カテゴリー「学問・資格」の11件の記事

修了式 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 修了式
「今日は学校の修了式にあたる日です。成績表をもらったり、これまで一緒のクラスだった人とお別れしたり、いろいろとイベントがありますが、あなたが思い出に残っていることを教えてください。」
 中学生の娘の1学年目が終わった。

 図体がでかかったせいで、そこにいるだけで目立ってしまっていた私は、恥ずかしい事が嫌いだった。何が恥ずかしくて何が恥ずかしくないのかなんて基準に個人差があると知ったのは、多分、自分の娘の成長を見守るようになってからではなかろうか。

 当たり前に『おばか』に見えない事が私にとっての恥ずかしくない目安であった。
 忘れ物をせず、提出物はきちんと出し、遅刻するなら休み、ビリにならない程度に体力を使い、自分に自信がない事には背中を丸めてやり過ごしてきたように思う。上でもないけど、下でもない中位でいられる事に喜びを感じていた。
 まあ、いい評価を受けて嬉しくないわけはなかったが、悪いというのが何よりの敵だった。

 そんな私は、当然成績というのも、5段階評価では3から上しかなく、たった一度、家庭科の先生の怒りを買って2という評価を受けたが、貰う前からそんなこったろうと思った通りだったので驚きもしなかった。
 文句があるなら言えというから文書にして出した報復が2だなんて、小さい人間のする事である。

 さて、我が家の期待の星の成績であるが、小学校1年の時から見てきて相当慣れたつもりだけれど、最初見た時には、眩暈を覚えた。お前の成績表は池か湖か…。
 今回もアヒルのレース、スタート直前ですっ…という、数字が元気良く並んでいる。

 その理由たるや、特に出来が良い類ではない事は周知なのだが、提出物が出てこないという、親としては、限りなく腹立たしい事にある。
 前期の成績を戴いて、ご丁寧に『未提出により』とアヒルな所以迄記してくれた評価を眺めつつ『後期もこれなら、部活は退部!』と約束を交わし、やっても出さないケチんぼな娘には『遅れても』出せと言い続け、自己申告では『全部出した』らしいが、相当遅れた物もあった模様。

 そういうわけで、評定としては変わり映えのない結果となったけれど、学習状況としては若干の上昇が見られたので、私としては良しという感じであった。

 もう本人は、早々に配られた来年の教科書を眺め、にやにやと頭を切り替えてしまっている。
 若いって素晴らしい…。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

参観日

 今日は娘の学校の『土曜参観』だった。

 小学校の時からの疑問なのだが、何故、毎回毎回授業参観というのは、午後の中途半端な時間に開催されるのであろう。今は、ほぼ完全在宅の身なので、時間に出かけるだけだから良いが、女性もフルタイムで働いている方も多い時代である。午前中遅刻して行くのと、午後早退してくるのと、どちらがいいかと言われると、午後の方が勤務時間は長いわけで、まあ、正社員ならば、半休は午後の方が得っちゃ得なんだろうが、時給の身の気持ちをまず考える私って…

 それから、土曜が休みになって随分経つが、授業参観だ運動会だって土曜日にやっておいて、月曜日休みにされるってのも如何なものであろう。
 幼稚園児じゃないんだからお疲れ休みは不要である。勿論、その代休は先生の権利なのだろうが、今は、土日が休みという人ばかりでもないし、普通の日の参観でも必ずと言っていい程、来ているお父さんはいる。絶対、今日休みだったんじゃあなく、わざわざ休んで来たでしょ?って人もいるわけで、何も土曜日選んですること無いと思うんだよなあ…。

 しかも今日なんか文化の日で祭日じゃん。文化の日ったら『文化祭』だろう。ここのガッコには、文化祭ってのはないのかね。こないだ『合唱コンクール』があったが、あれがそれに当たるのか?う~ん…。
 『体育祭』も、花の応援団は選抜されず、当然、応援合戦する声もあがらない。ひろーいグラウンドで、ほんとに1日ただ順番に運動だけしている、体育祭というより『体育フェア』であった。

 そんな事に無駄な時間使うより、勉強させる方が大切なのかもしれないけど、だったら、私を含め参加しない人の方が多い『懇談会』ってのを無くして、授業参観の後も引き続き授業すりゃいいのに、なんて思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

受験勉強 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 受験勉強
「受験勉強したことはありますか?いちばん頑張った科目は何ですか?」
 受験はしたが勉強は、、、した内に入らんなー…。塾にも行かなかったし、かと言って学校での授業を理解していたわけでもない。嫌いな科目は、脳みそが拒絶反応起こしてるみたいに頭に入らないので、益々苦手となってゆくのであった。

 まずい事に、暗記をするというのが少しも苦じゃなくて、学校でやる中間・期末の範囲位なら、前日に頑張れば、ある程度イケちゃったもんで、成績は悪くない『隠れ馬鹿』なのであった。
 所詮、暗記は暗記である。毎日コツコツ理解して覚えたのなら、脳みその皺の足しにもなろうが、試験前に範囲まるごと覚えたものは、終わったら明日の科目の為に、とっとと追い出さないと、キャパが足りない…。
 その繰返しで試験を潜り抜けて来たツケに気づいた時には、もう追いつけなかったという、お粗末な受験結果であった。

 おかげで、思いもしなかった女子高に通うはめになり、校則に締め付けられた3年間を送るわけだが、締め付けが厳しい程に、縄抜け手段も巧みに育てられた学生時代を、懐かしく思い出す私であった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

資格 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 資格
「あなたがもっている資格(自動車免許含む)を教えてください」
 高校2年の夏休み、クラスメイトの誘いで、今話題?の社会保険事務所でアルバイトをした。
 実は、彼女からは、もう一つ誘われている事があって、原付免許を取りに行くのに付き合ってくれ、というものだった。なので、面接の時、過去問集を抱えて行ったのを思い出した。

 しかし試験を受け、電光掲示板に受験番号が点灯する世紀の瞬間を、彼女は結局あと2回、ひとりで経験する事となった。

 まんまと付き合いで取れた原付免許であれ、あればあったで結構便利なもので、21歳迄はそれひとつで間に合わせていた。
 どの交通機関を使っても、乗り換え乗り換えで1時間も掛かる友達の家に、時間を考えずに行き来する事が出来たし、キチンとギアのある単車でも、50cc迄ならヘルメットのいらない危険な時代でもあった。。。
 例え運転に使う事がなくても、学生を終えてからは、立派な身分証明書として使えた。

 最初の就職先を退職し、失業保険で普通自動車免許を取得した。AT教習が2時間必修になった頃の事である。ブレーキのデカさにおののき、踏んでいいのか…と一瞬戸惑ったなー。
 出入り口の道が狭くて、坂道発進が出来ないと外での教習が不可能な、難易度の高い教習所であった。

 私の姉は、昔ここに通った折、先生に、新しい道が出来たからドライブしようと誘われ、遠回りして帰ったというエピソードを持つ。
 ミニスカートを履いた生徒に弱い先生が多く、ろくろくバック進行も出来ないのに余分に判子をくれたらしい…。お誘いになった先生に当たったので、当時の話をすると、先生も覚えていて、苦笑しながら判子くれたっけ。

 普通自動車免許をいただいたその足で、中型自動二輪免許ってのも戴きに通った。
 先生が二輪、四輪共通らしく『またあんた来たの?』と、うんざりした顔を露骨に現すような方もいた…そんな手こずらせた覚えないのに。。。
 但し、こっちの免許は、国からはきちんと許可を得たには得たのだが、現在は自主的に使用を控えている状態である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

女性に人気は男性に人気?

 つい先日、レシートの話題で、病院の領収書がデカくて邪魔だと投稿したばかりであるが、その中身、いわゆるレセプトというものを入力するお仕事を医療事務という。
 小さい病院なんかだと、受付兼入力なのだろうが、大きな病院へ行くと、銀行のカウンターの向こうのように、チキチキチキチキひたすら入力なさっている方が何列にも並ぶ。

 私は、どんなソフトでもだいたい、触れば使いこなせるもんだろうという自信がある。
 てか、誰が操作したって基本的には動くように出来ているからソフトってもんで、言語を操れるわけでも開発できるわけでもないので、偉くもなんともないのはわかっているが、だいたいのPCアレルギーの人は触ってみるのが怖いらしい。
 怖いって理由の中には、壊しちゃったら困るじゃん?と思うよう。PC講師をしていた時に言ったのは、そんな簡単には壊れませんよ。けど、ルール違反は機械にとって暴力と同じだということ。誰もキーボードの上でジダンダ踏んで暴れるわけじゃなかろうが、滅茶苦茶のダメージは受ける側にとっての問題なのである。

 だから、きちんと教わる事が大事なのである。
 こと病院のレセプトというのは、カルテの次に大切なものだろう。病院に支払うというよりは、どのような医療にいくらの料金が発生しているのかを知るのは、患者の役目でもあるのかもしれない。保険があるから気軽に病院へ通う事が出来るというのは、無駄に病院に行く事に繋がり兼ねないし、それは保険の無駄遣いにもなるのである。

 今、その医療事務の資格を取る女性が増えているらしい。
 確かに、医院によっては午前中だけでよかったり、土日の休みが確保されていたり、勿論休日が通常と違うところもあるのだろうが、フルタイムで働けない女性でも、自分の勤務できる範囲で探すという意味では、例え病院が変わっても、使いまわしがきくのが資格である。
 受付のお嬢さんがかわいいと、行ってみたくなるだろうって思うのは、私だけじゃないと思う…。

情報元:buzzmo

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自由研究 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 自由研究
「子供の頃、夏休みの自由研究でどんなことをしましたか?」
 中1の娘の宿題の一覧を眺めていて、保健体育の宿題に『1日1回は運動をして汗をかく』とあるのを見て、私が中学3年の夏、バレー部に所属していたクラスメイトが『僕は将来キューバを倒す為に、もっと身長が必要だと思い、1日1本牛乳を飲みました』という発言を聞いて、先生が苦笑いしていたのを思い出した。

 小学1年の夏に、何をしていいのかわからず悩んでいた私に、母が障子紙でクズ入れを作ってくれて、自分はチュウリップと蝶々を模って貼っただけで提出する折、自分の力だけで制作しきれなかった事に悔し涙を流した覚えがある。
 そこに至る迄にも、ひと悶着あった。姉がそういう『お手伝い』に120%ありがたさを感じるタイプだったのに比べて、180度の受止め方をする次女である私に、ギャップを感じたのだろう。
 『あんたって面白くない子ね』
という言葉を浴びせられて、2度と相談すまいと誓った私であった。

 中1の夏には、浴衣を縫った。企画・制作についての相談をする事と、師として仰ぐ事は別なので、母に教わりながら縫い上げた。
 確か『1人1課題』とかいう宿題で、新学期早々制作物を展示して、全校全クラスを見学し、気に入った作品へ感想を書いて渡すという、まさしく品評会があったので、何を作ったら目立つか、評が貰えるかを踏まえて、題材を決めたような気がする。

 着目点は良いと思ったのだが、浴衣を制作した女の子が、クラスにもうひとりいた…。当然ディスプレイする時に並ぶよねぇ。
 しかし、彼女と私には2点の違いがあった。それは、袖の袂の角が彼女は四角く縫いっぱなしだったのだが、私は、裏側で絞って角丸にする一工夫をしていた事と、もう1点はお尻の部分。しゃがんだりした時に負荷がかかるので、尻の部分に『居敷き当て』という補強布を付けるのだが、彼女の物にはなかったのである。
 実は、私は身長が高いので、浴衣地一反では『居敷き当て』に使う部分が間に合わず、他の布を当てていたのだが、その2点を褒めた感想が非常に多く、母に感謝したものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

はじめての

 いよいよ、と娘本人が思ってるかどうかは知らないが、明日から『はじめての』中間テストである。

 まー、4月から『はじめての』制服を着て、『はじめての』大人数の学校へ通い、『はじめての』部活に没頭し、『はじめて』づくしの毎日ではあるのだが、いささか外野の方が振り回され気味である。
 自分の事ではないのだから、私が一生懸命になったところでどうにもならないのだが、なに分おっとっとと歩いているので、黙って見ていられずに困る。

 勉強というのは、本来ひとりでするものだ。わからない事を読み調べ書いて、頭に入れる繰返しである。でも、進んでいくうちに、得意な分野、不得意な分野が見えてきて、不得意を嫌い、得意なものばかりに力が入る悪循環に陥っていく、ような気がする。
 得意なものは、なぜか好き。がんばって出来たものを嫌いになる人は少ないし、好きだから頑張るのか、頑張ったから出来たのか、出来るから頑張るのかよくわからないが、好き嫌いで言うなら、最初っから好きなものは少ないはずである。
 例えば、この先生が好き、それだけでその教科が好きで得意になれたりもする。だから、この方法なら頑張れる、好きになれるというのがあってもいいのだろうな、と思う。

 我が家の娘は、塾には行かず、通信教育で頑張っている。塾に行くのが遠いから、というのが第一の理由である。けれど、自主的に頑張って行くのは、自分との戦いであるから、正直大変なのかもしれない。
 中1である彼女は、今のところ、まだポイント貯めて貰える『ご褒美』を横目に進む日々である。

 Z会の自宅でできる夏期講座は、『良問と向き合う5日間』と題した、通信教育の短期集中型夏期講習である。
 自分で正誤をチェックするのは誰でも出来る事だが、添削を受ける事で、解答への理解がより深まるし、手書き添削というのは暖かい。
 やっぱ人間というのは、誰かに見てもらえるからやっていける動物なのである、と私は思う。

※BloMotion・キャンペーン参加記事

| | コメント (0) | トラックバック (0)

漢字(今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 漢字
「あなたの好きな漢字や四文字熟語は何ですか?出来れば理由も教えてください。」
 まず、四文字熟語と言われて、ぱっと思い浮かぶものがなく、がっくりした…。

 改めて、四文字熟語ってどんなのがあるんだっけ、と調べてみたら、まー沢山あるのにも驚いたけど、意味を読んでいると、なんかこう、これが好きです!とは簡単に言えないような物が多い。
 ものすごく褒めていたり、嗜めていたりと、並べられた四文字は、ぎゅぎゅぎゅっと重いものばかりである。
 だいたい、意味は良いと思えても、言葉の響きが好きじゃあないようなものも随分ある…と実感。

 十人十色というのは、簡単な文字の並びだし、よく使う、比較的好きな言葉である。
 人それぞれ、だから自分が自分でいられるのだと思う。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

国語力UPしようよ

 学生の頃、私は、早く試験のない年齢になりたいと思っていた。自分の子供には、試験というのは、勉強した内容がどこまで理解できたのか確認する為に受けるものなのだと説きつつ、自分がそのような姿勢で受験してこなかったという事は言うまでもない。

 今の子供は、ゆとり教育の犠牲者でありながら、成績だけは、ある程度良いそうである。それは、先生が順序良く敷いたレールの上を歩いているおかげだという。確かにそうだと思う。
 例えば、忘れ物然り。クラスの誰かから足りないモノを分けてもらい、仲良く、恙無く、カリキュラムが終えられる。
 いつも助けている側の子は、まだ良い。人を助けるというのは、事の大小に関わらず心地よいものであろう。しかしそれで助けられた側の忘れ物が減るわけではない。叱られるつらさも感じず、皆と同じ事が出来ないつまらなさもなく、ましてやひとり立たされるような恥ずかしさもない。つまり心身ともに困らないからである。

 運動会のマスゲームにしても、社会や理科のグループ発表にしても、全体的にだらだら~っとしていて、誰が見ていようが、声が小さくて聞こえなかろうが、その辺にはこだわらず、言われた事を機械的にこなしているという印象を受ける。
 今日はびしっと決めたるぜっ…というような意気込みなど、まるで感じられない。
 それは、自分達で一から計画したものでは無いからではないか?この日この時の為に、という意識は先生達の中だけにあり、そういう意識を芽生えさせる時間こそが『ゆとり』によって削られてきたような気がする。

 自分達で計画を立てる、思った事を正しく述べる、それが伝わるようにしっかりした発音で話す。国語力がないと出来ないものであり、それは大切な国語力を育てる源なのではないのか。

 さて、株式会社Z会では『Z会が考える"お子様の可能性を伸ばす"2つの方法』として、体験学習国語力検定をお奨めしている。
 国語力検定の方は、どっちかと言えば、大人向きな帰来はあるが、体験学習の方は、もう、好きに楽しんじゃって!みたいなワクワクものの内容である。
 子供の一番吸収率が宜しそうな時期に、色んな事を体験させて、それにまつわる事にも興味を広げて貰おうという内容。
 『自分から学び考えようとする知的好奇心を身につけてほしい』『自分の思いを表現し、相手の気もちをくみとろうとするコミュニケーション力を養いたい』そういった思いを形にしたのがこの経験学習だそうです。そして、この体験をきっかけに会話を増やそうという狙い。やっぱ国語力に辿り着くんだよね。

※BloMotion・キャンペーン参加記事
ブログでブームはブロモーション

| | コメント (0) | トラックバック (0)

プチ知識プチ学問

 勉強する時、させる時によく使うのが『やっちゃう』だとか『片付けちゃう』という類の言葉である。
 どう考えても、やりたくないけどやらないといけない、義務だとか必要性だとか、自分の意思と共にしているとは思い難い、面倒な作業のようである。

 勉強って楽しかったら、みんな喜んでするんだよね。好きな先生、好きな科目、興味を持つ事が得意分野への第一歩なのである。
 
 最近、ゲームソフトや、テレビ番組が学問化してるというものが多く、ドキュメンタリーでも、クイズでも真剣な問いかけが耳に残る。
 ふーん、へー、そーなんだ…って思わせてくれると、なんだか得した気分になれる。脳みそをコチョコチョってされたようで心地良い。
 脳トレという言葉が流行ったけれど、脳って刺激を求めてるんだなー…と実感する。
 脳トレと名がつくと、結構お勉強的な要素タップリでも、ゲーム感覚で取り組む事が出来る。ゲームというのは、難しくても何故か楽しい。故にお勉強も楽しい。そう考えると『脳トレ』を考えた人ってすごい…。

 ブログって、とりとめのない独り言だったり、世間話の延長だったり、何かの自慢大会だったりするけど、授業中の先生の雑談に似てる。
 雑談が楽しい先生って人気者だったよね。先生の雑談に、ふーん、へー、そーなんだ…って思えると、やっぱり得した気分になれた。多分、あっちのクラスでも、こっちのクラスでも、ロボットみたいに授業を進める先生が、人間に戻る瞬間が見れるからじゃないのだろうか。

 ブログを読んでると、なんだかその人を知らないのに、妙に親しみ沸いたりする。どんな人なんだろう、と想像を膨らませたりする。
 色んな事を色んな観点から伝えようと発信してるブログって、プチ知識・プチ学問の宝庫である、と私は思う。

 株式会社Z会は、☆学ぶ人を応援するブログ☆を立ち上げた。東大を受験し、東大 合格する為に入るような『Z会』が、である。
 かつての東大生が、生の声で東大を語ったりしてる。東大を目指すかどうかは別として、人間、高みを望む事は必要である。自分と同じ位置や下では目標にはならない。

 大きな病気に立ち向かった人が医師や看護師を目指すように、いい先生にめぐり合った人が自分も先生になりたいと思うように、このブログを書いた人と同じ視点でみたいものが出来たら、勉強がもっと楽しくなるかもしれない。
ブログでブームはブロモーション
※BloMotion・キャンペーン参加記事

| | コメント (0) | トラックバック (1)

時期ではないが、私の就活

Img145a4677fedc80  最初に就職をしてから早23年になるところの私…大学に行くのがまだ一般的ではなく、専門学校を出た事が結構ハクになる時代だった。
 その最終学歴を、ただ学業を終える為に通って終わった私には、学校からの紹介で就活をした経験はひとつとしてなく、高校に入ってからアルバイト先を探す為に何度かした、就職情報誌の頁をくくっては電話をし、履歴書を書いて会社に行くという方法で就職先を探した。
 学校から紹介してもらえなかったのだから、大きな会社を望む事は難しかったし、新卒といえど、終身雇用なぞ望む事はハナから考えなかったように思う。技術職だった事もあり、リクルートファッションを楽しむ事なく歩いたのを思い出す。
 出来はともあれ、学生の頃から先生ウケの良かった事は、面接をするにも多いに役立ったように思える。でも、普通の事務職だったり、窓口を望んだとしたら果たして受かったのだろうか…疑問…。

 一時は、無い物ねだり的に終身雇用にあこがれた。でも色んな事してみたいという気持ちの方が大きかった。多分私が私でいるのには少し時代が早かったのかもしれない。
 結婚した女性、出産後の女性にはまだ再就職の宛がない時に子供も産んだ。一度引かれた線路を踏み外したら後がない、35越えたら社会復帰すら難しいというのも身を持って味わった。まあ、いざとなったら、スーパーでのレジ打ちだろうが、なんでもやるというバイタリティーだけはあった。勿論、レジ打ちをする人をさげすんでの言葉ではない。あれだって出来る人、出来ない人は買い物に行って接すればわかるものである。だけど、誰にでも慣れれば出来るって仕事は、今も最終手段のコマにしていたい。幸いにして、その最終手段は、今もって使っていない。 

 現在、40を越えた私にも仕事がある。今まで腐らずやってきたおかげもあろうが、時代だよね。
 技術は培うもの、感性は磨くもの、経験は積むもの。そして、その3つをきちんと廻す事が人を成長させる…というのが持論である。そしてその言い分が若干通じる世の中になってきたように感じる。
 だから多分、15年前なら目もくれなかったろう日経就職サクセスキャンペーンなんかにアクセスしてみようなんて思えるのである…いい世の中だ。
 そして誰でもなろうと思えば社長にだってなれるのだ。例え社員はいなくても…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)