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2007年12月

年越しの瞬間は? (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 年越しの瞬間は?
「あなたは何処で何をしますか?」
 年越しの瞬間は、毎年だいたい変わらず家族で過ごしている。といっても、義母はとっとと自分の部屋へ行っているし、娘は適当なので自室にいたり、義母の部屋にいたり、我々といたりなので、変わらないのは、夫婦でカウントダウンシャンパンだけである。

 数年前迄は、紅白と被るドラえもんを録画で見せる説得をしていたが、その心配もなくなった。中学生になったから、そういったアニメを卒業したのかといえばそうでもなく、録画にした方が繰返し楽しめるという事に悟りを開いた模様。
 それよりも、その時間迄に押せ押せでやってきた掃除や、年越し蕎麦の仕度をどう終わらせるかって方が問題で、去年なんか、いきなり襖の張替えを思いついたものだから、どっぷり日が暮れてもアイロンで皺を伸ばしていた。
 『今年は、大晦日はのんびりしようよ』
と主人は言うが、それは、その前迄に掃除は終わらせとけよという暗示だろうか…。
 まあ、家中ぴかぴかに磨いたところで、その綺麗が1年続くわけじゃなし、掃除なんか、どこで終了にするかは本人の気持ち次第なわけだから、昨日も窓拭きを予定していたのだが、陽が昇ったら窓なんか開けていられない程の暴風で、都合良く朝からやってた『ごくせん』の再放送の画面を前に、終わる迄誰も立ち上がる気配すら見せないのであった。
 『明日は、録画して正月に観ようね!』
といって明けた今日は、朝9時には今年最後の買出しに行く予定の私が観れないからだとは誰にも言ってない…。

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大掃除 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 大掃除
「今年の大掃除はもう終わりましたか?念入りに掃除したところがあれば教えてください。」
 朝から快晴、本日は絶好の大掃除日和である。

 毎年窓を拭きながら、何でこんな寒い中、手赤くして掃除するんだろ…とは思うのだが、気候が良い時は良い時で、家中の窓を拭こうなんて思った事がないので、観念するしかない。まあ、拭かないと視界が悪くなる窓は、年に何回か拭く…事もある。

 今年念入りに掃除したところと言えば、娘の部屋のエアコンである。
 ここに越して来て10年が経過している。
 数年前に、越してきた当初からリビングの壁にどどーんとあった木目調の霧ヶ峰を取り替えた。室外機が80㎏もある骨董品で、元のオーナーはきっと、この家に越してくる時に前の家から移動してきたのだが、今回は諦めて置いて行ったのだと推測する。エアコンて、外しても工事費、取り付けても工事費だもんね。
 そして2階の我々の寝室と義母の部屋のエアコンは、今年の秋も終わる頃、バーゲンセールで買い換えた。
 実は、義母の部屋のエアコンは、引っ越してきた時に新たに購入したのだが、他の部屋に、古いのを外してきて付けるのと一緒に業者の人に任せたら、エアコン本体から紐で繋がっている、いわゆる『紐コン』を付けられてしまったのである。非難轟々だったのは言う迄もないのだが、暫く待ってくれと言って10年以上待たせてしまった。
 今回取替えに踏み切ったのは、我々の寝室のエアコンがもう数年前からリモコン不能となり、問い合わせたが在庫もなく、いつかいつかと頃合を狙っていたというわけで、そうなると義母の部屋をほっとく事も出来ずという流れである。
 思い切って娘の部屋も…とも思ったのだが、まだ動いてるからいいだろ(ちなみにどの部屋のエアコンもちゃんと動いていた)という主人の意見で留まった。
 その後、地デジ対応ビデオとウォシュレットを買い換えたのを考えると、娘の部屋のエアコンも買い換えられなかったわけではない。
 せめて綺麗にしてやるか…と、念入りに掃除をする私であった。

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決めるのは当方…ったって

 二日続けての病院ネタである。

 昨日の昼を廻った頃、叔母の携帯から電話があり、病院探しを手伝って欲しいとの要請だった。
 少し前にもここに書いた通り、来年71になる叔父が食道癌となり、紹介状を書いて戴いた病院へ行ったところ、2月末迄ベッドの空きがなく、治療にしろ手術にしろ早くした方がいいので、別の病院を探して欲しいと言われての事である。
 叔母としても、もうこの時期に今日明日入院が出来るわけではないのは承知の上だが、どこに行くのか決めないと、年も落着いて越せない状態なのであろう。

 自分の時にも思った事だが、どこの紹介状でも書きますから病院名を言って下さいというのは、患者にとっては、選ぶ権利というより、くじ引きで自分の命を決めるようなものである。
 例えば新しい美容院を選ぶだけでも、髪なんか数ヶ月あれば伸びるのがわかってたって、看板と金額と雰囲気に賭けるのすら勇気がいるというのに、命に関わる物事を、病気になった側が探し選ばないといけないシステムというのは、なんとかならないのであろうか。
 どうやら医者側から、こちらがお奨めだとか言えないらしい…でも!である。

 叔母からは、とりあえず3つの病院に打診してみてくれと言われたので、ネットで電話番号を調べ、電話してみた。3つとも同じように言われたのは、まず、診察を受けて戴いて、入院が必要かそうではないかはこちらが決めますとの事。
 言われてみればその通りではある。どこの先生だって診なければなんとも言えないだろう。が、しかしだ。叔父は食道癌であり、もう早くどうにかしないといけないし、出来れば切った方がいいだろうという検査結果は出ていて、紹介状を持って行った先でも早急にと言われているのに、うちで診てみないと答えられないというのは、どうなんだろう。
 だいたい、入院手術したくて言ってるわけではない。必要だと言われたから探しているのだ。
 しかも、ベッドの空があるかどうかも答えられないという。私は、行った先で、また前回と同様空きがないので他をあたってくれと言われる時間を惜しんで、今電話しているのである。
 とうとう3つ目の病院で
 『また同じ思いをさせたくないので、出来れば確実に入れて下さるところに伺いたいのですが』と言ってみた。すると、
 『当院は、治療が必要と思われる患者をそのまま帰したりしません』とおっしゃる。加えて、
 『食道癌と言いましたよね?ここには食道癌の権威がいます。年が明けたら、紹介状を持っていらっしゃい』
まだ入院できたわけでも、切ったわけでもないが、叔母には、
 『後は松が取れないと行動できないんだから、正月は明るく楽しくやってくれ』
と電話した。

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今年もお世話になりました

 昨日、今年最後の検診に行った。3ヶ月毎の採血と問診である。

 10時半という予約時間は大変微妙な時間帯である。うちからここまでの所要時間は、1時間半じゃ少しキツいといったところなので、予約時間に着くという点で言えば、さほど無理せずに出る事が出来る。しかし、9時から診療が始まり、スムーズに流れて10時半を迎える事はまず望めないので、押せ押せに進み、皺寄せを受けるか受けないかというところが微妙なのである。
 なので、出るのはキツいが、その後ここで1時間以上待つ事を考えると、9時とかせいぜい9時半の予約が望ましい。

 まあ、大きな病院では珍しくもない光景だが、薄い壁と仕切りのある長屋状の部屋に、消化器外科の先生だけで10人近く並んでいるだろうか。その前は小さい病院ならふたつみっつ入ってしまいそうな待合所に、自分の番を待つ患者さんがびっしりと詰めている。

 以前は、自分の番号札だけが頼りで、前に何人の待ちがいるのか見当もつかなかったのだが、2年位前からだろうか、部屋の前にモニターを設置し、先生が今何時台の予約をこなし、もうすぐ呼ばれる人のナンバーが5人分表示されるようになった。だから、そこに自分の番号がない場合は、まだまだ待つ、という事はわかるようになったし、10時半廻っているのに、先生はまだ9時半台の患者さんを診ているという表示の場合、かなり長々とかかった人がいた、ということである。

 患者さんによっては、入ってすぐ出てくる人もいれば、いつまでも交代しない人もいる。
 いつも私の担当医は、一番奥の部屋にいて、3年半以上通う内、違う部屋にいたのは、今回で2度目である。普段は高笑いしても聞こえそうにない程遠い部屋なので気にした事はなかったのだが、今日の担当医の場所は、ドアは閉まっているとはいえ、中の声は、ほぼ筒抜けであった。

 部位が部位なだけに、あまり若い患者はおらず、だいたいが壮年を過ぎまくっているわけで、暮れにもなると、今年一年の感謝を込めたごあいさつから始まり、質問も繰返しなら、先生の答えも回を追う毎に、噛んで含んだような細かい説明となってゆく…。
 ある人は質問し忘れを恐れてか、患者1人、付き添い2人の3人チームで、メモを取れるように紙と鉛筆迄持参し、意気込んで入って15分経過。先生も『…ということで、はい!』と区切る意味で語尾を強める事3回…お医者も楽じゃあないよね。。。

 でも、今日は、10時半予約が11時には終了。まあまあですか。でも、実は9時45分には着いて、採血してからなので、滞在時間はそれなりである。

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足裏フルハート

 『足裏フルハート』って語呂がいいですね、と葉っぱカフェオーナーのKさんからメールを戴いた。
 どうやら、布団の中で足をスリスリするのが気持ち良いのは私だけではないらしい。
 『ちょっと、今までには無い感覚でしょ?』とKさんはおっしゃるのだが、ホントにそう、不思議な感覚なのである。

 フルハートは顔専門の美容法ではないので、皮膚はどこでもOKだと言うKさんは、唇にも手にもフルハートを施しているので、リップクリームもハンドクリームもいらないそうだが、多分、唇にフルハートしてるのは私の方が先であろうと思う。
 最初、フルハートを紹介された時、ポリエチレンラップで気道を確保してやって下さいと言われ、イラストでは目と鼻と口をくり抜いた状態を依頼された。そして、当初販売するはずのキットの中にも、市販でよく見る目鼻口をくり抜いた顔型のシートがセットされていた。

 でも私、最初っから気道の確保しかしていないのである。四角いラップを顔の上に載せ、鼻の穴があたる部分だけ指で裂いて、後は全面フルハートしていた。当然瞼も唇も覆われている。シートはシートで使い勝手が良かったのだが、私は口の部分も瞼の部分も丸々フルハート出来るラップが好きなのである。

 私の唇は元々冬場頑固な乾燥唇なので、未だプルプルには思えないのだが、確かにここのところ、リップは常備していない。
 は…と我に返ると、鏡開きを待つ餅のごとく捲れる唇の皮を噛む癖だけは、なくなりそうである。

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足の裏も

 先日、葉っぱカフェのオーナーであるKさんと電話していた時に、不意に奨められたのが、足の裏にもフルハート美容法すると良いというものであった。

 顔面に微酸性次亜塩素酸水を吹きかけ、スクワランオイルを塗布しラップで覆うというフルハート美容法を施しても、家事は出来るし、運動も出来る。あまり汗をかかない時期の今、待つこと5分の間に柔軟運動をするというのが日課であったのだが、足の裏にラップを貼って5分か…なんもできんな。

 朝は、シャンプーと洗顔を済ませた後にフルハートし、その間にヤカンにお湯を沸かしたりするのだが、足の裏にラップを巻いていると、例えお湯が沸いても走って火を消しに行くのは不可能…。
 昔懐かし合体ロボのような足取りで、がしゃん、がしゃんって頭で唱えながら、一歩一歩ヤカンに近づく。そんな思いしてまで湯を沸かすかなー…。

 坊ちゃん石けんの紹介でも書いたが、私の足の裏は、かつて鋼鉄のようであった。暇を見つけては、ガリガリガリガリガリガリガリガリ…とドクターなんとかのデカイヤスリを、左右別々に持っていた。別に左右分けたいとかいう潔癖症ではない。洗わないと取れない粉というか、皮膚の残骸というか、削りカスというか、ヤスリの目に真っ白に詰まって、右の終盤には、このまま左に移ったら、効果無いだろうという程の詰まり具合だから、であった。
 足専用詰め切りも持っている。これは本来、足の巻き爪とか的確に挟んで切り取るという役割ではあるが、私の場合、足の裏の皮が手ごわい時に、予めパチンパチンとやっていた。
 髭剃りの刃をカーブをつけて押さえたようなタコ剃りも持っている。これも削り作業をより楽にする為の荒削り処置工程であった。

 が、坊ちゃん石けんを使いはじめて、あれ。。。。と気づいたのである。随分削ってないじゃん?
 ただ、ここにきてまた乾燥の季節がやってきて、毎朝、毎晩、靴下を履く前にクリームを塗る習慣も戻ってきた。かさっかさのがっちがちではなくなったが、それにもどりたくなく、自然とクリームでケアしていたわけである。

 その時に、この足裏フルハートの薦めである。初めてまだいくらでもない。けれど、クリームはいらないかな。
 何より、血行がよくなったのだろうか。布団の中で自分の足と足を寒いわけでもないのにスリスリしている。
 何を隠そう、土踏まずの辺りの本来掌のように柔らかい部分も、今まで硬かった私である。自分の足になんか足ででも触り合いたいとは思えなかったのに、思わずスリスリ…気持ち良いのである。

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まだあった…

 2007年を振り返ると、我が家は色々な物を買った年であった。目立った物だけ挙げても、地デジの映るテレビ、それが対応したビデオ、その勢いで換えたエアコン2台、娘の学習教材、主人の車のタイヤ、カーナビのHDD、とうとうインターネットも光にしたし、水道管も2度に渡って破裂した。片方のトイレは詰まり、片方のトイレは、散々ごまかしたがパッキンを取り替えた。細かい事を言えば、あれから主人の腕時計も動かなくなり、やっと買った。

 もうこれで一巡しただろ、とここにも書いた気がするのだが、まだあったようだ。それは、ウォシュレット…。確かにちょっと前から、使おうと思うとメンテナンス状態になり、温水がすぐに出てこなかった。出てきたと思えば温まっておらず、このままこれで冬を越していたら風邪ひいちゃうと思っていた矢先である。ポタポタポタポタと水が止まらなくなってしまった。やむを得ず配管を外し、ただの消臭温便座にしたが、洗えないウォシュレットをそのまま使うなんて有りえない!

 本日ヤマダ電機で買ってまいりました。

 まー主人の勤務に夜勤が入ったおかげで収入というのは目に見えて増えたわけだが、稼いだ分、まるまる消えた計算で、悲しいやら申し訳ないやら。。。って別に私が壊して歩いたわけでもないのだが…。

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オープンです

 年内にオープンしたいんです、とKさんはおっしゃった。わかりました大丈夫です、とか言っちゃって、ホントは何の根拠があったわけではない。多分大丈夫だろうという憶測だけであった。
 多分大丈夫だろうというのは、これに何の根拠があるわけではないのは確かなのだが、好い加減に言っているつもりもなく、まあ、急ぎは急ぐ、ただそれだけなのである。物理的に無理じゃないのはわかってたし、あとは、そこにどれだけ自分が持っていきたい形を注ぎきれるかという問題だけであった。

 オープンしたのは『葉っぱカフェ
はじめにKさんが、どこから何を思ったのか『美容法を売る事にしました』と言った時がスタートで、色々な人の手を経て、形は当初と随分変わったのだが、いづれ私にサイトを作らせて貰えるかもしれないと、それこそ何の根拠もなく思った通りになったわけである。

 葉っぱカフェは、フルハート美容法を広めたい事を骨組みに、自分の肌と向き合って、色々な化粧品やサプリメントを、ただ注ぐのではなく、人間が『元々持ってる力』や『自らが作り出せる力』を最大限に利用しながら、何が足りないのか、どうしたら綺麗でいられるのかを見つめ直す事を提案している。
 そしてそれは、Kさんが開きたい『肌のことを含めた色々な情報を交換できる』サロンの出発点である。
 そういう意味においては、まだまだ序の口の展開であるとは思うが、まず第一弾の出来上がりとしては、自分で言うのもなんだが、大変良く出来ました◎という感じである。

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青切符持ってれば通れるのか

 この土地に住んでもう15年を過ぎて、毎日のように車を運転している私である。特に悪いことをしているつもりはないのだが、遠くはるか先でも、後方からでも、おまわりさんアンテナはピピっ働く。
 だから、昨日も、随分先で赤灯廻しながら停車しているパトカーに気づいていなかったわけじゃない。何やってるんだろ、邪魔臭いと思いつつ、ウィンカーを出して右側を通り抜けようとしたら、パトカーのドアが開き、止まれを言い渡された。
 『何事?』
 ゆっくり車を左に寄せようとハンドルを切るより先に、もう一台獲物がかかってるのを確認したのだが、まだ自分が何をしでかしたのか解らずにいる。

 同乗者を送る途中で、この先数10メートル先から、彼女の住む住宅地は広がるという位置である。
 聞けば、この道は、私が過ぎたT字路を境に、直進通行止めの時間帯規制があるとのこと。直進だけ止めてどうなるのよ…とは思うのだが、彼女曰く、ここの住人が車の通行量が増えたのを嘆き、1日数時間でも減らして欲しいとの願いが叶って随分経つのだと言う。
 『ごめんね、私ってば知ってたのに』と謝られても後の祭りである…てか、彼女は免許を持ってないので、そんな事に気がまわるわけもなく、運転しているのは私なのだから、当然私の責任である。
 若干?いやかなり?腹が立ったのは
 『お住まいがそんなに近いのに知らなかったんですか?信号機と一緒に、あんなに大きく標識があるのに来ちゃうからびっくりしちゃって…』と、思わず
 『お前は教習所の教官か?』と返したくなるような警官の言い草である。
 交通標識は全国共通、およそ誰が見ても判断の付く色・形をしてるわけで、知ってた知らなかったの問題ではない。だいたい、標識を確認していながら、パトカーが待ってるところに行ってたら、自分が思うところに行けないビギナーか、よっぽどのオバカである。
 『そこの標識見てませんね、罰金です』って言った方がよっぽどすっきりする。
 私の後に来たお客さんなんぞ、車から出てジダンダ踏みそうな勢いで文句言っていた。言いたくなる気持ちは充分わかるが、寒い上無駄な努力というものである。
 だから全て済んでから聞いてやった。
 『切符をいただいたら、まっすぐ進んでって宜しいんですの?』
 交通量減らすのが目的であるなら、このまま私が直進していいはずがないではないか。そんなところで待ち構えているよりは、そのまっすぐ行っちゃいけないところで通せんぼしているべきである。
 あー気分わるっ!

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冬にもアイス (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 冬にもアイス
「毎日寒い日が続きますが、あなたは冬でもアイスを食べますか?」
 勿論、冬でもアイス、冬でもビール…ってビールは聞いてないか。

 さすがに外では食べたいとは思わないが、暖かい部屋の中だとか店でなら食べる。
 買った時も、夏は結構自分の影に廻して持ち運んだり気を遣うけど、冬だとあんまり急いで帰らないでいいし。
 娘が風呂上りに食べるので、ファミリーパックが2種類位は常に冷凍庫に入っている。

 実はこれ、私の血糖値が下がった時の非常食でもある。甘いもんならなんでも良さそうなのだが、それにカコつけて食べているのかもしれない。

 最近、ハーゲンダッツのクリスピーサンドにはまっている。あのパリパリ食感…なんともいえません…。

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曰く付き

 私の主人は車・単車の次に腕時計が好きらしいが、私から見れば靴大臣にも上着大臣にも見える。まあ、靴や上着の事は、書き出すと長くなるので、また別の機会にするとして、本日のお題は『主人の腕時計』である。

 私は携帯を持つようになって腕時計はしなくなったのだが、主人は仕事中に見る腕時計が必要。
 仕事柄水がかかる事を気にしたくないので、ある程度防水がきいていて、軽くて丈夫なチタンの物を愛用している。
 しかし、この時計、買った時すぐに留め具の一部が外れかかり、それが1度ならず2度続き、購入店に文句を言った記憶がある、曰く付きの物であった。

 時計を持つと電池交換というものがついてまわる。写真の現像と一緒で、タバコ屋さんや、雑貨屋さんで兼業しているのを見かけては、ついその安さに惹かれて利用していたのだが、ある時、オメガのパッキンを捻じ曲げられて大ごとになってから、そういうところに大切な物を持ち込んではいけないのだと学習した。

 最近よく利用しているのが、家から一番近いスーパーの時計屋さんである。ここはスーパーの中ではあるが、きちんとした時計屋さんなので、技量以上の物は、メーカーに出す手配をしてくれるし信頼している。

 今年に入っての事、確か電池交換を1度お願いした。その前にも、いつだったか忘れたのだが、腕部分の金具がひとつ折れて持ち込んだら、『あ…これね』と、後ろの棚のフィルムケースから細いピンを取り出して、ちゃちゃっと目の前で修理して渡してくれたので『おいくらですか?』ってお伺いしたら『いいですよ』……無料にしてくださったのである。
 その電池交換を挟んだ後、別の部分が取れちゃったので、今度は修理代覚悟で行ったら、またまたタダで直して下さった。
 『いつもいつもすみませんっ』と一旦は頭を下げてエスカレータに乗ったのだが、留め具を自分で外して再び止めようとしたら、別の部分が外れにかかっている…。日を改めて来るよりは、1度にお願いした方がいいと判断し、また昇りのエスカレータに乗りなおし、恥を忍んで、
 『すみません、ここも外れちゃうみたい…』と差し出したら、
 『あ、この部分はメーカに出さないとダメなんだよね』
よく見たら、そこは、買ったばかりに壊れて、主人が諦めて使っていた箇所であった。

 さて、一昨日、また電池が無いと言う。前回いつ取り替えたかなどとすっかり忘れていた私は、今度はちゃんとお金払える用で持ち込めると、堂々と預けて5分後
 『これ、まだ電池交換しなくていいですよ』
 『へ??…あーでも、そういわれると、ついこないだ来たような…』
 『はい、8月に交換させて戴いていて、その前にもうちでやってます。消耗が早いって事は確かなので、今日は軽くクリーニングしておきましたけど、またの時にはメーカーでオーバーホールして貰った方がいいかもしれませんね』
 『あ、そうなんですか、、、なんかホントついてない時計なんですよね』
と、当然今回もお金を取って貰えず、そう言ってごまかすしかなかった。

 『この時計いくらしたんだっけ?』
自宅で主人に問うたら1万円していない。
 『その位でいいなら、クリスマスに私から進呈しますけど』
 『この時計がそうだったんじゃあないですか』
だから執着して使っているって事を知り、そうだったっけ?…とおぼろげに思い出す私であった。

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暖房の設定温度 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 暖房の設定温度
「今何度に設定されていますか?」
 設定した通りに暖かかったり涼しかったりしたら、絵にかいた餅でも満腹になれそうである。

 我が家は石油ファンヒーター派なので、冬は、灯油を買いに行くという仕事が増える。
 灯油を買いに行くのは車があるし、特に苦にはならないのだが、ここ数年灯油が高いのには、泣きが入る程である。

 灯油の値上がりと共に、私のPCの位置はダイニングキッチンと居間の境から居間の窓際に移動した。境に置いていた頃は、一度石油ファンヒーターをつけたら春になるまで火を消した生活に戻る事が難しかったが、現在は、日中は陽射しがあれば猫になりそうに暖かいので、消している時間もある程である。

 それにしても、今年の灯油の値段は、数年前の3倍である…。
 頭の上から来る温風が苦手で、エアコンは夏しか使った事がなかった我が家も、今年は併用を決めた。
 朝晩は石油ファンヒーターを使い、その他はエアコンを使っている。

 さて、その設定温度であるが、石油ファンヒーターでは20度、エアコンでは25度から27度。
 今朝あたり冷え込んでいるので、設定20度でも室内温度は19度から上がらないので今21度に上げたところである。

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機種変した

 2年半振りに、携帯電話を機種変更をした。

 なんかこう、携帯電話でどうのこうのって事に飽きてきたんだか、新しい電話?まだ使えるからいいや程度のテンションであったが、やっぱ新しいもんは嬉しい♪

 主人が誕生日に買ってくれると言っていたのだが、欲しいと思った機種が『携帯ごときにこの値段?』と思う金額だったので延期し、クリスマスにいただくことにしたのである。ホントはその機種の値段が下がるのを待っていたのだが、スライド式が具合悪いと、色々なところで文句を見たので、やめにした。

 ついでに娘のも買い換えてやるとの事。しかし色合いでしか判断の基準がない彼女のお気に召した色は、購入前にカタログで目星を付けていたのだが店頭にはなかった。ピンクだ赤だ濃い目の青は嫌で、薄いブルーがないのなら、白でいいやって…結局、私と同じ機種の色違いにしたというところが、今回アダとなったというお話である。

 店員さんを呼んで『これの赤と白1個づつ下さい』と椅子に座る。私は2枚の書類を交互に書き、店員さんも『お母様が赤ですよね』と念を押したのだが、間違いは起きたのである。

『40分程お時間をいただきます』とよくある時間を言い渡され、店内をあっちうろうろこっちうろうろして時間を潰し、気が付くと『あーもう過ぎてるよ』と窓口へ行った。勿論出来ていたわけだが、会計を済ませる時に、確認の為に、電話を開いてプロフィールの画面を見せて貰って…
『あれ?逆です』
娘の色に私のデータが、私の色に娘のデータが納まっていたのである。
『出来次第お渡ししますので…』
『出来次第ってのは、何分から何分よ』
もう、とっととやれとしか言い様がないのはわかっているが、お茶代位欲しいところである。

 不運はそれだけではなかった。やれやれとうちに帰って、あれこれやってるうちに夕方、娘の美容院の予約時間になったので、そこで色々設定しようと新旧携帯を持参し出かけた。アドレス帳以外のバックアップをお願いしていなかったので、待合椅子に座って、スケジュールを拾って写そうと古い携帯を開いたら、、、、、、ない。
 データはある。もしもの時の為に、今朝機種変更前に、SDカードにバックアップをしたからである。でも、番号も日付もクリアされてしまっていて、データを読まないのだ。
 一瞬諦めようとしたのだが、落着いて考えれば考える程。。。。やっぱ、それは困りますー…。

 幸い近所にauショップがあるので、ワケを話したらすぐ転送して貰えたが、多分、間違えたのがわかった時に、慌ててクリアしてしまったのであろう。
 転ばぬ先のバックアップ、必要だよね。

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年賀状 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 年賀状
「年賀状はハガキ派ですかメール派ですか?それともおくらない?」
 年賀状…誰か完全廃止を唱えてくれないだろうか…と、毎年この時期になると思うものである。

 どんなお題でも長々と文章は書けるのだが、筆無精な私…。特に年賀状というと、ハガキの束は先月から目の前にあるのだが、年末ギリギリにならないと手をつけない。
 数年前からメインとなるイラストは娘の作品を採用しているし、制作時間は今やろうが、暮れにやろうが変わるもんでもないのだが、何しろ気持ちがノラないのだ。

 父が他界した暮れ、自分が喪中だって事をすっかり忘れていて、勿論年賀状は買った。ということは、喪中につき…とかいう挨拶のハガキを出しているわけがなく、しょうがないので、年が明けてから出した。
 にしても、喪中って一体いつからいつよ…と、今調べたら、一般的には同居していた肉親・兄弟の場合は1年とはあるが、同居もしていなければ、姓も違うわけで、別表にある父母50日に当たるのだろう。年内に出しても、ふーんセーフだったんだ…。

 多分この、来年の挨拶の年賀状を、今書かないといけないという点に、ささやかながら抵抗があるわけで、年賀状はお正月に作ろうというきまりにして欲しいのかもしれない。
 だいたい、もうメールがこんなに普及したのだから、メールでいいじゃん…集中すると送れないったって、明後日になるわけでもないでしょ。いや、、、みんなメールにしたらそんくらいになるかな…。

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ノストラダムスの大予言 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ ノストラダムスの大予言
「今日はノストラダムスが生まれた日です。あなたはノストラダムスの大予言を信じていましたか?」
 7月生まれは助かるってやつですか?そんな付録な噂なかったっけ?助かってもなー…とは思っていた。

 1999年といえば、当たるか当たらないか、なってみないとわからない事より、2000年問題の方が大きく騒がれていたような…。PC使う身としては、そっちの方が問題であった。
 だいたい、2000年問題にしたって、西暦2000年が来る事なんて、言ってしまえば2000年前からわかっていた事ではないか。
 結局のところ、今年が来年になっただけの話であるが、なんか2000年を迎えても『19□□』や『199□』な書類が一杯残っていたのを見ると、みんないつまでも1900年代でいたかったのかなーなどと思ったりした。

 私は『ノストラダムスの大予言』について、詳しい事は知らないが、明確に何がどうなるというものではなく、色々比喩された文を解釈したらそうなったというものだったと思う。
 地球を必要以上に暖めてしまったり、理解を超えたテロ事件が起きたり、学校・生徒・親の立場や関係の形が崩れたり、身内を殺したりと、やはり、ある意味人類は滅亡してしまったのに近いかもしれない。

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最初っからお願いしてるでしょうに

 銀座のブランド交差点には休みの日になると、カップルが溢れ、入場制限までかけているビルもあるんだそうだが、クリスマスシーズンとは言え『へー…』としか感想が出ないほど、ひとごとである。

 が、そういう我が家にもクリスマスはやってくる。
 先日もここに記したが、現在アメリカに住む義姉一家からは、いつもうちの娘が、一方的に戴いてばかりなので、たまには返そうと思い、1万円持たせて買物に行かせた。
 自分より上の男女二人と、自分よりはるかに下の男女二人のプレゼントを選ばせるというのは、中学1年のひたすらわが道をゆく娘にとって、少々重い荷であったかもしれない。

 その内、上の男の子の分は主人が助け舟を出した。1万円の予算内に4人分を割り振ったら、買える物はたかが知れているものになるのは必須。彼には、電波ソーラー時計なるものを別勘定で購入。ちなみに助け舟はあくまで意見と選択のみで財布は家のものである。

 下の男の子にはちょっとした動きのある物を電池と共に購入し、その上の女の子には髪留めを、一番上の女の子にはアクセサリーを買い、ポップアップ式の絵本カードまで買って、文章的には満点の出来だったのだが、おつりを回収したら、4,000円以上ある…上の女の子のアクセサリーに、はたく勇気がなかった模様。
 或いは、懐に残る分を計算したのかもしれない。

 何しろ、上の男の子と見るからに釣り合わない状態になったのは確かであるから、一昨日、学校帰りに彼女と待ち合わせをし、本命をあつらえる事にした。
 とんでもなく予算外の品と、リーズナブル過ぎる類をのけると、案外小スペース内での選択となり、思ったより簡単に選ぶ事はできた。
 何を入れるんだかという容積しかないが、一応蓋の開く入れ物になっている、宝石箱風の置物と、琥珀色した薔薇のペンダントヘッドである。勿論、残ったお金の中では賄えなかったが、上の男の子の金額を考えたら、それ位しかたがないというものである。

 さて、本日の本題はラッピングである。

 せっかく宝石箱になっているのだから、そこに薔薇のペンダントヘッドと、娘が選んで買って来た十字架のネックレスを入れて、箱詰めして、綺麗に包んで欲しいが、生憎、そのネックレスは持参していない。今日、代済みにして帰り、明日、娘に同梱して欲しいネックレスを持たせるので、そこでラッピングしてくれないか。

 ほぼ、上記の通りに、我々が商品を選びきるまでコバンザメのようにくっついてまわった店員さんに言ったのだが、難しい注文だったのだろうか…。

 会計を済ませると、包まずむきだしの箱に入れた商品を、店の袋に納めて、渡そうとするので、
『明日またきますけど、それを持って帰ると、この子が学校に持っていかないといけないので荷物だし、壊しちゃったりするのが心配なので、こちらに置いといていただけませんか?』
 店員さんの額の辺りに『?』の文字が見える…。数秒後思いついたように、
『あ、こちらでラッピングするんですね。ごめんなさい、持って帰ってお宅で包むのかと思って』
 段々こっちも面倒になって、それでもいっか…と思い始めた。
『でしたら、すみませんが用紙一枚いただけますか?』と要求するのもどうかと思ったが、ここで買ったら本来はしていただける分である。
 けれど、ああいった店とはいえ、誰でもラッピングが出来るというわけではなく、このコバンザメ婦人もそうではないらしい。ラッピング係の人にコソコソ説明をするのだが、ラッピング係は繭をしかめる。
 そう、あなたが思うように素人には無理なんですよ…と私は、その人の顔を見ながら心で呟いていた。だから最初っから、ここで包んで欲しいんだって言っているのである。
 紙を渡しても…というのをどうやって伝えようかと、今度はその事を悩む様子のコバンザメ婦人が口を開く前に
『やっぱり、明日来ますので、こちらで包んでいただけますか?』とニコヤカに念押し、やっと帰路につく私は、何やら疲労を感じるのであった。はぁ…

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誰の為?

 人は『覚悟』を持った時、何を思うのだろう。
 例えば事故なら、ぷつりと切れたその瞬間を、手放さないよう逃がさないよう、必死に追い求めるのかもしれない。誰の為に?
 多分、自分の為にである。

 私は私が病気になった時、いやらしいくらい周りから冷静に見えただろう。ほんとは泣き叫びたいのをカッコつけてごまかして、ひとりになったら、ありとあらゆる手段を使って、『生』にしがみついてるんだと思われたのかもしれない。
 私が今日知ったのは、叔父の病と、それについて、自分の時のほうがジタバタしていなかったという事実である。

 留守電が入っていた。『帰ったら電話下さい』という母の妹である叔母からだった。
 私の父は他界して3年以上経ち、母も離れた土地に移り住んでいる。便りがないのが無事の便りだというのを実践している親類縁者であるから、電話といえば、まあ、心臓にくる内容が少なくはない。
『叔父さんが、食道癌なの』
 わかりやすく言えば、叔父さんが死んだのと言われたのと同じような反応だったように思う。だからと言って、とくに何でどうしてというような動揺も高鳴りもない。
 何か物語の次の頁を目にした時みたいに『そうか』と受止めるしかないわけである。
 それは、自分ももう40歳を過ぎ、その親だ叔父だ叔母だというのが、いつどうなっても文句の出ない年齢であるからで、申し訳ないが、順番だからなのである。

 こんな病気だって、本人には知らせていないというのは、最近ではドラマの中でも流行らないらしい。たいてい本人が知ってて、後をどうするかも本人が決める、という流れになったのは、一体いつからなのだろう。
 色々な治療法があるし、戦っていくには当事者の強い意思が必要だし、結果生存率が上がってわけだし。
 なにより、それにおいつけ追い越せとばかりに、癌になる人は確実に増えているから、内緒内緒どころではないのかもしれない。
 私の親戚や知人を見渡しても、両親及び姑が大腸ポリープ除去をしているし、すい臓癌もひとりいたし、大昔に子宮癌だった叔母さんがいたのも思い出した。私自身は胃癌、そして今回の叔父が食道癌である。
 親戚以外にも、子宮癌1人、咽頭癌1人、肝臓癌1人いるが、幸いにして、それが原因で他界したという人はひとりもいないというのにも今気づいた。

 にしても叔父は71歳。叔母はもう天国の入口を見つけているような気分であるらしく、
『私は今迄精一杯世話してきたから』悔いがないような事まで口走っちゃってる。
『そりゃ叔母さんは悔いないだろうけど、叔父さんはまだまだ生きたいんだと思うわー…』
 しかし、留守電に迄入れてきたのは、癌経験者である私に病院を紹介しろというものであった。なんだかんだ言ったところで、結局生かしたいんじゃん…。

 かくいう私も、ああしたらいいの、こうしたほうが得だのと、今、自分が出来る最善の道を手探りしている。それは、どこか、何かあった時に自分が後悔しない為のあがきのように思えて嫌なのだが、俎板の上の鯉でいれば良い本人だった時は、うっとおしい程だったけれど、第三者って、こうやってあがくしかないんだよね なんて改めて思ったりする。

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ピロリ菌、いや、テレビおそるべし

 先週末『世界一受けたい授業』で、バリー・マーシャル教授がヘリコバクター・ピロリについて語ってから、スーパーのLG21コーナーのヨーグルトが消えている…。

 先日、胃腸の異変を訴えた娘を、病院へ連れて行ったが、ピロリ除菌は成人未満はしていないとのこと。
 既に胃を全摘している私、除菌に成功した主人、ほぼ成功したであろう義母と、衣食住を共にする娘にも大方存在しているであろう、95%胃潰瘍の元凶であるピロリ菌を、退治するのに有効だとされるLG21食品。

 聞いた翌日にスーパーのいつもの棚を見回したのだが見つける事が出来なかった。主人の除菌騒動の頃に、明治ヨーグルトのCMを見て、これで退治出来るならと、買いあさってから2年ちょい。売れなくなったから仕入れなくなったのかと思いきや逆であった。そうとも知らず、その二日後、やっぱあるんじゃん…て見つけて、数日後にも来るのを見越して、まとめ買いしていなかった私がおばかであった。今日、明日の朝の分で無くなるので、買おうと思って売り場の棚が空っぽであるのを確認して、反響の凄さを思い知ったわけである。

 テレビの威力って、ほんと凄い…。なんか言うと売り切れちゃうのは『午後は○○思いッきりテレビ』だけじゃあなかったのね…。

 それより驚いたのは、スーパーで、飲むタイプも食べるタイプも、揃って1個あたり123円であるのに、今、名前の確認の為にネットで見たら、98円で売ってるんじゃん。
 こっちで買お…。

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2007年の漢字 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 2007年の漢字
「明日は漢字の日です、明日の発表に先駆けてあなたが今年を漢字一文字で表すならずばりどの字?」
 やっぱ…偽。

 高校に入って、一番最初にアルバイトをしたのは、卵屋だった。別に焼いたり茹でたりして売ってるわけではなく、かつてはそこに養鶏所もあって、今は養鶏所は他所へ行ったが、産みたての羽根だらけの箱から洗って、検査して、サイズわけして、パックに詰めて店舗に卸す所である。シール係の人が責任者に
『日付いつにするー?』と聞いての答えが、昨日や一昨日の事はなく、今日とか明日とか言うのを聞いた時から、ふーん、そんなもんか…と思って、物を買っていた気はする。

 未だお裁縫も出来ず、お料理も手出ししない娘は、学校で何を吹き込まれてきたのか、賞味期限を気にするようになった…結構迷惑な話である。そんなことより、これはダメ、こっちは平気って鼻の訓練でもして欲しい。
 だいたい、持ち運んだ環境や、保存状況で、いくらでも食品の賞味の限界は変わるもんである。

 どこかで飛行機が落ちると、世界のあちこちで飛行機が落ちるように、船の事故があれば船の事故が続くように、偽装会社も一覧が出来上がりそうにあれこれ出てきた。
 みんな、それぞれ言いたい事を言っていたが、工場長のせいにしたり、パート社員のせいにしちゃイカンな…。工場長はともかく、パート社員が偽装するって何の旨みもない事だものねぇ。

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これがないとダメ (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ これがないとダメ
「これがないと生きていけないと思うほど好きなものはありますか?」
 ホット牛乳コーヒー。

 たっぷり入るマグカップに、ネスカフェの黒蓋インスタントコーヒーの粉末を、スプーンに山盛り1杯入れ、グラニュー糖を少々…。昔は砂糖もいらなかったのだが、術後、医者に、そんなにコーヒーが飲みたくば、ミルクと砂糖を欠かさぬのだぞ、と言い渡されたので入れる事にしている。
 それをレンジでチンして飲む事から、私の時間は始まる。午前中に2杯、午後に1杯から2杯…ちょっと飲みすぎであるが、1日家にいるとそうなる。
 酒はなくなっても平気かもしれないが、コーヒーは、飲めなくなってしまったら、結構悲しい。

 入院中、特に術後は1週間以上、点滴のみの栄養補給で、飲まず食わずであった。私なぞは1週間と少しで済んだが、同室の方は1ヶ月以上そういう生活をしていた。口から食物を摂らずに人が動けるというのは、なんだか不思議な感覚であった。

 水やお茶から始めて、徐々に色々飲んでみていいと許可が出てから退院迄の日課は、食後のコーヒーを飲みに、自販機まで行く事であった。
 ある日コーヒーを飲みながら友達に電話をしたら、
 『…ったく、あんたが退院出来る迄、私がコーヒー絶ってるっつーに』
 『だって、ほら、うち帰っていきなり飲んで、倒れたら困るじゃん』
 と笑いながら答えたが、ありがたい言葉に涙が出たものである。

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レノンズデー (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ レノンズデー
「今日はジョン・レノンの命日です。あなたが好きなジョン・レノンまたはビートルズの曲を教えてください。」
 『今日来てくれたすべての人達と、それから、逝ってしまったレノンの為に…隅々まで届くようにやるからね。』
 アンコールの声に現れた甲斐よしひろが、そう言って流れた曲は『100万ドルナイト』

 1980年12月8日の夜、私は日本武道館の客席にいた。甲斐バンドのライブ サーカス&サーカス、そこで、ジョン・レノンの死を知った。

 正直を言うなら、その頃の私には、まだジョン・レノンだとかビートルズより、多分、甲斐バンドの方が崇拝の地位を占めていたように思う。
 その後に出会った様々な人の影響で、私の中にも少しずつビートルズへの興味や、好きな曲も増えたが、ジョン・レノンと言えば、今でもあの日の甲斐さんの言葉が鮮明に蘇る。

 好きな曲は『All My Loving』。ビートルズを好きな知人に、お奨めの曲は?って尋ねた時に答えてくれた曲である。
 作詞・作曲は共に、ジョン・レノン&ポール・マッカートニーとなっているが、ジョン・レノンは晩年『残念ながら、ポールの曲だ。悔しいほどに良い曲だね』と言っているそう。

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シクラメンの時期に

 『シクラメンのかほり』を聴く事が出来た。小椋佳さんが『得ダネ!』に出て、歌って下さったのだが、まあ、きっと知っている人は知っているらしい、この曲の裏話が面白かった。

 『シクラメンのかほり』は、エルビス・プレスリーさんの、1番『朝見る君ほど素敵なものはない』2番『昼見る君ほど素敵なものはない』3番『夜見る君ほど素敵なものはない』という出だしの歌から、『ものはない』という構成をまるまる戴いたのだそう。
 言葉の方は、たまたま北原白秋全集全六巻を読んでいたので、その白秋全集の、今でも新鮮に感じるような、良いと思われる言葉に全部黄色いマーカー引いて、それを集めて並べ替えて組み合わせたものだと言う。
 そして、出来上がったら、随分嘘っ臭い『恋愛話』になったので、どうせ嘘臭いなら、聴く人にもちゃんと嘘をついてますと言っておきたくなったらしい。
 だからタイトルには、わざわざ匂いのない『シクラメン』の花に『かほり』をつけ、3番では有りもしない『うす紫』も歌ってみたという、遊び心が満載の曲となった。

 さて、思いもかけないところでとばっちりを食ったのは、お花業界であった。曲のヒットと共に、あまりにシクラメンについての問い合わせが多く困り果て、今では『匂いのある』シクラメンも、『紫色』のシクラメンも、しっかり存在するらしいが、小椋佳さんは、お花の品種開発にまで貢献してしまったというわけである。

 ちなみに『かほり』という部分も当時物議を醸したらしいが、通常は『かをり』や『かおり』のところを『かほり』にしたのは、奥様のお名前が『佳穂里』さんであるところからな模様。

 ついでに『小椋佳』というのは芸名であるが、失恋した傷心を癒す為に滞在していた『小椋荘』から取ったそうである。隣の家もまた小椋という程、小椋さんという苗字が多いその村に、ある日スーツケースを持った女性が尋ねていらした。彼女こそが、彼に傷心旅行を決意させた張本人であり、その後小椋さんの奥様となった『佳穂里』さんであるという思い出から付けたとおっしゃっていた。

 かつて自分の子供が2歳の時に『ほんの二つで死んでゆく』という曲を出して、たいそう奥様に怒られたというエピソードもお持ちだが、同じ『ものをつくりだす』という事に携わる身としては、いつ何がきっかけで、良いといわれるものが出来るかというのは、当人すら予期出来ない切なさも感じたりする。

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音の日 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 音の日
「今日はエジソンが蓄音機を発明した日です。あなたの思い出に残っている音は何ですか?」
071206_084901  思い出というか、今でも手元に残っているこれである。

 MADE IN U.S.A. '72 FISHER PRICE TOYS,EAST AURORA,N.Y.とある。
 手前のダイヤルネジを廻して聴くオルゴールで、小学2年のクリスマスに、父がどこかから調達してきた物である。

071206_085201  姉が高校生の頃、うちによくきていた彼女の女友達が、私の好きだという、ありとあらゆる物を並べて『物々交換』を企てたが、揺れる事はなかった。
 ただ、当時の気持ちを言うと、確かに物は大切にする子供だったのだが、人に欲しがられて、初めて自分も執着したような気がする。そんなに欲しいなら絶対あげない…やなタイプの子供だった。

 当然、我が娘も幼少の頃より狙っている物だが、未だネジを廻す事を許されていない。まあ、冥土までは持っていけないので、私の形見を受取る者として先日任命したという状態である。

 今でもきちんとメロディーを奏で、題目のある正面で止まる事は言うまでもない。

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目玉親父かっ(ぴーちゃん回想録4)

 先日、テレビで、伊豆シャボテン公園のカピバラが気持ち良さそうに温泉に浸かっているのを観た。
 カピバラはあんなデカい図体して、おっさん風な姿顔つきながらネズミの仲間であるらしい。
 温泉に浸かる動物というと、ニホンザル然り、そそっと集団で温まっているのかと思いきや、先頭切って入ったお父さんカピバラは、もう、びろーーんと全身伸ばしきっているのが可笑しかった。

 やっぱ温泉というのは、誰が入っても気持ち良いのだろう。

 普段ぴーちゃんは、巣の中でよく水浴びをしていた。水入れの水を使って、上手に全身くまなく水浸しになる。真冬でもする…した後のことは考えないのかもしれない。だってボロ雑巾のような姿になって、ガタガタ震えてるんだもの…。
 反対に、夏暑いだろうと、ホースで庭に水撒きしたついでに、ジャーーっとかけてやるのだが、迷惑そうに雄叫ぶのみで、ほとんど濡れないから不思議である。
 それは多分暑いから浴びるとかいうのではなく、羽根についた虫でも取ってるのだろうと思う。

 実は、ぴーちゃんも風呂好きだった。まあ、風呂が好きだったかどうかは、聞いてみた事がないので定かではないのだが、何でもやってみる鳥だったのは確かである。

 父は、仕事から戻るとよく、ぴーちゃんを籠から出して、自分の肩に載せて飲み食いしていた。肉体労働者だったので、まず風呂、そして食事なわけだが、風呂に入っている間、ぴーちゃんは父の椅子でお留守番しているのが常であった。
 それがある日、ぴーちゃんは、椅子から降りて、一歩一歩浴室へ近づいて行った模様。浴槽からぴーちゃんの呼び声を聞いた父は、ガラス扉の向こうに赤い影を見つけ、冗談に扉を少し開けてやったら、入ってきたという。
 更に、洗面器をお湯で満たしておいたら、鬼太郎の目玉親父の如くお湯に浸かったというのである。
 残念ながらその姿を私は観る事が叶わなかったが、父曰く、
 『羽根広げちゃってさー気持ち良さそうにすんだよ』
 それで懲りたなら、二度と再び浴室には近寄らないだろうが、それから時々は浴室を訪れるようになったとのこと。
 まったく、あんた達は揃って何をやってんだか…という出来事である。

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美味しいのカタチ

 朝が早いので、夜も早めの就寝の我が家では、なかなか観られないSMAP×SMAPなのだが、昨日は、ビストロSMAPにパリス・ヒルトンさんが登場したのを観る事が出来た。
 元々、雲の上のような人の事なので、良い噂も悪い噂も頭の上を通る程度の認識であったが、昨日観た限りでは、とても可愛い人だと思った。

 食べているところというのは、あまり人にマジマジと観察して欲しいとは思えない。
 かつては『食べてる時がいちばん幸せそうだよね』などと言われたし、『お母さんが昨日食べてたのが食べたい』だとか『一口頂戴』と言われはするが、『美味しさを伝えるレポーター』にはなれそうにない。

 口に運ぶシーンというのは、どこか人間の動物的な部分が覗くし、無防備な状態でもあるし、見ていても良いと思う事は少ない。そんなことを考えながら見ていると、やたら口を拭いたり、水を口に運ぶのすら気になったりしてしまう。

 昨日のパリス・ヒルトンさんのオーダーは、『ジャパニーズアメリカン』。
 先日アラン・ドロンさんがオーダーした『ブイヤベース』は、美味いと言いつつ、それがブイヤベースである事を最後まで認めなかった。アレンジがお気に召さないのである。

 さて、彼女はというと、スプーンの運び方といい、その後の表情といい、一言で言えば、観られ慣れている。それを作られた動作だとか、しぐさだと片付けてしまえばそれまでだし、気品があったか、正しい作法かどうか別だが、少なくとも私には、大変気持ちの良いシーンに映ってしまった。もしも、私が男性ならイチコロだろう。
 しかも、バカのひとつ覚えのように『美味しい』とは繰り返さず、ひとつひとつの料理に別々の『美味しい』を使うところが大変印象的で…
 そんなことだけで、なんか、いい人かも…などど思う私であった。

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カレンダーの日 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ カレンダーの日
「今日はカレンダーの日です。あなたはカレンダーを買いますか?」
 カレンダーは、貰うもんだと思っているので、買った事はない。

 勤めに出ている頃は、12月になると会社に色々なカレンダーが溜まって、好きなの持って帰っていいよとか言われるのが楽しみだったが、カレンダーというのは、結構、景気の良し悪しが現れるものである。
 あまり景気が良くないと、カレンダーなんかから節約するのかもしれない。

 私の場合、絵画の代わりに壁を飾るカレンダーであるが、やっぱりカレンダーというからには、文字があまり小さく見えないようなものは好きではない。どちらかといえば、絵はアクセント程度でいいから、文字がきちんとデザインされているものの方に惹かれる。

 昭和天皇がお亡くなりになって年号が変わった時、私の職場は印刷業界であった。そろそろ危ないという噂が立ち始めてから急に、今迄昭和で作っていた伝票の頭を西暦に修正するような仕事が増えた。備えあれば…という事だろうか。
 当然カレンダーというものも手がけていて、担当の方は、毎年時期が来ると、暦を片手に進めるのだが、その年は特に、ピリピリと仕事をしていたのを思い出す。

 無事に昭和64年での発行も済み、年が明け、松がとれる7日に崩御の発表があるなんて、どこか出来すぎのような気がしたものだ。
 ホントは年内にお亡くなりになっていて、色々な事に響かないような日を選んだのではないか、なんて不謹慎な事を思ってから彼是20年が経つわけである。

 勤めをやめて少々痛いと思う事。それは、どこに行くにも交通費が掛かること、コピーをコンビニに取りに行くこと、そして、カレンダーを選べないこと、かな。

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メトロに乗って(ぴーちゃん回想録番外編)

 ぴーちゃんの事は、ひと休みして、今回はライバル?のパグ・メリの