カテゴリー「心と体」の46件の記事

携帯電話

 私の父がパソコンを使うようになったのは、60歳を過ぎてからであった。定年記念ではなく、60になる数年前から病気と闘い、障害者となった為、仕事を退いた代わりに、仕事のように残された生涯最後迄通ったリハビリセンターで催すお教室で興味を持った事である。
 
 昭和一桁生まれで身長176センチと言えば、まだ家族で行動を共にしていた当時は、街中を歩いていても頭が飛び出ていて、どこにいるかすぐにわかった。体重も最高にあった時には80キロを越え、毛もくじゃらの腹を出しては、臍の周りをよく撫でていたっけ。

 その父の病は、四肢が思うように持ち上がらず、トレーニングを続けないとどんどん筋肉も落ちてゆき、最終的には寝たきりが待つ、頚椎が原因するものであった。
 50歳に手が届く頃から始めたマラソンのおかげか、体重は60キロ後半から70キロ代に絞ってはいたが、病が進むにつれ、あっと言う間に筋肉は落ち、肩など骨が皮を被ったような状態となり、うんと小さな背中になってしまっていた。

 病気になる迄は日曜とて身体を休める事なく、平日は家族を養う為に、休日は自分の小遣い稼ぎの為に精を出す、ほんとに月月火水木金金が服を着た人であったから、毎日が日曜日になるなんて、耐えられなかったんだと察する。
 しかし健常な頃、早く家に帰った日は自転車に乗って行くスーパー巡りを立ち飲みで〆、正月の初詣や夏の海水浴にナナハンで出かける他は、直輸入の無修正・声付き8ミリエロビデオの鑑賞会を主催する位しか、趣味の時間を持つなんて事を知らなかった人である。

 ボウリングをし、陶芸をし、集団での旅行を楽しみ、電子辞書ひとつを持ってアメリカに2度渡り、障害者国体でメダルを集め、パソコンを私に習い、サークル活動ではいつも名簿だとかポスターを作るんだと自慢していた父が、たったひとつ欲しくても持たせて貰えなかった物、それが携帯電話であった。

 それは、障害者の方が通うリハビリセンターにも、登校拒否ならぬリハビリ拒否者が案外多く、何かにつまづいては来なくなってしまう。だが、携帯電話が普及し、うまく発声をする事が出来なくても、全てが聞こえなくても、メールする事でコミュニケーションが取れ、それがきっかけで、また来るようになった人が増えた事を耳にし、自分も持ってみたくなったんだと思う。

 元々、電話なんか、どうでも用が無ければかけてこないし、必要事項を伝えたら相手の返事も待たずに切るような人だったから、ろくろく足も手も上がらなくなって、生活にも支障をきたしているような父の願いを、母や姉がまともに聞くわけがなかった。

 でも、私が入院してた時には、毎日のようにパソコンと携帯で、メールのやり取りをしていたのだ。
 『来年は皆で花見に行きましょう』
 それが父から貰った最後のメールである。
 私の退院2日前に見舞いに来た父は、それから10日も経たずに逝った。

 今日、何故、そんな4年も前になる事を記事にしたかと言えば、うちの前を毎日欠かさず通るおじいさんがいる。
 片手に椅子になる杖を持ち、嵐じゃなければ雨の日も出かけてゆく。あれも一種のリハビリである…と勝手に想像する。
 あの椅子は、帰りに使うのである。ここは山の上だからね。もしかしたら行きにも使っているのかもしれない。車で通りすがりに、座って休んでいるのを、ところどころで見かけるから。
 そのおじいさんが、今日は、何やら話しながら通るのだ。声がしたので窓の外を見ると、携帯を耳にあて、楽しげに笑いながら、若干前かがみに歩いてゆく。

 今更だけど、父にも持たせてやれば良かったな、などと思う私であった。

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お小遣いっていくら?

 娘にプレゼントを貰うたびに、ちょっと心苦しくなる事。それはお小遣いである。

 私が親にお小遣いを戴くようになったのは、小学生の頃であった。いくらだったか忘れた。ただ、中学で3000円高校で5000円がきまりだったので、それより少なかったのだろう。
 お小遣いをくれるようになった時に親が言った。
 『何もやらずに貰い辛かろう』その頃から働かざるもの食うべからずな家であった。
 だから、雨戸閉めと風呂洗いと食器洗いと米とぎと鳥の世話が使命であった。なので、アルバイトを始めた時に使命を果たせなくなる為、親から小遣いを貰うのをやめた。

 私がお小遣いで賄ったもの。
 それは、学生の本分にかかるもの以外全てであった。だから参考書以外の本はどんなに高価なものでも自分で買ったし、どこかへ行く費用は全て自分もちであった。
 自分もちの歴史を述べれば、小学校を卒業する時に新品のスーツが欲しくて、親にねだったら、そんな来年以降着る保証がないものにお金をかける事はできないと言われ、半分出した。
 中学に入って間もなく作った眼鏡のフレームが気に食わず、度が進んで次に買う時には自分で買った。その後、コンタクトにしたくなった時にも、親に相談したのは保険証を借りる件だけだった。
 専門学校へあがったときに、10数万円の教材費を要求したら、そんな余裕はないと言われた。ちなみに就職して数年後、その専門学校にかかった費用は昼代と多少ながらの利息をつけて返済をした。
 極めつけは、我が家は全て姉が基準だった為、高卒で就職した彼女が家賃を払いだした年が19であったから、私も学生でありながら19の年から嫁に行く迄、月3万の家賃を出させられていた。確か年金も自分で払ってたと思うから月4万だったのを思い出した。
 学校に通いながらのアルバイトから4万はきついよね。おかげで、バイトのついでに学校へ行くような生活となった。家に戻って1時間寝て、次のバイトなんてのざらである。
 しかし、嫁に行く時は『あらそう』と言ったきり、別段嫁入り支度をしてくれるもんでもなく、姉と兄と同じように祝儀袋を出した親である。

 話はそれたが、我が家の娘は、生まれも育ちも違うのに江戸っ子である。下手したら、もっていれば親からの一時預かり金であっても手をつけるので、決して余分には持たせる事が出来ない。
 そんな娘が考えて悩んで、この時期に買ってくれるプレゼントは、月に一度親戚の家に行った折に必ず貰える千円から賄われている。
 とはいえ、今日お昼は友達とマックにしていい?だとか、習い事の帰りにジュース買うだとか、映画行くとか言う突発事項についてはこちらが出すので、きっと、きちんと計算したら、小遣いを月に2000円あげるよりは安上がりである。
 しかし、このままでは決してやりくりは身につかない。いつまでも、欲しいものが出来たら親にお願いしてみるというのも如何なものであろう。
 娘がくれるものに、心おきなく感謝できるよう、けじめをつけたい私であった。

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応用力はどこで?その2

 立地骨炎さんちのお子さんのお風呂の話で思い出した。
 風呂とはまったく関係ない話なんだけどね…。

 朝ご飯のデザートに、苺を1パック親子3人に配分したついでに、娘の弁当用に小さなタッパーに詰めた。
 彼女の弁当箱は2段重ねで専用の袋に納めて持っていくのだが、専用の袋なので、弁当箱とせいぜい御揃いの箸箱しか入らない設計である。
 案の定娘は言った。
 『お母さん、これどうやって持って行けばいいの?』
 意地悪く、自分の腹にでも納めていけば?と思ったが、そう言ったらホントに食べちゃいそうなので
 『ビニール袋に入れてけばいいでしょ』
 娘は暫く考えて
 『つぶれて、ぐちゅぐちゅになっちゃうよ』
 ならないってば…。
 どうやら苺を直にビニール袋に入れて持って行く事を想像した模様。
 『あんたって、どうしてそうオバカなのかしらね。
 タッパーごとビニール袋に入れて鞄につっこんできゃ漏れないし潰れないだろうが』

 ここまで言わないとイカンのか…と泣きそうな私であった。

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応用力はどこで?

 娘には、よく、『自分の言葉で伝えなよ』と言うが、先日、よそのお宅の大学1年生とサシで話をした時に思った。どうやら応用が利かないのは自分ちの娘だけじゃあないらしい…。

 よそのお宅の大学1年生とは、娘が幼稚園の頃から一緒の子の兄の事で、最初、そこんちの母からメールが来た。
 最近の大学というのは、教材にしっかりノートPCなんかが組み込まれていて、有無を言わさず手元に届いたのはいいが、自宅でどうやって使ったらいいのかという相談であった。
 生憎、そこんちのモデム(っつーんだっけ?光に繋ぐやつ)は有線1台のみの対応らしい。しかし、普段繋いでいるPCは既にリビングのインテリア化しているので、そこからケーブル外して、まあ、ノートではあるが繋いだら?という対応で落ち着いた。
 しかし、後日再びメールが来て
 『子供のアドレスは何になるの?』
 『……』
 電話に向かって、んなこた知ったこっちゃないと呟きながら
 『家にいます』と返信したら、『私はいません』と返って来た。もー…。
 『彼の問題なのだから彼が連絡してくれば宜しい』
 30分程過ぎて、ようやくご本人から電話があったものの、蚊の鳴くような声で、最初何が言いたいのだか、さっぱりわからない状態であった。『ええっ?』って聞き返されたくなければ、取って食いはしないので、もちっとハキハキ大きな声で言って欲しいもんだ…。

 まあ、最初にPC買った時、設置設定をしたのが私であるから何かあれば私に電話してくるのはいいのだが、いつの間にか、どっかからの勧誘で『お得になる』のを聞いて、プロバイダとプランを変更したなどと言う連絡は受けていない。勿論そんな連絡は必要ないっちゃないが、だったらそこに相談するのが順番であろうと思う。てか、直に本人にもそう伝えた。
 『電話線使っての話ならNTTが基本。そこのどこにかけていいかわからないなら116に聞くべし。適当に割り振ってくれるから』
 とまで言っても、『わかるかなー』と言う始末。毎回毎回ご本人達の前で、私がそうやって電話してるの見て聞いて学習というのはしないもんだろうか…。

 何日か前、学校の先生が忙しくて仕方が無いので、保護者を呼んで、先生の一日をビデオで撮影したのを観て検討して戴こうというのをテレビでやっていた。
 その先生は、給食を食べ食べテストの採点をなさっていて、自分の時間どころか、自分が勉強する暇すらないとボヤいておられた。それを観ての保護者の感想は、
 『ああいう先生ばっかじゃないと思うしねぇ。気の毒だとは思うけど、私たちだって忙しいし』というもの。

 私が子供の頃を振り返ると、親からは特に教わった事というのは何もない。と言ってはナンだが、別に口うるさく、ああしろこうしろという親ではなかったし、親に何かをきいても『学がないから』とかわされた。しかし、親がしている事をお手伝いする事で、ひとつひとつ出来る事は増えて行った気がする。

 学校でも、工作したり、家庭科で何か作ったり、グループで発表をする時、先生って実習の時は楽そうって思った。生徒に、考えさせて、揃えさせて、作らせた物を見て点数つけるだけじゃん。
 例えば、ブラウス1枚縫うにしても、次回までに布を用意してねと言われて、友達と買いに行った記憶がある。ボタンも糸も自分で選んで買った。どれだけあれば足りるの、こっちの店の方が安いのと、うろうろしてると別のグループに会ったりして、それも楽しかったように思う。

 今は何でもキットである。無駄なく組み込まれた物に親はお金を出し、子供は組み立てるだけ。キットがない物事には、先生が間違わないよう、無駄が出ないよう、道筋を立て、その上をまっすぐに歩かせてゆく。
 授業参観に行っても、子供は口の中でゴモゴモと話し、どの先生も聞こえないとは言わないし、メリハリのない動作をしていても注意しない。まるで注意して、また同じ事を言わせたりやり直させたりする時間が惜しいようである。

 でも、その結果、子供達には、自分で判断する事と、そうする事でどうなるのかと考える力がまったくないような気がする。自分でしたことについての責任を取れとまでは言わないが、物事にはいちいち理由ってのがあるってのはわかって欲しい。

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カッコの中は

 新学期は身体計測を色々する。座高を測るのは日本だけらしいが、娘の代になってもまだ測っている模様。

 一体全体、座高を測る意味ってあるのだろうか?と、ちゃちゃっと調べてみたら、昭和の10年頃は、上半身の成長=内臓の成長と考えられていたからなんだって。座高を測ることで、内臓の発達を調べようとしていたらしい。
 今では、学校の机といすのバランスを見るために測っているそう…で、バランス悪いってわかったところで取り替えちゃくれないんだろうし、そんなもん座ってるの見りゃわかるじゃん…。

 座高はともかく、今、家族の中で、娘の体重が一番重いってどうなんだろう…。ま、主人と同じ位かちっと重い程度なんだけど。

 いや、今日は座高や体重を述べたくて記事にしているわけではないのだった。
 視力である。

 主人もあまり目は良い方ではないのだが、眼鏡をかけるほどではない。しかし、本人は、もうすぐ時としてお世話になる眼鏡が必要になるのだという自覚が始まったらしい。離せばわかる40代ってCMを思い出す。
 私は、中学に入ると同時位から眼鏡が必要だった。頑張れば見えたけど、何せ後ろに座る人が迷惑な座高、もとい!身長だったから、常に後ろの方に座らされていて、頑張ろうにも頑張れない状況に負け、眼鏡を買った記憶である。

 お願いしても本を開いてくれなかった娘が小学校の高学年に入ったらいきなり古本屋通いを始めた。みるみるうちに低下する視力の記録は、未だとどまるところを知らない状態である。
 今年も『保護者の方へ』と書かれた『眼科受診のおすすめ』をいただいてきた。
 そこには、
 『下欄の( )は所持眼鏡またはコンタクトレンズによる視力です』
 とあるのだが、カッコ内にしか文字はない。しかも、右(0.7)・左(0.3可)…『可』ってかろうじての『可』?可能の『可』??

 どっちにしろ、裸眼じゃあ測れませんという事でしょうか。。。

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視力はいくつ? (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 視力はいくつ?
「あなたの視力はどれくらいですか?目が悪い方はメガネ派?コンタクト派?」
 視力は、左右1.0位はある。見えなくはない。テレビとか昼間の運転とか距離感がアバウトで済むものには問題ない。
 しかし、左が近視で、右が遠視である。PCの画面を見る場合には、主に左に任せ、2メートル以上向こうの物を見る時には右目の活躍になる。
 問題は、その日によって違う度合いを示す乱視で、これが弱いくせに、眼鏡をかけても、コンタクトを入れても、角膜に傷を入れても緩和されない手強い相手である。

 ここ1年ちょいになるのだが、右目だけコンタクトを入れる事にしている。これでだいぶ画面を見るのも両目を使えるようになって楽である。

 最近、コンタクトレンズの使い方がひどいという噂を聞くが、雑貨やファッショングッズを扱う店で買えるというから驚きである。
 かく言う私も通販で購入しているが、遠視の格安レンズというのを見つけるのは相当困難である事を知る。やっと処方箋を提示すれば購入出来る所を見つけたものの、処方箋だけを出してくれる眼科が少ない。

 ちなみに今日は眼鏡である。外出る予定がないから…と言いつつ、さっき急に入用な物が出来て、コンビニまで車を走らせた。

 コンタクトは、外してもあまり違和感がないのだが、眼鏡を外すと異様に疲れるので、あまり好きではない。顔がイビツらしくて、長時間かけていると、左の耳の付け根が痛くなるので、テキ屋かダフ屋か予想屋のおっさんのように紙折って挟んでみたりして…。

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最近○○で。。。 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 最近○○で。。。
「昔はできたのに最近できなくなったことはありませんか?英単語がわからなくなった。重いものがもちあげられなくなったなどなど。教えて下さい。」
 昔はできたのに最近できなくなったこと?そりゃー書ききれない位あるが、それをずらずらっとすぐ並べられないってのが最近出来なくなった事のよう。。。。

 最近ではないが、子供が生まれると(って既にかなり遡ってる…)、自分ではもう卒業してしまった色々な事に再度チャレンジする機会が増える。
 例えば、ヒーロー物の番組に詳しくなったり、ビデオの録画の達人になれたり、恥ずかしげなく童話の音読に感情移入が出来たり、リクエストにアカペラで答えたり…。

 それから、公園に行く事。子供の頃に遊んだ他は、大人になったら、無理くりデートコースに織り込んだりでもしなければ、足を踏み入れる領域ではない。
 滑り台やブランコだけじゃなく、鉄棒で逆上がりを披露していた私である。
 『お母さん逆上がりやって』と言われると、躊躇無くオバサンダルでやっていたのだが、ある日突然出来なくなった。
 時々、上がりそこなうというのはあったのだが、なんだかタイミングが合わないではないか。その後何度やっても上がれない、というか、気持ちが萎えて、二度とやりたくないというのが本音。
 ちなみに、娘はとうとう逆上がりが出来ないまま小学校を卒業した。中学生になってから逆上がりが出来るようになった話など、巷の話にも聞いた事がないから、もう無理であろう。

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使い心地

 鼻水が止まらなくなって、1週間以上になる。水あめに納豆菌が合体したような、粘っこい鼻汁である。

 何かというと、簡単にティッシュを引っ張り出してササっと使う習性がある一家である上、この時期だけでなく、一年中いっぱい鼻炎のある主人と娘がいるので、ティッシュを欠かす事が出来ない。

 家計を預かる身としては、そういった大量に必要な消耗品を買う時、特に倹約が趣味があるわけでもないが、なるべくお金をかけたくないという気持ちが働く。
 だからと言って、何だっていいと言うもんでもなく、お米屋さんのサービスデーに戴くトイレットペーパーは、あまり使い心地が宜しくないので嬉しくなかったし、新聞屋さんが更新のお礼に下さる洗濯洗剤は、すぐ塊が出来てしまうので、他の物にして下さいとお願いした。

 新聞屋さんも販促品にお金がかかって大変なのあろう。洗濯洗剤は最初アタックだったのに、聞いた事もないブランドとなり、変更してもらったティッシュも、どこの店にも置いてあるのを見た事がないような物であった。とはいえ、200組入5箱を1Pにして3P。3ヶ月毎の更新なので、おかげでティッシュは買わなくなった。
 ところが、前回更新して持ってきた時、なんだか申し訳なさそうに差し出す。
 『メーカーを変更したので、これだけしか渡せなくなってしまって…』
 3箱を1Pを1ヶ月分として3P。
 確かに少なくなったが、Kleenexティッシュであった。正直言って、普段は手が伸びないブランドである。

 さて、自分で鼻の下が赤くなる程、一日中ティッシュのお世話になって気づいた事。

 それまでストックしてあったエルモアを使っていたのが底をついて、いよいよKleenexの箱を開けた時である。
 あら、Kleenexティッシュって、すごくやわらかかったのね。

 今後、我が家のブランドが変わるか…どうかは定かではない。

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二日酔い気味

 と言っても、別に酒の飲みすぎではない。昨日は結構飲んだし、それを理由に帰ってひとりでとっとと寝てしまったが、体調は至って普通。
 しかし、イマイチ吐き足りない気分。

 それは昨日、イトーヨーカ堂で出会った非常識親子の件の後の事である。

 昨日、我が家は知人の家に半日いた。
 今はすっきり晴れてしまったが、昨日今日と花冷えどころか、一旦しまったダウンジャケットをまた引っ張り出して着てても誰も笑わないような寒さである。しかも、昨日の昼過ぎから今日の昼過ぎまで雨となった。

 いつもは車で行くのだが、飲む気満々だったから電車で出かけ、帰りの雨は覚悟だったので折りたたみの傘を持って出た。
 しかし、着いた先で、昼は外に食べに行こうと言った時には、私の感覚ではまだ雨は大丈夫だと思い、鞄から傘2本を出してしまった。ってか、誰もそんなに早く降り出すって思わないから、知人のふたりも傘を持って出なかったし。。。ところが、食べてる最中に降り出したってわけだ。

 娘と私のジャケットには帽子がついていたし、知人の男性も帽子を被っていた。大した降りでもなかったから、主人はそのまま濡れてゆき、知人の女性に、幸いにも鞄に入りっぱなしで持っていた娘の傘を貸して、もともと寄るつもりだったヨーカ堂で、折りたたみをひとつ購入したのである。
 この知人のところにくると、いつも娘はヨーカ堂で本を1冊買って貰うのを楽しみにしているのである。で、我々もついでにフラフラして、本屋で少し立ち読みし、さあ、帰ろうと出口迄行き、買った傘を主人に渡すした時である。

 『これだけ?』
 ホントは、ヨーカ堂に着いた時、知人の女性が、娘の傘を差して先に家に戻り、人数分の傘を持ってくると言ったのであるが、そこまでする降りではないし、
 『1本買うからいいよ』と断った。
 『傘なんか山程あるでしょうに』
 そんなこた言われなくてもわかっているのだが
 『うちは山程ないから平気』と言うしかない。
 だからと言って、仰々しく人数分買ったら、それこそ帰って持ってきてくれると言った知人に申し訳ないではないか。

 しかも、
 『普通の傘が欲しい』
 って、折りたたみ傘のどこが悪いんだか理解できないっ。だいいち、普通の長い傘なんかヨーカ堂中フラフラしてる中ずっと持ってないのに、今ここで出したら手品師で食っていける。そんなに普通の傘が差したかったんなら、もっと早く言えばいいじゃん。
 そりゃ、水玉模様を買った私が悪かったのかもしれないけど、うちに持って帰って使うのは、断然主人よか娘や私や母なのである。それこそ、普通の傘は、もうぶら下げ切れない位うちにもあるだろうが…。
 それも、間に合わせのどうでもいいってのが見え見えの、自分っきゃ使えないだろうってグレーの紳士物を選んだ…。なんかお金出すのも腹が立ったから
 『ポイントでっ』
 ささやかな抵抗である。

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やな予感

 昨日から、娘は春休みである。花粉症の時期だけれど、慢性鼻炎な彼女の朝は1年中、鼻水との戦いで始まる。目が覚めると鼻にも指令がいくのか、なんとなく治まる模様。しかし、世の花粉症にも付き合いが良いらしく、やっぱり今の時期は、いつもよりひどい。

 いつもより鼻垂れひどくなる時、それは、本格的に体調を崩す前兆でもある。今回はこっちみたい。コンコンかすれたような咳をするし、喉も痛いという。だから昨日は、午前中にかかりつけの内科へ行かせた。

 少し前迄、娘が風邪をひくのは要注意であった。なぜなら、主人とはアカの他人なので、寝起きを共にしていて風邪をひかれても、私は何でもないのだが、血を分けた娘が風邪を引くと、必ず貰っていたからである。主人の風邪を娘が貰っても、気をつけていないと私も被害を被る破目となった。
 ここ何年かは、娘との縁も薄くなったのか、あまり戴かなくなっていたような気がする。

 ところが、今回は、ちとヤな予感が喉の辺りにある。若干ではあるが鼻の辺りにも感じる。

 ちなみに、この近所の病院は、木曜定休がほとんどである。昨日、一緒に行って来りゃ良かった…などと今朝になって思う私であった。市販の薬で乗りきれるかなぁ。

 少し前に知人から聞いた、
 『風邪には絶対生姜がいいのよ』という話を思い出し、刻み生姜を入れた紅茶を作ってみた。元々は娘に作ってやるつもりで買ってきた生姜で、娘には少し砂糖を入れて飲ませたら、結構美味いし、
 『喉、よくなったみたい』と言う。またまたぁ…。
 作った時点では、私の喉には炎症が起きていなかったのでわからなかったし、入れたばかりでそんなに生姜らしい味もしなかったのだが、今朝、『これはヤバいかも』と思って飲んだ時には、ちょっとびっくり。
 一晩寝かせて、すんごい生姜味になったのも然る事ながら、ゴックンするのが嫌な痛さが一瞬にして消えるではないか。
 のどぬーるスプレーみたいじゃん…。
 のどぬーるスプレーより身体に優しそうである。

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問題ありません

 先週受けた検診の結果を聞きに行って来た。

 朝10時半の予約である。10時半というのは、かなり微妙な時間帯で、下手をすると1時間以上待ったりする事も覚悟の上で出かけた。
 しかし、電車に乗るのにチャージが必要な携帯の残高具合といい、乗ってからの座れた駅具合といい、駅に着いては歩いていての青信号の当たり具合といい、なんだか良い塩梅である。
 診察券を窓口に出して、座って、順番の表示された掲示板を見ると、既に自分の番号が表示されていて、次回の予約を取るのに、スケジュールを確認する間もなく呼ばれてしまった…すごい。

 さて、検査結果を聞くにあたり、先日もここで触れた内視鏡の話題になった。
 『どこが特に苦しいですかねー』
 先生の腕が…とは言えない私。
 『喉とかお腹とかに圧迫があるのは、ある程度しかたないんですものね、後で歩けなかったわけでも、具合悪くなったわけでもないし、問題ないと思います』
 『最近は細いのも出来たんですけどね。当院にもあるんですよ一応』
 だったらそれを使えないものなのか??つっこんで聞いてみた。

 先生がおっしゃるには、最近広まった鼻から挿入用の内視鏡は、カメラが小さいので写りがイマイチで、それで検査に使うに踏み切れないのだそう。じゃあ、しょうがないですよねぇ。。。そう言うしかない。
 来年また検査を受ける時までに、先生の腕が上がるか、カメラの性能が上がるか、やっぱ私が安定剤を飲むべきか…内視鏡の進歩の夜明けは、まだ遠い。

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頭がこってます

 ちょっと一段落したので、一昨日美容院に行った。昨年の10月に行ったきりだったので、彼是半年ぶりとなる。
一昨昨日床屋に行った主人に、
 『10月から美容院行ってないんだよね』と言ったら
 『俺なんか8月に行ったっきりだった』と返され、負けた…と思った。
 冗談はさておき、半年ぶりの縮毛矯正となり、約3時間のリラックスタイムとなった。
 特にシャンプー。美容院のシャンプー大好き。普通のシャンプーとは別に、2回も、薬流さないといけないから、長々とお湯をかけてくれて、そうしている間も意識が遠のいてゆく。

 調子に乗って、もう少しリラックスしようと、昨日はマッサージに出かけた。いつもの80分コース。22日迄2割引のチケットが無駄にならずに済んだ。
 パソコンの前に一日座りっぱなしの時が多いので、どうしても前に姿勢が傾いてしまっているよう。整体師泣かせの固い身体であるらしい。
 『だいぶお疲れのようですねー』それはいつも言われる事なのだが、珍しく今日は、
 『特に頭が』と、頭をがしがしがしがし念入りに揉まれた。
 いたたたたたた…という感じなのだけれど、ここでも意識が遠のいてゆく。
 『かなり頭使われているみたいで…』と言いつつ、がしがしがしがし…。
 『あら?見えてるみたい』
 思い起こすと、この数ヶ月、昼も夜も休みの日も、なんだかんだと考えていたかも…。まーまるっきり考えないわけにもいかないんだけど、
 『考えない時間作らないといけないですね』と反省。

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ジベルバラ色粃糠疹の経過

 ジベルバラ色粃糠疹。この病名でここを訪れてくれる人の多さに、少し驚いている私であるが、へーほんとに多いんだーなどと感心もしている。

 そのジベルバラ色粃糠疹の経過であるが、やっぱねぇ…ここんとこ、結構痒いんですよ。。。

 皮膚科のセンセが言ったように、湿疹は体中に広がっている模様。今日は、ふくらはぎにもその傾向を見た。
 いつ痒いのかと言えば、風呂上り。普通どんなボツボツがあっても痒いという状況である。
 完治までに3週間から8週間と言われて、病院に行ったのが見つけてから数日なのだから、私の8週間の先は長い。
 
 痒みというのは、これをかいたら、皮膚がダメージを受けるとわかっている大人でも、とりあえずかいてしまうのではなかろうか。痒いところをかくと、恍惚とした気分になるもんね。それによって皮膚が破けて傷がつこうが、血が出ようが、今はかきたいのである。そんで薬を塗る。かくまえに塗らないといけないんだけど、かいちゃう。

 ところが、この湿疹。まあ、かいてなんでもない肌はないんだけど、かいたところで、だからといって?というようなダメージしかないのも不思議。湿疹があるところをかいたようなひどさがない、といえば伝わるだろうか?
 ここでまたフルハートの宣伝になるようだが、私の場合、次亜塩素酸水をシュッシュっとし、スクワランオイルを塗ると、痒みは綺麗に治まるのである。風呂上り、顔はラップするので、ついでに次亜塩素酸水をシュッシュとして塗り塗りする。かくまえにしろよ、とは思うのだが、その欲求のこの効果は別。。。。。

 このまま8週間過ぎたら、すっかり初夏である。

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遅刻したが

 今日は、年に一度の胃カメラを飲む日であった。

 毎年カメラを飲んだ後は、若干ながらヘロヘロになるので、主人に付き添って貰う。胃カメラとセットになっているのは、腹部のエコー。共に検査終了後迄飲み食いが出来ない検査となる。
 今年は、腹部エコーの時間が少し遅めだったので、家を出る時間もゆっくりめとなり、結果それがアダとなってしまった。

 いつもだったら1時間もあれば余裕で着くところ、ちょうど首都高速が渋滞になる時間にかかってしまったらしい。11時20分の予約なのに、診察券を出した時間が12時2分前。
 どう考えても、後日またになるんだろうと半ば諦めて
 『すみません、11時20分の予約だったんですけど』と受付で言うと
 『その旨を腹部エコーの受付でおっしゃって下さい』あら?もしかして受けられる?

 腹部エコーの受付に診察券を出したら、いつものように案内をされ、どちらかと言えばいつもより待ち時間が少なく検査終了となった。
 へー…遅刻したのに受けさせてくれるんだー、と関心するやら、これは時短になるなどと悪い考えが頭を巡るやらであった。
 何はともあれ後日改めてって事にならず、めでたしめでたし、である。

 最近の胃カメラは、カメラ部分がうんと小さくなり、管も細くなり、鼻から入れるところもあるらしいが、この病院は何年経っても相変わらずな方式である。鼻から入れろとは言わないが、そんな細い管が出来たのなら、せめてそれを口にも採用して欲しい。
 思えば年々年をとるわけで、こんなもん慣れるが早いか力の衰えが早いかの状態である。来年は安定剤を使って貰おうかな…と真面目に思う。

 この病院は、訪れて最初に診察券を機械に通すと受付票が出てきて、受付番号が振られる。そこにある程度のメニューが記され、私のように1ヶ月以上間が空いての再診察は、まず保険証の確認を促す指示があったり、診察券を自分が受ける科の受付窓口にもっていけば、いちいちこちらの説明がいらない便利な病院である。
 例えば、腹部エコーを受けると、午後に胃カメラですねとか、採血に行くと採尿もありますねと言ってくれるのだが、何故かいつも胸部レントゲンだけが洩れる。
 全ての検査を終えて会計受付を済ませ、会計が済むのを待っていると、間もなく会計受付窓口にその番号で呼ばれ、
 『胸部レントゲンが残ってますので』と言われる。
 4回受けて、4回ともそう。毎年、さー帰るぞって段階で、あーレントゲンあったんだっけと思い出す。
 『これ何とかならないんですかねぇ…』とは言ったものの、覚書にしとくしかないんだろうね。

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ジベルバラ色粃糠疹

 4日程前になるだろうか、両腕に、あら?という発疹を見つけた。手首を過ぎたところから追うと、薄くだけれど肩の辺りまで発疹は広がっている。一瞬、紫外線アレルギーにしちゃ早いよね、と思ったけれど、よくよく全身を眺めると、腹回りから足の付け根にもブツブツが…。
 しかもこれ、紫外線アレルギーの時のように、チクチク痛痒い事もなく、見た目華やかな割に何ともない。

 とりあえず、様子を見ていたのだけれど、一昨日より昨日、昨日より今日の方が、確実に広まっている気配。とっとと病院にいこっと…。
 時間が経っても治まらないってのは、内科じゃなくて皮膚科であろうと診て頂いたところ、出てきた名前が『ジベルバラ色粃糠疹(ひこうしん)』…何それ。

 主として20~30代の成人にみられ、腹部を中心に、突然たくさんの赤い発疹が出る。派手に見えるわりには自覚症状も少なく、自然に治る上、ほとんど再発がない為、特に心配のない病気とあるが、原因は未だ不明。ある種のウイルスの再活性化により生じるという説や、細菌感染に対するアレルギー説などがあるらしいが、結論は出ていないそう。

 一番気になるのが、
 『うつります?』
 『いえ、うつりません。そんな悪い病気じゃないんです』って、原因不明なんだよね?その自信はいったいどこから沸いてくるのであろう。

 文字通り、ジベルさんという医師が最初に報告をし、『ばら色粃糠疹』とは『細かいフケが付着したバラ色の斑点』という意味なんだって。ちょっと素敵なお名前なんて思ってたら、フケかい…。
 頻度の高い皮膚病でありながら、ほとんどの人が知らないというのは、名前のややこしさと、ほっとけば治るし、他への感染も認められていないので、かかる医者を間違えるとストレスかなんかで片付けられてしまっている事が多いからだという。人によっては痒いので、薬が必要な人もいるとか。

 自然治癒ったって、3週間から8週間かかるって…8週間て、まるまる2ヶ月だよ…。
 『その様子だと、もっと広がるかもしれません』というお墨付きをいただき帰ってきた私であった。

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年に1度の健康診断

 気づいたら、もう先週半ばの話になるのだけれど、年に一度の主婦健診があった。

 35歳を迎えてから、毎年欠かさずに受けている健康診断だが、今年はマンモグラフィの予約の兼ね合いで、3月になったというのに、何故かこの日は、いっつも、かなり寒い。
 マンモグラフィが診察項目になかった頃は、婦人科検診にひっかからない日程であれば、だいたい希望の日がとれたから、1月中に受けていたから寒いというのも当たり前であったのだが、3月の声きいて、昨日も明日も暖かいのに、今日だけ寒いってどうよ…。

 8時半迄に入れというから、8時半前にはしっかり受付を済ませ、通しナンバーも2という誉な数で、順調にカリキュラムは進んでいった。
 しかし、ひとつ自費でつけたオプションがあった。婦人科では、子宮ガン検診と乳房触診検診が標準でついていたのが、マンモグラフィか超音波診察か選択で選べるようになってからはマンモグラフィを選んでいたのだけれど、今年は、超音波も受けてみるか、と申し込んでいたのである。

 超音波診断は、乳房に限らずあるわけなので、当然順番になるのはわかる。実際、すごく待たされた。しかし、並べられたカルテを見れば、それ位かかるだろうというのは納得したから別にいい。
 その後、婦人科と内科を受けるフロアに移動し、それなりに待たされ受診した後、更に、
 『マンモグラフィの順番がまだですから、お呼びするまでお待ち下さい』
 と言われても何とも思わなかった私であるが、随分してから名前を呼ばれ、朝受け付けを済ませたフロアに呼ばれた時は、やれやれ、これでやっと検査が終わると思ったのは事実である。ドア1枚は外という場所で、道路を挟んでむこうにある別棟に検査に行くのを待たされる身としては、果たして何分迄が限界なのであろう?私は、20分でキレた。

 何にキレたかといえば、カウンターの向こうで、私の姿を終始確認できている状況で、『随分経つわよね』とささやく声を聞かせながら、何の手も打たない事務員の対応に、である。
 『キャンセルします』
 『よろしいんですか?』よろしいわけがないではないか。
 『待たせ過ぎだよねえ?賄いきれないんなら、予約させないでいただけます?だいたい、この時間になるんだったら、8時半に入る必要まったく無いでしょ』
 と言いつつ、今年は超音波で見て貰ったからいっかという気持ちはあった。そっちを標準にセットしていただき、オプションつけなかった事にすれば、事務処理としても問題はなかろう…。

 にしても、メタボ対策で、40歳以上の被保険者・被扶養者を対象に健康診断を義務付けるとかなんとかの噂が聞こえるというのに、こんな進み具合で大丈夫なんだろうかここは。

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ちょっとわくわく

 娘が体調を崩した。今回は喉である。喉というと、過去2回溶連菌に感染したので、まず舌を見てみるのだが、舌の突起はほぼ普通で、でも喉の奥はまっかっかである。

 昨日はまだ元気だったのだが、来週学校でスキーに行くという事もあり、朝一番でかかりつけの医院へ行かせた。当初は休むつもりはなかったのだが、遅刻の連絡をしたら先生が『無理して来なくてもいいのよ』と言ったらしく、すっかり休みモードのスイッチオン状態。まあ、今日休めば月曜からすっきり学校へ行けるかもしれないと思い休ませた。

 ほぼ1日元気だったのだが、その夜発熱。38.5度。うーん。喉も時間が経つと共に痛みを増し、1日水物しか摂り入れられず、それを飲み込むのもしんどい模様。
 翌朝、もう一度診せに行くべきか医院へ電話した。あわよくば本人は連れていかずに薬の追加もしくは変更を企てたのだが、先生が『インフルエンザかもねえ』という。。。だったら行かないとダメじゃん。

 実を言うとインフルエンザの検査というのを初めて目の当たりにした。ラップに鼻水を進呈するのか…。
 『15分程かかりますので』と看護婦さんがと言うので待つこと15分。
 名前を呼ばれて一緒に診察室へ行ったら、妊娠検査キッドみたいのが出てきた。判定の結果は微妙…。
 『A型はうっすら出てるんですよね』

 実を言えば、医院に着いてから熱を測っても37.5度と下がっていた。38.5度が1度下がれば、本人かなり楽である。が、もしヒットなら今晩から熱に魘されるだろうとの事なので、薬はいただいてきた。

 リレンザという吸入して熱を緩和させる『装置』である。ロケットみたいな形をしてて、両手で両側に引っ張るとカチッと2分割される。片一方は蓋である。本体側を更に2分割。片側に小さい4穴ディスクがついてる。ここに、これまた円盤みたいな格好した入れ物の粉薬を入れて、装置をカチンと戻し、縁日のハッカみたいな吸い口から吸入する、と注意書きにはあるが、なんかわくわくしちゃう…。

 『熱が高くなったら、これを使って下さい』てことは、熱が高くならないと使えないんだよね。インフルエンザになって欲しいわけじゃあないんだけど、ちょっと使ってみたい気はする。

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泣けた…

 主人が肩が痛いというので、小林製薬のレンジでチンして載せて血行不良を改善するやつがあるのを思い出して使っていた。結構気持ちが良いらしく、ここ数日、何度か温めて使用していた。

 注意書きには500Wレンジで2分とあるのだが、守った事はない。だいたい私がレンジで使うのは、ご飯を温めるのも牛乳を温めるのも『自動』のボタンをピっとする、だけではないが、だけに等しい。前回も前々回もその前もそうやってたので、当然今日もそのようにしたのだが、自動1回だけでは少しヌルい感じがして、ついもう1回自動をかけていた。

 今日は、私も肩のコリを感じる日だった。主人が温め終わったら、自分の為に温めて使う気でいた。ところが…

 今日に限って何故か目が沁みる。コンタクトを愛用している私は、目の調子が良い事は少ない。今の時期は特に乾燥しているし、なんだかカサカサな毎日である。多少目が沁みる日も確かにある。けど、今回はどうなんだろう。すっごい沁みるのだ。もう、泣ける寸前みたいな感じ。どうしちゃったの?と思ったわけではないのだが、主人を振り返ると、気持ち良くてか目を閉じている。でも、閉じてるの?瞑っちゃってるの?…よくわからん。

 じーーーーっと顔を覗いていて、目を開けた主人が、何の気無しに『何か目が沁みて…』というのをきいて、こりゃやばい!と思った。
 肩に載せてる『それ』を外して遠くに持っていき、換気扇を廻す事30分。症状は消えた。

 これは、温め過ぎって事?古いって事?よくわかんないけど、もう使えないよね…。

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人ごとのはずが

 薬害C型肝炎訴訟の原告・弁護団が、国との和解に合意をした。何度もテレビに映される面々を覚えてしまう程多くの報道があり、これで彼女達の苦労も少しは報われるのだろうと思いつつも、所詮私自身には係わりのない事だと思うともなく思っていたところである。

 昨日の朝、厚生労働省は、C型肝炎感染の危険がある血液製剤が納入された約7500の医療機関のリストを、新聞折り込みの政府広報として配布したと聞き、ちょっと手が止まった。

 厚生省のページには、
1994年(平成6年)以前に公表医療機関で治療を受け、
 ・妊娠中又は出産時に大量の出血をされた方。
 ・大量に出血するような手術を受けた方。
 ・食道静脈瘤の破裂、消化器系疾患、外傷などにより大量の出血をされた方。
 ・がん、白血病、肝疾患などの病気で「血が止まりにくい」と指摘を受けた方。
 ・特殊な腎結石・胆石除去(結石をフィブリン塊に包埋して取り除く方法)、気胸での胸膜接着、腱・骨折片など の接着、血が止まりにくい部分の止血などの治療を受けた方。
上記にあたる方は、フィブリノゲン製剤(フィブリン糊としての使用を含む)を使用された可能性のあるので検査を受けて欲しいとある。

 リストに、私が出産した病院の名前を見つけた。
 私は1994年に出産をしている。逆子ゆえの帝王切開であった。
 って事は、検査対象者である。人ごとじゃないんじゃん…。

 手術や治療の際に、どのような名前の薬を投与すると教えてくれる病院は、私の経験ではひとつもない。

 カルテも残っておらず、使ったかどうかの公表もしていない病院に電話したところで何がわかるというものでもないだろうから、区役所にある保健所に電話してみた。
 『検査の必要ありますか?』
 『微妙ですね』
 一応検査を受けた事がないのと、手術をしているので、無料で検査を受ける権利はある模様。それを受けないという手はないので、そののまま予約をしたところ、リストの公表のせいかわからないが、既に1月は満杯であるという。だいたい月2回しか実施してないんじゃあ満杯にもなるだろ…と思いつつも、結果が届くまで1ヶ月位かかるというので2月の早々に受ける事に決めた。

 癌の時にも驚きというより『そうきたか…』と思ったものだが、『今度はC型肝炎の疑いか…』
 今後も賑やかな生涯であるらしい。

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大工事の予感

 行きました、歯医者さん。

 あわよくば今日…と、被せてあった銀が取れた日に電話したら、受付の博多人形風のお嬢さんは居たのだが、肝心の先生が午後は学会でいらっしゃらないとの事で、翌日の昨日、12時に予約を入れていただけた。

 『取れたの持って来ましたか?』
 私が出したプチ袋に入れた銀歯を受取り、暫く眺めていた衛生士さんは
 『これ…いつ頃治療したものか覚えてますか?』
 覚えているわけがない…。でも、銀を被せたので最古の記憶は小学5年の夏である。

 なんでそんな事を覚えているかと言えば、私は物心がついてから病院の類に介添えを頼んだのは入院を伴うものと、コンタクトレンズの入れすぎで、真夏に母に手を引かれて眼科に行った時だけである。
 歯医者の受付で、被せるコース料金が書いてあるメモを渡され、
 『おうちで相談してきてから決めて下さい』
 と、言って帰され、後日8,000円持って行った覚えがあるからなんだけど、だとしたら、結構もったよね。

 『今はこういうの使わないんですよね』
 という衛生士さんの言葉に、きっとその位昔のやつだ、なんて思う。
 『せっかくですから新しくして下さい』
 『そうですね…あと、その手前のやつも、これと同じようなつくりしてるんで、もしかしたら取れちゃうかもしれない』
 『この際ですから、そっちもやっちゃって下さい』
 前回治療を終えた時に、被せてある銀が随分古いものもあるので、そのうち付け直した方がいいかもしれないとは言われていた事であるから、良い機会なのかもしれない。

 正直言って私の口の中は、もうロボコップ状態で、幸いまだ差し歯は1本もないが、奥の方はギンギラギンなのだ。それを主人に言ったら、ターミネーターじゃなくて良かったよ…って、全身ロボットだったらこれ以上年とらなくっていい。

 何しろ、ちょこっと被せ直して戴くだけのつもりが、大工事の予感である…。

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歯医者さん行くの?

 朝ご飯のプルーン噛んでたら、前に座ってる娘に聞こえる位大きく『がりっ』と音を立てて、治療した歯に被せてあった銀が外れた…。
 また歯科の予約取らなくちゃいかん…と口から外れた銀歯を出したら、娘が
 『お母さん、歯医者さん行くの?』と羨ましそうに聞く。

 実はうちの娘は歯医者さんが大好きなのである。歯石を取ってもらうのが特に好きらしく、小さい頃から1人で通えた。もしかして、単にかまってもらうのが嬉しい愛情不足の現れだったりして…。

 小さい頃から歯医者に通うというのは、私の認識不足で、早々に虫歯菌を混入させてしまったせいらしい。歯が生えたのも自慢できる位早かったのだが、虫歯になったのもピカイチだったのである。
 おまけに、小学校の後半に入ってから宣告されたのが、永久歯が2本足りないと言う事であった。今ある乳歯の下にあるはずの影が両側まるっきりない部分がある…。
 若干足りない子だと思っていたら歯も足りなかったのか…。

 ずっと通っている歯医者さんは、男の先生がひとりで、削ったり、最後のチェック以外は、全て女性の、技工士さん?衛生士さん?その人達がするのだが、なんだか皆さん、かわいかったり綺麗だったりの若めのお嬢さん達なのである。受付のお嬢さんも美人ではないが、博多人形のようにちまちまっとしたパーツでかわいらしい。
 しかし、そう打っていて今気づいたが、あまりメンバーが変わらず既に5年以上経過しているのだから、みんな順調に年はとってるのだな…。

 若めのお嬢さん達だからかどうかわからないのだが、患者さんを呼ぶ時に若干の差別だか区別があって、明らかに子供、うちの娘なんかだと○○ちゃんと呼び、男の子なら○○君と名前で呼ぶ。それ以外は苗字に『さん』付けが普通かと思うのだが、若い男の子の場合は苗字に『君』付けな模様。一体いくつ位から『さん』になるのだろう…と、素朴な疑問。

 うちの娘は、可愛いより綺麗より、カッコいい女性が好きで、例えばレオパレスの踊るCMの藤原紀香さんだとか、女王の教室の時の天海祐希さんなんかが彼女にとってはカッコいいらしい。
 で、歯医者さんのところにいる女性にもひとり、すらっと背が高く、黒いストレートの髪を後ろでゴムで結んだ方がいて、ずっと憧れていたみたい。
 でも、前に行った時だったかな。いつも大きなマスクで目の部分しか知らずにいて、マスクを取った顔を見てしまったら、思いのほか……だったらしく、帰って来ての落ちこみようったら、初恋に敗れた少年のようであった。

 以来、彼女の顔を見ると、どんなんなんだろ、とわくわくしてしまう私なのであった。予約とらなくっちゃ。

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決めるのは当方…ったって

 二日続けての病院ネタである。

 昨日の昼を廻った頃、叔母の携帯から電話があり、病院探しを手伝って欲しいとの要請だった。
 少し前にもここに書いた通り、来年71になる叔父が食道癌となり、紹介状を書いて戴いた病院へ行ったところ、2月末迄ベッドの空きがなく、治療にしろ手術にしろ早くした方がいいので、別の病院を探して欲しいと言われての事である。
 叔母としても、もうこの時期に今日明日入院が出来るわけではないのは承知の上だが、どこに行くのか決めないと、年も落着いて越せない状態なのであろう。

 自分の時にも思った事だが、どこの紹介状でも書きますから病院名を言って下さいというのは、患者にとっては、選ぶ権利というより、くじ引きで自分の命を決めるようなものである。
 例えば新しい美容院を選ぶだけでも、髪なんか数ヶ月あれば伸びるのがわかってたって、看板と金額と雰囲気に賭けるのすら勇気がいるというのに、命に関わる物事を、病気になった側が探し選ばないといけないシステムというのは、なんとかならないのであろうか。
 どうやら医者側から、こちらがお奨めだとか言えないらしい…でも!である。

 叔母からは、とりあえず3つの病院に打診してみてくれと言われたので、ネットで電話番号を調べ、電話してみた。3つとも同じように言われたのは、まず、診察を受けて戴いて、入院が必要かそうではないかはこちらが決めますとの事。
 言われてみればその通りではある。どこの先生だって診なければなんとも言えないだろう。が、しかしだ。叔父は食道癌であり、もう早くどうにかしないといけないし、出来れば切った方がいいだろうという検査結果は出ていて、紹介状を持って行った先でも早急にと言われているのに、うちで診てみないと答えられないというのは、どうなんだろう。
 だいたい、入院手術したくて言ってるわけではない。必要だと言われたから探しているのだ。
 しかも、ベッドの空があるかどうかも答えられないという。私は、行った先で、また前回と同様空きがないので他をあたってくれと言われる時間を惜しんで、今電話しているのである。
 とうとう3つ目の病院で
 『また同じ思いをさせたくないので、出来れば確実に入れて下さるところに伺いたいのですが』と言ってみた。すると、
 『当院は、治療が必要と思われる患者をそのまま帰したりしません』とおっしゃる。加えて、
 『食道癌と言いましたよね?ここには食道癌の権威がいます。年が明けたら、紹介状を持っていらっしゃい』
まだ入院できたわけでも、切ったわけでもないが、叔母には、
 『後は松が取れないと行動できないんだから、正月は明るく楽しくやってくれ』
と電話した。

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今年もお世話になりました

 昨日、今年最後の検診に行った。3ヶ月毎の採血と問診である。

 10時半という予約時間は大変微妙な時間帯である。うちからここまでの所要時間は、1時間半じゃ少しキツいといったところなので、予約時間に着くという点で言えば、さほど無理せずに出る事が出来る。しかし、9時から診療が始まり、スムーズに流れて10時半を迎える事はまず望めないので、押せ押せに進み、皺寄せを受けるか受けないかというところが微妙なのである。
 なので、出るのはキツいが、その後ここで1時間以上待つ事を考えると、9時とかせいぜい9時半の予約が望ましい。

 まあ、大きな病院では珍しくもない光景だが、薄い壁と仕切りのある長屋状の部屋に、消化器外科の先生だけで10人近く並んでいるだろうか。その前は小さい病院ならふたつみっつ入ってしまいそうな待合所に、自分の番を待つ患者さんがびっしりと詰めている。

 以前は、自分の番号札だけが頼りで、前に何人の待ちがいるのか見当もつかなかったのだが、2年位前からだろうか、部屋の前にモニターを設置し、先生が今何時台の予約をこなし、もうすぐ呼ばれる人のナンバーが5人分表示されるようになった。だから、そこに自分の番号がない場合は、まだまだ待つ、という事はわかるようになったし、10時半廻っているのに、先生はまだ9時半台の患者さんを診ているという表示の場合、かなり長々とかかった人がいた、ということである。

 患者さんによっては、入ってすぐ出てくる人もいれば、いつまでも交代しない人もいる。
 いつも私の担当医は、一番奥の部屋にいて、3年半以上通う内、違う部屋にいたのは、今回で2度目である。普段は高笑いしても聞こえそうにない程遠い部屋なので気にした事はなかったのだが、今日の担当医の場所は、ドアは閉まっているとはいえ、中の声は、ほぼ筒抜けであった。

 部位が部位なだけに、あまり若い患者はおらず、だいたいが壮年を過ぎまくっているわけで、暮れにもなると、今年一年の感謝を込めたごあいさつから始まり、質問も繰返しなら、先生の答えも回を追う毎に、噛んで含んだような細かい説明となってゆく…。
 ある人は質問し忘れを恐れてか、患者1人、付き添い2人の3人チームで、メモを取れるように紙と鉛筆迄持参し、意気込んで入って15分経過。先生も『…ということで、はい!』と区切る意味で語尾を強める事3回…お医者も楽じゃあないよね。。。

 でも、今日は、10時半予約が11時には終了。まあまあですか。でも、実は9時45分には着いて、採血してからなので、滞在時間はそれなりである。

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誰の為?

 人は『覚悟』を持った時、何を思うのだろう。
 例えば事故なら、ぷつりと切れたその瞬間を、手放さないよう逃がさないよう、必死に追い求めるのかもしれない。誰の為に?
 多分、自分の為にである。

 私は私が病気になった時、いやらしいくらい周りから冷静に見えただろう。ほんとは泣き叫びたいのをカッコつけてごまかして、ひとりになったら、ありとあらゆる手段を使って、『生』にしがみついてるんだと思われたのかもしれない。
 私が今日知ったのは、叔父の病と、それについて、自分の時のほうがジタバタしていなかったという事実である。

 留守電が入っていた。『帰ったら電話下さい』という母の妹である叔母からだった。
 私の父は他界して3年以上経ち、母も離れた土地に移り住んでいる。便りがないのが無事の便りだというのを実践している親類縁者であるから、電話といえば、まあ、心臓にくる内容が少なくはない。
『叔父さんが、食道癌なの』
 わかりやすく言えば、叔父さんが死んだのと言われたのと同じような反応だったように思う。だからと言って、とくに何でどうしてというような動揺も高鳴りもない。
 何か物語の次の頁を目にした時みたいに『そうか』と受止めるしかないわけである。
 それは、自分ももう40歳を過ぎ、その親だ叔父だ叔母だというのが、いつどうなっても文句の出ない年齢であるからで、申し訳ないが、順番だからなのである。

 こんな病気だって、本人には知らせていないというのは、最近ではドラマの中でも流行らないらしい。たいてい本人が知ってて、後をどうするかも本人が決める、という流れになったのは、一体いつからなのだろう。
 色々な治療法があるし、戦っていくには当事者の強い意思が必要だし、結果生存率が上がってわけだし。
 なにより、それにおいつけ追い越せとばかりに、癌になる人は確実に増えているから、内緒内緒どころではないのかもしれない。
 私の親戚や知人を見渡しても、両親及び姑が大腸ポリープ除去をしているし、すい臓癌もひとりいたし、大昔に子宮癌だった叔母さんがいたのも思い出した。私自身は胃癌、そして今回の叔父が食道癌である。
 親戚以外にも、子宮癌1人、咽頭癌1人、肝臓癌1人いるが、幸いにして、それが原因で他界したという人はひとりもいないというのにも今気づいた。

 にしても叔父は71歳。叔母はもう天国の入口を見つけているような気分であるらしく、
『私は今迄精一杯世話してきたから』悔いがないような事まで口走っちゃってる。
『そりゃ叔母さんは悔いないだろうけど、叔父さんはまだまだ生きたいんだと思うわー…』
 しかし、留守電に迄入れてきたのは、癌経験者である私に病院を紹介しろというものであった。なんだかんだ言ったところで、結局生かしたいんじゃん…。

 かくいう私も、ああしたらいいの、こうしたほうが得だのと、今、自分が出来る最善の道を手探りしている。それは、どこか、何かあった時に自分が後悔しない為のあがきのように思えて嫌なのだが、俎板の上の鯉でいれば良い本人だった時は、うっとおしい程だったけれど、第三者って、こうやってあがくしかないんだよね なんて改めて思ったりする。

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生きています、というお礼

 娘が胃痛を訴えるので、何度か行った事のあるクリニックへ行った。先生はおひとりであるが、内科、消化器科、皮膚科、小児科、アレルギー科と色々掛け持ちされている。
 たかが胃痛ごときでと思われるかもしれないが、胃痛という言葉には若干敏感にならざるを得ない。
 それは、主人が一昨年、今や日本人の2人に1人はかかるというピロリ菌の除去には成功したものの、良性とはいえ小さなポリープを胃に抱えている為、年に1度はカメラを飲んでいるし、私はといえば、彼是3年半前胃癌に掛かり、既にその全てを無くしているからである。
 もしも、こういった病気に、体質だとか遺伝だとか家系のようなものが関係する事があるにしても無いにしても、親に出来る事といえば、こうしてさっさと病院へ彼女を運び、こと細かに状況を説明する位である。

 診療前の経過説明を看護士さんにしたところ、意外にも看護士さんは娘よりも私の経過に興味を持った模様。

 私の癌は、主人の会社から年に1度要請がある35歳以上の主婦健診で見つかった。
 いつもは結果書類が届いておしまいだったが、その年、後日改めて電話が入り、精密検査を受けるよう言われ、カメラを飲んだ。その再検査の結果が通常2週間程度で届くといった説明を受けたのに、1週間待たずして電話連絡が来たことと、先生が直接話すという内容を、中継ぎの事務の方が、さほど急がない様子でいつでもいいと言ったにもかかわらず、自ら最短の日を選び、数日後に聞けた事が功を奏する結果となった。
 月初めに知り入院