私も私で生きていきます
昨日の夜、サバンナの動物保護をしている人の活動を見た。
罠の針金を食い込ませたまま、腐りかけた足を引きずる麒麟に麻酔を打ち、横たわらせ治療をしたが、高血圧の麒麟が、長時間頭を下にしていると、脳に酸素がいかなくなるという。
朦朧とした意識の中、何をされているのか判らず暴れる麒麟の針金は、なかなか切るに至らない。
やっと治療が終わった頃、麒麟の目は既に虚ろで、どこを見ているのかわからないまま息をしなくなった。
動物は、死にたいとも言わない代わりに、もっと生きていたいとも思ってないだろう。
足を治療してあげないと、その内立てなくなって死ぬ運命だったあの麒麟だって、普通なら人間に見つかる事なく、ただ足が腐って立っていられなくなる迄昨日と同じように今日を生きて、死ぬ時が来たら死んでいったのだと思う。
そんな姿を見ていたら、先週末、自殺した加藤和彦さんを思い出した。
今日、昼にテレビをつけたら密葬の様子が流れていた。
最後にご同居なさっていたという女性が遺影を抱いていた。
一般の方なのでとカメラの前に立つのを周りが気遣ったが『悪いことをしているわけじゃないから』とおっしゃったらしい。
3回結婚して3回目も離婚していたので、ひとごとながら、遺影を抱いて下さる方がいて良かったと思わずにいられなかった。
加藤和彦さんの名前も顔も、私の中では特別な印象のない人であった。
けれど、残した曲の数々を見れば、どれもこれも耳に残っているものばかりである。
ザ・フォーク・クルセダーズという名前は、ここ数日何度きいても読み慣れないが、『帰って来たヨッパライ』なんか子供の頃、よく真似して歌って笑っていた。
けれどテープを早回ししたというのは、お亡くなりになってから知ったエピソードである。
多分メロディというのは、真面目に長い時間、机に向かっていても出て来ない類のモノだ。
そういう作り出す類のモノというのは、考えて考えて考えて迫りくる時間に潰されそうになっている時よりも、ふと見ている方向を変えた時とか、起き抜けだとか、なんとなく電車に乗って揺られながら広告や、知らない人や、窓の外を流れて行く景色の中で、突如として降ってくるもんだと思っている。
天才と言えども、材料を入れたら完成品が出てくる機械ではない。
何よりも同じ事を繰り返すというのを、ご本人が嫌っていたようだし、何につけても天才だと言われた事がないのでわからないが、『死にたいのではなく、生きていたくない、消えてしまいたい』というのは、ホントは一生のうち誰でも1度や2度は、頭をよぎるのではないか と思ったりする。
おおかたが思うだけか、口にしておしまいの『おまじない』である。
『もうやりたいことがすべてなくなった』
とは、中々言えない。
彼が生きてきた軌跡を見れば、沢山の『やりたいこと』をしてきたのかもしれないが、『すべてなくなった』わけじゃないだろう。
人間て欲張りだし、なんだかんだ自分に甘いし、なんとか生きる事にしがみついてしまう凡人からすれば、やはり、心のご病気が後押ししての事だったのだろうなどと締めくくりたくなる。
身体の方がもう駄目だって何度悲鳴をあげても、立ち直っては出てくる吉田拓郎さんの『僕は僕で生きていく』という言葉が印象的だった。
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