カテゴリー「手帳」の4件の記事

優しさだけでは渡れない

病院に行くと、医師は患者に向かって
『今日はどうなさいましたか?』
と聞くが、精神科などというところでは、
『どんなことにお困りなのでしょう』
と聞いてくる。
聞かれた娘は、答えない・・・というより、答えようがない。

幸か不幸か、彼女は、精神科に行くと言っても抵抗しない。
勿論、精神科というのがどういうところなのか、知らないわけではない。
でも、自分が困って来ているわけでもない。
困っているのは両親とか学校の先生とかで、困らせているのが自分だから、行こうと言われて、ついて来たのだ。
どんな事が原因で両親が困っているのかも、おおむねわかっている。
例えば、簡単に大切な物が無くなってしまうこと。
多分、なくそうと思っているわけではない。
強いて言うなら、『自分にとって』それが、なくしてはいけない大事な物『ではない』だけだ。
だから、もし目の前に、その大事な物が落ちていたとしても『ホントに気付かない』のである。

2つ目の病院の医師は、1つ目の病院での経緯を伝えた上での診療だったので、すぐにほっぽり出さず、話を聞いた後に、知能検査(WAIS-Ⅲ)の日程を組んで下さった。

結果は、視覚的な情報を取り込みんだり、まとめたり、或いは事務的に処理したりという能力は、平均或いは平均より上の数字を示すが、言語的な情報を取り入れたり、伝えたりという能力が境界線、或いは平均以下の数字を示す、強烈なN字となっていた。

言語の部分については、今後改善は難しい。
おそらく一生の付き合いになるだろう。
『あなたは周りの人に、その事をよく理解して貰わないと、上手くやっていけないですから頑張って』
・・・って、そこんとこが『上手く』説明できないのに、どうやって理解して貰えばいいというのだろうか。

正直言えば、検査の結果は、今迄私達が感じて来た事を、綺麗に文章化しただけの内容であり、だからどうしたら良いかが課題だったわけだが、それを相談されても困るというような返答をいただいた。

やはり、彼女につける薬はないらしい。
ここでも『心の優しいお嬢さんですから』と締めくくられて終了した。

おかげさまで、心が優しい良い子だというのは、生まれて今日迄、充分実感している。
だが、優しさだけでは世間は渡っていけまい。

彼女も高校2年生。
将来何になるかなどとシビアな答え迄は求められないが、進学か就職かは大きな分かれ道である。
今なお提出物や忘れ物が、先生の助言があってもままならない状態で、進学はどうにか出来てたとしても、進級は難しいだろう。
また、進学であるならば学校としては、本人が望むところに進ませれば良いが、就職となるとそうはいくまい。
ましてやこのご時世。
学校側からも、就職したい際は、なるべく早く申し出てくれるよう言われている。

これが、彼女に検査を受けさせた最大の理由である。

1年生の最後の個人面談の際、検査をすると報告したところ、先生の口から
『手帳就労というのをご存知ですか?』
という言葉が出た。

手帳とは、障害者手帳の事である。
日本においては、身体障害者手帳は周知されているが、精神障害手帳、療育手帳の歴史は浅いし、私自身初めて耳にした。

担任の先生は、娘を『わかりにくいタイプ』と表現していた。
何がわかりにくいのか、最初言われている側にもよくわからなかったが、先生は、娘が何らかの障害を抱えているのを心に留めていたらしい。
知能的にも、精神的にも、見てすぐにわかる症状ではないが、よくよく接すれば、様々な特性が当てはまるから。

自閉症を持つ人には、イマジネーションがないという。
例えば、電車に乗って知らない駅に行くには、電車の乗り方を知って、かつて誰かと行ったという経験が、行った事がないところに延長線を引き『行ける』という自信を生む、或いは興味や好奇心を持ち、行く事が出来る。
ところが、自閉症を持つ人の場合、極端な例で言えば、誰かと行った事がある駅であれば安心してひとりでも行けるが、その先は未経験なので、不安の方が勝ってしまい行くことが出来ない、というような事。

そう言えば、娘がひとりで電車に乗って、あるところから帰ってきた時に、suicaの残高が足りなくなった事がある。
お金は持っていたが、千円に満たない小銭しかなく、チャージという手段が取れないのでパニックになった。
もし精算機が使えなくても、お金が足りないわけじゃないのだから、何の悪い事もしていない。
堂々と駅員に事情を話して、その場で支払って出てくれば良いと説明しても、電話の遠隔指導ではパニック状態から引き戻す事が出来なかった。

その時は、何事も経験だと片付けたが、経験で言えば、パニックになった経験だけが頭に残る可能性の方が高いらしい。
つまり、何かで怒られても、怒られた部分だけが残り、何故怒られたのか、どうしたら次は回避できるのかという考えには至らないそう。

普通に就労した場合、どんな職種であってもスキルアップは当然の要求になる。
わかったような顔つきで返事して、出来なかった事について気の利いた言い訳もせずにいたら、私が雇い主であればいつか辞めて戴きたいと思うだろう。

先生の意見では、明らかに障害を持っているとわかる人よりも、境界線上で障害の無い方に混ざってしまった人の方が、将来的に困る可能性が高く心配なのだと言う。
『もしも、ご両親が進んで検査をという考えであれば、障害者手帳を取得して、企業の枠を利用しての就職をしたら如何でしょう』
手帳就労枠であるならば、職業体験をしてからの決定になるので、本人が出来ると思える仕事に就けるから、やめてしまう可能性が低いという。
何よりも、特性を理解して貰った上での就労になるので、彼女が自分で自分の状態の説明をせずとも済むとのこと。

まだ手帳が取れたわけでも、就職が決まったわけでもないが、ちょっと光が見えてきた気がする。
ただ、その光は、調べれば調べる程、知れば知る程、掴みどころがないものだとは、まだ気づかない私であった。

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壊れてるのはどっち

彼是2年前、
この成績では、入れる高校はありませんので、もしも見つかったら報告して下さい
と中学3年の担任に言われて、文字通り、彼女が自分で探してきた高校は、自閉症を抱えた子が多く集まる学校だった。

どうしても、そういう学校じゃないといけないの?

というのが、最初の印象だった。
私は、自分の娘の中で、何かが足りないと思いつつ、自閉症などとは全く縁がないと思い込んでいた。
けれど、中学時代の娘を他人に説明する際、どんなに先生から疎まれようが、具合が悪くない限りは学校へ行くのに、提出物を出さずにいられる、教室に存在するだけの不登校児のようだと表現していた。

そもそも自閉症が何たるかを、考えた事も知る機会もない状態で、縁がないと言い切るのもおかしな話である。

私の中で自閉症というのは、読んで字の如し『自分を閉ざす』?『自分の中に閉ざされる』?いずれにしろ、不登校が悪化したような状態で、ひきこもりや対人恐怖症、情緒障害もひっくるめて、何か嫌な事でもあって、人との関わりが持てなくなっていった、心の弱い人がなる『後天的な病気』であった。
だから当然、何らかのリハビリを続けたり、良い方法に巡り会えれば、『治るもの』だと信じていたので、それが『生まれつきである脳の障害』などとは思いもよらなかった。

ちなみに、これまで娘の事で、保健師や医師、何人かにカウンセリングを受けたわけだが、それぞれの口から、いくつかの病名は出てくるものの、それが一体どういう状態や症状であるかは、一切説明を受けていない。
まぁ俗に、風邪をひいて病院に行くが、医師は簡単に『風邪ひいちゃったんですね』とは言わないアレと同じであろうか。

ともあれ、学校を選ぶ時点では、私には何の知識もなく、自分の子と自閉症は関係ないけれども、というスタートラインであった上、信じ難い事に、入学しても、やっぱり検査をしようと思い立つ今年の3月迄、自閉症についての情報を一切取り入れようともしていない。

自分の子は、確かに苦手な事が多い。
その内容を記述し出すと止まらなくなるので、別の機会にするが、きちんと説明をして、ほんの少し後押しすれば、言う通りに動けるのを見てきて、やれば出来る、しようとしない、頑張らないのは、甘えでしかないと決めつけていた。

あの高校に入学させたのは、単純に、提出物に悩まない3年間を与えたかったからだ。
手に持たせて家から送り出しても、出すことが出来なかった物が、高校生になったからといって、出せるようになるとは思えない。
そんな状態で普通の高校に通っていたら進級すら難しいだろうし、進学なんぞ夢のまた夢。
だから多分、彼女が学生をしていられる最後となろう3年間を、楽しかったと思えるものにしてやりたい、それだけだった。

思惑通り、居心地が悪かった中学からようやく解放され、充実した1年がゆったりと流れてゆく中、まだ何も気づいていない私には、どこか周りの普通と比べ、焦りがあったのだろう。
彼女にとっては、昨日と変わらない不甲斐無さが、私には、実年齢と身体の成長に逆行した悪化にしか映らず、コトある毎に、自分がジワジワと壊れてゆく気配を感じずにはいられなかった。

それは、彼女が中学を卒業した春休みに受けた診察が大きく影響している。
多少、良い人って印象を受けますが・・・普通だと思いますよ
この言葉は、彼女が高校に通う1年間、常に私の気持ちを、逆撫でするのだった。

これでも普通?おかしくないの?
もしも、彼女がまともだというのなら、壊れかかっているのは私の方だとしか思えない。

このままでは、いつかとんでもない事をしてしまいそうで、再び区役所の家庭支援課に相談したところ、すぐに前とは別の保健師さんが会って下さり、丁寧に話をきいてくれた。

こうして、何度か子供の成長の様子を語る中で、ひとつ気になる事があった。
私は子供に本の読み聞かせをした経験が数える程しかない。
病院の待合室でも、電車の中でも、自分の友達が一緒でも、子供が求めれば臨場感タップリに読み聞かせる母子の姿を、傍から見た経験しかないのだ。
本は、読んであげなくても、ひとりでお話を仕立てて進めていたから、見ているこちらが面白かった。
『娘の言葉が遅かったのは、本を読んであげなかったせいでしょうね』
そんな話を保健師さんにしたら、保健師さんはきっぱりと
『お子さんが求めなかったんだと思いますよ。生まれつき、そういうお子さんなのです』
と言った。
そして、
『私が思う病気だとすれば、お嬢さんの症状を緩和させる薬があります』
と、2つ目の病院を紹介されたのだ。

その時に、初めてAD/HDという病名を耳にする。

『お母さん、辛かったですね』
大丈夫だとか、考え過ぎだとか、過保護だとか、お前のせい以外の言葉が、キシキシになっていた心に、すぅっと空気を通していくのを感じた。
同時にそれは、娘が生まれつきの病気であり、わからない物事をいくら教えても、わかるようにはなっていかないのだという、悲しい宣告を認める事であったが、そうだと言われれば合点がいく事例が沢山あり、それからは随分おおらかでいられるようになった。
・・・気がする。
・・・あくまでも今迄と比べて、ね。

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道標が欲しい

子供が、
風邪をひいたら内科に行く。
骨折したら整形外科に行く。

では、
頭や心の状態を知りたい場合には、どこに行けば良いのだろう?

と思った時、単純に思いつくのは精神科。
けれど、鼻水や咳が出た時と同じように、或いは骨に異常がないか調べたい時のように、躊躇なく、子供の手を引いて連れて行ける親はいるのだろうか。

ましてや『精神科』ときいて、もうどんなところか想像出来るような年齢だとしたら?
それよりも、自分の子供は、病院に連れていくべき状態なのか。
果たして、私が子供について抱く疑問は、病院が解決してくれるのか?

自分では量りかね、色々と思いつく言葉で調べると、区役所に行き当たった。
子供が出来て母子手帳をいただきに行き、生まれてからは何度か検診に行ったっきりの区役所であったが、私の地域の場合、『こども家庭支援課』というところらしい。

1時間という枠で話をきいて下さったが、どうやら保健師は、私が子育てに行き詰って、どうしたら良いのか相談しにきたと判断したように思われる。
終了時間が来る前に、
『お子さんの良いところを探して、なるべくそこを褒めてあげて下さい。
次回その結果を教えて下さいますか?』
と帰された。

正直な話、私もここに至る迄には、良いと思われる、ありとあらゆる方法を試みてきたつもりである。
叱らない、褒めるべきところを探す、ハードルを低くする、ちょっとほおっておく・・・。
結論から言えば、叱ったところで効果はなかったが、褒めても図に乗るだけで改善は認められなかった。
細々と指示をしていれば、その通りに動いているが、もうわかっただろうと言わずにいれば、それはやらなくていいものと勘違いし、黙っている分、限りなく解放されていき、やがて収拾つかない状態になり、
『いい加減にしとけよコラ』
と、まとめて叱る事になる。

私が聞きたかったのは、親戚でも友達でもない他人の意見として、
『病院に行くべきだと思われますか?』
ということ。
病院に行ったところで、つける薬はないだろう。
この時点で、適切な言葉は見つからないが、白黒はっきりしたかったのだと思う。
例え通っていなくても、生存の事実さえあれば名簿に名を連ね、9年後には卒業の証を発行してくれる義務教育の最終学年が終わろうとしているのだ。

保健師は、ふたつの病院名を教えてくれた。
ここでわかったのは、子供の精神状態を診て戴くには、病院に行くといっても限られてくるということと、自分の娘は、既に子供という分類からはみ出しかけているということだった。
なので、すぐに電話をしたが、ひとつの病院には年齢が外れていると断られた。

小学生の頃から
『お手紙出さないんだよね、忘れ物も多いんだよね』
『うちの子もよ』
『自分のやりたい事はするんだけど、嫌いな事は全くしないんだよね』
『あら、うちの子もよ』
それが普通じゃないのかを問えば、いたって普通である。
とびきり変な癖があるわけでも、奇妙な行動をとるわけでもなく、明るく元気に、身体の調子を崩さない限りは、学校に行くのを嫌わず、友達もいる子供なのだ。
確かに成績を見れば、あまり良くなかったが、勉強しないのだから当然だろう。
私も主人も、決して勉強が好きな類ではなかったから、これで直接病院に結び付ける事は出来なかった。

思えば、小学校の頃は、生徒数も少ないし、先生がそれなりに目をかけてくれていたから目立たなかったのかもしれない。
だからこそ、ちょっとおかしいって言ってくれると助かったんだけど、学校の先生の目には、娘は普通と同じに見えたのだろうか?などと思うが、今となっては確認しようもない。

勿論、中学の先生が、何を言ってくれたわけではない。
むしろ、ここでやっと彼女の本当が見えてきたのである。
どの先生も、彼女個人に物を言う事はなく、クラス全体に伝え、クラス全体で受取る。
生徒も、先生が投げかける言葉を、必要か不要か振り分けて受取り、優先順位をつけて処理していく。
そこで、わかってもいないのにわかった顔をして座っていた彼女は、徐々に取り残されるだけでなく、先生からも見放された存在になっていったと思われる。

もっと早くそれに気付いてあげる事が出来たらと思うが、それもまた仕方がない言いわけである。

私が彼女を病院に連れて行けたのは、中学を卒業した春休みだった。
区役所の保健師によるカウンセリングを受けたのが10月の下旬、それからすぐに病院の予約の電話を入れたのだが、大変混んでいるということで、翌年3月になった。

紹介されたのは、家からほど近い大学病院の『児童精神科』というところである。
A4両面の問診票を埋め、医師と娘と私、医師と娘、医師と私と交互に面談をした結果、
『多少、良い人って印象を受けますが・・・普通だと思いますよ』
本来ならば、喜ぶべき診断結果であろう。

見るからに、或いは話してすぐに、他とは違う何かを感じるようであれば、もっと早くに対処していたわけで、毎日接してきた親が、いよいよもっておかしいと思って連れてきた子供について、いくら専門医といえど、都合1時間話して判断がつくのか?

『特に、今どうこうする状態ではないと思いますが、検査でもすれば何か現れるのかもしれません。
もし検査を受けるのであれば、引きついでおきますので、改めて予約をとりに来て下さい』
実は、担当した医師は、その月を限りに、別の病院に転属になる方だった。
改めて予約を取りに来て、また違う先生に診て貰わないといけないのなら、ここでなくても良いような気がして、帰る事にした。

彼女は今、高校2年生。
療育手帳申請手続きをしてから、もうじき1ヶ月になる。
児童相談所からの連絡はまだ来ないが、呼ばれればまた、1から話をしなければならないだろう。

あんまり、あっちこっちと連れまわしたくないところではあったが、結局彼女は、この大学病院を含め3ヶ所の病院を経て、やっと児童相談所での検査に至る事になる。

療育手帳の申請が区役所からであるのは、申請する段階で初めてわかった。
児童相談所には、病院の検査結果は持ち込めないとの事も、つい最近知った。
区役所に相談に行ってるのだから、最初から児童相談所の話をしてくれても良かったのではないのか。

どういう基準で、何をクリアすれば、という項目を知るのは難しいかもしれない。
けれど、どうしたら遠回りせずに、自分が行きたいところに辿り着けるのか、もう少しわかりやすい道標はあってもいいように思う。

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大丈夫

いい響きの言葉である。
この言葉に、今迄、どれ程助けられてきただろう。
心を落ち着かせる時、一歩踏み出す勇気が欲しい時、自らに使ってきたし、人にも与えてきた。
勿論、人からも与えられてきた。

けれど時として、これ程適当で、いい加減な言葉は無いのを感じる。

例えば娘について。

幼少の頃から遊んだ仲であったり、同級生であるから、或いは近所に住んでいる子の親というだけで、いちいち他人の家の事情について、真剣に考える人はいまい。
さすがに、人の子の事に
『大丈夫』
と、簡単に断言する人はいない代わりに、
『そんな事ないでしょ?』
と、冗談の類と同じにされ、話は曖昧の内に終わるのが常であるが、関係が薄い人程、適当であるのは仕方がない。

しかし、ごく近しい親戚であっても、まずは考え過ぎを窘めたいのか、こちらの話を細かく噛み砕いて飲み込もうともせず、
『大丈夫よ』
と吐き出されたりすると、こちらの心は折れそうになるのに、
『その内ちゃんとするわよ』
などと、追い打ちをかけられたりすると、つい聞いてみたくなる。
『それって、いつ?』

何を根拠に大丈夫というのか。
多分根拠などない。
苦し紛れに
『あなたの子供なんだから、信じてあげなさい』
それは、励ましのつもりだろうか。
それとも、そんな事でも言えば、安心するとでも思っているのか。

親に至っては、
『お前の責任だ』
などと言い放っておしまいである。
ま、どこに責任があるのかを決めるとすれば、私の責任であることは間違いないので否定しないが、責任を取ったところで、解決にはならない。
言わせていただければ、責任は果たしている最中であって、今後も投げ出すつもりはない。
ただし、それは私が生きている限りにしか出来ない事であって、問題はその後なのである。

数日前、娘の『療育手帳』の申請をしてきた。

ここに至る迄の道のりを思うと、あっけないくらい簡単であった。
でもまだ申請しただけなのである。
色々と調べたところ、順当に受け取れる可能性は、極めて少ないという印象。

これからが長い戦いなのだ。
根拠はないが・・・大丈夫。

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