« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »

2010年7月

小銭

『両替え 小銭 手数料』などと入力して検索すると、『貯まった小銭を札に換える』方向ばかりで、札を小銭に換金した場合の各行の手数料というのは、あまり明確に出てこない。

7月選挙の次の土日は、町内会の夏祭りであった。
釣銭確保は、会計の役割である。
必要経費として、ちゃちゃっと手数料を払って換金すれば一度で事足りるのだが、そうは出来ない主婦の性。
こうすれば手数料が掛からないという方法がある限り、それを利用しないと気が済まない。
そうして外出ついでの銀行立ち寄りのはずが、いつの間にか銀行に行くついでの外出となっているのであった・・・。

だいたい、いつから両替に本格的にお金を取るようになったのであろう。
自分の口座から引出す時に簡単に手に入るのかと思っていたら、大きな間違いなのであった。
そもそも両替機などというモノを使った事がないから、使い方がよくわからない・・・。

この為に、3ヶ所ばかり銀行を梯子してみた。

まず、この町内会のメインバンク、先日も触れた赤い看板の大銀行である。
大銀行のはしくれなのだが、ATMが5台だか6台並ぶうち、右端は記帳のみ、左端は両替のみなので、年柄年中ATMの前には長蛇の列が出来、5分から10分待ちなんて当たり前であるが、両替機の前には滅多に人は立たない。
『すみません、両替するのにかかる手数料などを教えて戴きたいのですが』
と聞いてみたところ、ここの銀行は、1日に付き、窓口でなら50枚迄、両替機でなら1枚のカードに付き50枚迄の両替が無料だそう。
もしもカードが複数あれば、その数だけできる・・・という事は、ここに並んでいる人全員にお願いすれば、今日で任務は完了するかも。
なんてコトは、色々な意味で無理として、1窓口に付き50枚、つまり赤い銀行を梯子すれば、梯子した分だけ出来る。
などと書くと、相当暇人なのだと思われそうだが、たまたま同じ銀行同士が見える位置にあるから思う事である。

次に我が家のメインバンク。
青い看板であるが、巨大化した紺色ではなくスカイブルーの、分類としては地方銀行である。
窓口の隣に、どどーんとひとつ両替機が置いてあり、何をどう替えても手数料がかかる様子。
ただし、口座があれば、窓口での引き出しの際、30枚迄なら無料とある。
30枚・・・なんとも微妙な枚数だと思うが、とりあえずGET。

最後に行ってみたのが、娘が小中学校で学費などの引き落としでお世話になっていた信用金庫。
ATMは地方郵便局並みに少なく2台。
その横に、やはり両替機なるものが並んでいた。
こちらの信用金庫は、50枚を束にした形で両替して欲しい場合には手数料が発生するが、両替機でする場合には無料らしい。
5枚づつピッピッピッピッと増やす形で予約し、45枚で打ち止めとなり受け取る。
但し、また5枚づつやれば永久に両替出来るという仕組み。
『バラになってしまうのですが』
と、説明して下さった行員さんが申し訳なさそうに言うけれど、このご時世に無料ですからねぇ。
バラバラだけど、どうせバラバラにして使うもんだし。

1回目の45枚を終えた時、隣の喫茶店のエプロンをした人が両替したいらしく私の後ろに並んだので、一度譲った。
その人が暫く両替作業をし、帰り際、行員に向かって何か伝えたように思う。
再び両替機の前に立つと、
『あ、すみません。100円玉が切れたので補充します』
と止められた。
機械の後ろで、カンカンッ・・・ジャララララと、1本にまとめた100円を崩す音が鳴り響く。

無料を作り出す、あの労力にはお金はかからないのだろうか・・・などと思う私であった。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

むしろ健康

100622_2150_2これを見よ。

明日鎌倉に遊びに行こうかという夕方、足の重みが気になり、おもむろに眺めたらば・・・あれ?象さんがいる、もとい、足首が消えているっ。

もともと、そんなに美しい形の足の形だとは言えないし、座りダコだ何だと、そこここに年輪を感じる足ではあるが、これでは自慢の幅広甲高の影はなく、お相撲さんの肉襦袢を足にまで纏ったようである。
甲のあたりを押すと、まるで低反発のクッションの如く指が沈み、ゆっくりと戻る。
フカフカ・・・。

というわけで、翌日即血液検査をした結果、ま、ところどころ若干基準値より低かったり高かったりする程度の、むしろ健康な数値が並んでいた。
これは、まさしく、高脂血症宣告を受けた主人の為の食生活改善の効果であろう。

じゃあ何で?という覚えがまったくなかったわけではない。

それは、超浮腫みより遡る事数日前の町内会の草むしり。
この地に越してきて十数年、毎年確実に年を取っているのをすっかり忘れ、100段以上ある階段を、中腹からとはいえ20回以上、草の詰まった袋を両手に登り再び降りての繰り返しに、家に辿り着く頃には、腰がまっすぐにならない程の疲労であった。
翌日になって腿の張りを感じ、その翌日に二の腕に痛みを覚え、それらがすっかり治まった頃、足先に来た模様。

つまり三日がかりの筋肉痛。

思えば、昨年の暮れは、餅つきの手返し痛の為、大掃除が出来ないのはおろか、全治1ヶ月の重傷になったんだっけ。
喉元過ぎれば何とやら・・・。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

雨だから

Pa0_0062紫陽花の季節、真っ盛りになると、毎年どこかの情報番組で必ず話題になる鎌倉。

こうやって宣伝するせいか、こうだから宣伝されるのか、鎌倉というのは、1年中何曜日に行っても混んでいるわけだから、人がいるのを避けていては、いつまで待っても行けない。

まぁ、桜にしても紫陽花にしても、何も、そこに行かなければ拝めないような珍しいものではないのはわかっている。
行けば花の数以上に人の頭を眺める事になるのもわかっちゃいるけど、やっぱり時々、挑みたくなってしまうんだよね。

今回一緒に行った相手は、高校時代からの友人である。

6月は、彼女の誕生月なのであった。
結婚したり、子供が生まれたりすると、自身の祝い事を友達にしてもらう事から遠ざかり、気付けばお互いに、もう祝いたい程めでたくも歓迎もしない年になったけれど、会って遊ぶ為の口実には、生きている限り使える。

ところで、彼女とは、長い付き合いになるのだけれど、どこに行くにも傘がいらない。
どちらかが晴れ女であるというより、二人で出掛けた先で、傘をさしたという覚えがほとんどないという関係。
つまり、雨を期待して出かけても、いつも降らないから、そぼ降る雨の中の紫陽花なんて・・・到底考えたことがない。
Pa0_0049だから6月、紫陽花の時期の鎌倉あたりへ行くというのに、誕生姫の要望は、先回定休日で入り損ねた『香水瓶美術館』と『江ノ島展望台』へ行きたいというのものであった。

だが、今日は、少なくとも、私が家を出た時には傘が必要。
しかも、なにも今日行かなくてもいいんじゃない?って程、はっきり言って暴風雨。
なのに会ったら止むんだろうという、根拠のない自信と、今降ってるという現実の狭間で、私が迷っているのは、長い傘にすべきか、折りたたみを持つべきかという、ちっさなちっさな2択なのであった。
だって、絶対止むんだし。
確か去年だか一昨年なんて、お茶している時は降っていても、そろそろいこかって外に出ると止んだ。

そもそも折りたたみの傘というのは、最近軽くて小さい物が多いから、鞄に入れていても存在感がほとんどないけれど、使った物を手に持って歩く際には、かなり存在を主張する。
つまり、帰り道の雨には便利に使えるが、電車に乗ったり、どこかに置いたりしつつ、さしたり閉じたりしなければならない場合には、相当面倒臭いものである。

結局長い傘を持つことにしたのだが、ジーンズの膝から下は、ジットリと水を含む程の降りに、この選択に間違いはなかったと自分に言い聞かせるしかなかった。

実はこの日、私は彼女との待ち合わせ前に、急に血液検査を受ける事にしていた。

というのは、昨日の夕方位から、妙に足の甲に窮屈な痛みと重さを感じ、晩御飯の支度の合間にしけじけと眺めてみると・・・足首がない。
甲が痛いのは、普段ピッタリ目のスリッパが、ひどい浮腫みの為キツくなって圧迫していたかららしい。
甲全体が分厚い靴下でも履いたようになり、押すと低反発クッションのごとく凹む。
こんだけ浮腫んでりゃ重くもなるわな・・・。
Pa0_0050夜、仕事から帰ってきた主人がひと目見て、
『病院行きなよ』
一応
『そうだね』
と返事はしたが、かかりつけの医院は、午前中のみ営業で木曜日休み。
明日の水曜を逃すと、金曜まで行けない。
こんな状態で、明日帰ってきて
『どうなった?』
と聞かれた際に、
『鎌倉散策に行ってたから病院には行かなかった』
などと言ったら、
『何を考えてるんだ』
と言われる事は間違いない。

しかし、こんなものどうせ血液検査でもして結果を照らし合わせなければ、お医者だって何も言えないだろうからから、ちょっと待ち合わせ時間をずらしていただくのが一番平和な解決であろう。

その結果の話は次回として、やるべきことを済ませ、気持ちも晴れやかに遊びに行こうと医院の外に出たら、雨はすっかり止んで、必要なのは雨傘ではなく日傘になっていた・・・。
『やっぱね』

でも時々降っては止む雨に、こうなったら紫陽花観に行くしかないじゃんという思い。
『だけどフラフラ歩いていて平気なの?』
待ち合わせの時間をズラした訳を言ったものだから心配する彼女。
昨日はあんなに重かったし、今日も浮腫みは若干残っているけど、痛みはなく、しんどくもないから
『平気平気』
もしかして慢性的な運動不足からきてるのかもしれない。

ちょうど江の島に向かおうという時間は傘がまともに使えない程風がひどく、渡島を断念した代わりに、昼を済ませて長谷寺へ行ってみた。
『ただいまの待ち時間○○分』
と入口に掲げられた看板の前には人はいないものの、紫陽花を眺める為の道はそこそこ渋滞していた。
中腹から眼下に海が見えるのだが、今日はどんよりグレーな風景が広がっている。
『晴れてると綺麗なんだけどね』
あんなに雨の紫陽花が観たいっつってたのに、そりゃわがままというものである・・・。
Pa0_0055

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »