« 2010年11月 | トップページ | 2011年7月 »

2011年6月

それでいいのかセキュリティ

娘が卒業した小学校は、周辺の数ある小学校の内、家から一番近くにある・・・というのは、当然と言えば当然の事である。
通学していた頃は、授業参観や何たら発表会、運動会があると足を運ぶわけだが、たったか歩いて行けば、5分程で門を通る事が出来るだろう。
そういった学校行事で訪れた際には何の不思議もなく開いている門が、通常は登下校の時間帯しか開いていないと知ったのは、5年間逃げに逃げて、最後の年に1度だけなった学校委員の会合の時であった。

学校の門が施錠されるようになったきっかけは、大阪の小学校で侵入者による無差別な殺傷事件が起きたからだろう。

あっちこっちにある門全てが施錠されていて、用がある場合には門柱に設置されたインターフォンを鳴らして開けて戴き、帰りは自分で施錠解除のボタンを押して、制限時間内に門を出なければならない、というスリルある仕組みである。

その娘も早、高校2年生。何を今更古い話を引っ張り出して・・・と、そうではない。

この○○東小学校は、選挙がある時には投票所となるし、何かあった際の広域避難所でもあるのだが、歴史としては30年と少し。
新しい宅地が開けて、子供がうんと増えた頃に、元ある小学校名に東や西や南を付けて、順に分けていった内の1つだと思われる。
なので、それよりもっと昔からこの地に住んでいる人達が慣れ親しんだ小学校は、もう少し離れて別にある・・・というのを薄らとは知っていても、駅やスーパーとまるっきり反対方向なので、20年住んでいてほんの数年程前迄、見た事もなかった。

勿論、用も無いのに見に行ったわけではない。

学校委員もそうだが、町内会だとか、地域の何かをするというのは、年間何度となくあちこちで開催される『活動』における『頭数』になるという事なのだ。
搬入、搬出、設営、撤去と主催側の手伝いをしたり、椅子を埋める桜になったり、意見交換であったりを、お茶か水のペットボトル1本で動く。

そういう集まりに、よく○○小学校を提供していただくのであった。

その日は、地域の民生委員や保護司が中心のミニ集会が行われるという事で、お声が掛かり行く事にしていた。
開催地は、上記で説明した元ある古い○○小学校の図書室である。
当日の朝、起きた頃は、確かにそこにいくつもりでいた。

ところが何をどう思ったのか、出る1時間前、私の頭の中は○○東小学校行きにすり替わってしまっていたのだ。
○○小学校迄は、歩いて20分程度だが、余裕をもって30分前には出ないといけない。
しかし○○東小学校ならば、校舎内でも15分あれば充分、というわけで、家を出たのが15分前であった。
門柱のインターフォンに顔を寄せ、
『○○のミニ集会に参加する者です』
と言うと
『はい、どうぞ~』
と門は開いた。
図書室ってどこだっけ?もう時間がないから誰かに聞こう、と事務室のドアを開けて尋ねた。
『○○のミニ集会に参加する者ですが、図書室はどちらでしょう?』
指差しながら教えて下さったのでスムーズに図書室に着いた。
定刻3分前である。
が、図書室を覗くと、生徒が2人程本を読んでいる光景と静まり返った空気の音。

そこで徐に案内を確認して、
『・・・え?』
初めて開催地を間違えている事に気が付いた。
走ったところで遅刻は遅刻だというのは言うまでもない。

ヤバいよね~。
私もヤバいけど、学校も相当ヤバい。
その日有りもしない集会名を言って、何の疑いもなく鍵を開けてくれるって、どうなんだろう・・・。
あの鍵は意味を成しているのだろうか・・・と、心配しながら急ぎ足の私であった。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

どっぶりと・・・

休んで戻って参りました。
こう長い事休んでしまうと、何からどう綴っていいやら、ログインするのにちょっとドキドキしたりして、なんだか新鮮・・・。

いやー、最初は本気で忙しかったからブログどころじゃなかったのだが、最後に記してから半年以上経つ。ホントにそんなに『仕事』が忙しかったら懐もだいぶ温まっただろうに・・・。実際は金にならない仕事の方が多かった。

4月迄は、2年間務めた町内会の会計をまとめたり引き継いだりってのもあって、それはそれでバタバタしていたわけだが、実は、昨年12月の1日付で民生委員なんてものになってしまった。

実家の母に報告したら
『あんたもそんな年になったのね』
って、年はあんまり関係ないから。

ある知人は
『え、そんなに若くてなれるもんなの?』
って言われる程若くもないし・・・なれるかなれないかで言えば、20歳以上であればなれる。

クライアントさんに至っては
『へ~、随分信用されてるんだね』
・・・信用。。。う~ん、信用かぁ・・・。

早い話が、前任の方が2期を終えたところで退任したいと町内会長にお願いしたもんだから、後任探しに色々声をかけたけど、上手いこと引き受けてくれる方がいないところに、次年度は会計を終えて暇になるだろうと勝手に思われている私がいたってだけの話である。

お話があったのは、昨年、東京都足立区に住む1899年生まれの100歳をとうに過ぎた男性が、白骨化した状態で発見された事をきっかけに、全国で数々高齢者の所在不明が問題視された頃であったから、
『また随分と旬なお役目ですよね』
と、困り果てた町内会長を見兼ねて、あまり深く考えず引き受けたというのが正しい。

勿論、地域において結構重要な役割を担うわけで、安請け合いなどもってのほかであるのは承知している。
ただ、何か縁がなければ、そんな話は来ないだろうし、誰かが引き受けなければならないのだからという点で言えば、ここ数年町内会に関わっていたおかげで、すっかり感化されてしまっていたのだと思う。

仕事内容については、個人情報保護法とやらのおかげで、昔のように『よろず相談処』であるとうたいつつ、実際にああしてあげたり、こうしてあげたりという事は随分少なくなり、逆に個人にあまり深入りしないようにと注意される程で、さほど大変ではない・・・という説明であった。

仕事なんてもんは、流れを掴んでしまえばなんとかなるとからいい。
問題は、
『あのー・・・あたし、あんまり優しい人じゃないみたいなんですけど』
話を持ってきた町内会長に真顔で言ったら、一瞬黙って高笑いしだした。
『おれぁ良いと思うけどねぇ』
そりゃ波長の合う人がいなければ、私を嫁に貰おうなんて酔狂な人は現れなかったってわけだが、これまでの人生で出会ってきた人の内、決して少なくないパーセンテージで、確実に苦手だと思っている人がいるのは間違いない。
特に第一印象において宜しくないのか、後々になってから
『○○さんて、もっと怖い人かと思っていて』
などと、わざわざ教えて下さる方も多い。
娘の友達のメンタル面で弱いお嬢さんなど、娘が話して聞かせる家の様子だけで
『○○ちゃんちに遊びに行きたいけど、お母さんがいない日ある?』
とか聞くらしく、それをまたストレートに伝える娘には
『え?毎日ずっと家にいるから』
と意地悪く答えたりする・・・って、ココが問題だったりして。

さて、何の疑いもなく4月からだと思っていたら、え・・・12月1日からだったんですね?という状態で、ともあれ11月26日に前任の方から諸事引き継いだ翌日、
『私、ちゅうおうじそうの○○と申します』
という電話。
ちゅうおうじそう・・・中央自掃?中央事送?中央地送?土曜の朝っぱらから何のセールスだろうか。
『ちゅうおうじそうって何なんでしょう?』
『あ、中央児童相談所です』
委嘱辞令伝達式も済んでいない上、着任前の新人に略称を使われても困るんだけど。

個人がどうだったこうだったという事を、ここで軽々しく話してゆくわけにはいかないが、このような不思議に思う事が、ごく当たり前に湧いきては流れてゆく世界に足をつっこみ、新たなネタ拾いを楽しむ私であった。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2010年11月 | トップページ | 2011年7月 »