もったいない
先週の火曜水曜で、叔母とふたり、長野に一泊してきた。
叔父が、もう治らない病気になってからのある日、
『全部終わったら、一度旅行しようよ』
と約束していたからである。
どの列車の窓からも、紅や黄色が散りばめられた山々と、雲が重なっては通り過ぎる空から、惜し気もなく降り注ぐ陽の光が眩しい2日間であった。
叔父が病気になってからの3年間、叔母とは結構色々な話をしてきた。
それは、車で30分から40分で行ける距離に、ずっと昔から住んでいながら、10年以上音信不通にしてきた時間を、お互いに取り戻そうとするような話ばかりであった。
ただ、いつも話が盛り上がっては、帰らなければならない時間になり、不完全燃焼気味で、
『一度、時間を気にせず、ゆっくりと話したい』
というのが、叔母の要望であった。
なんだかんだと、叔母ももう70である。
先日の続きで話は始まらず、簡単に、この間の続きには進めないのである。
きっと、私は、あんまりあっさりこの世を去った父の代わりに、叔父の役に立ちたかったのだろう。
そして、理由をつけては、逢いに行っていた母の存在が容易に手が届かなくなってしまった穴埋めとして、叔母の声を聞き、役に立ちたいのだと思う。
さて、
旅行記は旅行記で、また後日にするとして、今回のお題は『もったいない』である。
目的地に着いての昼食に始まり、晩、朝、再び昼食を共にしたわけであるが、何せ、すっかり食が細くなった叔母と、人並み以下しか一度に摂取出来ない私の旅である。
どこに行って、何を出されても、残さずには終われない・・・という、もったいないお話。
最初の目的地は善光寺であった。
父の墓前に叔父の報告をしたいという目的で訪れた。
門を通ってすぐの宿坊で精進料理をいただいたのだが、予約をしていた為に、通された部屋には既に御膳が整えられていた。
並んでいるだけで充分なところに、蕎麦です、ご飯ですと加えられ、当然ギブとなる。
墓参りを済ませ、待って1時間、乗って1時間の電車に揺られ、渋温泉に辿り着いたのは夕方の4時。
風呂に入って、ビール飲んで、一息ついたらもう晩御飯である。
叔母は、オプションで馬刺しを注文した。
馬刺しは確かに美味かったが、勿論、他を食べきれるはずもない。
それにしても、旅館の料理というのは、もてなしたいのか苦しめたいのかわからない。
ファミレスのように写真で見せて、チョイスさせてくれたら、どんなに捨てずに済むだろう。
と、この辺で私は気付いた。
叔母の『食べられない』のと、私の『食べられない』のは、ちと類が違うらしい・・・。
その昔私は、特に大食漢ではないが、与えられた物、受け入れた物については、残さず有難く戴くのが主義だった。
特に、給食や団体の旅行での食事については、やはり自分で出している分でもあるし、作ってくれた人に申し訳ないという気持ちであったが、今は無理。
無理になるより以前、年柄年中ダイエットに励む姉をリアルタイムに見るようになってからは、欲望に勝てずに買って食べた後、金と時間を費やして再び減らすという行為に『無駄』以外の意味はないと学んだ。
姉という見本のおかげで、生涯において太ったという経験はないが、手術のおかげで、無理も無茶も出来ない身体になった。
確かに、叔母の食は、限りなく細い。
ただ、善光寺に着く前、新幹線に乗ったら、叔母の鞄から、崎陽軒のシウマイの箱が出てきたんだよね。
『あんた、朝ご飯食べた?』
『勿論、主人と共に6時頃』
『そうよね、でも、これひとつお食べ』
叔母は朝ご飯代わりに買ったというシウマイを、パクパクっと2つ食べ、もう要らないと言った。
崎陽軒のシウマイ弁当のシウマイは小ぶりだが、6ケ入でシウマイ坊やが陶器のシウマイは、一粒が思い切りでかい・・・。
私もお世辞に2つ程食べたが、もう要らない、てか、入らないし・・・。
すると叔母は、箱に蓋をして言った。
『無理して食べて、苦しい思いして医者にかかるなんて馬鹿よね。
だから、要らなくなったら捨てればいいの』
ま、そうなんだけども、食べきらないから買わないという選択はないのか?と、その時にはちょっと思っただけであった。
しかし、次の精進料理の時も、夜ご飯の時も、あれこれ包んだり、揚げたりしてあるものをツツいては、『これ嫌い』だとか、『こういうのダメ』だとか・・・。
叔母のは、食が細いというよりは、単に贅沢ってーやつなんじゃあ?
遡っての話を聞くうちに、物心ついた時から貧乏だった我が家の母の行動を、子供心に、時々浮世離れしていると思ったのは、あながち間違いではなかったのを確信した。
そもそも母達の実家は、目を覆うような貧乏ではなく、どっちかというとあるものはあった様子。
叔母にもオケラな時期はあったようだが、基本的にはバリバリ稼いで、ガンガン使って来たらしいのを聞くと、母にしたって、稼ぎはともあれ宵越しの銭が持てないのには変わらなかったのだろう。
『ふぅん・・・』
実は、今回の旅行代金は、全て叔母持ちであった。
私が出したのは、待ち合わせ場所迄と、解散場所から家迄の交通費のみ。
叔母からは、3年間使いに使いまわしたお礼だと言われてついてきたが、なんだかちょっと足が軽く歩けるようになった。
でも、食べないで残すのは、例え払うお金があったとしても、食べ過ぎて腹が痛むように、胸がチクチク痛むのである。
もったいないし、申し訳ない。
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