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2008年5月

やっぱ暑いんだ

 昨日一昨日と、もう夏ですって陽気だったというのに、今日はまた、先日行って来た箱根の山より寒い。この時期になると、熱い空気が上に淀まないよう、サッシの上の小窓を全開にしているのだが、今朝は、ぴったりと閉めてしまった。

 先週の頭、我が家の食器洗い乾燥機が水漏れを起こしたので、修理が来るまで使用禁止とした。すぐに修理をお願いしたかったのだが、先週はばたばたと家にいない事が多く、この月曜に依頼した次第。
 製品はナショナルであったが、購入先は東京ガスなので、とりあえず東京ガスに連絡をした。

 やってきたのはガタイの宜しいジャニーズ系の若い兄さんである。
 目を大きく見開いて、ゆっくり丁寧にお話するのを見ていると、東京ガスっつーより幼稚園の先生とか向いてるんじゃない?とか思ってしまった…。
 暫く様子を見たが現象は出ず、ジャニーズの兄さんは、結局後日ナショナルから修理に来させる手続きをしただけで帰ってしまった。
 最初っからナショナルの方が良かったのかも…でも目の保養になったからいっか。

 兄さんが帰ってから30分もしないうちに、ナショナルの修理センターから電話が入った。はやっ…。
 けど、実際の修理は翌々日とのこと。ま、そんなもんだろ。

 それが本日である。
 今日来たのは(期待してた?わけじゃないが)胴回りのたっぷりとしたおじさんである。
 さっそく床に食洗機をおろして修理開始。
 10分か15分位で終了。
 『ご説明します』
 と呼ばれて、初めてナショナルのおじさんの傍に寄った私は、ちょっとびっくり。
 ドライバーとかもガーーッと電動のを使ってたんだけど、おじさんの額には汗が溢れていらっしゃる…。
 体格のせいでしょうか…やっぱ、暑いんだ。窓開けてあげとけば良かったなー…、などと思っても後の祭りである。

 さて原因は、水漏れだから前面のパッキンかな、とか思っていたら、パッキンのまわりについた洗剤のカスが目詰まりしてたのが原因であった。要するにメンテナンス不足である。
 洗ってくれるものを掃除してあげるというのは、洗濯機然り、怠りがちであると深く反省。
 『いやー…先日なんて、隙間に箸が1本おっこってたのが原因でしてね。
 水漏れの原因はこれですって箸を依頼主に手渡したら、あらー、あったわ…って言われましたよ』
 そりゃまた…箸1本なくなってて、わかんないもんなんだろうか。

 額の汗をぬぐいつつ、
 『サービスでパッキン換えておきました』
 『で、本日の料金は?』
 『あ、いいですよ、今日は』
 メタボなナショナルのおじさんは、いい人だった…。

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年に1度程度の家族旅行(その3 梯子しました)

 ススキの時期には、波打つように風にそよぐ穂の間を、沢山の人の頭が思い思いに移動してゆく光景の仙石原は、今の季節、ただ青々としていた。
 仙石原には美術館が点々としている。本日は、4件梯子の予定である。

 ひとつめは私のリクエストで、ポーラ美術館。
 9月迄シャガール展が開催されている。…というのを、来る前の日に知り、急遽加えた予定であった。

 絵画を『理解』しようと観る主人には、シャガールは難解だったようである。理解できたか出来ないかで言うなら、私にも理解などできていないのだと思う。
 けれどシャガールの放つ色は大変綺麗なのだ。そして、人の顔や形はどうでもいいのだが、馬や鳥の表情にとても惹かれるものがある。なんだか、超天然色のタロットカードに描かれた悪魔みたいなんだもの…。

 土産屋を見つければ義理でもあるかのようにじっくり観て歩く娘が一緒である。ここ迄で既に2時間の時が流れていた。前途は厳しい。

 ふたつめはガラスの森。
 前回いつ来たか忘れたが、確か数年前、友達とふたり日帰り温泉の旅の途中で寄ったのだと記憶する。
 家族と来たのは、10年以上前。娘がとっとこ歩くのを追いかけつつ、なんでこんな危なっかしい子供連れてるのに寄るんだか、と何を見たかよく覚えていない状態であった。

 いつ設置したんだか、ガラスのツリーやらトンネル遊歩道やらあって、雨上がりの雫と霧が更に幻想的な景色にしていた。
 ここでは指輪展が開催されていて、マリーアントワネットの遺髪が納められたリングや、ルーペを覗きながら描いたと思われる肖像画つきのものなど、ひとつのケースの前で観る事が出来る人数が限られる、ストレスが溜まる展示会であった。
 当初娘は、ここで何か自分にお土産をゲットする予定だったのだが、欲しいと思うものは高価過ぎて、溜息を連発しつつ建物を後にした。

 3つめは、星の王子さまミュージアム。
 娘のリクエストであったのだが、今回の美術展巡りでは、ここに一番の収穫があったと思う。
 ちなみにここは、何とかランド風な造りの建物で、つくりものの異国情緒が溢れている。さらさら霧が晴れる様子はなく、まるで夢の中でおとぎの国を散歩しているようである。

 日本での著作権保護期間が2005年に満了を迎えた際に話題になった時でさえ、私には、ふーん程度の興味しかなかったのだが、この作品を私は実家の本棚に見ていた。物見高い姉のおかげで、色々なものをかじってこれたように思う。読むには至らなかったのだが、パラパラと捲った記憶はある。

 その作者が、こんな日産の社長カルロス・ゴーン似の航空冒険家だった事や、この作品は彼の人生そのものだった事や、その挿絵までも彼が描いたものだった事を知り、謎解き本まであるこの作品を改めて買って帰り、読んでみようと思う私であった。
 ポップアップ絵本まで買っちゃった…。
 
 さて、ここで午後3時。遅めの昼食には、そこここの看板で見る『麦とろご飯』がどうしても食べたい。
 カーナビで調べても、携帯見ても的確な情報は得られず、適当に寄るつもりで駐車場を出たら数メートル先に定食屋を見つけた。
 灯台下暗しである。。。

 最後は義母のふたつめのリクエスト、ラリック美術館。
 NHKの迷宮美術館で紹介されたのを見て来てみたくなったらしい。香水瓶を始め、ガラス工芸品や建築装飾品など『ほー』というものばかりだったのだが、さすがに4つも廻ると、くたびれてきて見方が雑になってゆくのがわかる。

 とりあえず制覇した、という感じであったが、最後に寄った土産屋さんで、なんだか、あえてここで売らなくても…みたいな品を多く見つけ、また、それに載せられて『いちごのお砂糖』なるものを購入してしまった。プレーンヨーグルトにかけると、苺味の甘みがついていいかも…なんて。

 結局、傘を使ったのは、最初ポーラに入館した時だけに止まり、年に1度程度の家族旅行は、無事に幕をおろしたのであった。

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年に1度程度の家族旅行(その2 …って落ちてるしっ)

 箱根ターンパイクという道があるのは知っているのだが、私の知人はすべて、あの道は『高い』と一喝し通ろうとしないので、私は、未だどう高いのか実感した事がない…と思う。ちなみに、自慢ではないが運転免許歴20年ちょいある私は、自分でハンドルを握ってここを越えた事はない。

 昨日、湯河原に宿泊する為に、大涌谷から峠を越えるのにも、有料道路は使わなかった。ぐねぐねとどこまでも続く九折の道は、カーナビを観てる方が臨場感ひとしおである。とびきり狭い道幅ではないし、対向車も時々だったけれど、私はなんだか側溝が気になるのであった。
 運転の腕は確かな主人である。普通に落ちるような事はあるまいが、事故なんてもんは、誰も起こそうと思ってて起こさないわけだし、相手あっての事も多い。優良ドライバーの印を何十年も保持している彼であっても決して今迄事故に遭わなかったわけでもないし、そのほとんどが相手のおかげであった。

 勿論、昨日も何事もなくドライブは終わり、さて今日は、雨の中仙石原の美術館巡りの予定。
 雨はともかくとして、霧が凄い。山道に入ると、無灯火の対向車には一瞬驚くような視界の悪さである。

 ぐねぐねの道が始まり、私は安全運転を促したかったのかもしれない。
 『昨日は、なんかこの側溝が気になってさぁ』なんて言い出したその時であった。
 『…って落ちてるしっ』
 主人ではない。前方進行方向側に、初心者マークをつけた赤い軽自動車が、みごとに前輪後輪すっぽり側溝にはまって雨に打たれていたのである。車は無人だったが、少なくとも昨日の3時頃、我々がここを通った時、反対車線にこの車はなかったから夕方、或いは朝になってから、はまってしまったのだろう。
 何しろ『あ~ぁ』としか言いようが無く通過した。

 なんで無理すんだか…。

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年に1度程度の家族旅行(その1 猿でました!)

 義母から、金は出すから、どこか温泉へでも連れてって欲しいという要請があったのは、3月の義母の誕生日間近であった。
 つまり、誕生祝に温泉に連れて行って欲しかったらしいのだが、その頃、私にはプランニングしている余裕がなく、やっと先週土曜と日曜で箱根へ行く事が出来た。

 大きな声では言えないが、私は、家族で旅行という行動がいちばんこたえる。実際今日もぐったり疲れ気味…。
 普通は、疲れが溜まったが故、通常の生活から抜け出し、リフレッシュして元気になろうというのが旅行の目的なのだろうが、家族と出かけると、どうにもそうはいかないのである。
 変わらない面子で場所を移動するだけなのだから、疲れなんか取れやしないよねぇ。。。

 だいたい、旅行に望む価値観というものが違う。
 主人と私は、場所なんか遠くなくていいから、値段もちょっと高めでも許すので、部屋についた露天風呂で酒飲みながら出たり入ったりしてみたい程度なのだが、義母は、出来れば行った事のないところへ行き、『お部屋食』と『大浴場』に拘る。はっきり言って部屋食なんてものは、人の出入りが気になるし、時間に拘束があるし、あまり良いもんじゃあないと思う。それよりも、あらかじめ並べてあるところへご飯食べに行って、帰ったらふかふかの布団が敷いてあるそれこそが、上げ膳据え膳というのではないか…などと私は思うが、自らプランニングが出来ないスポンサーの希少な望みであるとすれば、そちらを優先にすべきであろう。

 それでも今回は、場所を近場に妥協していただき、新しくなった大涌谷のケーブルカーに乗るのと、仙石原の美術館巡りをしようという事に落ち着き、せめて伊豆の方に泊まりたいという、これもスポンサーの要望であったから、手前のまた手前ではあるが湯河原の旅館の予約に至ったのだが、旅館に着いてどこにも出ずに戻るだけの伊豆の方でも行く意味があったのかなー…なんてこれも余計な詮索である。。。

 そして、数日前から、この土日は雨であるとの天気予報を聞いていて、テンションはやや下降気味で旅行の朝を迎えた。まあ、昼迄は降らないというし、出発時には陽も差しているので早めに出発したのが良かったのか、途中何度かワイパーを使う程降ったものの、旅館に着くまでの道中、傘を開く事はなかった。

 大涌谷のケーブルは確かに新しくなっていた。人数も多く乗れるようになったのだろう往復相乗りであった。
 行きは韓国語が飛び交い、帰りは、今風の、喉を開かずに発声する若いお姉ちゃん二人連れの、周りを憚らない会話が耳につき、それでも前に座る人にデジカメで二人の写真のお願いをした後、何度もお礼言うのを聞いて、かわいくないわけでもない…などと勝手に人柄訂正したりしていた。

 旅館について、缶ビール2本目にかかった頃であろうか。隣と仕切りのないベランダの向こうから、あきらかに動物の影がこっちに来るのが目に入った。
 『………!猿っ。猿、猿、猿が出た!』
 最初に現れたのは母猿であった。それを追うようにして子猿もやってきて、2種類づつあったウェルカム茶菓子を着く早々義母と二人で四人前たいらげてしまった娘は、オプションの梅昆布茶しか残っていないのに暫く後悔するのであった。
 よく考えれば、昨今、日本猿が人里まで餌を求めてきて、人家を荒らしたり、観光客を襲ったりというのはテレビで観てはいたものの、動物園以外で、しかも野生の猿がガラスの向こうで自分達に餌を求めるという光景に出くわした事はかつて無いので、ちょっと興奮してしまった私である。

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箱入りにつき

 クライアントさんが展示会に出店したのだが、3日あるうちの最終日だけ店番を頼まれた。いいんですか?私なんかに任せちゃって…。どうなっちゃっても知りませんよ…。が、最終日だけ必要とはいえ、何をどう説明するんだという流れを掴む為に、前日も数時間ブースに立つ事になった。
 そんな事はお安いご用なのだが、何しろ滅多に電車に乗って県を跨いで移動するなんて事をしない生活である。千葉には親戚がいるものの、車でしか行った事がない。
 予め乗換案内は見て行ったものの、やっぱり迷ってしまった。JRは複雑である。並行して何線も走っていると思えば、この線は止まっても、こっちの線じゃ止まらない…みたいな。

 私の謎は総武線である。そもそも総武線ってのは中央線の各駅停車版だと思ってた。走る場所は東京中心にあっち側という認識であった。
 以前、横浜から東戸塚に行きたいのに止まらないのが解らず東海道線で戸塚・保土ヶ谷間を2往復して気付いた事がある。1回目はボーっと乗り過ごしたのかと思い、2度目は止まらないのを確認しながら通過した。犯人は総武線である。私の東京郊外交通図にはJR線のカラクリは記されておらず、保土ヶ谷駅の上あたりに、東海道本線としか書かれていない…。

 今回は、横浜から本八幡に行きたいのだが、千葉行きに乗って同じ千葉行きに乗換るのがどうにも納得いかない。だって乗換案内には横須賀・総武線千葉行きから総武線千葉行きに乗換とある。なんで行き先が同じなのに乗換るのよ…。
 そう思った要因のひとつに、何年か前から京浜急行では違う行き先の電車を繋げて、同じ道中には同じ時刻に走らせるという技を見る為、頭の方は快速で後ろ側が各駅なのかな…などと勝手に連想していたという事も挙げられえる。
 乗換え予定の市川で降りて考えればいいのに、乗ってた電車の出発待ち時間まで乗換えるはずの時間と同じである為、つい乗ったまま船橋迄行ってしまい、どうにもこのままでは深みにはまっていくのが見えて、総武線に乗換え戻る私であった。

 良かった。。。最終日だけのぶっつけ本番にしていたら、間違いなく遅刻だよ。

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集金です

 土曜の午後は町内会費の集金日であった。1軒につき共同アンテナ代を入れて7,800円と赤十字220円を加えて8020円である。それが31軒分集まるわけで、約25万円となる。

 先日も触れたが、30軒もいりゃ、色々である。集金の為の名簿を作る前に持ってきて下さる方や、その日の朝きてくれる方。ありがたいっちゃありがたいのだが…。

 前日の金曜の夜7時半位に、裏の奥さんからメールが入った。彼女は子供が同じ年で、子供会の役員をやった折、連絡の為に携帯の番号とメアドを教えて戴いたのだが、
 『明日、集金の時留守かもしれないので、これからお伺いしてもいいですか?』
そのメールに気づいたのは10時近かった。もう来て欲しくもない状態である。
 『今メールに気づきました。会費は後日で結構です』
月末の定例会に耳を揃えて納めればいいわけで、随分余裕がある。
 『明日息子を駅まで送ったらお持ちしますね』
その時点で、朝って一体何時よ…とは思ったが、寝る前だったのでほっておいたのが間違いであった。

 我が家は主人の出勤が早い為、普段だと5時過ぎに起き、ご飯の支度や送り出して自分の身支度を含めても7時には全てが終わっている。
 しかし、土曜の朝である。髪を洗って、さあ朝の施工に取り掛かろうと鏡の前に座ったその時であった。
 『キンコーン』
 げ。。。7時半だよ今。
 一瞬黙ってやり過ごそうと思ったが甘かった。
 うちには、2階に部屋がある義母用にもうひとつ呼び鈴があった。宅急便などが来て、2階にいると下の部屋の呼び鈴が聞こえないので、こちらを押しても出ない場合にはもうひとつを押して下さいと、ご丁寧に注意書き迄してあったのだ。
 案の定、間を置いて2階のベルが高らかに鳴った。勿論私の他は全てまだ就寝中であったし、これ以上呼び鈴を鳴らされてもかなわないから、頭にタオルを巻いたまま、洗いたての顔で出る事となった。

 玄関開けて開口一番、
 『後日でいいって言ったじゃあないですか』
 『ご迷惑かけちゃ悪いと思って』
 『いや、今のがよっぽどご迷惑なんですけど』

 世間では、土曜の朝7時半は訪問時間に適切と認めるのだろうか。

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飾れない

 一昨日、娘の友達の親から電話があった。彼女は、某保険会社に勤めているのだが、明日、つまり昨日になる、『お昼のひと時にプリザーブドフラワーを作る会』という会社の企画に、社員一人につき、一人の客を連れて来いとの事で、頼むから来てくれというお願いであった。
 彼女の事務所まで、うちから車で20分から30分。作って1時間。お茶なんかいただかずに帰れば2時間のミッションである。ま、ちっと外の空気を吸ってくるのもいいか と行く約束をした。

 プリザーブドフラワーを作るといっても、別に花の作り方を習うわけではない。
 あらかじめ用意された、既にブリザーブド化した花や葉っぱやリボンや羽根を、これまた完成見本を前にして、講師のおっしゃる順番に組んでいくだけである。
 学生時代の調理実習の他、こういった『実習するお教室』に参加したのは、過去に一度きり。そう、あれも子ども会で役員をした時のおつきあいで、『クリスマスには自分でケーキを作ろう会』という、誰が言いだしっぺだか知らんが、思いのほか人が集まらずに困って、役員総出の強制召集がかかったものである。

 今回のように、ほとんど出来上がりの形にバリエーションをつけようがない物を組み立てても、人それぞれな形が出来上がるのには関心するが、ケーキの時なんか更に凄かったのを思い出す。
 先生がひとつひとつ適正な大きさや形を説明しながら、かき混ぜたり、切ったり、塗ったり、重ねたりするのだけれど、出来上がったおうち型のケーキは、同じ材料を使ったとは思えない程、ひと風吹いたら倒壊してしまいそうなものや、どっしりと安定したものなど、センスの違いが出た。
 ま、持って帰るのは自分のおうち1個だから、みんな大変良く出来ましたって、お子様に褒めて貰えたに違いない。

 手先は自分で言うのもなんだが、大変器用であるという自負が祟って、本の通りに同じ物を作るというのが苦手である。例えば編み物でも、使った事のない編み目を見たり出来上がりの参考には確かに本は必要なのだが、色柄は自分で考えたい。だから、先生の言う通り、隣の席の人と同じ物を作るという作業は、一体何が楽しいんだか…とストレスが溜まる一方なのである。

 それと、考えたら、我が家にはこういった物を飾る場所がない…。
 普通玄関なのかな。多分、何は無くとも玄関には下駄箱というものがあって、その上にピロっとレースなんか敷いて、トントントンと飾り物があるのだろう。
 ちなみに、今住む家は築5年の中古物件であった。確かに引っ越した当初は、そういう下駄箱があったのだが、越して一番最初にしたのが下駄箱撤去であった。お洒落過ぎて今ある靴が全て納まらないのが一目瞭然。どうぜ買うなら一番背の高いものを…セシールに注文していた。だから玄関は地面から天井手前まで下駄箱で、飾り物を置くところなんかどこにもない…。

 しょうがないからPCの前に置いてみた。スタートボタンが見えない。
 普段ないものがあると邪魔である。。。

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さぶ・・・

 今日は、久々の洗濯日和というか、ポカポカと暖かくなったが、昨日迄、家の中はシベリアだった。

 一旦、もはや夏!という状態になったから、早々に冬物を箪笥の奥にしまいこんでしまったのである。
 冬中愛用していた裏起毛の部屋パンツも洗って畳んで奥の方にしまったのに、悔しいけど、ここ数日またお世話になっていた。

 足や身体は、そうやって1枚羽織ったりできるからいい。問題は、手先である。冷たくて仕事にならん…。
 なんとなくコンセントから抜けずに放置してあった石油ファンヒーターに手が伸びた。一度つけてしまったら、よっぽど暖かくならない限りつけっぱなしなのよ?と自問自答してみたが、こんなこと我慢していて風邪ひくのもバカらしい。

 先月だったろうか、これで最後だと灯油を買いに行った時
 『2個じゃなくていいの?』と主人に念押しされたのだが、つまるところその時には、18リットル1個しか買わなかったのである。
 この冬はずっと18リットル1,650円であった。3個買ったら5,000円出しても50円しかおつりが来ない。。。と当然な計算に、乾いた笑いが出る状態である。
 初冬の頃はエアコンと併用するなど、少しでも家計に優しい使い方をしてみたものの、家計にとはいえ優しくするにはストレスが溜まって途中で断念した。
 まあ、平均20度設定から19度もしくは18度設定にするなどの工夫はしてたんだけどね。

 正直なところ、豪華な生活は望まないが、倹約だとか節約をするというのは、あまり好きではない。例えば1パックの卵を明日98円で売るのを知っていれば、今日200円で買おうとは思わない程度で、日々自転車こいで、野菜はこっちで肉はあっちみたいな労力はかけられない。
 家計簿をつけているというのも、赤字だ黒字だって自分を戒める為ではなく、使っちゃった分と残ってる分が合ってるかの確認だけである。
 使いすぎたと悩んだところで、必要だから、欲しいから買ったもんなんだし、と思う。

 先月、ガソリンが高いの安くなったのと、あっちこっちで色々取り上げていたけれど、今朝、レギュラーガソリン1リットル当たりの全国平均店頭価格は160.1円となり、1987年の統計開始以来、初めて160円の大台を突破した、とニュースできいた。

 だったらしょうがないよね、灯油も上がったって…。

 昨日の夕方、我が家の灯油が底を突いた。もうこの先そんな寒くはならないのは承知していても、今寒いのである。しかたがないので買いに行って目を疑った。
 18リットル1,800円…え~ん…。

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お小遣いっていくら?

 娘にプレゼントを貰うたびに、ちょっと心苦しくなる事。それはお小遣いである。

 私が親にお小遣いを戴くようになったのは、小学生の頃であった。いくらだったか忘れた。ただ、中学で3000円高校で5000円がきまりだったので、それより少なかったのだろう。
 お小遣いをくれるようになった時に親が言った。
 『何もやらずに貰い辛かろう』その頃から働かざるもの食うべからずな家であった。
 だから、雨戸閉めと風呂洗いと食器洗いと米とぎと鳥の世話が使命であった。なので、アルバイトを始めた時に使命を果たせなくなる為、親から小遣いを貰うのをやめた。

 私がお小遣いで賄ったもの。
 それは、学生の本分にかかるもの以外全てであった。だから参考書以外の本はどんなに高価なものでも自分で買ったし、どこかへ行く費用は全て自分もちであった。
 自分もちの歴史を述べれば、小学校を卒業する時に新品のスーツが欲しくて、親にねだったら、そんな来年以降着る保証がないものにお金をかける事はできないと言われ、半分出した。
 中学に入って間もなく作った眼鏡のフレームが気に食わず、度が進んで次に買う時には自分で買った。その後、コンタクトにしたくなった時にも、親に相談したのは保険証を借りる件だけだった。
 専門学校へあがったときに、10数万円の教材費を要求したら、そんな余裕はないと言われた。ちなみに就職して数年後、その専門学校にかかった費用は昼代と多少ながらの利息をつけて返済をした。
 極めつけは、我が家は全て姉が基準だった為、高卒で就職した彼女が家賃を払いだした年が19であったから、私も学生でありながら19の年から嫁に行く迄、月3万の家賃を出させられていた。確か年金も自分で払ってたと思うから月4万だったのを思い出した。
 学校に通いながらのアルバイトから4万はきついよね。おかげで、バイトのついでに学校へ行くような生活となった。家に戻って1時間寝て、次のバイトなんてのざらである。
 しかし、嫁に行く時は『あらそう』と言ったきり、別段嫁入り支度をしてくれるもんでもなく、姉と兄と同じように祝儀袋を出した親である。

 話はそれたが、我が家の娘は、生まれも育ちも違うのに江戸っ子である。下手したら、もっていれば親からの一時預かり金であっても手をつけるので、決して余分には持たせる事が出来ない。
 そんな娘が考えて悩んで、この時期に買ってくれるプレゼントは、月に一度親戚の家に行った折に必ず貰える千円から賄われている。
 とはいえ、今日お昼は友達とマックにしていい?だとか、習い事の帰りにジュース買うだとか、映画行くとか言う突発事項についてはこちらが出すので、きっと、きちんと計算したら、小遣いを月に2000円あげるよりは安上がりである。
 しかし、このままでは決してやりくりは身につかない。いつまでも、欲しいものが出来たら親にお願いしてみるというのも如何なものであろう。
 娘がくれるものに、心おきなく感謝できるよう、けじめをつけたい私であった。

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本日は親ばかで

 一日遅れの記事となってしまったが。昨日の母の日の事である。

 バレンタインデーにホワイトデーがあるように、母の日には父の日がある…というのは単なる暦の流れであるが。
 我が家では、バレンタインデーを『年に一度小エビで鯛を釣る日』と呼ぶ。案の定、主人は毎年翌月を待つように何かしてあげたくて、ソワソワとするから、小エビで鯛作戦は大成功というわけだ。
 これを記していて、だからなのだろうと思うのだが、娘の中で、母へのプレゼントと父へのプレゼントの扱いが大きな違いがあるらしい。

 毎年、娘は母の日に、なけなしの小遣いをはたいてピアスをくれる。勿論大した金額の物は買えない。だから数年前迄は、主人がいくらか足して、それなりの物を進呈してくれたりした。けれど、彼女は彼女なりに、自分の力でなんとかしたいと思うところがある模様。
 何故なら、何年か前だけれど、ほんとに数百円しか持ち合わせがない状態の時、青い蝶が刺繍されたガーゼのハンカチをくれた年がある。子供ながらに、この金額ではと思ったのであろうが、主人がなんとかなだめて、お前が今出来るものでいいんだと言ったのだろう。その後、肩たたき券やら、自作のしおりやら、色々作ってくれた貧困の年は数年続いた。

 私にとっては、どれも甲乙つけられない宝物である事は言うまでもない。言い換えれば、物であろうがなかろうがなんだっていいのである。充分な小遣いを与えていないという事もあり、大人同士であれば、お気持ちだけでというところである。

 対して、父の日のプレゼントは、娘の力作?が多い。燃えるような赤のスーパーカーの絵だったり、車のナンバーが記されたお守りだったりと、彼の趣味を讃えるような作品ばかりである。ちなみに、バレンタインデーはチョコだが、手作りに徹している。
 私からすれば、そっちのがいいじゃんって思うんだけどね。人間は無いものねだりな生き物である。彼に言わせれば、何でもいいうから物が欲しい。。。みたいである。

 そんな娘の今年の母の日のプレゼントは、猫のシルエットに薄い青のきらきらがついたピアスであった。びっくりさせたいからと、義母の部屋に隠し、当日のご飯の時間にお披露目された。普段夜ピアスなんぞつけたまま就寝しない私でも朝迄外さずにいた。
 『いいよねお母さんは』
 とは主人の台詞である。来月はまた、主人にとってはどうでもいいような物が贈られるのであろう。

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応用力はどこで?その2

 立地骨炎さんちのお子さんのお風呂の話で思い出した。
 風呂とはまったく関係ない話なんだけどね…。

 朝ご飯のデザートに、苺を1パック親子3人に配分したついでに、娘の弁当用に小さなタッパーに詰めた。
 彼女の弁当箱は2段重ねで専用の袋に納めて持っていくのだが、専用の袋なので、弁当箱とせいぜい御揃いの箸箱しか入らない設計である。
 案の定娘は言った。
 『お母さん、これどうやって持って行けばいいの?』
 意地悪く、自分の腹にでも納めていけば?と思ったが、そう言ったらホントに食べちゃいそうなので
 『ビニール袋に入れてけばいいでしょ』
 娘は暫く考えて
 『つぶれて、ぐちゅぐちゅになっちゃうよ』
 ならないってば…。
 どうやら苺を直にビニール袋に入れて持って行く事を想像した模様。
 『あんたって、どうしてそうオバカなのかしらね。
 タッパーごとビニール袋に入れて鞄につっこんできゃ漏れないし潰れないだろうが』

 ここまで言わないとイカンのか…と泣きそうな私であった。

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応用力はどこで?

 娘には、よく、『自分の言葉で伝えなよ』と言うが、先日、よそのお宅の大学1年生とサシで話をした時に思った。どうやら応用が利かないのは自分ちの娘だけじゃあないらしい…。

 よそのお宅の大学1年生とは、娘が幼稚園の頃から一緒の子の兄の事で、最初、そこんちの母からメールが来た。
 最近の大学というのは、教材にしっかりノートPCなんかが組み込まれていて、有無を言わさず手元に届いたのはいいが、自宅でどうやって使ったらいいのかという相談であった。
 生憎、そこんちのモデム(っつーんだっけ?光に繋ぐやつ)は有線1台のみの対応らしい。しかし、普段繋いでいるPCは既にリビングのインテリア化しているので、そこからケーブル外して、まあ、ノートではあるが繋いだら?という対応で落ち着いた。
 しかし、後日再びメールが来て
 『子供のアドレスは何になるの?』
 『……』
 電話に向かって、んなこた知ったこっちゃないと呟きながら
 『家にいます』と返信したら、『私はいません』と返って来た。もー…。
 『彼の問題なのだから彼が連絡してくれば宜しい』
 30分程過ぎて、ようやくご本人から電話があったものの、蚊の鳴くような声で、最初何が言いたいのだか、さっぱりわからない状態であった。『ええっ?』って聞き返されたくなければ、取って食いはしないので、もちっとハキハキ大きな声で言って欲しいもんだ…。

 まあ、最初にPC買った時、設置設定をしたのが私であるから何かあれば私に電話してくるのはいいのだが、いつの間にか、どっかからの勧誘で『お得になる』のを聞いて、プロバイダとプランを変更したなどと言う連絡は受けていない。勿論そんな連絡は必要ないっちゃないが、だったらそこに相談するのが順番であろうと思う。てか、直に本人にもそう伝えた。
 『電話線使っての話ならNTTが基本。そこのどこにかけていいかわからないなら116に聞くべし。適当に割り振ってくれるから』
 とまで言っても、『わかるかなー』と言う始末。毎回毎回ご本人達の前で、私がそうやって電話してるの見て聞いて学習というのはしないもんだろうか…。

 何日か前、学校の先生が忙しくて仕方が無いので、保護者を呼んで、先生の一日をビデオで撮影したのを観て検討して戴こうというのをテレビでやっていた。
 その先生は、給食を食べ食べテストの採点をなさっていて、自分の時間どころか、自分が勉強する暇すらないとボヤいておられた。それを観ての保護者の感想は、
 『ああいう先生ばっかじゃないと思うしねぇ。気の毒だとは思うけど、私たちだって忙しいし』というもの。

 私が子供の頃を振り返ると、親からは特に教わった事というのは何もない。と言ってはナンだが、別に口うるさく、ああしろこうしろという親ではなかったし、親に何かをきいても『学がないから』とかわされた。しかし、親がしている事をお手伝いする事で、ひとつひとつ出来る事は増えて行った気がする。

 学校でも、工作したり、家庭科で何か作ったり、グループで発表をする時、先生って実習の時は楽そうって思った。生徒に、考えさせて、揃えさせて、作らせた物を見て点数つけるだけじゃん。
 例えば、ブラウス1枚縫うにしても、次回までに布を用意してねと言われて、友達と買いに行った記憶がある。ボタンも糸も自分で選んで買った。どれだけあれば足りるの、こっちの店の方が安いのと、うろうろしてると別のグループに会ったりして、それも楽しかったように思う。

 今は何でもキットである。無駄なく組み込まれた物に親はお金を出し、子供は組み立てるだけ。キットがない物事には、先生が間違わないよう、無駄が出ないよう、道筋を立て、その上をまっすぐに歩かせてゆく。
 授業参観に行っても、子供は口の中でゴモゴモと話し、どの先生も聞こえないとは言わないし、メリハリのない動作をしていても注意しない。まるで注意して、また同じ事を言わせたりやり直させたりする時間が惜しいようである。

 でも、その結果、子供達には、自分で判断する事と、そうする事でどうなるのかと考える力がまったくないような気がする。自分でしたことについての責任を取れとまでは言わないが、物事にはいちいち理由ってのがあるってのはわかって欲しい。

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おまけの話

 雑誌に『おまけ』がついてくるのが流行っていると、今朝ズームイン!!SUPERで言ってた。

 そういえば、何たらマガジンを創刊号から買い揃えると、タイタニック号が出来上がるだとか、漫画描く道具が一式揃うだとか色々あるが、特に、女性向けの雑誌にブランド物のポーチやアクセサリーが付いてくるのが本日の話題であった。

 子供が小さい頃は、買ってやった雑誌やお菓子の『おまけ』をムキになって組み立てる自分がいて、子供にそういう物を買い与える時は、彼女が欲しがった時ではなく、自分に余裕がある必要がある。だから『…今度ね』というのは、ケチってるのではなく、忙しい時であった。

 『おまけ』というのは、『おまけ』単体では買えないところに意義がある。
 昔、子供ながらにおいしくないと思ったライダースナックが、カードだけ抜かれて、そこらに捨てられていたのを思い出すなー。
 娘の時は、5個揃って1個の合体ロボが出来上がるという、人の足元を見てるような箱物が多く、それこそ『おまけ』みたいな小粒のラムネが一袋こっそり入ってるだけでお菓子の棚に並んでいた。
 しかも小さい子が、しゃがんでじっくり探せるような場所。それを親の私が、あと1個揃わないと完成しないのが気持ち悪くて探してる図ってどうよ…。

 さて、雑誌の話であった。
 今や星の数程あろうかという刊行誌、どこかで『おまけ』を付ければ、『おまけ』付きでなければ売れないと、こぞって『おまけ』をつけるのは当然。読者にとっては嬉しい限り、かどうかはわからないが、付いてるんだから損してないのだけは充分伝わる。
 でも、たかが雑誌に、ポーチとはいえブランド物つけて採算とれるのかって心配になるが、その小さなサンプルによってレギュラーサイズを買い求めて貰おうという魂胆があるので、サンプル代を持つのはブランド屋さんの方だと言われれば、なるほどーと思う。

 それより今日の『へーー…』。

 それらの『おまけ』は、本屋さんに入荷当初、本体の本とは別個の梱包でやってくるらしい。我々が商品を目にするのは、『おまけ』と合体して平積みの状態であるから、どこかで誰かが合体作業しているわけである。
 『こんなのばっか増えて、実際困るんですよね…』
 と言いつつ、くるくるって雑誌から簡単に『おまけ』だけ持ってかれないように紐がけして見せる本屋の店員さんであった。それって本屋さんの仕事だったんだー、と関心。また、それを商売にしているように上手いんだよね。
 レジ打ちの合間に紐がけ作業してる事が多いらしい。しかも紐代、ゴム代は本屋さん持ちなんだって。本売る為とは言え、という感じである。

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GWの思い出 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ GWの思い出
「今年のGWはどんなことをしてすごしましたか?GWの思い出を教えて下さい。」
 今年もようやく終わります、ゴールデンウィークが…って毎年言ってる気がするなー。

 飛び石だかなんだか知らんが、子供は休みで主人は出勤、主人は休みで子供が学校ってスケジュールが連続する毎年のこの時期、変則的な食事の支度が続くだけで迷惑な、一体誰のどうゴールデンなウィークなんだかと、一刻も早い終了をひたすら待つ私であった。

 だいたい、いつもなら行こうと思えば歩いてでも行ける、遊園地やら動物園やらの付近の道だけでも渋滞しまくり、他の土地に行こうと通過するのも下手したら阻まれるような土地に住む為、ゴールデンウィークなんざ出て歩こうとすら思えないから、家で静かに過ごす事が多い。

 それでも主人は大々大好きな車を撫でたり擦ったりと、およそ2日はそれで時間を費やせるはずなのだが、今年の天気予想はまるっきり外れ、しかも、明日雨なんて聞いてしまったら最後、今晴れていても絶対動かないって人で、いちんち座ってテレビ観ていたりして、困った日々であった。

 そして既に彼の仕事は昨日から始まっている…。故に私の早起きも昨日からであった。明日からは娘もいなくなる。平日万歳。

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班長です

 私が住む住宅地は、宅地として山を切り開いてから40年程経っている。当然町内会というものが存在し、全体を10班に区切り、1班30戸から40戸前後でまとめている。
 さて、我が家がここに越してきて10年以上の時が流れているのだが、幸か不幸か、これまで班長という役を仰せつかっていない。
 というのも、順番に順番を重ねているような町内会なのだから、だいたい引っ越してったら最初の仕事になるのは覚悟していたところ、当時、娘がまだ1歳半と小さかった上、お姑さんがご同居している苦労人の奥さんという印象があった模様。
 しかし、何もやらないのも居辛いだろうと、『防犯灯』が切れたら電気屋さんに取り次ぐ専門委員を翌春から2年もさせられた。ま、毎月の定例会などの出席はなかったから楽っちゃ楽だったのだが、反面、2年間いつでも見ず知らずの町内の方から電話がかかってくるという面倒な役目、かつ、一個切れる度に受けた電話をそのまま電気屋さんに取り次ぐわけにもいかず、電話があったのを機に他が切れていないかの見廻りをしていたので、いつも暗い中を、町内の端から端まで歩かなければならない不気味な役目でもあった。
 そのおかげか、すっかり班長順番名簿から外れてしまったらしいのだが、一昨年、子供会のドンをやってしまい、なんだかすっかり顔が広まってしまって、こちらから『班長をやってない』のを白状した次第である。

 我が班は、32戸。32の家があるというだけで、色々である。

 例えば、あるお宅は、お向かいの一軒家が空いたので、そこも買ったらしく、ご子息のお名前で町内会費を払っている。
 『だから回覧はまわさないでいいから』
 そりゃそうだろう…。だったら、結婚して所帯持ってのお引越しじゃないんだし、町内会費もいらないんじゃね?とか思ったりして。
 でも、40年も住んでいると、世代交代をしたり、一度は出て行った息子夫婦なり、娘夫婦なりが戻ってきて同居してなんてお宅も多いから、1つの家の中で2戸分を払うというケースは結構あるみたいである。

 かと思えば、いつも回覧の連名を見ていて不思議だった同じ苗字が2戸並んでいるお宅は、実は1戸の家だった。いかに近所を見て歩かないか、つきあいがないかってのを居住10数年で改めて確認してしまった気がする。
 にしても、どう眺めても二世帯住宅には見えないのに、集金別々はともかくとして、回覧も別々、配布も別々ってどうなのだろう…わからん…。

 来週末は町内会費の集金である。また色々ありそうな予感。。。。

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