが、ベテランアナウンサーとは思い難い場面が多い。
 多分、企画がてんこ盛り過ぎるんだよね。ひとつひとつの企画に気持ちを込めて終えている時間が無いようなせせこましい24時間だが、今年もあと数時間で終わりを告げようとしている。

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雷雨すら恋しい

 いやー、栃木で盆参りを済ませ無事戻って参りました。

 ちまたの夏休みと同時に始まる帰省渋滞とユーターン渋滞とはいつも無縁で快適なドライブに終わるのだが、家に辿り着くと、ぐったりくたびれていて、今朝は起きるのが大変つらかった。
 田舎に行ったといって、特に野良仕事や家事を手伝う事はなく、上げ膳据え膳のお客様であり、自由時間がほとんどの1泊2日なのであるが、何もしないでいい、というよりは自分がしたい事は何ひとつ出来ない1泊2日というのは、休息というよりは拷問に近い長さである。

 栃木というのは、まーどーしょうもない暑さなのだが、昨日は近隣の館林が暑くて有名な熊谷と競っていたというのを聞いて、またひとしお暑い気分になった。
 何年前だろう、みんなの集まる部屋に1台エアコンを入った。しかし、行き来の激しいダイニングとの境の扉は全開。勿論台所の窓という窓、ドアというドアは開いている上、更に熱風を扇風機で掻き混ぜている。エアコンをかけている部屋も扇風機が2台全開で回転している上、そこんちの主が吸う煙草の煙を出そうと換気扇迄回っている室温は、33度…って、たまんねっす…。
 一箇所、風と風が当たって、冷たい空気が流れる場所を見つけたので、そこをゲットして動かない事にした。余計な動きをしなければ、数分後には身体の湿気だけは緩和されていった。

 栃木は雷の宝庫である。ここに来るようになって、2度雷雨にあった。
 1度目は、帰路につこうと車に乗り込んだ時である。ちょっと山の向こうが暗かったかもしれない。でも、こちらは4時過ぎだというのに、まだカンカン照りに近い状態で身内が呟いた。『あー桐生から来るなあ』雷が、である。走リ出したら、みるみるうちに、後ろから黒い雲が追いかけてきて、あんなに早く追いつかれるもんなんだって初めて知った。バケツをひっくり返したみたいな雨と雷に、恐れをなして走らなくなった車が多く、スイスイで東北道を帰る事が出来たけど、怖かったなあ。
 2度目は、就寝過ぎた時間である。目を瞑ってても、ピカっとくると瞼の中が明るくて寝ていられない。隣の部屋で、うちの娘と同学年の男の子がいる親子が寝ていたのだが、そこんちの子は怖くて眠れないらしく、『ママ大丈夫?』って光るたびにきいていた。対するうちの娘は、光る度に部屋中明るくなるので顔を覗いてみたら、口開けて爆睡中という大物ぶり。やっと雨も雷も止んだと思ってうとうとしたら、3時過ぎには鶏が思い切り鳴きだす家である。再び、たまんねっす…。
 けど、ざーーっとひと雨くると涼しくなるんだよね。昨夜もゴロゴロ鳴ってたから、一瞬おおっと思ったのだが、お湿り程度で止んでしまったから、尚更蒸し暑い夜となった。遠慮しないでいいのに…。こんな夜は雷雨すら恋しい。

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毎年8月15日には

 雷の宝庫、栃木へ行く。栃木は、主人の父の故郷で、盆参りの為に毎年出かける。
 
 ちなみに、主人の父は、主人が高校を卒業する少し前に亡くなっていて、家から30分かからない所に眠っているし、主人の母は7月に自宅に盆飾りをし、迎え火を焚き、我が家の盆は済ませている。当然、通常の法事にも、家族で自宅の近くの墓へ参る。
 なんか変でしょ?不思議でしょ?私も、いつも人に説明するのに困るんだよね。だって、主人の出身地は栃木じゃないから、栃木には『行く』のあって、決して『帰る』わけじゃない。おまけに父の奥さんだった母は、一緒に栃木に行く事はない。

 そのワケは…
栃木というのは、冒頭に述べたように主人の父の故郷で、生前父は、栃木へ帰るのをいつも楽しみにしていたようなのである。母は、栃木の親戚に馴染まず、というか大姑小姑が大勢いて、立ち向かえなかった模様。なので最初は共をしたらしいのだが、段々足が遠のいていったと推測する。主人には姉がいるので、小さい頃はみんな一緒に行っていたと思うのだが、徐々に姉は、残る母と共にするようになっていったのではないか。
 主人の方は毎年父に共をしていて、高校生になり、免許を取り、最後主人の運転で栃木迄来れた事を、父は大変喜んでいたのだという話を親戚に聞く。
 だからかどうかわからないけれど、主人は父の死後、この家の長男として、父を継いで通うのだと言う。私は、その主人の考えに賛成できるのでついてゆくが、母は行きたくないから相変わらず行かないという、順を追えば、いたって単純な話なのである。

 あふれんばかりのおもてなしに、私も慣れる迄かなりの時間を必要とした。流すという事を上手く出来るような年になって、周りも徐々に年を取ってお互いに丸くなり、随分住みやすい『田舎』になりつつある。いつもお世話になる主人の従兄弟にあたる家も子供に子供が生まれ、さほど遠くない道のりを泊まりで出かける事も、この先そんなに長い事ではないのかもしれないが、まだ、今年も来年も行くというのは確実であるので支度にかかろう。

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池の鯉

 我が家の娘は、先天性の股関節脱臼である事が生後3ヶ月の整形検診で発覚した。

 股関節の脱臼という事について、まったく知識も先入観もなく、それが将来どのような事を招くのか、今目の前で健康そのものに手足をバタつかせている自分の子供を見ていて、考えようがないまま、担当のお医者の紹介状を持って、指定された日時に病院に行ったのを思い出す。

 出てきたのは、あら、先日の担当医。どうやら、こちらの病院の院長先生だったらしい。院長先生本人は人の良さそうなおじさんで、ちっとも偉そうではないのだが、今後の治療の詳細を話してくださった別の方が『この先生は、股関節にかけては、全国で5指ではない、3指に数えられるんだ!』と言うので、随分偉いのだと認識した。
 当時は横浜ベイスターズでの整形部門を担当していて、かの大魔神佐々木選手とのツーショット写真を後日テレビで見て、へーほんとに偉かったんだぁと実感したっけ。

 それから娘は、あれよあれよという間に発注された『大リーグボール養成ギプス』張りのベルトをして4ヶ月を過ごした。レントゲンでの診察は、最初はひと月毎に、それが数ヶ月毎になり、年毎になり、小学校に入った年に、次回は中学になる年においでと言われ、昨日6年ぶりの診察に行ってきた。
 院長は引退し顧問という呼び名になったものの、朝、診察が始まる時間に、『白い巨塔』のオープニングのごとく整形医師軍団の先頭を歩いてくる立ち位置に、未だ変わりは無い模様。
 診察の結果は、ほぼ、100点満点。もう、この先経過を見る必要はないだろうとの事。完全に脱臼していて、こんなに良く治る事は少ないというお墨付きではあれ、何か違和感があったら必ず病院を訪れるようにと付け加えた。

 さて、この病院の庭に池があって、駐車場に車をとめて病棟に入る時に前を通るのだが、鯉がいる。
『沢山いるねえ』と顔を池に向けた途端の出来事であった。池中の鯉がこっちに泳いできて、そんなに身体を水から出しちゃって大丈夫なのかって心配になる程の勢いで、一斉に口をパクパクやりだした。。。
 横には『鯉に餌をやらないで下さい』の看板があるのだが、果たして、餌の時間に餌を貰っているのであろうか?それにしても、あの口見て、何か持ってるのに投げない方が冥利が悪い位の数である。池のヘリに近いところでは、進化過程の魚類みたいに身を陸に乗り出しちゃっているし、背中には次の列の鯉が乗っかってるしで、すげー・・・としか言い様がない。
 勿論、帰りも暫くの間、鯉の口元鑑賞会をしてから帰路についた。

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レシート (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ レシート
「あなたのお財布に入っているレシート教えてください。」
 レシートが出る場合には必ず受取ります。コンビニでも。

 いつからいつまでのレシートを財布にしまっておくかは決まってない。財布が膨らんできたら、若しくは家計簿をつける時に出すかな。

 現金で支払ったレシートは、家計簿をつけた時に破棄しちゃうけど、カードで支払った場合のレシートは、請求書と照らし合わせてからじゃないと捨てられないので、クリップでひとまとめにして、机の脇にぶら下がっている。

 最近、といってももう1年位になるのかな。病院の領収書がやたらデカくなって、処方箋薬局から出る薬の領収書と合わせると既に財布は満杯状態。
 いくら家族4人で結構マメに病院通いする我が家でも、高額医療費の類にはほど遠いし、何に何点使われたか細かく記されてもなぁという感じ。私としては、日付と名前と金額だけの、ぺろっと薄いやつで充分なんですけど。。。

 家計簿つけてると言うと、何か、しっかりしたイメージがあるみたいなんだけど、別に倹約だとか節約の趣味はないし、つけたところでやりくりが上手いというわけでもない。
 単に、最初いくらあって、今いくら残ってるかの帳尻合わせのようなものである。もう何年もつけ続けているので、いくら忙しくても付けていない方が気持ち悪い。そして毎月末には記憶との戦いになる。今後は良いボケ防止になるだろう。脳トレみたいなもんだ…

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憧れのデカ(刑事) (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 憧れのデカ(刑事)
「あなたの好きなデカ(刑事)を教えてください。」
 勿論、永遠のボス、藤堂俊介である。

 昔『太陽にほえろ!』の刑事と『刑事くん』の刑事では、どちらが優秀か?というクイズがあった。答えは『刑事くん』。何故なら、いつも30分で事件を片付けるからというものがあった。でも『名探偵コナン』を見ていても、1話完結だと、なんだか薄っぺらい事件に思えるものである。やっぱ1時間は楽しませてくれないと。

 私は子供の頃、野球と相撲が嫌いであった。8時からのドラマを平気で潰す野球、7時台のマンガを見せて貰えなかった私に許された再放送枠時間から始まる相撲は、父を魅了し、チャンネル権を奪うからである。
 まあ相撲は、ほっといても6時に終わるし、実際、開催期間は短いし、テレビだって1台しかないわけじゃないからいいんだけど、巨人戦は『太陽にほえろ!』の敵だった。

 七曲署ってどこにあるんだろー…と、大の大人が、半ば冗談じゃないような顔つきで言うのを聞いた事がある程に、こぞって見ていた時代でもあった。
 あんな刑事さんは存在しないってわかっても、ボスがこの世を去った今でも、露口 茂さんを見ると『やまさん』だし、竜雷太さんは『ゴリさん』、小野寺 昭さんは『殿下』なのである。

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ビール (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ ビール
「今まで飲んだなかで一番ビールをおいしいと感じた瞬間は? そのシチュエーションを教えてください。」
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 ビール歴長いからなー…てか、ビールって春夏秋冬365日、毎日美味しいじゃん。

 その中で、一番美味しく感じた瞬間でしょ?それは、妊婦になって、暫くしてから飲んだ時かな。
 30歳記念イベントに子供を産もうと決意して、私が最初にした事は、食生活の改善だった。それ迄は、食べるという事に意欲的ではなく、特に20代は仕事仕事の毎日で、晩御飯の時間がまちまちになるのが嫌で、食べるのをやめていた。朝はしっかり摂るが、昼は適当、夜は摂らない生活だったので、少し栄養面を見直す事にしたら、早々に3キロ太ったっけ…。

 それまで、食事を楽しいと思う事が少なかったのに、食べてる先から次のご飯が楽しみで仕方なくなって、何見ても美味しそうで、てか、何か食べていないと落着かなくて、というのを食べつわりというらしいなんて事は、子供が生まれてから知る事になる。

 妊娠するにあたって、煙草は、結婚した時にやめたのでいいとして、コーヒーと酒、特にビールは欠かす事が出来ないものであったから、どうしようかと悩むより先に、何故か、隣で缶を傾けていても、いい匂いがしても欲しなくなったから不思議。我慢しないでいいって得した気分である。

 さて、健全な妊婦生活にもすっかり慣れて、あと少しで生まれるという秋の始まり頃だったかな。主人と近所の植物園にお散歩に出かけた。長々と坂を登るとレストハウスがあり、そこで『おつかれさまビール』を戴くのが常だった。
 先に述べた通り、妊娠が発覚してからそれまで、欲しいと思わなかったアルコールなのだが、なんだかやけに飲みたくなって、飲めるかどうかわからないのにふたつ買うという見切り発車。
『飲めなかったら俺が飲むよ』なんていう心配が無用であった事は言う迄もない。

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理想のお部屋 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 理想のお部屋
「あなたの理想のお部屋を教えてください。」
 夏風通しが良く涼しくて、冬暖かい日差しを感じる時間のある、南向きで、カーテンを閉めずに過ごせる、湿気と黴に無縁の、収納が優れた部屋がひとつでいいから欲しい…贅沢?学校の木造校舎の2階みたいなイメージですね。
 小学生の頃、あまり広い家で育っていなかったから、放課後にひとりで教室に残ると、この部屋ひとつくれないかな と考えたものである。

 今でも、装飾品というものを飾るのが苦手で、季節ごとに部屋をアレンジできる人を、心の半分では羨ましいと思い、もう半分では、うっとおしいと思っている。
 多分私の中で、クリスマスとかの装飾は、街中や店頭で楽しむような定義があって、家はどっちかというと、365日のっぺらぼうがいいと思っているのだ。
 せいぜい、家族や親戚(から定期的に送られてくる)写真をピンで壁にとめたり、観葉植物を置いたり、決して掃除好きとは言わないが、掃除しやすい環境でありたい。

 よく娘に、部屋の片付けを命じるのだが、部屋を掃除するのと、片付けるのは根本的に違うという説明をする。部屋が片付いていないと掃除は出来ないのである。

 物を使いっぱなしにするのは好きじゃない。出来れば、使い終わった物は元あったところに納めて欲しい。物が置いているのと、置きっ放しでは全く意味合いが違うのだ。

 娘の言い分では、昨日の夜読んでいた本だから机の上に置いてあるのだそうだ。だったら、そのハサミは?ペンは?消しゴムやその他諸々は何だ?彼女は読書をしていたのか、工作をしていたのか?それともイラストを描いていたのか?
 全部1度に使うような創作をしていたのなら話は別だが、それらを1度に使いこなせる人は少ないだろう。つまり単なる言い訳である。
 本を読み終わったら本棚へ、ハサミを使い終わったら引き出しにしまえばいいではないか。我が家は自慢ではないが、豪邸ではない。片足を軸にくるくるするだけで、何でも収納可能な広さではないか。なのに彼女の鉛筆や消しゴムは、筆箱の横までは移動しても、中には納まっていない事が多い…。

 と、すっかり娘の愚痴を並べてしまって思いついた。ひとりで暮らせる部屋が欲しい…かも。

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日本語って難しい

 『ぱど』というフリーペーパーがポストに投函される。毎週見てると同じような記事ばっかで飽きるのだが、久しぶりにパラパラとめくってみると、結構新鮮に記事が目に入ってくるものである。
 同時に『ちぇ、先々週見てれば良かった。美容院情報が一杯載ってるんじゃん…』とか、毎週チェックしていないと、いざ使おうという時に役に立たないジレンマも感じたりする。

 と、そこに『Pre De』というデニーズ系のレストランの記事を見つけた。デニーズ系というか、元々ここはデニーズだったんだけど、ある日訪れたら、この店に変わっていた。
 ま、デニーズの親戚には変わりないので、馴染みのメニューはあったりするし、既に何度か利用させていただいている。

 1度、混雑してる様子もない時間に利用したにも関わらず、私の注文した物が、連れは完全に食べ終わってから運ばれてくるというアクシデントがあった。事も無げに
 『大変お待たせ致しました』と言うので、
 『ほんとね、今キャンセルしようかと思ってたの』と言い返したら、店長がすっとんで来たっけ。会計の時も、待ち構えたように店長が出てきて、再び平謝りした、という店である。

 さて『ぱど』の話題に戻ろう。

 『ランチタイム限定 お得な料理長のおすすめセット! 云々かんぬんで850円』……これが、どう見ても『お得な料理長』の『おすすめセット』という字並び。これでは『料理長』が『お得』に見えるではないか。料理長をお得にしてどーする。お得なのは『料理長おすすめ』の『セット』だろうに。などと、姑の嫌味だか小言のような感想を持ちつつ、じゃ、どう並べたらセットがお得になるのか、暫く考えてしまった。
 『お得』を噴出しにでも入れるか、『お得』の字を他と大きさを変えるかだよねえ。。。。うーん、日本語って難しい。

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音楽の思い出 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 音楽の思い出
「小学校の頃、音楽の授業は好きでしたか?思い出に残っている授業や出来事があれば教えてください。」
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 音楽の授業は好きだった。歌を口ずさむのは好きだが、一人で歌うと若干?音程が外れ気味のようで、合唱とか、リコーダなら安心してやってられた。知ってるメロディならだいたい楽器で音を拾う事が出来る。

 うちは、教育という分野において裕福ではなかったのだが、百科事典と電気オルガンと、そうそう電気のミシンがあった。いづれも口の上手いセールスに騙されて買ったのだろうと推測する。

 百科事典は開いた事がなかったし、買った当時、親も百科事典の内容が古くなる事など想定していなかったのだろうと思う。
 オルガンはあっても、当然習いに行かせる余裕などなかったろうし、家族で誰もそんなものに触れた事がないので弾き方も知らずに、私が興味を持つ迄は、部屋の隅に放置してあった。
 けれど、楽譜がなくても音を拾う事が出来るようになったのは、そのオルガンがあったからだと思う。

 小学校3年の時、父が家を建てた。大して広い敷地でもなく、けれど、ふた間平均のアパートだとか団地に住んでいたので、充分広く感じた。

 隣家の同級生の女の子は、ピアノを習っていて、よく練習している音が聞こえてきて、羨ましいと思ったのを思い出す。
 絵を好きな子は、将来絵描きに、野球少年はプロの球団を目指し、バレーを習う子はバレリーナに、ピアノを習う子はピアニストになる為に習うと思ってる頃の話である。
 野球はともかく、バレーやピアノで身を立てようと思う人は、3歳位から始めるのだときき(特にピアニストに憧れたわけでもないが)既に、バレリーナとピアニストへの夢は持てないんだ と思っての羨ましさである。

 手遅れを感じさせたくないという思いから、娘には一応チャンスだけは与えてみたのだが、彼女は、まったく楽器に興味を示さず、今でもそちら方面はサッパリである。
 学校の発表会を観に行っても、いつも後ろの方で、隠れるように木琴だとか鉄筋を叩いて参加しているし、リコーダなど家で音をきいたことがない。
 中学に通いだしてから、ちょっと手ほどきをして、今は少し自分から音符を拾えるようになった。でも、好きってのとは遠いよね。

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