« 2011年7月 | トップページ | 2011年9月 »

2011年8月

壊れてるのはどっち

彼是2年前、
この成績では、入れる高校はありませんので、もしも見つかったら報告して下さい
と中学3年の担任に言われて、文字通り、彼女が自分で探してきた高校は、自閉症を抱えた子が多く集まる学校だった。

どうしても、そういう学校じゃないといけないの?

というのが、最初の印象だった。
私は、自分の娘の中で、何かが足りないと思いつつ、自閉症などとは全く縁がないと思い込んでいた。
けれど、中学時代の娘を他人に説明する際、どんなに先生から疎まれようが、具合が悪くない限りは学校へ行くのに、提出物を出さずにいられる、教室に存在するだけの不登校児のようだと表現していた。

そもそも自閉症が何たるかを、考えた事も知る機会もない状態で、縁がないと言い切るのもおかしな話である。

私の中で自閉症というのは、読んで字の如し『自分を閉ざす』?『自分の中に閉ざされる』?いずれにしろ、不登校が悪化したような状態で、ひきこもりや対人恐怖症、情緒障害もひっくるめて、何か嫌な事でもあって、人との関わりが持てなくなっていった、心の弱い人がなる『後天的な病気』であった。
だから当然、何らかのリハビリを続けたり、良い方法に巡り会えれば、『治るもの』だと信じていたので、それが『生まれつきである脳の障害』などとは思いもよらなかった。

ちなみに、これまで娘の事で、保健師や医師、何人かにカウンセリングを受けたわけだが、それぞれの口から、いくつかの病名は出てくるものの、それが一体どういう状態や症状であるかは、一切説明を受けていない。
まぁ俗に、風邪をひいて病院に行くが、医師は簡単に『風邪ひいちゃったんですね』とは言わないアレと同じであろうか。

ともあれ、学校を選ぶ時点では、私には何の知識もなく、自分の子と自閉症は関係ないけれども、というスタートラインであった上、信じ難い事に、入学しても、やっぱり検査をしようと思い立つ今年の3月迄、自閉症についての情報を一切取り入れようともしていない。

自分の子は、確かに苦手な事が多い。
その内容を記述し出すと止まらなくなるので、別の機会にするが、きちんと説明をして、ほんの少し後押しすれば、言う通りに動けるのを見てきて、やれば出来る、しようとしない、頑張らないのは、甘えでしかないと決めつけていた。

あの高校に入学させたのは、単純に、提出物に悩まない3年間を与えたかったからだ。
手に持たせて家から送り出しても、出すことが出来なかった物が、高校生になったからといって、出せるようになるとは思えない。
そんな状態で普通の高校に通っていたら進級すら難しいだろうし、進学なんぞ夢のまた夢。
だから多分、彼女が学生をしていられる最後となろう3年間を、楽しかったと思えるものにしてやりたい、それだけだった。

思惑通り、居心地が悪かった中学からようやく解放され、充実した1年がゆったりと流れてゆく中、まだ何も気づいていない私には、どこか周りの普通と比べ、焦りがあったのだろう。
彼女にとっては、昨日と変わらない不甲斐無さが、私には、実年齢と身体の成長に逆行した悪化にしか映らず、コトある毎に、自分がジワジワと壊れてゆく気配を感じずにはいられなかった。

それは、彼女が中学を卒業した春休みに受けた診察が大きく影響している。
多少、良い人って印象を受けますが・・・普通だと思いますよ
この言葉は、彼女が高校に通う1年間、常に私の気持ちを、逆撫でするのだった。

これでも普通?おかしくないの?
もしも、彼女がまともだというのなら、壊れかかっているのは私の方だとしか思えない。

このままでは、いつかとんでもない事をしてしまいそうで、再び区役所の家庭支援課に相談したところ、すぐに前とは別の保健師さんが会って下さり、丁寧に話をきいてくれた。

こうして、何度か子供の成長の様子を語る中で、ひとつ気になる事があった。
私は子供に本の読み聞かせをした経験が数える程しかない。
病院の待合室でも、電車の中でも、自分の友達が一緒でも、子供が求めれば臨場感タップリに読み聞かせる母子の姿を、傍から見た経験しかないのだ。
本は、読んであげなくても、ひとりでお話を仕立てて進めていたから、見ているこちらが面白かった。
『娘の言葉が遅かったのは、本を読んであげなかったせいでしょうね』
そんな話を保健師さんにしたら、保健師さんはきっぱりと
『お子さんが求めなかったんだと思いますよ。生まれつき、そういうお子さんなのです』
と言った。
そして、
『私が思う病気だとすれば、お嬢さんの症状を緩和させる薬があります』
と、2つ目の病院を紹介されたのだ。

その時に、初めてAD/HDという病名を耳にする。

『お母さん、辛かったですね』
大丈夫だとか、考え過ぎだとか、過保護だとか、お前のせい以外の言葉が、キシキシになっていた心に、すぅっと空気を通していくのを感じた。
同時にそれは、娘が生まれつきの病気であり、わからない物事をいくら教えても、わかるようにはなっていかないのだという、悲しい宣告を認める事であったが、そうだと言われれば合点がいく事例が沢山あり、それからは随分おおらかでいられるようになった。
・・・気がする。
・・・あくまでも今迄と比べて、ね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

道標が欲しい

子供が、
風邪をひいたら内科に行く。
骨折したら整形外科に行く。

では、
頭や心の状態を知りたい場合には、どこに行けば良いのだろう?

と思った時、単純に思いつくのは精神科。
けれど、鼻水や咳が出た時と同じように、或いは骨に異常がないか調べたい時のように、躊躇なく、子供の手を引いて連れて行ける親はいるのだろうか。

ましてや『精神科』ときいて、もうどんなところか想像出来るような年齢だとしたら?
それよりも、自分の子供は、病院に連れていくべき状態なのか。
果たして、私が子供について抱く疑問は、病院が解決してくれるのか?

自分では量りかね、色々と思いつく言葉で調べると、区役所に行き当たった。
子供が出来て母子手帳をいただきに行き、生まれてからは何度か検診に行ったっきりの区役所であったが、私の地域の場合、『こども家庭支援課』というところらしい。

1時間という枠で話をきいて下さったが、どうやら保健師は、私が子育てに行き詰って、どうしたら良いのか相談しにきたと判断したように思われる。
終了時間が来る前に、
『お子さんの良いところを探して、なるべくそこを褒めてあげて下さい。
次回その結果を教えて下さいますか?』
と帰された。

正直な話、私もここに至る迄には、良いと思われる、ありとあらゆる方法を試みてきたつもりである。
叱らない、褒めるべきところを探す、ハードルを低くする、ちょっとほおっておく・・・。
結論から言えば、叱ったところで効果はなかったが、褒めても図に乗るだけで改善は認められなかった。
細々と指示をしていれば、その通りに動いているが、もうわかっただろうと言わずにいれば、それはやらなくていいものと勘違いし、黙っている分、限りなく解放されていき、やがて収拾つかない状態になり、
『いい加減にしとけよコラ』
と、まとめて叱る事になる。

私が聞きたかったのは、親戚でも友達でもない他人の意見として、
『病院に行くべきだと思われますか?』
ということ。
病院に行ったところで、つける薬はないだろう。
この時点で、適切な言葉は見つからないが、白黒はっきりしたかったのだと思う。
例え通っていなくても、生存の事実さえあれば名簿に名を連ね、9年後には卒業の証を発行してくれる義務教育の最終学年が終わろうとしているのだ。

保健師は、ふたつの病院名を教えてくれた。
ここでわかったのは、子供の精神状態を診て戴くには、病院に行くといっても限られてくるということと、自分の娘は、既に子供という分類からはみ出しかけているということだった。
なので、すぐに電話をしたが、ひとつの病院には年齢が外れていると断られた。

小学生の頃から
『お手紙出さないんだよね、忘れ物も多いんだよね』
『うちの子もよ』
『自分のやりたい事はするんだけど、嫌いな事は全くしないんだよね』
『あら、うちの子もよ』
それが普通じゃないのかを問えば、いたって普通である。
とびきり変な癖があるわけでも、奇妙な行動をとるわけでもなく、明るく元気に、身体の調子を崩さない限りは、学校に行くのを嫌わず、友達もいる子供なのだ。
確かに成績を見れば、あまり良くなかったが、勉強しないのだから当然だろう。
私も主人も、決して勉強が好きな類ではなかったから、これで直接病院に結び付ける事は出来なかった。

思えば、小学校の頃は、生徒数も少ないし、先生がそれなりに目をかけてくれていたから目立たなかったのかもしれない。
だからこそ、ちょっとおかしいって言ってくれると助かったんだけど、学校の先生の目には、娘は普通と同じに見えたのだろうか?などと思うが、今となっては確認しようもない。

勿論、中学の先生が、何を言ってくれたわけではない。
むしろ、ここでやっと彼女の本当が見えてきたのである。
どの先生も、彼女個人に物を言う事はなく、クラス全体に伝え、クラス全体で受取る。
生徒も、先生が投げかける言葉を、必要か不要か振り分けて受取り、優先順位をつけて処理していく。
そこで、わかってもいないのにわかった顔をして座っていた彼女は、徐々に取り残されるだけでなく、先生からも見放された存在になっていったと思われる。

もっと早くそれに気付いてあげる事が出来たらと思うが、それもまた仕方がない言いわけである。

私が彼女を病院に連れて行けたのは、中学を卒業した春休みだった。
区役所の保健師によるカウンセリングを受けたのが10月の下旬、それからすぐに病院の予約の電話を入れたのだが、大変混んでいるということで、翌年3月になった。

紹介されたのは、家からほど近い大学病院の『児童精神科』というところである。
A4両面の問診票を埋め、医師と娘と私、医師と娘、医師と私と交互に面談をした結果、
『多少、良い人って印象を受けますが・・・普通だと思いますよ』
本来ならば、喜ぶべき診断結果であろう。

見るからに、或いは話してすぐに、他とは違う何かを感じるようであれば、もっと早くに対処していたわけで、毎日接してきた親が、いよいよもっておかしいと思って連れてきた子供について、いくら専門医といえど、都合1時間話して判断がつくのか?

『特に、今どうこうする状態ではないと思いますが、検査でもすれば何か現れるのかもしれません。
もし検査を受けるのであれば、引きついでおきますので、改めて予約をとりに来て下さい』
実は、担当した医師は、その月を限りに、別の病院に転属になる方だった。
改めて予約を取りに来て、また違う先生に診て貰わないといけないのなら、ここでなくても良いような気がして、帰る事にした。

彼女は今、高校2年生。
療育手帳申請手続きをしてから、もうじき1ヶ月になる。
児童相談所からの連絡はまだ来ないが、呼ばれればまた、1から話をしなければならないだろう。

あんまり、あっちこっちと連れまわしたくないところではあったが、結局彼女は、この大学病院を含め3ヶ所の病院を経て、やっと児童相談所での検査に至る事になる。

療育手帳の申請が区役所からであるのは、申請する段階で初めてわかった。
児童相談所には、病院の検査結果は持ち込めないとの事も、つい最近知った。
区役所に相談に行ってるのだから、最初から児童相談所の話をしてくれても良かったのではないのか。

どういう基準で、何をクリアすれば、という項目を知るのは難しいかもしれない。
けれど、どうしたら遠回りせずに、自分が行きたいところに辿り着けるのか、もう少しわかりやすい道標はあってもいいように思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

でも夏ったら花火なのよ

『住んでいるところから花火がよく見える』という話を聞くが、あまり羨ましいと思った事はない。
そりゃ、港や浜辺の際の建物なら若干羨ましくもあるが、今日だけ泊まるホテルや旅館ならともかく、1夜の花火の為に、後の360数日を、潮騒と共に暮らすリスクは大きい。
かといって、洗濯物がベタベタにならない程度に海から離れた花火なんか、テレビで観るのと変わらない。

大輪の花が夜空に咲いたらすぐに、腹に響く音を受け止めないと、どうにも観た気がしないのだ。

物心ついた時から、仮装行列と、花火大会と、酉の市の見物に行くのが、楽しみより前に、当たり前の家で育った。
姉と私が父より友達との付き合いを優先にするようになった頃、母も一緒に行くのをやめたが、父はひとりになっても通い続けたので、あの人は、私達姉妹を喜ばせる為ではなく、自分が行きたいから通っていただけなのだと悟った。

行列や人混みが嫌いだという主人に、あえて行こうというのは憚られ、暫くは黙っていた・・・というか、私は自分の心を量っていたのかもしれない。
結果、仮装行列と酉の市はわざわざ行かなくても良いが、花火の音には、どうにも心が躍りだすのがよくわかった。

以来、地元の花火大会に、ほぼ毎年通う事になる。

地元の花火大会は、規模は決して大きくないが、だいたいの人が、前にいる人の頭に遮られる事なく、仕掛けまで平等に眺める事が出来る。
最大の魅力は、行きは近く迄バスに運んで貰うが、帰りは1時間も歩けば、家に辿り着く距離にある。

今年、その花火が中止になったのを知ったのは、本格的に夏が始まる前だった。

夏休みだからといって、特別に予定がないのはいつもの事で、だからホントは花火を観に行くのは、我が家の大切な夏行事となっていた。
が、娘はチャッカリ先手を打っていて、今月初めの週末、別の場所の花火大会に友達と出かけてきていて、軽く満足しているのであった。
片や主人、夏休みだというのに家族で何のイベントもないのが不完全燃焼気味であったようで、15年以上ぶりに大きな花火大会に行く提案をしてきた。

さて、当日。
実は、主人の調子があまり良くなかった。
前日の夜から発熱していて、当日は昼過ぎ迄起きてこなかった。
ドライな娘は、
『お父さん行けないなら、二人でいこっか』
と言う。
『そだね』
と、言いつつ、絶対気持ち良く
『二人で行ってきなよ』
とは言わない主人である。
なんとか起きて、現地迄歩く間、やっぱり本調子ではない様子。
口数少なく、勿論笑顔などなく、黙々と歩く主人を他所に、娘は屋台に釘付けである。

彼女には、前回友達と行った花火大会では小遣いに限界があり、欲しい物が思ったように口に入らなかった為、今回出かけたら、思う存分食べるという野望があった。
しかし、道々屋台は見かけたものの、大幅に寄り道しないと買えない位置にあり、目的地にはまだ遠かった為、寄ってあげる事が叶わなかった。

・・・てか、ちょっと待ってよって言えない状況だったと言うのが正しい。

主人は、必死に座る場所を探し、座ったらもう時間迄ほとんど動かないような状態である。
とはいえ、開始にはまだ1時間もある。
『散策して何か買ってくれば?』
と振ってみるが、無事に戻ってこれるかどうか不安・・・。
ちなみに私が一緒に行ったとしても、不安の量が減るわけではないのでやめた。
娘はまだ、帰り道に期待しているようなので、
『ちょっと今日は、無理だと思うよ』
その辺りの理解は天下一品の娘は、諦めて黙って始まるのを待っている。

いよいよ始まっても相変わらずダンマリの主人と、買い物三昧を諦め、割り切って楽しむ娘の間に座って、なんかこう面倒臭い気持ちで一杯の中、それでも花火は綺麗だと眺める私であった。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

使ってました『茶のしずく』その後

新しく見つけた皮膚科で
『茶のしずく使っていませんでしたか?』
と血液検査をしてから1週間経ち、結果と様子を診ていただきに行った。

結論から言えば、娘は小麦アレルギーにはなっていなかった。
まずは、ひと安心である。

目の周りの赤みは、薬を飲み始めて間もなく綺麗に消えたのだが、再診に来る1日2日前、白目の一部が盛り上がるように腫れていた。
この症状では、少し前に眼科で診ていただき、やっぱりアレルギーだと目薬を処方されていたので、残っていた目薬をさしたところ、すぐに治まって、これも一応報告した。

皮膚科の先生が、血液検査の結果を丁寧に説明して下さった。
心配した小麦アレルギー反応は出ていなかったが、非特異的IgEなる数値が404IU/mlと平均よりかなり高かったのをみて、
『目は何か、アレルゲンが入っちゃったんでしょうね。
そういうものに反応しやすいというか、受け入れやすい体質なんです。』
と教えて下さった。

物心ついた頃から、鼻炎の薬は離せない状態で、耳はジクジクしがち、目は時々痒いし、皮膚はカサつき気味だし、そういえば蕁麻疹?みたいな症状も2回はあった。

なるほど。
非特異的IgE値が高い故に、アレルギー症状が出やすい。
解決出来たわけではないが、いっつもあっちこっち何で?という点では、納得した気がする。

そもそもアレルギーってのは、ひもじい思いをしている国には出ないそう。
甘い物ばっかり食べてるのも原因のひとつに挙げられ、贅沢病だとか過保護病とも称されるようだが、過剰に食物を摂取する事によって、体内でのバランスを崩して、不具合が生じるのはアレルギーに限らないだろう。

薬塗ったり飲んだりしてるだけじゃ完治しないってのは、わかっていたし、体質改善ってのもそう簡単ではないだろうが、生活改善位は必要なのだ。

まだまだ花より団子な娘は、しっかり食べた結果が出る体質でもあるから、そろそろ少しセーブするのを覚える良い機会かもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

頑張れ!

8月分の電気使用量のお知らせが届いた。

・・・っていつも10日頃検針に来るから、半分以上が7月中の使用分なんだけど、先月は楽しみにしていた数字が、結局前年度比3%アップという苦々しい結果に終わっている。

生活の改善点として、毎日オーブントースターで40分近くかけて作っていた焼きりんごを、電子レンジ1000Wで2分半にしただけだが、前年度より16%ダウンに成功した!

とはいえ、数日前から、あっちこっちで熱中症に倒れる人々の話題で盛り上がる程あっつい日が続いているものの、それまでは、妙に涼しい日があったり、夜エアコンに頼らず寝れる日も何日かあったので、焼きりんご作成方法を変更しただけの成果だけではあるまい。

それにしても、去年の我が家の電力使用量の変化は凄まじい。
7月分が485kwh、8月分が552kwh、そして9月分が、なんと690kwh。
690kwhと言えば、金額にして16,000円を超える。
1年間平均して、12,000円程度。
稀に1万円を切る位から、使ったなーという月で13,000円という間を行ったり来たりの使用状況の中、16,000円超えは、さすがにヤラレタという思いであった。

昨年の場合、間違いなく義母が日中ずっと冷房を使用したまま、ほとんど外出しなかったのが原因である。
ほぼ1日中眺めて暮らしているテレビの中での節電呼び掛け効果は、我が家に絶大の効果をもたらせている模様。
節電モードの世間に遠慮してか、朝から窓という窓すべてを開け放つところから始まる嫁に遠慮してか、未だ、昼間エアコンのスイッチに手が伸びない。

今年は、7月分が495kwh、8月分が459kwh、9月分は690kwhの15%をカットしたとしても586kwh迄使っていいってわけだが・・・頑張れ!お義母さん!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大丈夫

いい響きの言葉である。
この言葉に、今迄、どれ程助けられてきただろう。
心を落ち着かせる時、一歩踏み出す勇気が欲しい時、自らに使ってきたし、人にも与えてきた。
勿論、人からも与えられてきた。

けれど時として、これ程適当で、いい加減な言葉は無いのを感じる。

例えば娘について。

幼少の頃から遊んだ仲であったり、同級生であるから、或いは近所に住んでいる子の親というだけで、いちいち他人の家の事情について、真剣に考える人はいまい。
さすがに、人の子の事に
『大丈夫』
と、簡単に断言する人はいない代わりに、
『そんな事ないでしょ?』
と、冗談の類と同じにされ、話は曖昧の内に終わるのが常であるが、関係が薄い人程、適当であるのは仕方がない。

しかし、ごく近しい親戚であっても、まずは考え過ぎを窘めたいのか、こちらの話を細かく噛み砕いて飲み込もうともせず、
『大丈夫よ』
と吐き出されたりすると、こちらの心は折れそうになるのに、
『その内ちゃんとするわよ』
などと、追い打ちをかけられたりすると、つい聞いてみたくなる。
『それって、いつ?』

何を根拠に大丈夫というのか。
多分根拠などない。
苦し紛れに
『あなたの子供なんだから、信じてあげなさい』
それは、励ましのつもりだろうか。
それとも、そんな事でも言えば、安心するとでも思っているのか。

親に至っては、
『お前の責任だ』
などと言い放っておしまいである。
ま、どこに責任があるのかを決めるとすれば、私の責任であることは間違いないので否定しないが、責任を取ったところで、解決にはならない。
言わせていただければ、責任は果たしている最中であって、今後も投げ出すつもりはない。
ただし、それは私が生きている限りにしか出来ない事であって、問題はその後なのである。

数日前、娘の『療育手帳』の申請をしてきた。

ここに至る迄の道のりを思うと、あっけないくらい簡単であった。
でもまだ申請しただけなのである。
色々と調べたところ、順当に受け取れる可能性は、極めて少ないという印象。

これからが長い戦いなのだ。
根拠はないが・・・大丈夫。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

使ってました『茶のしずく』

うちの娘は、アトピーっぽい。
この『っぽい』というのは、しっかり検査を受けた事がないからである。
色々な科で診療を受けると、だいたいの先生は『この子はアトピーですね』と言うのだが、皮膚科の先生だけは、そう言いたがらない。
一度、皮膚科の先生に
『アトピーなんでしょうか』
と聞いてみた事があるのだが、先生は
『アトピー反応が出たからと言って、アトピーなわけではない。また、アトピー反応が出なくても、アトピーでないとは言えない』
・・・と、ますますわからなくなる答えを下さった。

『っぽい』という理由は、もうひとつ。
皮膚に関して言えば、それほど酷くないのである。
あちこちカサカサする時がある程度で、痒くて眠れないようなものではない。
しかしながら、鼻炎はあるし、耳は爛れているし、アレルギーとしては充分症状が出ている。
風邪気味になれば、まず鼻からひどくなり、ほぼ慢性的に頭重に苦しみ、副鼻腔炎だとも言われた。

薬をいただけば、ひどい症状からは救われる。
けれど完治はしない。
耳鼻科にしても皮膚科にしても、特効薬がないのは理解できるのだが、何年にも渡って同じ症状で通っていても、他の方法の提案はない。

どこかに良いお医者はいないのだろうか、といつも思う。

口角炎がひどくなり、いつもの皮膚科に行ったのだが、あまり改善されないばかりか、徐々に広がる感じがしたので、思い切って他の皮膚科にかかることにしたら、飲み薬と塗り薬の併用で、あっという間に口の周りは綺麗に治った。

ただ気になったのは、テンポが良く、大勢の患者さんがいても、あっという間に順番が廻ってくるのは良いが、あんまり話は聞かないタイプのようで、2度目に行った際、ちょっと顔のあちこちにカサカサが出ているのを訴えても、ほとんどこちらを見ずに、同じ薬を塗っておけば良いと言われたのが、ひっかかった。

ところで、娘も一応高校生である。
いつまでも女子力が芽生えないように見えて、顔はやっぱり気になるらしい。
いつの日からか、風呂場に『茶のしずく』が置かれて、ふぅんと思ったのだが、ある日の顔を見ると、なんだか泣きはらしたように瞼の周りが赤く、若干腫れている。

きけば、私のクレンジングオイルでニキビを攻め、茶のしずくで洗う癖に、なぜか更に洗顔フォームでも洗っていたらしい。
その上、化粧水も何もつけずにいたのは明白だったので、洗顔は1種類にするように助言し、出来れば化粧水位はつけるよう勧めた。

そして、彼女が選んだのが『茶のしずく』なのであった。

洗い過ぎなくなったからか、化粧水効果もあったのか、一時は赤みもひいたように見えたが、酷い日は、結構酷い。

一度、皮膚科に行くべきだよね。
そう思うが、どうにも先日のところには行きたくないし・・・というわけで、また新たに開拓する事にした。

今度の先生は、初診だということで、色々質問され、今迄の経緯も伝える事が出来た。
と、そこで先生が発したのは
『茶のしずく使っていませんか?』
『あ、使ってました』
と答えると、そう言えば使い初めてからこんな感じになってきたような気がしてきた。
『いつ頃から?どれ位?』
『2個目が終わったところです』
『血液検査しましょう』
ぇぇえ?

茶のしずくは、一時期自主回収していて、その原因としては、泡立て成分に小麦アレルギーを引き起こす成分が含まれているとのこと。
『小麦アレルギーになっていなければいいけど・・・』
買ったのは、多分今年に入ってからだと思うが、それも定かではなく、検査結果はまだ出ていないので因果関係もはっきりしないが、小麦アレルギーはともかく、石鹸が合わなかったのかもしれないのは拭えない。

それにしても、石鹸で小麦アレルギーとは恐るべし・・・・・。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2011年7月 | トップページ | 2011年9月 »