カテゴリー「文化・芸術」の16件の記事

焼きそば、いかがっすかー

 今年は町内会の班長をしている。
 班長の最重要職務は、集金と夏祭りの遂行にある。祭りは毎年7月のこの時期。私の班は今年から焼きそばであった。

 焼きそばは3班合同である。カレーが4班、とうもろこしとフランクフルトは各1班、そして福引が2班の割振りで、経験者が残るよう毎年1班ずつスライドするので、あと2年は焼きそばを作る班なのである。

 実を言うと、前回お手伝いをお願いされた時は、指定の時間に現場には顔を出したものの、自分の班の班長さんの顔も覚えておらず、従って誰に指示を仰いでいいのかもわからず、ひとりでおばさんパワーの渦に飛び込む勇気もなく、すごすごと引き上げた私である。

 さすがに今回は逃げるわけにもいかない。
 というか、材料の見積、仕入れ、会計、感想反省文および次年度への申し送り作成と、ほとんどひとりでやった。
 そんなものは分業する程の事ではないからいいのだが、現場はさすがに仕切れない。だって、さっき書いたように、現場は新人なんだもーん。
 幸いにして、作り手さんはベテランが多く、動きだしたら結構スムーズに流れ出した。まー30年も続いている祭りだからね。今年たっぷり堪能したので、来年以降は私も役に立てそうである…。

 売ったのは1パック100円で650食。
 どうしても焼きそばの麺は3個1パックだったり、ピーマンは5個1パックだったり、650パック分を一度に作るわけにいかないので、1鉄板分ずつに食材をわけ、下拵え等を担当の班のご家庭にお願いする。
 その分割分に綺麗に分かれるように食材を購入するのは不可能に近い。というか不可能…にもかかわらず、いざ分割してみるとピーマン1個余っていない…なぜ???
 しかも、ホントは650パックじゃどうにも割り切れなくて、640食に減らすか680パックにふやすかしないと端数が多くなる為、640パックの仕入れだった…のに、出来上がったのは650食分の袋…どして??

 頭数6名の作業になると、誰がどこで何をしでかしてるか不明な部分が出てくる模様。

 ともあれ無事完売。色々あったが、めでたしめでたし。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

雛人形

 1月の下旬に高校時代からのつきあいである友人と某デパートに雛人形を見に行った。雛人形を見たいというのは、彼女のリクエストであった。

 あるある、一杯並んでる。そりゃそうだよね。売ってるんだし…。
 すぐに店員が寄ってきた。
 『贈り物ですか?』
 自分の娘に、というには年がいった二人連れである。かといって、お孫さんにというには、いささか…という客に、そうとしか声の掛けようがなかったのだろうが、雛人形ってのは、腹の中に納まるもんでもなし、簡単に贈られても困るもんじゃあないのか?などと思いながら、
 『あ、目の保養に参りましたの』
とかわすと、ささっといなくなったが、この後『目の保養』と口にすること数回…。
 勿論互いに買う予定なぞない。
 『いやー、自分ちのって考えずに観ると楽だよねー』
 というのが彼女の感想である。

 私の実家には、2人いる子供が女の子であるにもかかわらず、雛人形というものがなかった。たまたま中学の友人のお母さんが、木目込み人形を創るお仕事をしているのを知った時に見せて貰ったパンフレットの雛人形。欲しかったけれど、とても買ってくれとは言えない金額に、自分が結婚して、もしも女の子が生まれたら、木目込みの親王飾りを買おうと決めていた。
 たった1度の買物に、当時は吟味に吟味を重ね、これなら、というものを選べたわけだし、今も満足しているのだが、年々その雛人形様の場所がなくなってゆく我が家…。
 去年は36インチのブラウン管のテレビの上にその座を確保したのものの、暮れにそのテレビは薄型になってしまった。
 また今年も、いつ出すか、どこに置くかと悩む時期がきたわけだ…。

 そういう事情はどこのお宅でもあるらしく、普通の段飾りや、とびきり豪華な物もあるにはあったが、小さくまとめた物を数多く取り揃えていたように思う。
 例えば、人形の人数は多くても、ちまちまと少スペースに納めて、そのままパタパタっとしまえるようなもの。親王飾りでも、桜や橘(ちなみにうちのは紅梅・白梅である)はなく、ただふたりきりのもの。
 そう、我が家のも何がネックかと言えば、屏風と台の大きさであった。お人形さん2人だけなら、どこでも置けそうなものだが、いつまで台と屏風を出すべきか、などと考えてしまう。
 『買った時は相等小さいものを選んだつもりだったんだけどね』
 と頷きあう。
 『買い換えるわけにもいかないしね』
 なんて締めで売り場を出た。
 
 昨年の記事を見たら、2月26日に『やっと出た』のだが、今年はちょっと早めに今朝飾った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

バレンタインに思いをこめて (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ バレンタインに思いをこめて
「あと二日でドキドキのバレンタインデー。バレンタインでチョコ以外でもらってうれしいもの。あげたいものを教えてください。」
 振り返ると、バレンタインを告白に使った事はなく、どちらかと言うと、おつきあいのある人に『お中元』だとか『お歳暮』のように渡してきたなー…ほんとに義理チョコである。

 小学5年の頃だったかな。ひとりの女の子が男子全員に不二家ハートチョコレートを配っているのを見た。たかがハートチョコレートと言えど、当時、ひとクラス男子20数人。義理も均等にしようとすると大変である。
 その頃ホワイトデーが根付いていたかどうかは定かではないが、気の効いたお母さんは何人かいたようで、恥ずかしそうに可愛らしい包みを渡している男子を見かけた。

 女子高だったせいかと思うが、いくつか貰った覚えがある…。
 学校は当時若い男の先生が多く、バレンタインの休み時間、職員室前は、すごい人だかりであった。
 私の通った高校は、普段は服装や髪型、持ち物検査がとても厳しいのだが、そういう時は、お堅い女の先生も片目どころか両目瞑っていてくれた気がする。
 担任に至っては、車にでも積んでおいてくれよってな具合にキーを投げてよこした程であった…。

 主人には、チョコはおまけに近く、毎年トランクスを進呈している。普段買わないような洋酒を進呈した事もあるのだが、結局半分は私が飲んでしまうので、さしあげたような気がしない。

 娘は、エビで鯛が釣れる事に最近やっと気づいたらしい。いっつもギリギリになって、その癖、手作りに拘るものだから、結局私をも巻き込む迷惑なヤツである。
 今年は、昨日から学校のスキーで出かけている。その前に差した釘が効いたらしく、作ってから出かけたので、今年は、もう冷蔵庫に眠っているが、誰も味見をしていない…。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

中吉

 我が家の元日は、家族全員が起きてから始まる。昨夜の飲んだくれ具合からして、そんなに早く主人が起きてくる事は有り得ないのだが、私は1年を通じて起きる時間にそう変化がない。今日は寝ていてもいいという日でも、腰が痛くて目が覚める。
 昨夜カウントダウンと共にシャンパンを開けてからの記憶は薄いが起きたのは7時。

 いい天気だと思って3日目となる。しかし昨日も一昨日もひどい風だった。今日はいくらか風が弱いから初詣には良い日和である。
 いつもは限りなく昼に近い午前中に雑煮を食べて、近所の寺へ初詣に出掛ける。今年は、起きたのも例年に比べて遅かったのだが、いざ出ようという時に義母に声をかけたら、アメリカの甥っ子と電話中であった。また後でというには時差が有り過ぎて、ゆっくり話しなよという事になる。

 遠いアメリカとの電話ではあったが一通り家族全員と話し、やれやれと出掛けて、寺に着いたら、かつてない程の列であった。この人出の多さは、まあ時間的なものはあるだろうが、この快晴のせいでもあるだろう。
 さて、おみくじ。今年は中吉である。去年迄は小吉だ末吉だと、控えめな言葉ばかりで、参考にするにはどうよ…という内容だった気がする。半吉ってのもあって、それは一体何なのだと暫く論議をしたが所詮その時だけの事である。そういうのと比較すれば、今回は、結構はっきり書かれていたように思える。

 おみくじを引く前の御参りでの願い事は、滞りなくこなせる仕事に恵まれますように、というものであるから、おみくじには、そういった事に色々アドバイスがあったようにも思えるのだが、相変わらずあまり内容的に覚えて帰ってきてはいない。ま、結局おみくじには関係なく、今年も前向きにゆこうという私である。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

年賀状 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 年賀状
「年賀状はハガキ派ですかメール派ですか?それともおくらない?」
 年賀状…誰か完全廃止を唱えてくれないだろうか…と、毎年この時期になると思うものである。

 どんなお題でも長々と文章は書けるのだが、筆無精な私…。特に年賀状というと、ハガキの束は先月から目の前にあるのだが、年末ギリギリにならないと手をつけない。
 数年前からメインとなるイラストは娘の作品を採用しているし、制作時間は今やろうが、暮れにやろうが変わるもんでもないのだが、何しろ気持ちがノラないのだ。

 父が他界した暮れ、自分が喪中だって事をすっかり忘れていて、勿論年賀状は買った。ということは、喪中につき…とかいう挨拶のハガキを出しているわけがなく、しょうがないので、年が明けてから出した。
 にしても、喪中って一体いつからいつよ…と、今調べたら、一般的には同居していた肉親・兄弟の場合は1年とはあるが、同居もしていなければ、姓も違うわけで、別表にある父母50日に当たるのだろう。年内に出しても、ふーんセーフだったんだ…。

 多分この、来年の挨拶の年賀状を、今書かないといけないという点に、ささやかながら抵抗があるわけで、年賀状はお正月に作ろうというきまりにして欲しいのかもしれない。
 だいたい、もうメールがこんなに普及したのだから、メールでいいじゃん…集中すると送れないったって、明後日になるわけでもないでしょ。いや、、、みんなメールにしたらそんくらいになるかな…。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

カレンダーの日 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ カレンダーの日
「今日はカレンダーの日です。あなたはカレンダーを買いますか?」
 カレンダーは、貰うもんだと思っているので、買った事はない。

 勤めに出ている頃は、12月になると会社に色々なカレンダーが溜まって、好きなの持って帰っていいよとか言われるのが楽しみだったが、カレンダーというのは、結構、景気の良し悪しが現れるものである。
 あまり景気が良くないと、カレンダーなんかから節約するのかもしれない。

 私の場合、絵画の代わりに壁を飾るカレンダーであるが、やっぱりカレンダーというからには、文字があまり小さく見えないようなものは好きではない。どちらかといえば、絵はアクセント程度でいいから、文字がきちんとデザインされているものの方に惹かれる。

 昭和天皇がお亡くなりになって年号が変わった時、私の職場は印刷業界であった。そろそろ危ないという噂が立ち始めてから急に、今迄昭和で作っていた伝票の頭を西暦に修正するような仕事が増えた。備えあれば…という事だろうか。
 当然カレンダーというものも手がけていて、担当の方は、毎年時期が来ると、暦を片手に進めるのだが、その年は特に、ピリピリと仕事をしていたのを思い出す。

 無事に昭和64年での発行も済み、年が明け、松がとれる7日に崩御の発表があるなんて、どこか出来すぎのような気がしたものだ。
 ホントは年内にお亡くなりになっていて、色々な事に響かないような日を選んだのではないか、なんて不謹慎な事を思ってから彼是20年が経つわけである。

 勤めをやめて少々痛いと思う事。それは、どこに行くにも交通費が掛かること、コピーをコンビニに取りに行くこと、そして、カレンダーを選べないこと、かな。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

七五三 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 七五三
「七五三にちなんだ思い出やエピソードを教えて下さい」
 自分の七五三の写真は、鎌倉八幡宮の、今は一般人は渡れなくなった太鼓橋を渡り終えた所で、父と二人で納まった、色あせたスナップ写真が一枚きりである。
 しかも父の顔は半分以上途切れ、太鼓橋を撮りたかった?みたいに人物の位置は控えめで、私の頭には、顔位ある花飾りがデカデカと斜めにのっかっている。

 振袖は、この日の為に染めに出したそうであるが、薄くピンクを基調に染められた晴れ着は、この日の終わり、オレンジジュースの混じった吐物に、再び染まる事となる。

 家の近くに神社がなかったわけでもないのに、なんで車酔いの激しい私を、自家用車で鎌倉まで連れて行ったのかは不明である。
 今思うと、お参りが済んだら、とっとと着物を脱いじゃえば酔いを紛らわせるのも楽だったろう。
 母曰く、私が着物を脱ぎたがらなかったせいだと言うが、7歳児の言い分鵜呑みにするかな…。7歳だった私も、この後10年以上も事ある毎に、お前の晴れ着は1度でお釈迦になったって愚痴に苦しむのを知っていれば、無理を言わなかったと思う。

 何しろ、サンデードライバーだった父が、七五三ピークの日曜日の夕方から夜の渋滞に巻き込まれ、いつもの3倍は掛かったと思われる道のり、車の中で晴れ着を着たまま吐いてしまったわけである。

 娘の七五三を計画するにあたって、着付けをしたら、着崩れない内に写真館で記念撮影し、そこから一番近い神社でお参りを済ませ、さっさと脱がしてご飯にしようという流れは、自分の経験からの教訓であった。

 娘には、7歳の従姉妹と5歳の従兄弟がいるので、トリプルでしようという事となり、なんと2歳になった翌日に、かぞえ3歳の七五三となった。
 なんとも嬉しそうにはしゃぐ娘と、子守に迷惑そうな二人の写真は、今も娘の部屋の壁を飾っている。

 7歳の時には、ダイエーの中にあった写真館での貸衣装で撮影をする事にした。
 赤だピンクだ黄色だって花柄の着物が並ぶ中、遠くから見てもそこにあるってわかる、目の覚めるような若草色の着物を見つけ、これがいいと言い張る娘に、言葉を失った私である。
 でも、着ちゃったら案外映える着物だったのには驚いたものである。娘の言い分を通した理由は、決して他より若干安かったせいではないが、少し嬉しかったりして…。

 おまけに、当日熱を出し、1週間先に伸ばす破目となり、平謝りに電話をしたら、ピーク時過ぎてるので5%OFFですと聞いて、なんて親孝行な娘なのかと感激したのも思い出した。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

さよなら、マルセル・マルソー

 自民党の総裁選で福田康夫さんが当選した事と、 ドリームス・カム・トゥルーのワンダーランドの盛り上がりを繰返し流す朝の情報番組の間で、パントマイムの神様と呼ばれる、マルセル・マルソー氏が22日夜、死去した事を知った。84歳だったそうだ。

 1982年10月と言えば、25年前である。たった1度だが、私はその演技を目の前で観た事がある。
 横浜の紅葉坂にある音楽堂の1番前の席であり、花束を手渡した。

 当時私は、横浜にある演劇鑑賞協会の事務所に出入りしていた。立場は一会員であったが、そこの事務長さんに可愛がって頂いており、会費を納める以外にも顔を出しては、色々良くしていただいた。
 吉田日出子さんの『上海バンスキング』の公演が決まった時も、優先してチケットを割り振って下さり、一番前で観せて頂いたのだが、マルセル・マルソー氏の公演を知った時も、事務所にお願いに伺ったのを思い出す。

 音楽も、効果音もなく、息を呑むのも憚られるような静寂の世界である。さすがに25年前の事とあって、どんな演目があったのか、ほとんど思い出す事は出来ないのだが、その中でたったひとつ、忘れられないもの、それは、笑顔の仮面が取れなくなってしまう男の話であった。最後男は、仮面を自分の皮ごと剥がしたと思うのだが、そこのところがはっきりしない…。

 10年、もう少し前になるかな。絵本を作る題材に、大筋をこっそり使わせていただいた。
 あるサーカス団に、地が泣き顔で、いつも団にいる猿や象にもバカにされている男の子がいた。彼は、ブランコ乗りの女の子に憧れていて、彼女を励ましたくて、自分の顔に笑い顔を描く事を思いついた。仕上げに大きな赤い鼻をつけると、なんだか勇気まで沸いてきて、彼は生まれ変わったような人気を手に入れる。
 けれどある日、ブランコから彼女が落下して死んでしまった。彼は笑った顔が恨めしくて、必死に顔を洗うのだが、絵の具も赤い鼻も何故か取れない。泣いているのに笑ったままの彼は、その場にいられなくなり、ひとり団を出てゆく。
 ふらふら歩いていたのか、彼は馬車にひかれて道端で息絶えた。その上に雨が降ると、あんなに洗っても取れなかった絵の具は流れ、赤い鼻もコロリと落ちた。
 そこに、公演を終え、次の場所に移動するサーカス団が通りかかるのだが、みんな彼の元の顔を覚えていなくて、気の毒だと言いつつそのまま行ってしまう。
 彼の顔がわからなかったのは、泣き顔が少し微笑んでいたせいもある。天国に行く際、彼女が迎えに来てくれたのかもしれない…って、、、、暗い??

 マルセル・マルソー氏を、あの1982年に観た時も、痩せているせいか、結構なお年に見えて、次は無いかもしれないって気持ちで観に行ったものである。実際、私自身が彼にお目にかかれたのは、その1度きりの事なのだが、それからも日本にいらしたようで、そういう記事を目にするたびに嬉しい安堵感があったのだが、今朝の訃報に、当時の記憶が鮮明に蘇り、懐かしく思う私であった。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

秋分の日 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 秋分の日
「今日は秋分の日。あなたが「秋だなぁ」と感じるのはどんなときですか?」
 『春になる』『夏が去る』『冬が来る』じゃあ『秋』はなんだろう。
 いつまでも暑い暑いと思ってたのに、気が付くと冬が来ていて、いつの間にか秋ってのは終わってる。

 9月の声をきくと、まだ暑いのに、お洒落な人の頑張ったファッションを見たり、スーパーに並ぶ生鮮品で感じてるのかな。
 秋刀魚がキラキラ氷の上で呼んでるし、紅葉が描かれた登りの元には殻付きの栗や、既に剥いて栗ご飯の素セットになってるのも並んでいる。

 あちこちで秋桜が揺れているいたり、見上げる空が高かったり、窓の内に、夏の間は伸びてこなかった日向を見ると、やっぱ秋かな、と思う。
 日中暑いったって、風はやっぱ秋の風だし、朝晩は涼しいもんね。

 そうそう、小学校は春だった運動会が、中学になって久しぶりに秋の運動会に行ってきた。
 最初から最後まで、なんだか走ってばかりの競技であった。片付けとかなくて楽だよねって声が後ろの観客席から聞こえてきたが、そーいうもんか。。。
 まあ、騎馬戦やっても帽子取りだか鉢巻取りだしね。勿論、棒倒しなんてないし、綱引きもないし、しつっこく練習させられたマスゲーム?集団体操?みたいのもないし、花の応援団もいないし、観客もゆるーく見てるし…けど、一応体育祭なんだし。
 走らせておくのが一番先生も楽チンなのかもしれないなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ライトノベル (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ ライトノベル
「ライトノベルを読んだことはありますか? 読んだことがある方は好きな作品を教えてください。」
 キッパリないです。てか本読まないし…
 そもそもライトノベルって何を指すのか全くわからないので調べたら、アニメ調のイラストを多用していて、中高生を読者層に想定して執筆されていれば『ライトノベル』と呼ぶらしい。。。
 だったら娘の部屋に、しこたまある、令丈ヒロ子さんの『若おかみは小学生』シリーズだとか、はやみねかおるさんの『名探偵夢水清志郎事件ノート』シリーズのあれだな。

 そういえば、去年の夏休みは、講談社のすみっこに設けられた『青い鳥文庫』のフェスティバルにつきあわされたっけ…。フェスティバルっつーから出店がいっぱいあるようなお祭りを想像して出かけたら、青い鳥文庫の本が並ぶスペースの一角を利用して、こじんまりとやっていた。けど、いかにもそういう本を好みそうな大人し気なお嬢さん方(ってうちのもそうか?)が出入りしていたなぁ。

 自分が学生の頃にも、確かにそういった本があったのだが、電車の中で読んでいて、ページをめくるといきなり1ページ全体が、場面を想定したイラストっていうのに驚いちゃって、読めなかった覚えがある。

 絵描きになりたいと言っていた娘は、最近、イラストレータになると言うので、どんなイラストレータ?って掘り下げてみたら、物語の挿し絵を描きたいのだと言う。その物語のジャンルってのが、いわゆる『ライトノベル』をさしている模様。なるほど…道理で、普段描いて転がっている絵を見ると、周りに文字がないので細かい事は想像しかねるが、臨場感溢れる構成ばかりなわけだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

音楽の思い出 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 音楽の思い出
「小学校の頃、音楽の授業は好きでしたか?思い出に残っている授業や出来事があれば教えてください。」
(Sponsored by 映画「ピアノの森」7月21日全国ロードショー
 音楽の授業は好きだった。歌を口ずさむのは好きだが、一人で歌うと若干?音程が外れ気味のようで、合唱とか、リコーダなら安心してやってられた。知ってるメロディならだいたい楽器で音を拾う事が出来る。

 うちは、教育という分野において裕福ではなかったのだが、百科事典と電気オルガンと、そうそう電気のミシンがあった。いづれも口の上手いセールスに騙されて買ったのだろうと推測する。

 百科事典は開いた事がなかったし、買った当時、親も百科事典の内容が古くなる事など想定していなかったのだろうと思う。
 オルガンはあっても、当然習いに行かせる余裕などなかったろうし、家族で誰もそんなものに触れた事がないので弾き方も知らずに、私が興味を持つ迄は、部屋の隅に放置してあった。
 けれど、楽譜がなくても音を拾う事が出来るようになったのは、そのオルガンがあったからだと思う。

 小学校3年の時、父が家を建てた。大して広い敷地でもなく、けれど、ふた間平均のアパートだとか団地に住んでいたので、充分広く感じた。

 隣家の同級生の女の子は、ピアノを習っていて、よく練習している音が聞こえてきて、羨ましいと思ったのを思い出す。
 絵を好きな子は、将来絵描きに、野球少年はプロの球団を目指し、バレーを習う子はバレリーナに、ピアノを習う子はピアニストになる為に習うと思ってる頃の話である。
 野球はともかく、バレーやピアノで身を立てようと思う人は、3歳位から始めるのだときき(特にピアニストに憧れたわけでもないが)既に、バレリーナとピアニストへの夢は持てないんだ と思っての羨ましさである。

 手遅れを感じさせたくないという思いから、娘には一応チャンスだけは与えてみたのだが、彼女は、まったく楽器に興味を示さず、今でもそちら方面はサッパリである。
 学校の発表会を観に行っても、いつも後ろの方で、隠れるように木琴だとか鉄筋を叩いて参加しているし、リコーダなど家で音をきいたことがない。
 中学に通いだしてから、ちょっと手ほどきをして、今は少し自分から音符を拾えるようになった。でも、好きってのとは遠いよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

豊かさの象徴

Img34602542caf07e  全員が同じ日に対象になるお祝い事にクリスマスというものがある。いつから、何故?は別として、親しい人と同じ時間を過ごし、プレゼントを交換する。
 更に、日本人は、クリスマスが済むと、あわただしく大掃除するのを習慣とし、松を飾り、新年を迎える。お正月である。子供にとっては、年に一度のカキイレ時であり、親にとっては、子供のいる知人になるべく会いたくない7日間である。
 松が取れると、雛人形のCMが始まり、3月3日には五月人形のCMが解禁になり、子供がいる家は、毎年お節句を祝うのが当たり前のような世の中である。5月には母の日があり、6月には取ってつけたように父の日もある。我が家で言えば誕生日が3月、6月、7月、11月…。それから、結婚記念日。ああ、今年は卒業祝いもあったし、入学祝もあったんだ。
 こう書き並べると、お祝い事オンパレードではないか。 

 私が育った家では、相殺できるものは全て省いてきたように思う。例えば、誕生会。友達を呼んでは本より、家族に祝って貰った記憶というのが皆無に等しい。クリスマスにしろ、特別に祝った記憶はない。
 むしろ、うちの恒例は、ボーナスが出たら、家族で食事に行き、テーブルに並ばない程の料理を注文し、それを平らげて帰る事だった。
 今考えれば、大して値の張るところには当然行ってない。けれど、当時、ファミレスなんてものは少なく、ビルの中のレストラン街の中から予算にみあったところを選ぶしかなかったのだと思う。
 ボーナスといえば夏と冬の年2回である。つまり、我が家の外食は、何事もなければ年2回のみ。
 小学生の時に、外食が年2回だと言ったら、友達にバカにされたっけ。ある日、その友達の家が出かける時に一緒に連れて行っていただいた事があった。その折に、お昼でもという事になり『外食』をした。
 しかし、洋風大衆食堂さながらでミートソーススパゲティを1品注文し、デザートは勿論、当然飲み物を別に取るなんて雰囲気からして許されないような状況に、よく出かけるとこうなるのか、という納得をして帰る。

 私の中では、母の日とか父の日とかクリスマスというのは、幼稚園だとか学校のイベントだと解釈していたのではないか?

 自分の家庭を持ち、家族を持った時に私がしたかった事。それは、手元に存在する写真をきちんと整理してゆく事が、まずひとつである。
 例え、自分の家にカメラが存在しなくとも、写真というのは付き合いの度合いに比例して増えるものなのである。それは間違いなく、家族の歴史である。私はこのアルバムを完成させる事が、家族を持った唯一の使命だと思っている。
 家族を持ったらするというもうひとつの誓いは、イベントを大切にするという事である。子供だけでなく、ひとりひとりの上記のお祝いを家族みんなで祝う事。

 お金があるのだけが豊かだとは思えない。でもお金は欲しいし、確かに必要である。
 お金は余っていない。むしろ足りないのかもしれない。けれど、今、特別には困ってもいない。
 私は自分の豊かとは言えない生い立ちにひもじさは感じていないが、お祝い事とか記念日を相殺してきた家庭というものには物足りなさを感じてしまう。そうしてきた理由が、生活に必要ない事にまわすお金が無かったせいだとしたら、やはりそれは、ひもじかったのだと思う。
 心に余裕が持てないと、人に優しさって廻らないもんだよね。
 家族が揃って、笑顔で、その日を過ごしたという思い出は、私の娘の中には、どのような形になって残るのだろうか。

 さて、来月は母の日がある。我が家の娘にも毎年様々なものを貰う。金払いがやたらいい年代の時は、ピアス買ってくれた。出したいが、持ち合わせがない時には、ハンカチをくれた。金は自分の為に使うのが忙しくなった今は、手作りで何かくれる。
 クロネコヤマトって預かって運んで渡すだけじゃあないんですねえ。e-クロネコってネットでカタログショップもやってるそうですよー。
 母の日のプレゼントというのも、こうして見ると、へーーーーっと関心すると同時に、あーいいかも、と思えるものがある。
 私が時代だなーって感じたのは、基礎美容に関するものが多いって事。きっと、いつまでも綺麗でいたいってお母さんが増えているのと同時に、いつまでも若くて綺麗に見えるお母さんを望んでいるんだな と実感した。
 通販て、選ぶのが楽しい。店頭で選ぶより想像力が湧くのでは と私は推測する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

桜が咲いたので

 天気も良かったし、何しろお出かけがしたくて、娘を連れて上野に出かける事にした。
 何やってるのかなーとネットで探したら、来月初めまでオルセー美術館展が開催されている。『オルセーてどんな絵?』とか『ダリはある?』だのトンチンカンな事を聞かれつつ、『まだ着かないの?とか言わないなら連れてってあげる』と答えるといった、相変わらず日本語の会話が成り立たない親子ではあるが、ようやく共に楽しめる場所に出かける年齢になった事を密かに喜んでもいる私である。

 黙ってほっとおくと、夏休みだろうが冬休みだろうが、何日も1歩も外に出なくても平気な人で、どっか連れてってよ、なんていう駄々は聞いたことがなく、そういうところが、返ってこちらの良心を呵責し苦しませる。
 けれど、先の予定を口にすると、その事だけしか頭になくなる人でもある。その癖、主人に似たのか『いつ・どこで』を覚える事が大の苦手で、『何をする』だけが明確に残るようである。
 ぶら下がっているのは人参どころではなく、尋常ではないドーパミン効果を発揮しつつ、人の顔を見れば『いつだっけ?何時に行くんだっけ?』と聞いてくるので、あまり先の予定は、面倒だから伝えたくない。
 そういうわけで、どんなイベントも大体サプライズになるというわけである。

 さて、山手線に乗り換えたら、でかでかとレオナルドダヴィンチの文字を見つけてしまった。しかも開催間もない…混んでんだろーな、どうしようかな、と迷いつつ、次回6月迄に、また彼女との同行は難しいから、梯子をすると心に決めた。
 が、何だぁこの人出は…。駅を降りた途端に眩暈を覚える程の人の波。いやー…春休みだからか、桜のせいか、はたまたダヴィンチの仕業か。

 それにしても、知らないというのは恐ろしい。だって『受胎告知』1枚を見せるのに建物1個使ってるなんて…これは、あの(…って実際に当時見たわけではないが)モナリザが来日した時と同じ観覧方法じゃあないか、と気づいたのは、絵の前を過ぎてからだった。まさか今日、こんなものにお目にかかれるとは思わなかったなー…と、通りすがりにしては、かなりラッキーな気分である。
 ただ、受胎告知自体は、実物はともあれ画像で何度か見てるし、色々な番組でも取り上げられてるので、顔馴染みの芸能人にでも会ったような感覚でもあった。
 それよりも、『幾何学的原理に基づく人体』に始まるカタチのとらえ方などの特別展が楽しくて、人が避けて通りそうな平日の午前中を選んで、また是非!訪れたいと思うところである。

 私が一番最初に友達と美術館に来たのは、中学2年『古代エジプト展』である。その当時から、自慢ではないが、そういった事に、親の財布を当てにしておらず、電車賃と入館料と画集を合わせると結構な出費になった。その上食べ盛りな年齢だったが、さすがに昼まで廻らず、弁当持参で来たものだ。当然1度来たら、電車賃を浮かす為に梯子したっけ。
 羨ましい事に、娘は、この先3年は、まだ無料で入館できる所も多い、という事にも今日初めて気づいた。きっとこれから、こういった所に共に訪れる機会も増えるだろう、と改めて思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

映像と画像の歴史

 今日、娘が小学校を卒業した。この日満開でいるように、職員の方が毎日手入れをして下さった菜の花の黄色が、体育館迄の道案内をするように咲き、春を感じさせるのとは裏腹に、洒落にならない位寒い日である。
 雪降りそうな風だよね、と道すがら話していたのだが、ほんとに、いっとき降っていたらしい。だって、体育館の何ヶ所かに置いたストーブの火が、壁に描いた暖炉の絵のような効果だと思える程、寒かったんだからっ…。
 でも、実際始まったら、生徒数が少ないから、式の進み具合がゆっくりとしていても、それが厳粛で良いと感じる程、丁寧な式次第だったと思う。

 我が家に映像を残す道具が存在するのは、娘の誕生のこと他ならない。デジカメを買ったのも、ビデオカメラを買ったのも、彼女という被写体があり、その成長を記録するという目的があってこその話である。
 我が家の彼女が今日の日を迎える迄にも、我が家は、様々なイベントを通ってきた。
 お宮参りに始まって、七五三その1、入園式と園内行事、七五三その2、入学式、6回の運動会、時々授業参観、そして今日の卒業式に至るわけである。

 まあ、お宮参りというのは、その誕生の日から数えるものだから、時期時間が様々なものだけれど、一番最初にセンセーションだったのは、七五三であった。
 確かにベストショットポジションではあるが、芸能リポーターですら遠慮して足を踏み入れないだろう神殿の廊下から、だ。ネクタイを締めた、あれは、お父さんであろう。言うなれば準主役というか、当人の制作担当者が、である。厳かな空気の中、参列もせず、一心不乱にビデオカメラを廻している…。しかも、子供が並んだ数だけビデオカメラも並んでいるのだ。ちょっと異様…。
 それより少し前なら、フィルターから覗く世界はモノクロだったから、肉親の成長記録より、肉眼でリアルタイムで見てあげたら?と嗜めるような皮肉が言えたのだが、どうやら覗いていても天然色が定着した。撮ってる人も楽しめるようになった、そういう時代だった。

 我が家の娘が入園を迎える頃、それは、大きなビデオカメラを肩に担ぐようにしているのが目立つ頃だった。こぞって、小さく軽いデジタルビデオカメラを発売していて、イベントの度に、いつ買い換える?って自問自答を強いられるようだった。
 カメラはともかく、ビデオカメラというのは、被写体がいなくなってしまったら、ほとんど稼動しなくなる。自分の寿命より、はるかに計算しやすい使用頻度である。故障して使えなくなれば、或いは、新しい被写体の誕生でもあれば思い切れるという、決して安い投資とは言えないモノで、使えるのに買い換えるには、大変な勇気がいる。

 と、いうわけで、我が家の記録媒体がデジタル化したのは、娘の卒園を控えての頃だった。新式があるのなら、早く手にして長く使いたいじゃん、というのが結論である。早い話、我が家はあまり悩まなかったという事になる。
 その頃、イベントの度にベストショットポジションを争って並ぶ父親の姿にも、あまり違和感を感じなくなっている自分がいた…。

 とりわけ、運動会というのは面白い現象を見る事が出来る。特に徒競走。人垣の先頭に陣取っているカメラマンも、我が子が走り終わると当然の事ながら、他所の子には興味も用もないから、どく。それを待ってた次の陣取りが先頭に立つ。実際に見た事はないが、連発の利かない時代の火縄銃部隊を彷彿させる…。

 さて、卒業の日。
 どのイベントにも、自分が待つことを好まず、ギリギリに到着しても、背の高さを利用して後ろから撮影していた主人が、席取りをすると言い出し、並々ならぬ決意を感じる。
 理由は、ついこの間、我が家もとうとう、一眼レフのデジカメを購入したという点にある。その性能を心行くまで堪能する為の席取りだったと、いつの日か彼女が知ったら、なんと言うのか…。

 卒業式の最後、保護者も含めての写真撮影があった。そう、6年前の入学の日にもこうやって撮影をしたっけ。ただ、その時のカメラマンは、こんなちゃんとした撮影でしかお目にかかれないような、黒い布がついた大きなカメラだった。6年経った今、カメラでの撮影を業とする人達もデジタルカメラである。
 最初のクラスの撮影の後、自分達がひな壇に立って、それを見物してる人々を眺め気づいたのは、携帯のカメラがいくつもこちらに向いている事。今は当たり前のようなこんな光景も、6年前には見る事がなかったよね…と感慨にふけってしまうのは、卒業生の親だから?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私も審査員

 娘が来週小学校を卒業する。それを機に、今まで週に1度お稽古してた習字をやめる事になった。80歳を越えた高齢という事もあり、先生の方から「もういいでしょう」と言われたのである。小学生レベルではあるが、段をいただくという投資効果もあった。
 何かお礼でもと色々考えたが、何に困ってる、必要としている物のない生活をなさっている方なので、いい案が思い浮かばずいたが、さっき、ふと思いついた。そうだ花にしよう。
 お花をいただくのは、女としての喜びであるように思う。1本の薔薇でも、一枝の小手毬でも、心が華やぐのは私だけではあるまい。だからお礼は花にしようと思う。

 花屋さんで花を買う時、私の目は手元に釘付けになる。だって魔法みたいに花束が出来上がるから。
 フラワーアレンジメントが魔法だというのは、自分で花貰って水取り替えた時に実感した。そう簡単には美しく組めないのだ…。
 
 ショーウィンドーやホールに飾られる花も、出来上がってからより、アレンジ中にぶつかると、ラッキーって思える。
 花音痴な私といえど、学生時代美術部で過ごし、商業デザインの専門学校に席を置いたせいだろうか。造りあげるという事には大いにそそられてしまう。だから、文化祭時期なんて、今でも心が騒ぐ。徹夜して作品仕上げて出したのを思い出す。

 今、ヒューマンアカデミー株式会社では、3月21日迄デザインフェスティバルを開催している。全国のヒューマンアカデミー受講生・修了生のクリエイティブ作品を一挙公開してる上、人気投票が出来る。勿論、私も審査員になれる!
 フラワーデザイナーの作品だけでなく、カラーコーディネーター・フードコーディネーター・メイク・ネイルなど、デザインに係わる色々な作品が元気よく並んでいるワクワクするサイトである。家にいながらにして、展示場に出かけたような感じと言っても言いすぎではないような…。
 さて、どの作品に投票しようか…その前に、もっとじっくり眺めたい。
ブログでブームはブロモーション
※BloMotion・キャンペーン参加記事

| | コメント (0) | トラックバック (2)

今年も、やっと出た…

070226_110701  毎年、出るのが遅くなる雛人形の事である。
 娘が生を受けてから13年目に向かっている我が家に、この時期雛人形が飾られるようになってから13回を数える。

 毎年、雛人形の置かれるスペースというところに、室内用の自転車式運道具が置かれ、飾る時期が来ると、何度か、私はその運道具を引きずって場所を空けてきたのだが、漕がれる事が皆無だしスペース的にも改善されるので数年前に処分した。
 今まであったモノが無くなるとスッキリするものである。というのもつかの間。
 去年3月を過ぎてから、私のPCがそこに移動した為、もう、雛人形を置く事は不可能になってしまった。

 最後の手段は、まだブラウン管の大型テレビの上であるのだが、そこだっていつも空いているわけがない…これから空けるのである。
 お雛様の台と、ブラウン管36インチのテレビの幅・奥行きは、ほぼ同じであった。だが、ブラウン管の天井の平らな部分は思ったより狭い。これじゃ、屏風のっけたら後ろに転んでしまうではないか。
 何か枕になるものが必要…と部屋を見渡す。お…昨年知人に貰った『弥生会計』のマニュアル入りの箱。この時の為に廃棄せずにあったようにピッタリ。これで今後、1年中邪魔でもとっておかないといけない事が決定したわけだ…なんて呟きながらセッティング終了。
 出す迄は面倒だと思うのに、箱から出して並べ出すと厳かな気分になるのは、毎年不思議なところ。もの言わぬ白い顔を眺め、今年も宜しくって挨拶をした。

| | コメント (0) | トラックバック (1)