カテゴリー「映画・テレビ」の34件の記事

クリスタル・スカルの王国

 インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国を観て参りました。
 単純に、アハハッというシーンが多くて、最後まで飽きない映画でした。

 公開前だったか、前作だか前々作だったかをテレビでやっていて、広大な景色の背景が
 『まるで描いたような星空だよねー』
 と思わず言ってしまうような、時代の流れを感じた。

 19年ぶりのハリソン・フォードさんは既に60歳を数年過ぎているわけで、今回は成長した息子迄出てきて、やたら『爺さん』を強調する台詞を浴びつつも、いやー…頑張ってるなーというシーンの連続である。
 またまたぁ…という程、落ちても、流されても、飛ばされても、ほぼ何でもない強靭な肉体の皆様だけれど、決してスーパーな強さはなく、泥まみれになっても諦めずに走り続ければ、正義は最後に必ず勝つ、という定義は、安心して観ていられる最上級の娯楽である。

 ただ、どうしても、大量な虫が好きなようで、今回はアリんこ…。うえぇ…という感じである。
 それと、オチが宇宙人てのがちょっと鼻をついたが、ま、そこのところは一瞬だったので、あまり重要じゃないのかもしれない。

 先日、知人がコレを見にいったのだが、10人程しか観客がおらず、ちょっとのり切れなかったとこぼしていた。
 確かに、映画館が満席というのには、ここのところ遭った覚えがない。
 そもそも昔の映画館のようにどこも広くないから、前と後ろの座席の差もなく、一杯になったところで、まるで、アトラクションの座席割りのような少人数である。
 それでも私は水曜日のレディスデー狙いのせいか、座る頃はスカスカでも、予告が終わる頃は、6割から7割の座席が埋まっている場合が多いから、10人以下って事はない。
 真っ暗なんだから、集中して一人で泣いたり笑ったりしていればいいように思えるが、笑いのツボって、やっぱ少し共有したい。
 ドッてみんなで笑うと安心して自分も笑えて、数倍楽しくなるような気がするんだよね。

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映画ってホントに…

 もしも、これから好きな映画を10本観ていいよ、と言われたら、きっと字幕がないものばかり選んでしまいそうな私であるが、主人と観るとなると、そうわがままばかりは言っていられなくなる。
 なんて書きだすと、なんだか観たくもない作品を観賞しているように受け取られるかもしれないが、観たくない映画というのは基本的にはなくて、ただ、自分から進んでは観ないだろうという映画の類なら色々ある。

 昨日観たのは、『ザ・マジックアワー』と『ランボー最後の戦場』。

 『ザ・マジックアワー』については、封切前から観たくて楽しみにしていたものだったし、大変満足させていただけたと思っている。
 三谷さんの作品を映画館で観るのは、今回で2本目で、テンポ的には『有頂天ホテル』の方が好きである。
 ただ今回も、独特な三谷ワールドが広がっていて、あちこちに散りばめられたエピソードが、そこここで繋がって、みんなだいたい丸く納まるところが良かった。
 色々な俳優さんがちょっとづつ一杯出ていて、パーティみたいであった。

 一時間程空いて、『ランボー最後の戦場』。

 ちょっと前に『ダイ・ハード4.0 』を観た時も、『ナショナル・トレジャー/リンカーン暗殺者の日記』を観た時も、そして今回の『ランボー最後の戦場』も、どうもどこかで睡魔と闘い、ちょっとまどろんで観るというパターンになる。どの映画も決して穏やかなシーンは続かず、どちらかと言えばかなり激しい内容なのにである。

 『ランボー最後の戦場』はR15指定。最初っから頭や腕や足がぶっとび、ほとんど最後まで、打ち合い刺し合い殴り合いで、長い長いエンディングが流れる中、ランボーは故郷に戻ってゆく。
 シリーズ1も2も3も観ていない私を誘っていただいて感謝はするが、やっぱこの先も自分から観たいとは思えないや…と実感するものであった。
 と共に、『スウィーニー・トッド』を観た後、暫くは挽肉料理を見たくないと言った主人が、よくもこの大虐殺がテーマの映画を観たいと言ったのが不思議。

 次回は『インディージョーンズ』が観たいらしい。。。

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おまけの話

 雑誌に『おまけ』がついてくるのが流行っていると、今朝ズームイン!!SUPERで言ってた。

 そういえば、何たらマガジンを創刊号から買い揃えると、タイタニック号が出来上がるだとか、漫画描く道具が一式揃うだとか色々あるが、特に、女性向けの雑誌にブランド物のポーチやアクセサリーが付いてくるのが本日の話題であった。

 子供が小さい頃は、買ってやった雑誌やお菓子の『おまけ』をムキになって組み立てる自分がいて、子供にそういう物を買い与える時は、彼女が欲しがった時ではなく、自分に余裕がある必要がある。だから『…今度ね』というのは、ケチってるのではなく、忙しい時であった。

 『おまけ』というのは、『おまけ』単体では買えないところに意義がある。
 昔、子供ながらにおいしくないと思ったライダースナックが、カードだけ抜かれて、そこらに捨てられていたのを思い出すなー。
 娘の時は、5個揃って1個の合体ロボが出来上がるという、人の足元を見てるような箱物が多く、それこそ『おまけ』みたいな小粒のラムネが一袋こっそり入ってるだけでお菓子の棚に並んでいた。
 しかも小さい子が、しゃがんでじっくり探せるような場所。それを親の私が、あと1個揃わないと完成しないのが気持ち悪くて探してる図ってどうよ…。

 さて、雑誌の話であった。
 今や星の数程あろうかという刊行誌、どこかで『おまけ』を付ければ、『おまけ』付きでなければ売れないと、こぞって『おまけ』をつけるのは当然。読者にとっては嬉しい限り、かどうかはわからないが、付いてるんだから損してないのだけは充分伝わる。
 でも、たかが雑誌に、ポーチとはいえブランド物つけて採算とれるのかって心配になるが、その小さなサンプルによってレギュラーサイズを買い求めて貰おうという魂胆があるので、サンプル代を持つのはブランド屋さんの方だと言われれば、なるほどーと思う。

 それより今日の『へーー…』。

 それらの『おまけ』は、本屋さんに入荷当初、本体の本とは別個の梱包でやってくるらしい。我々が商品を目にするのは、『おまけ』と合体して平積みの状態であるから、どこかで誰かが合体作業しているわけである。
 『こんなのばっか増えて、実際困るんですよね…』
 と言いつつ、くるくるって雑誌から簡単に『おまけ』だけ持ってかれないように紐がけして見せる本屋の店員さんであった。それって本屋さんの仕事だったんだー、と関心。また、それを商売にしているように上手いんだよね。
 レジ打ちの合間に紐がけ作業してる事が多いらしい。しかも紐代、ゴム代は本屋さん持ちなんだって。本売る為とは言え、という感じである。

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『安奈』もいいけど

 今朝、『とくダネ!』に甲斐よしひろさんが歌いにきた。

 私が40歳を迎えて数年過ぎたんだから、甲斐さんだって50をまわるわけだよね。
 チケットぴあなんてのが幅をきかせる前、必死に始発電車に乗って、遠いレコード屋さんの前に並んだり、プレイガイドの前で徹夜したりしてコンサートのチケットを手に入れていた時代を思い出す人である。
 甲斐さんのほっぺは昔っからぷっくりしてたけど、お年のせいか尚丸くなったし、お話ぶりもだいぶ丸くなったようである。

 いつもは9時前には消してしまうテレビを、ずっとつけたままにしておいて、思わず一緒に歌ってしまった。
 今日は『安奈』を歌うということで、この曲は、とあるバーで飲んでいたら天から降ってきたから書き留めたなどと『安奈』にまつわるエピソードを紹介していたのだが、もうひとつ知らなかった事があった。

 私が甲斐バンドの曲の中で一番好きな『翼あるもの』についてである。

 1983年の事。ひとりの青年が海岸で発見されたが記憶喪失であった。しかし病院に収容されて暫く経った時、ラジオから流れた『翼あるもの』が青年の記憶呼び戻したという。当時でかでかと紙面を飾り、海外にいた甲斐さんもコメントを求められた。さすがにコメントは無いって答えたらしいが、自分の作った歌が人を救ったなんて、決して悪い気分ではなかっただろう。

 記憶喪失じゃなくても、日常の流れの中、当然昔の思い出は昔の引出しにしまわれている。今日こうやって懐かしい歌を聴くだけで、凝縮されてたその頃の事が心の中に甦るんだから、やっぱ歌ってすごいよね。

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もしかしてモグリ?

 去年我が家には、地上デジタル放送が映るようになったというのは、ここで述べたとおり新しいテレビを買ったからである。

 たいていの物を買うとついてくるのが保証書であるが、同時に『ユーザー登録』というものがあるものはある。更新が必要になった時のお知らせを受ける為だと解釈している。まあ必要ないだろうというものに登録はしないのだが、買った時の金額と何かあった時のリスクを計った時に、相談しやすいかなと思うものは積極的に登録をする。
 今回のテレビについて言えば、私の理解の範囲外の物なので、正直、どこまでが重要品で、どこからがオマケなのだかわからなかったからなのだが、昨日迄の出来事を総合して考えると、しなけりゃ良かったのかしらと思う。

 正確にはテレビというより、それについている『B-CAS』というカードの話である。カードのナンバーを記してハガキを出して暫くしたら、お約束のように『登録が完了しました』というお知らせが来た。
 そかそか、済んだか、と軽く流しておいたら、それから『なんたら放送をご契約なさいませんか』というお誘いが色々来るようになった。有料放送の事である。

 私の住む町内会は電波が弱いらしく、ケーブルテレビを使っている。通常の放送の他、何のオプションもつけていないので、申しわけ程度の『地域チャンネル』と『放送大学』だけしか映らない。
 それが、もう10年位前になるのだが、受信機の付替え工事があった時、キャンペーンだといって有料放送用の受信機を仮付けしてくれた。
 『1ヶ月後に受信機を引き取りに来ますが、これを機会に契約を考えて下さい』
 普段は契約しないと観れないチャンネルを、1ヵ月だけ全て観れるように設定していってくれたのである。
 ところが、1ヶ月過ぎても1年過ぎても回収には来なかった。勿論どのチャンネルも映る。ケーブルチャンネルだけではなく、BSもWOWOWも全部観れた。
 しかし2年を廻った頃、一軒おいて隣に新築の家が建ち、そのケーブル工事に来た際『あれ?』と思った人がいたらしい。それ以来うちの有料放送は映らなくなった。
 残念っ…と思うでしょ?まあ、子供が目先の変わったアニメを観れて喜んでいた位で、我々はといえば、普通の局の番組を追っかけるのが精一杯で、ほとんど観る事がなかったものだから、映らなくなっても気づかなかった程なのである。

 タダでも観ないようなチャンネルに、当然お金を払う契約をしたいとは思えない。

 昨日の夕方、呼び鈴に出ると、防寒着に身を包んで首から身分証明のプレートを下げた、斉木しげるさん風のおじさんが立っていた。
 『私、NHKのなんたらです。いつも受信料を年払いでお支払いいただきありがとうございます』

 ちなみに、このNHKの回し者と会話をするのは、生涯において3回目である。1度めはひとり暮らしを始めてすぐにやってきた。鰻の寝床のような造りのアパートの奥まで覗いて嫌な感じがした。
 2度目は結婚してからの新居に押しかけてきた。主人が所帯を持ったから払うようにした為、今迄払っていた義母を解約したら、どういうわけなんだって聞きに来た。
 そして今回である。全員違う人なのに、人柄が同じに見えるのは何故だろう…。

 斉木しげるさん似は続ける。
 『奥さんのところBS放送映りますでしょ』
 『契約しておりませんので映りませんが』
 『いや、契約云々じゃなくて映るんですよ』
 『へー、でも映んないよ』
 『昨年の10月に薄型テレビ買ったでしょ』
 『ええ買いましたよ。地デジ映るやつ』
 『でしょ。だったら映るんですよ』
 『だからぁ契約してないから映らないんだって』の押し問答数回…。
 『契約してなくたってパラボラアンテナあれば映るでしょうが』
 この人もぐりじゃね?と思う。だってこの町内会はケーブルなんだから、そんなアンテナ無くても映るもん。
 『敷地周ってきて調べてみ?そんなもんないから』
 『あら??』と初めて気づくところが益々怪しい。
 『なんならあがってテレビ確認します?契約してないから映りませんって表示、見せたげようか?』
 『いやいやいや…いいです。失礼しました』
 って帰ったけど、なんかムカつく!

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重い

 年末年始に撮り溜めたビデオのひとつに『半落ち』があった。

 テーマは重い。どう重いというのを一言で語るは大変難しい。この映画に出てきたひとりひとりの持つ重さが相乗効果を出しているからである。
 多分、現実の生活においても、様々な人のそれぞれの思いというものが形として見えたなら、似た様な重みになるのかもしれないが、実際はそうもいかない。自分の人生では自分が主人公であり、自分中心に物を思い考えているから、こうやって、それぞれの心に少しずつスポットを当てて観る事が出来るのは物語ならではなのである。

 似たテーマに『明日の記憶』を観た。あの時観終わって沸いてきたのは、自分が当人だったら、或いは、自分のパートナーがそれに当てはまったらという事である。
 あの映画では、主人公の最期はなく、けれど多分、あのまま記憶と身体が枯れてゆくのだろうという、ある意味平穏を取り戻した形であった。

 今回は違う。自分が壊れてゆくのを知ったら、自分も1度は思うだろう『殺してほしい』という願い。それを叶えた者が殺人者になる事や、その後の事を思える内は、まだ自分はまともなのだという計りになるだろう。
 『殺しておいて愛しているもないでしょ』と言った記者が真相を知るにつれ
 『私が殺してくれって言ったら殺してくれる?』と恋人に問う。
 私なら殺せるだろうか。いっそ殺してやりたいとは思うだろうが、答えは出ない。

 なぜ殺す事を選んだのかについて、疑問を投げる裁判官の一人。彼には、やはり生をもてあまし、けれどその命を奪う事など考えられない父という対象がいた。
 『自分がわからなくなってしまったら生きている価値がないのか』(…というようなことを叫ぶ)
 何も出来ず動けなくなったとしても心がそこにあるのを感じれば、いくらでも話しかけられるように思えるが、自分の何も受け入れられない対象に尽くすというのは、私の経験では墓参り位しかない。そこにお百度を踏んでも何が起こるわけでもないのに私は通う。
 それとは明らかに違うという事と、そう簡単にはいかないだろうという事しか想像できない。

 真実を解き明かす事だけが正義ではなく、真実を追究する為には犠牲を伴うという事も大切なテーマである。
 それぞれが、自分の守るべき砦を守ろうとする形が切なかった。

 『生きてください』
 あの言葉は、主人公の生きる気持ちを軽くする事ができたのだろうか。

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レディスデーにつき

 久々に映画の梯子をした。観たのは、『スイニー・トッド』と『ナショナル・トレジャー』。両方とも、別に自分から観たいと思ったわけではない。今回は両方とも主人のリクエストである。でも、映画館に最後に足を運んだのがポイントカードを見ると8月だから、久しぶりだし『映画館』へは行きたかった。

 ジョニー・デップさんの映画というのは、観る人を選ぶ作品が多いらしい。凄く面白いという人とまったくつまらないという人とわかれる。私はパイレーツシリーズだけは制覇した。あれを観る限り、ジョニー・デップさんは大変チャーミングであったが、他の映画をあまり観たいと思う事はなく、今回も、あーやるんだ程度であった。
 その映画を何故主人が観たいと言い出したかはわからない。もしかしたらパイレーツを面白いと評価した私に気を遣ったのかもしれない。

 ニコラス・ケイジさんを、最初、ウケを狙ったわけでもなく『ニコラス』という名前の刑事さんという役名だと思っていた。ちなみに私は、A級ライセンスにならって、敏腕刑事をずっとB1刑事だと思っていて、絶対Aが付く何かがあるって信じていた人である。ホントだもん。
 で、ナショナル・トレジャーは、前作に当たる作品を先日家で観ていて、途中で寝てしまった経緯があるので、これを映画館で鑑賞するにはFRISKでもバッグに忍ばせないと乗り越えられないと思っていた。

 朝1の『スイニー・トッド』と、その終わった時間に始まる『ナショナル・トレジャー』のチケットを購入。『ナショナル・トレジャー』の前には10分のCMが入るというのは前日に電話で確認した事である。トイレに行く位の時間は取れそうである。
 けど、何につけても遅刻が嫌いな主人である。エンドロールを観なければいいんだな、と言うのをきいて、エンドロールが止まらないと席を立つのが失礼だと思う私も、今回はしょーがないかって思っていた。

 さて『スイニー・トッド』。実に、気持ちの悪い映画であった。R-15指定。。。納得。
 うーん、私としては、気持ち悪いかどうかは別として、ミュージカル仕立てだとは知らずに観たので、ちょっとそれに慣れるのに時間が必要だった。ミュージカルは嫌いではないのだが、舞台ならである。しかし、ああいった内容だから音楽に載せて、所々笑いをとって、だから最後まで観れたのかもしれない。
 ストーリーの流れから、ああなるしか終われないにしろ、あ、奥さん殺しちゃった…娘まで殺しちゃわないで良かったよ…という感想しかなく、当分、ミートパイは見たくない。

 『ナショナル・トレジャー』は、結構面白かった。前作を観てればよく繋がる感じもするが、まったく観てなくてもイケる感じはする。後からおさらいするってのもいいかも。ニコラス・ケイジさんの彼女役のディアナ・クルガーさんが大変綺麗でした。今回は寝なかったです。前回も飲んでなければ寝なかったと思いますっ。言い訳。

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見たいテレビ番組 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 見たいテレビ番組
「アニメ、ドラマなど、今季に見ようと思っている、みたいと思っているテレビ番組はありますか?」
 見たくて見たってわけではないが、昨夜『1ポンドの福音』を観た。
 番宣での亀梨君のペタンとした胸板に、う~ん。。。ボクサーねぇ…と思っていたのだが、ラブコメディーなら、ま、いっかと流してたら、どうしても中学生の娘が観たいと言うので一緒に観てしまった。

 何にも知らないで観てたのだが、このドタバタなストーリー展開はもしや…と思っていた。今確認したところ、やっぱ高橋留美子さんでしたか、という感じ。

 黒木メイサさんは、いつだったか白虎隊で鉄砲とか槍の名手の役をなさっていて、キリっとした役柄はいいのだが、目鼻立ちがキリキリしすぎて日本髪のヅラが合わないように思えた。
 今回は、シスター姿がとても似合っている。番宣の時に、周りからすすめられて、亀梨君の鍛えた?お腹を嫌々触っていたのを思い出してしまった。

 ゲスト出演だと思うけど、田中要次さんも味があって、HEROのマスターから結構好きな俳優さんである。ゲートル巻いた姿が…大変イケてました。

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エコロジークラスでいきましょう

 正月2日目の昨日は、ポストに年賀ハガキを取りに行ったのみで、ずっと家にいた。朝起きてテレビをつけたっきり寝る迄画面には何か映っていた。
 正月2日3日の番組といえば、我が家は毎年箱根駅伝である。寒い沿道に出て迄応援しようとは誰も言わないが、テレビのチャンネルは、これを打っている今も、日本テレビのままである。

 まぁ駅伝の事は結果が出てからとして、昨日からオンエアーされているSHARPのCM『エコロジークラスでいきましょう』のデカ猫に釘付けなこと。
 このシリーズは、前々からとてもホンワカものなのだが、今回の、あのデカ猫の手は
『あんた一体何やってるの?それ』
と聞いてみたくなるようなしぐさなのである。

 庭先に座り込んで、一瞬手前にグーってしたかと思うと、パー…っとする。もう一方の手もグーってしてからパー…多分伸びでもしてるんだろうけど、なんかこう、何度見ても可笑しいやら可愛いやら…。つい振り向いて見入ってしまう。
 その後も、リビングの椅子の上で、今度は子猫がそのデカ猫の尻尾に、カッカッカッカッカッカってじゃれついているのを見ると、あー…猫飼いたい…なんて思う私である。

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ピロリ菌、いや、テレビおそるべし

 先週末『世界一受けたい授業』で、バリー・マーシャル教授がヘリコバクター・ピロリについて語ってから、スーパーのLG21コーナーのヨーグルトが消えている…。

 先日、胃腸の異変を訴えた娘を、病院へ連れて行ったが、ピロリ除菌は成人未満はしていないとのこと。
 既に胃を全摘している私、除菌に成功した主人、ほぼ成功したであろう義母と、衣食住を共にする娘にも大方存在しているであろう、95%胃潰瘍の元凶であるピロリ菌を、退治するのに有効だとされるLG21食品。

 聞いた翌日にスーパーのいつもの棚を見回したのだが見つける事が出来なかった。主人の除菌騒動の頃に、明治ヨーグルトのCMを見て、これで退治出来るならと、買いあさってから2年ちょい。売れなくなったから仕入れなくなったのかと思いきや逆であった。そうとも知らず、その二日後、やっぱあるんじゃん…て見つけて、数日後にも来るのを見越して、まとめ買いしていなかった私がおばかであった。今日、明日の朝の分で無くなるので、買おうと思って売り場の棚が空っぽであるのを確認して、反響の凄さを思い知ったわけである。

 テレビの威力って、ほんと凄い…。なんか言うと売り切れちゃうのは『午後は○○思いッきりテレビ』だけじゃあなかったのね…。

 それより驚いたのは、スーパーで、飲むタイプも食べるタイプも、揃って1個あたり123円であるのに、今、名前の確認の為にネットで見たら、98円で売ってるんじゃん。
 こっちで買お…。

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美味しいのカタチ

 朝が早いので、夜も早めの就寝の我が家では、なかなか観られないSMAP×SMAPなのだが、昨日は、ビストロSMAPにパリス・ヒルトンさんが登場したのを観る事が出来た。
 元々、雲の上のような人の事なので、良い噂も悪い噂も頭の上を通る程度の認識であったが、昨日観た限りでは、とても可愛い人だと思った。

 食べているところというのは、あまり人にマジマジと観察して欲しいとは思えない。
 かつては『食べてる時がいちばん幸せそうだよね』などと言われたし、『お母さんが昨日食べてたのが食べたい』だとか『一口頂戴』と言われはするが、『美味しさを伝えるレポーター』にはなれそうにない。

 口に運ぶシーンというのは、どこか人間の動物的な部分が覗くし、無防備な状態でもあるし、見ていても良いと思う事は少ない。そんなことを考えながら見ていると、やたら口を拭いたり、水を口に運ぶのすら気になったりしてしまう。

 昨日のパリス・ヒルトンさんのオーダーは、『ジャパニーズアメリカン』。
 先日アラン・ドロンさんがオーダーした『ブイヤベース』は、美味いと言いつつ、それがブイヤベースである事を最後まで認めなかった。アレンジがお気に召さないのである。

 さて、彼女はというと、スプーンの運び方といい、その後の表情といい、一言で言えば、観られ慣れている。それを作られた動作だとか、しぐさだと片付けてしまえばそれまでだし、気品があったか、正しい作法かどうか別だが、少なくとも私には、大変気持ちの良いシーンに映ってしまった。もしも、私が男性ならイチコロだろう。
 しかも、バカのひとつ覚えのように『美味しい』とは繰り返さず、ひとつひとつの料理に別々の『美味しい』を使うところが大変印象的で…
 そんなことだけで、なんか、いい人かも…などど思う私であった。

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コーヒーも好きだけど

 私にとって、コーヒーは生活必需品のような存在なのだが、缶コーヒーというものを普段あまり飲まない。しかし、ここ数日ハマっているのは、缶コーヒーのCMである。

 よく考えると、各社結構力入れて作ってるように思う。
 例えば、ワンダモーニングショットでは、サザンの桑田佳祐さんが様々な故人とCG共演しているし、ジョージアの渡哲也さんのシリーズも毎回楽しくて、特に南海キャンディーズ・静ちゃんとのコンビは最強であるが、なんといっても、ルーツの『森永営業部長2』編は、このシリーズでの最高傑作ではないか。
 朝しか観る事がないのは、朝の話題だからなのかな…。(単に時間帯が合わないのかも。)

 『おはようございます』とタクシーから降りて声を掛ける坂口君。
 『おー、寒いなー…』と森永健司さん演じる営業部長は、携帯をいじりながら、
 『寒くて首もまわんねーよ…』と呟く。
 『…ぶちょう』

 森永営業部長の襟にある、ピンクの針金ハンガーを、毎朝楽しみにしている私である。

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ドリームアゲインは誰の夢をもう一度?

 ドラマなんだから、そこまで考えるのは余計なお世話というものだが、昨日の昼間ダイジェスト版『ドリーム☆アゲイン』を眺めていて思った事。

 反町隆史さん演じる野球選手だった主人公は、雷に打たれて死んでしまうが、その死が何らかの手違いだった為に、魂だけはこの世に残り、他の人の身体を借りて自分の果たせなかった夢を叶えようという、まさに夢のようなお話である。

 反町隆史さんという俳優さんは結構好きである。こういったコテコテな役をやっていただくと、迫力を感じる程にピッタリ…って褒めてるんだかという感じだが、『戦国自衛隊・関ヶ原の戦い』も観たし、『男たちの大和』も映画館で観た。

 けど、今回の話はどうなんだろう…彼の演技はともかくとして、ストーリー的に少し無理があるような。

 野球だって何だって、天性の才能だけじゃなく、自分の肉体にひとつひとつ覚えさせていって出来るものを、今迄何もしてこなかった人の身体を借りて、そうしたいという『思い』だけで出来てしまうのだとしたら、挫折なんか誰もしないし、選手生命ももっと長くなるだろう。
 どうがんばっても、体力的な限界というのは、誰にでもいつか必ず訪れるものであり、その限界が頂点に達してからか、そこまで行かないで途中で諦めるかの差ではないのか。

 一方、身体を貸してくれたのは、設定上結構大きな会社の社長である。有能な部下に恵まれているのかどうかは本編を見ていないのでよくわからないが、少なくとも、お飾りの社長さんではなさそうである。なのに、英語も経営も勉強していない彼が、持ち前のやる気だけで切り盛り出来てゆくのだとすれば、社長業ってのも随分簡単そうである。

 もしもこれが逆だったら、若干可能なのかもしれない。
 どこかの大社長が雷の直撃に遭い、野球一筋男に乗り移ってしまったとして、やりたくもない野球だというのに、あれよあれよと試合に借り出され、身体が勝手に動いてバカスカホームランを打ってしまう…そして『なんだ野球ってのも面白いなぁ』って、今迄仕事一筋だった男が思うってのはどうだろう……だめ??

 さて、身体の持ち主には、中学生の子供がいた。精神的には結婚すら迷った彼が、14歳の彼女の父親になろうと努力をすると言う。ストーリーの流れでは、生前の婚約者とも仲良くなってゆくようにみえる。そして、タイトル通り、野球選手としての成功を遂げてしまうのか?
 でも、気持ちはともあれ、肉体や実際の地位は自分じゃあないんだよねえ…。

 まあ、社会的な役割だとか、自分の夢という範囲においては、考えの中心が自分なので、それでも果たせた事になるのかもしれない。
 けど、相手のある話になると、ちょっと考えるところがある。姿形が違う人の精神を尊重して愛するか、姿形が同じでも自分を愛していた記憶のない人を求めるか。見た目で選ぶか性格で選ぶかってのとは、また違う気が…。

 『ゴースト・ニューヨークの幻』然り、『いま、会いにゆきます』然り、愛する人がいれば伝えたい思いは尽きないし、死後の世界を確実に知る人はこの世にひとりもいないので、想像は無限に広がる。でも想像だから良いのだろうなあ…。

 思うに、人の死というのは、その死を認めて、生き残った方が1歩でも歩き出した時点で、今迄の関係は全て終わるという事なのだ。なので、死んだ人間が蘇えるというのは、双方にとっての残酷のような気がする。

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うれしい! (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ うれしい!
「きょう一日であなたが一番うれしいと思ったことをみんなに教えてください」
 昨日途中から観て笑いこけた『クイズ!ヘキサゴンⅡ』を夜勤番の主人が録画していたので、今日、頭っから観て、再び大笑いできたってところでしょうか…って、こんな事が今日一番嬉しかった事だったなんて!…とは思うが、笑いは健康の源である。

 数年前、開腹手術をした日『踊る!さんま御殿!!』のスペシャルだった。『必ず後でビデオ持って来てね』と言い残し、手術台に昇ったものである。見送る主人も『うん、とうてい今日は、番組始まる迄には家に帰り着きそうにないから、撮っておくよ』と、あながち私の為だけでもないような口ぶりで言ってくれた。

 6時間に及ぶ手術の翌々日には、元の大部屋に戻された私は、ほとんどモルヒネに近いという鎮痛剤を数時間毎に足しながら、体力の回復を待つ時間を過ごしていた。
 なるべく、自力で動くようにして下さい、と担当医に言われたものの、尿管もとれず、栄養も点滴で摂る人間には、検査以外動く用というのは、自主トレと称した『散歩』位しかない。
 病棟1周100m。朝に昼に晩に、点滴カーを片手で押しながら、グルグル1日に3㎞歩いていた。はっきり言って、健康を取り戻した今も、持続的にそんなに歩く事はない。

 腹筋というのは大切よね、とはこういう時に思う。そういう意味では、子供を産む時に帝王切開をした時よりは楽だったかな。術後の鎮痛剤もそこそこに、腹を押さえる事を筋力の足しにして起き上がっていたのを考えると、今は横向きで起きたり出来るわけだし、コツを掴めばそう大変でもない…。

 さぁ、普通に起き上がれるようになった。暇だし、本腰入れてビデオ観るか、とテープを再生したら、笑う時は腹筋だけじゃなく横隔膜から下全部を使うんだって、初めて実感したように思う。
 涙が出る程可笑しいんだけど、手放しに笑うと傷口が開きそうに痛い。何しろ、笑いを逃がすってのに手間くって、3時間の番組を3日かけて見終えたっけ。

 『お風呂場迄笑い声聞こえるんだけど』という娘。いーじゃん別に聞こえたって。あんたの事を怒鳴ってる時にも近所に丸聞こえなんですよー。

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群馬県 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 群馬県
「今日は「群馬県の日」だそうです。群馬に行ったことはありますか?」
 群馬といえば、頭文字D・藤原拓海君の故郷じゃあないですか。

 子供が幼稚園に入る前だったかな。うちは娘が1人なのだが、車大好き少年のお友達から、深夜に放送していたアニメビデオをコピーしてくれとお願いされたのが出会いである。

 ダビングの様子を見ていた主人が
『なんで頭文字Dがここにあんの?』
『近所の子に頼まれちゃって』
『うちのも作って』
『……』
 アニメはともかく、漫画レベルでは、車好きで知らない人はいないような作品であったらしい。私の中では、しげの秀一さんの作品は『バリバリ伝説』で終わっていた。あれ?そういえば、主人の会社の先輩んちのお子さんの名前、
『拓海君だったよねえ?将来、走り屋にしたいのか?』
確かに、藤原拓海から取ったらしい。

 このアニメは、オープニングに力を入れているのか、やたら長い…という印象である。加えて、前回の回想シーンにも結構な時間を割いていて、ついでにエンディングとかも省いちゃって本編だけにしたら、結構短く済むんじゃあ?といつも思いながらダビングをしていた記憶…。

 拓海君を初め、それぞれ出演者が、アニメの中では標準語で話しているので、群馬らしさは少しも感じられない。
 群馬は通り抜けた事しかないが、主人の父の田舎が栃木なので、似たようなイントネーションであると想像する。それを踏まえて見ると、うふふな作品である。

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サーカス (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ サーカス
「今日は「サーカスの日」です。サーカスを観たことはありますか?」
 毎度毎度、色々な記念日があるもんだ。365日なんかしっかの記念日なんだって知ってた?コジツケにしろ一応根拠がある模様。ちなみに私の誕生日は?…米騒動の日なんだって…。

 さて、サーカスの日。1871年の今日、靖国神社で、フランスの「スリエサーカス」が日本で初めて洋風のサーカスを興行したそうな。

 サーカスは、残念ながら観た事がないが、昔、さだまさしさんが好きでコンサートには2度行き、LPレコードが出れば買い、自らが主演し主題歌を歌ったというので観に行ったのが、1980年の映画『翔べイカロスの翼』である。
 これを機に、もう一度見てみたいと思ったのだが、ビデオ化されていないらしい。
 しょうがない…Youtubeで探して、ウン十年ぶりにシミジミ曲に浸ってから記事書くか…

 カメラマン志望だった栗山徹さんという方が、写真を撮る為に訪れたキグレサーカスで、その世界に魅了され入団し「ピエロのクリちゃん」として愛されるようになった。しかし彼は、綱渡り中に落下し、28歳の若さで帰らぬ人となったという、草鹿宏さんの同名ノンフィクションの映画化であった。
 本編は、正直よく思い出せないのだが、共演されていた原田美枝子さんは、当時、笑わない女優やらせたら右に出る人いないんじゃあないかって位無愛想が似合う人で、当然この映画でもそういう役柄だったような気がするが、ラストシーンでクルリとこちらに向いて視線を下にやり、風になびかせた髪が印象的で、エンドロールと共に流れる『道化師のソネット』に泣いて帰った27年前なのであった。

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日本て平和

 朝青龍関の時にも思ったけど、朝やお昼や昼寝前のワイドショー枠ならまだしも、夕方のニュースと同じレベルで、あっちこっちに中継繋いで、亀田拳闘一家の騒動の一部始終を流してるなんて、ほんと日本てつくづく平和だよね。

 あの日、最初っから試合を観たわけでも興味があったわけでもないんだけど、たまたま主人がチャンネル変えたら、例のチャンピオンを持ち上げて『見直し本舗』が画面を覆う少し前だった。
 だから、なんでそういう事するに至ったかは、試合の流れを見ていないので、よくわからないが、ボクシングで持ち上げてはいけないのくらい、ど素人でもわかりそう。

 私自身の個人的好みで言えば、ああいう亀田さんちみたいなヤンチャな人々は決して嫌いではない。強がり、ハッタリ、遠吠え?雄叫び?おおいに結構。男はいつまでも小僧の部分を残してナンボだとは思うが、それが全てではアカンなー…。

 彼は、試合前の記者会見で『負けたら切腹』すると豪語し、相手にもそれを約束しろと言っているが、もし、彼が勝っていたなら、試合後、相手に切腹を望んだろうか?多分望まないと思う。それは、彼が、その『切腹』の度合いを、『自分は、そのベルトを死ぬ気で取りに行くつもり』なのだと言い換えているからだ。勿論あの時点で自分が負けるつもりで話していないし、相手にもその位の意志を見せて欲しい気持ちの表れだったのではあるまいか?
 そして、もしも彼があの試合に勝ったとして、試合後、相手に切腹を強いたなら、この国にはそれについて罪を問うきまりがある事を知っているはずなのである。

 同時に、彼のその大見得を聞き知る人が、試合後彼に『切腹しないのかよ』というのも、決して彼の切腹ざまを観たいからではなかろう。彼らが見たいのは、本人とその周りを取り巻く人々の、今回の件への『けじめ』の他ならない。

 だから、試合後、部屋に何日灯りが点かなかろうが、彼自身の手で頭を丸めようが、夜中にひとり出刃包丁を見つめようが、第一そんな反省を、当事者と同じ立場である父親がマスコミに向かって言う事自体、言い訳だとしても幼稚過ぎるし、知ったこっちゃない。

 あなた方は、自分がした事に対して、例え石を投げられても耐える事が反省の形だし、公の場にきちんと出たなら、何の飾りを付けずともいい、たった一言『すみませんでした』と謝れば、見直す人も出たように思う。

 メディア側にしても、もちあげる時には『大人の男扱い』をし、過ちを犯したら『まだ未成年』?『若いし、先があるから』?
 まっすぐで単細胞だから、踊らされちゃったんだよねってのを、本人達も早く気づくべきであったと、今更ながら気の毒に思うが、彼は、未成年であっても、自分の実力に金額をつけて売って、人様からお金をいただくプロであり、彼が業とするのは、生きるか死ぬかをかけた喧嘩ではなく、ルールを設け、リベンジも有り得るスポーツなのであるという事も、いま一つ理解の範囲外だったのかもしれない。

 勝っても相手に手を差し伸べ、負けたら潔くそれを認め、そして、もしも過ちを犯したなら、すみませんでしたと言えるのがプロなのだ。お金を戴くというのは、膨大な富を得るより前に、そういう事なんだって、お父さんにもわかっていなかったような目の色をしていたのが、大変印象的であった。

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地底人がやってきた

 テレビが壊れて1週間と少しが経過。36インチの何も映らない、単なる箱と化したテレビの上に、娘の部屋にあった15インチの液晶画面を乗っけて凌いでいた我が家に、やってきました東芝REGZAの46インチ。
 庭で箱から取り出した時には、大した大きさに感じなかったけれど、所定の位置へ置いてみると、やっぱデカいっす……。

 うちの住宅地は、共同アンテナなので、もう玄関先まで地底人(ちでいじん)君、つまり地上デジタル放送はやってきていたわけなのだが、何しろ、映せるもんがなかったので、その存在感は何もない。
 だってそれまで、うちの12年ものの36インチブラウン管テレビだってまだまだ捨てたもんじゃあないって思ってたし、もしも壊れていなければ、ギリギリまでアナログで行こうと思っていたのである。

 また、この1週間ちょいなんて、勘で観るしかないような旧型液晶画面を眺めて来たわけで、ちょっと斜めから観ると、どのシチュエーションも陽が落ちて灯りをつけていないような感じになっちゃうのだ。
 実際、マッタリ~ナ→ホッコリ~ナ→OKINAWAのテンポ宜しいCMに出演してるのが、柴咲コウさんだって判別が出来ないのに、ヘーイヘイヘイヘーヘイって歌だけ一緒になって歌ってたのが、大きな画面でじっくり観た後、主人が『あ~これ柴咲コウだったんだ』って呟いたのを受けて『私も今初めてわかったよ…』と白状した程である。

 配送の方がセッティングして下さり、NHKの国会予算委員会が映った時、画面が大きい割に荒いのを感じて、なんだぁこんなもんかって思ってたら、カチッと『これが地上デジタル放送です』と切り換えた瞬間のセンセーションったら無かったね。
 『すんごい綺麗なんですねー』
 『皆さんそうおっしゃります』きっと、こういう人は、設置する度に同じような感想聞いてるんだなーと思った。

 デカイのに軽い。私1人でも動く。家電品を買い換えると、時代の進化を感じずにはいられない。

 冷蔵庫を買い換えた時、ガワは確かに大きくしたけど、内容量が凄く充実した。洗濯機の容量も倍近く増えたし、電子オーブンレンジなんかテーブルがターンしなくなった。エアコンはコンパクトになったのによく冷える。んで今回はテレビでしょ、これで、ほぼ一巡した模様。

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沢尻エリカさんという人を

 数年前、『パッチギ!』を映画館で観てから、沢尻エリカさんという人にとても魅力を感じていた。あの映画の中の彼女は、今のような大人っぽい、時として人を跳ね除けるようなイメージではなく、どちらかと言えば人懐っこい可愛らしいお嬢さんに映った。けれど時折、ふと投げる視線に、今を想像しなかったわけでもない。

 次に彼女の存在を確認したのは、キシリッシュのCMだったろうか。頭全体を大きく膨らませるようなスタイルのウィッグが、バービー人形を小柄にして現れたようで、色っぽいというよりは、布袋寅泰さんの歌に出てくる『バンビーノ』に出てくる小悪魔を彷彿させた。

 その他、カネボウのSALAでも、スバルの軽自動車でも、ペプシNEXでも、私はいつも、それが彼女だって確信出来る迄、少し時間を必要とする。それは多分、ここのところテレビに出ているお嬢さん方が同じような『くっきり美人』なせいもあるのだろうが、彼女が服やシチュエーションによって、変化するからなんだと思う。

 今朝、フジテレビの『とくダネ!』の単独インタビューで、彼女の仕事に対する思いや考えに触れるのを見て、改めて彼女に魅了された。
 それは、昨今世間を騒がせた舞台挨拶の前日に撮られたもので、そこにいる彼女は、自分が記事にどう書かれても、それは全然構わない、そう書かれるには、僅かであれ自分側に書かれる要素があったのだろうと述べている。
 それは、自分が自分の足で立っているという自覚と自信が無ければ発する事が不可能な言葉であり、非常に共感を覚えた。
 仕事を語る時の彼女は、ひとつひとつを大変丁寧に答え、画面を通しても熱く、しっかりとした思いが伝わってくる。対してプライベートな部分や素な状態というのは、メディアで公表すべきでないというポリシーを持っている事が伺える。

 であるなら尚更、先日の舞台挨拶での『不機嫌な態度』は、彼女の掲げるポリシーにも反するように思えて残念であった。自分を押し殺したくない、嫌だと思いながらしたくないのは大いに結構である。そうした事を踏まえて受けた、あれも仕事なのだから、何があったか事情は知らないが、舞台裏での精神状態を客や報道の前でさらけ出すのは、表現を売る者として、買う側をナメている態度だろう。

 だが私は、あんな表情してても、可愛らしいと思っちゃっていた。だって、子供がプンってしてるみたいで、結果、背伸びした、ただのガキなんじゃんて感想を持つしかない。

 彼女は翌日謝罪のコメントを出したわけだけれど、謝ったのが今後を生きてゆく大人としての良い判断なのかどうか、今朝のフジテレビのインタビューを見て、益々残念に思えた私であった。

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おとといテレビが

 壊れた。。。。あと4年程頑張っていただく予定だったのに。

 我が家のテレビは、この家に引っ越した時に購入した36インチのブラウン管である。12年経った今も大変綺麗に映り、近くで見ていても目が疲れる事もなく、分身の術でも使ったように多重に見える事もないのだが、6年前のある朝突然に、サハラ砂漠の嵐のごとく画面となり、修理に来ていただいた事がある。
 70キロもあるんじゃないかって重さのテレビを、同じ位の目方でしょ?っておじさんが1人で来て、ひょいひょいって上手にひっくり返して、画面の後ろをジュジュってハンダゴテしたら治ったっけ。2万数千円也。
 今回は、画面半分は見えて、音声も来てるので前回よりちょっと症状は軽いのかも。けど、多分出張修理費は前回と変わらないだろう。
 
 だが、何しろ4年後には、アダプターだか何だかを買わないと電波を受取れなくなるテレビである。我が家の性格からして、アダプターが無料で手に入るならともかく、15年以上使ったテレビに買ってつけて我慢できるわけがない。だから、せめてギリギリまで粘って、新世界へ行く というもくろみであったのだ。

 とりあえずは娘の部屋にあった15インチの液晶画面を36インチのテレビの上に置いて接続した。まるで定食屋さんかラーメン屋さんでテレビを見るような角度である。

 さて、プラズマがいいのか液晶がいいのか、真面目にテレビの前で考えてみようと近所の大型電器店に出かけた。
 『いらっしゃいませー!』
 寄って来たのは、うちのブラウン管くらいの厚みのある、ウルトラメタボ店員である。
 『こちらは、縦に圧迫感を無くした横スピーカタイプです!』
 実は、この型の画面下スピーカタイプにめぼしを付けての来店で、それは売切れなのを承知であった。
 『うちね、縦には若干まだ余裕があるんだけど、横に限界があるんですよ。これだと雨戸開かなくなっちゃうの』
 『あー、なるほど!出入りができないんでしたら、1日テレビ見てられますよ』
 敵も然るものである…。この話の間にも倉庫に我々所望のモノがあるかどうか別の人を調べに行かせている抜かりの無さ。
 『お客様のお求めのタイプは3ヶ月程展示した後ですが、箱詰めされて出荷できる状態にあります』
 けれど、いくら3ヶ月の稼動が寿命にさしたる影響はないと説明されても、さすがに目の前に状態が見えない展示品に20万以上出すのは考える。
 この人がすごいのは、私達が立ち止まる所で、すかさず、その画面のセールスポイントを述べるところである。パナソニックVIERAの前で立ち止まれば、VIERAの良さを、日立Woooの前に立ち止まればWoooの良さをバシッと述べる。
 東芝REGZAの前にいる主人を見つけたウルトラメタボ店員さんは、主人の元に歩み寄りながら
 『こちらカッコ良いですよね。最新型ですし、画面周りはピカ1でコンパクトです!』
 表示価格が30万円越えている。
 『実を言うと、MAXが25万なの』
 『なるほど、う~ん、これでしたらポイント還元無しにすれば、相当お客様の金額に近づけると思うんですけどー』
 『ちょっと、他の店覗いてきてもいいかな?主人が他所みてからにしたいって』
 『あーもーそりゃ全然構いません!けど、あと3分待って下さい。お帰りになる前にもうひとつだけ提案させて下さい』
 待つこと3分。実はもう8割方これでいいだろと思っていたところに、
 『あと1万引かせて下さい!26万8000円で』
 『手、打ちましょう・・・』
 というわけで、見事ウルトラメタボ店員さんに落とされた我が家なのだが、納品が待ち遠しい。

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Edit Piaf

 試写会を観たというのは、これで3度目である。
 最初は、高校の時、姉が申し込んで当たった『E.T』当人は仕事で行けず、もったいないからと、くれたものである。
 2度目は『鉄道員』ハガキを使わず、インターネットで申し込む事に味をしめた思いである。銀座迄行って、ハンカチのどこで涙を拭いたやら、鼻水を拭いたやらわからないような状態にして、目を土偶化させ戻った記憶。
 そして『エディット・ピアフ 愛の賛歌』先月終わりのレディスデーに『オーシャンズ13』と『トランスフォーマー』を梯子してクラクラしながら申し込んだら当たった。

 ちょっとわかりづらい構成であった。栄光の舞台に立ち、幼少の記憶に戻りと、酔っ払いそうな流れである。あえて何の説明をせず、走馬灯をくりぬいたような構成でも構わないが、あんなに行ったり来たりされたら、下調べもなく先入観もなく観た人は、理解に苦しむだろう。

 昔、関口宏さんの『知ってるつもり!?』で、結婚式で定番の『愛の賛歌』には『あなたの燃える手で私を抱きしめて』というような甘い言葉が無い事と、エディット・ピアフの名を知り、日本人の声ではなく、彼女の愛の賛歌を聞きたくなってCDを買った。
 
 青空だって私達の上に落ちてくるかもしれない
 地球だって、ひっくり返るかもしれない
 でも大した事じゃない
 あなたが愛してくれれば
 世の中の事はどうでもいい
 恋が私の毎朝を満たしてくれれば
 私の体があなたの手の下でふるえる時には
 重大問題なんぞどうだっていい
 あなたが愛してくれるんだから
 
 世界の涯までも行きます
 金髪に染めもします
 あなたがそう言うなら
 お月様を取りにだって行きます
 宝物を盗みにだって行きます
 あなたが欲しいと言うなら
 自分の国を見捨ててもいい
 友達を見捨ててもいい
 あなたがそうしてほしければ
 ひとがあたしの事を笑ったって平気
 何だってしてのけます
 あなたにそう言われれば
 
 もしもいつか、
 人生があなたを奪っても
 あなたが死んでも
 あなたが遠くへ行っても
 あなたが愛してくれさえすれば平気
 だって私も死ぬのだから
 あたし達は永遠の中に生き
 広々とした青い空の中で
 問題なんぞのない空の中で
 恋人よ
 愛し合うのだから

 神様が愛し合う二人を又結びつけて下さるでしょう
 (対訳:橋本千恵子さん)

 恋人マルセルに聞かせたくてエディットが綴った詩である。残念だったのは、映画の副題にもなっている、結果、彼への追悼の歌になってしまったこの『愛の賛歌』が、ほんの触りしか流れなかったところだけれど、彼女は、この歌を発表してからも、歌のとおり死ぬ事はなく、二人の男性と結婚しつつ、何だかんだと歌う事を捨てられなかった所に共感が持てる。

 それにしても、よくもまぁあんなに似たような人を探したものである。といっても私は、エディット・ピアフのCDを1枚持っているきりで、そのジャケットを見ての記憶でしかないが、この映画の公式ページを観ると、人物像にもこだわった点が述べられているので、あ、やっぱ似てたんだ…と思う。

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お笑いじゃなくても充分笑える

 塚地武雅さんは、どうしてお笑い芸人の道を進むのだろう…。

 昨夜、『裸の大将放浪記』を観た。昔、芦屋 雁之助さんがなさっていた時、実家でよく観ていた。私はそれを横目で観る程度のおつきあいであったが『またやってるんだー』と言いつつ、結局笑って、ちょっと泣かされたりしていた。
 山下清さんという方が実在するのすら知らずにいて、モノクロの映像だか画像で本物を見た時には、あまりのそっくり加減にギョッとしたものである。当時はまだ、上手な絵が素晴らしいと思う年代だったので、山下清さんの作品が写し出されても、感銘は受けず、ふうんと思う自分がいた事も思い出した。

 久しぶりにイキのいい裸の大将を見て、へー…そーかぁ、この人を抜擢するなんてねぇなんて妙な関心をしつつ、11時過ぎ迄見入ってしまった。

 ドランクドラゴンとしての本来のお仕事をあまり見る機会がなく、けれど、私は塚地さんの女装、結構好きなのである。鈴木さんも嫌いじゃあないけど、やっぱ塚地さんかなぁ…。ちなみにモデルの彼女をゲットしたインパルスの堤下敦さんの女装も好きって、変???
 何しろ、塚地さんはトーク番組で笑わしていただいてる方が印象が強かったんだけど、気にして見てみると、色々俳優としての活動も盛んみたいですね。だから昨夜も、どうしてお笑い芸人の道なんだろう…と思いつつ画面を見ていた。
 だって、『裸の大将』なんてやらせていただくようになったら、ライフワークになっちゃうじゃん。また鈴木さんは置いてけぼりなのかと思っていたら、旅館の番頭さん?の役で登場したので、人ごとながら『よかったねぇ』なんて胸を撫で下ろしたりして。
 
 今後も、お二人のご活躍をおおいに期待しておりますー。

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24時間テレビに思う

 ボランティアや、寄付をするという事に、どこか賛同出来ない私である。まず自分、という考えであるからかもしれない。もっと軽く構えればいいのだろうか。イベントに乗って、貯金箱持って、一番近い銀行や、コンビニに行けばいいのかもしれない。けれど、自分に余裕がない上、気持ちまで伴っていないのに、無理した思いつきでその場でした寄付に来年も再来年も縛られるようで嫌なのだと思う。
 毎年、町内会で一律いくらって集金にくる共同募金は、躊躇なく払えるのにね。

 24時間テレビが始まって30年が経つそうである。
 30年前といえば中学1年の夏である。ずっとではないが、所々腰を落着けて観ていたように思う。高校に入り、バイトを始め、私は数年で24時間テレビを卒業し、今年珍しく、起きている時間ずっとテレビをつけっぱなしでいる。

 もう何日も前から、昨日から今日へ続くこの番組の為の前振り企画を目にしていたので、私の頭は随分洗脳されていたし、いくつか観れれば観たい企画もできた。
 昨夜の滝沢君のドラマのおかげで、今朝の私の瞼は土偶状態…。久しぶりに、声を堪えて涙を流す事が苦しくなる程泣かせていただいた。勿論、その前の企画も、一夜明けてからの企画にも、泣かされっぱなしである。だって24時間テレビってのは、そういう番組なんだものねぇ…。
 驚いたのは、滝沢君のドラマを一緒に観ていた主人が、タオルで涙を拭っているのが視界に入った事である。私が癌になった時、ひとり会社から先に戻り、行く先を考えながら『泣いた』というのは、本人から『聞いた』話であり『見た』わけではない。あ、ほんとに泣くんだって思う程、泣いたところを拝見した覚えがない、という主人が…である。年のせいかな。

 色々な人が様々な気持ちを抱えて、それぞれの思いで組まれた、どれも良い企画である事は充分認めるし、だからこそ30年の長きに渡って続いてきたのであろう。
 ただ、久々に落着いて眺めて疑問に思う事も多い。
 
 例えば、カンボジア迄行き、子供を励ましに行くのはわかるが、ナスカで地上絵を描かなければいけない理由はどこにあるのか?数知れない人の協力と、いくらかかったかわからない費用。出して下さるスポンサーありきの企画ではあろうが、日本で描けるような場所はなかったのか?グーグルマップでナスカの地上絵を写し、それと比べたって同じように描けたんだってわかったろうになんて思うのはケチ臭い事なんだろうか。

 橋の下12mの川に小学生が飛び込むのに、飛び込み台まであしらえて、いざって時のダイバー用意した上、欄干を越えさせてからCM挟んでカウントダウンするなんて、コメディアンに要請した企画のように、ひっぱってどうするのだろう。
 新種の深海魚を見つけに行くのに船を出すなんて、他の番組に任せておけばいいのではないか?
 寄付を募る番組である趣旨から少しづつ外れていって、行き過ぎを感じる。

 致命的なのは、徳光和夫さんで、決して嫌いな人柄ではないのだが、周りが振り回されているような気がするので、なんだかこの人には少々荷が重いのでは?と心配になる。生番組なので、不測の出来事は多いと思うが、ベテランアナウンサーとは思い難い場面が多い。
 多分、企画がてんこ盛り過ぎるんだよね。ひとつひとつの企画に気持ちを込めて終えている時間が無いようなせせこましい24時間だが、今年もあと数時間で終わりを告げようとしている。

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憧れのデカ(刑事) (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 憧れのデカ(刑事)
「あなたの好きなデカ(刑事)を教えてください。」
 勿論、永遠のボス、藤堂俊介である。

 昔『太陽にほえろ!』の刑事と『刑事くん』の刑事では、どちらが優秀か?というクイズがあった。答えは『刑事くん』。何故なら、いつも30分で事件を片付けるからというものがあった。でも『名探偵コナン』を見ていても、1話完結だと、なんだか薄っぺらい事件に思えるものである。やっぱ1時間は楽しませてくれないと。

 私は子供の頃、野球と相撲が嫌いであった。8時からのドラマを平気で潰す野球、7時台のマンガを見せて貰えなかった私に許された再放送枠時間から始まる相撲は、父を魅了し、チャンネル権を奪うからである。
 まあ相撲は、ほっといても6時に終わるし、実際、開催期間は短いし、テレビだって1台しかないわけじゃないからいいんだけど、巨人戦は『太陽にほえろ!』の敵だった。

 七曲署ってどこにあるんだろー…と、大の大人が、半ば冗談じゃないような顔つきで言うのを聞いた事がある程に、こぞって見ていた時代でもあった。
 あんな刑事さんは存在しないってわかっても、ボスがこの世を去った今でも、露口 茂さんを見ると『やまさん』だし、竜雷太さんは『ゴリさん』、小野寺 昭さんは『殿下』なのである。

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映画 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 映画
「この夏の映画は話題作が多いですが、見に行きたい(行った)ものはありますか?」
 一番最近では、一昨日『ダイハード4.0』観た。映画館であんなに気持ち良く寝てしまったのは、『ハウルの動く城』と『ゲド戦記』以来である…。
 ダイハードファンの人が読んでいたらごめんなさい。決してつまらなかったわけじゃない事だけは言っておきます。起きていたい気