カテゴリー「芸能・アイドル」の4件の記事

おめでとうございます

 と、私の言葉が届くとは思えないが、俳優・阿部寛さんへ…である。

 ちょうど今、夕方前のドラマ枠で再放送している『結婚できない男』の完結編?のような会見であった。
 阿部寛さんといえば、今や2枚目半の代表のような方である。

 かつては、実写版『はいからさんが通る』で『伊集院少尉』を演じた。実を言うと、その映画は観ていないし、若い頃の阿部さんがどのような演技だったかもわからないので何とも言えないのだが、伊集院少尉のイメージには、かなり遠い。勿論、上映当時、阿部さんの今を知る由もなく、背高いし、適任の方が他に思い浮かばないという点で、ぴったりじゃん?と思ったものである。

 私がドラマで拝見した阿部寛さんは、『HERO』と『TRICK』、そして『結婚できない男』…もう、すっかり今が確立されてしまっている。ちなみに全部再放送でお目にかかったものばかり…。

 もしも、ある日、隣の家のドアから、木村拓哉さんや反町隆史さんが出てきたら、反射的に『えええええええぇ』って叫んでしまうと思うのだが、阿部寛さんだったら驚かずに『あ、おはようございますー』って声掛ける事が出来そうな、親近感のある男前なのである。

 今朝、記者会見の様子を見て、初めてセリフ以外の口調を聞いたのだが、大変落着きのある大人の男性であるのを感じた。
 嬉しそうに白い歯を見せて笑いながらの会見が、とても良い印象で、脱・結婚できない男に思わず祝福している私である。

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ボスの日 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ ボスの日
「今日は「ボスの日」です。理想の上司を有名人に例えると誰ですか?」
 『ボス』ったら『太陽にほえろ!』つまり永遠のボス『藤堂俊介』ただひとり…万年係長なんだよね。

 この年になっても、理想の上司を選ぼうとすると、自分よりやっぱ年上の人が頭を巡るわけだけど、実際に長く会社員をしていたなら、自分が好い加減、上の立場にいるはずなんだもんね。人の理想になるってのも難しいもんである。
 中途入社と退社を繰返し、割といくつになっても新入社員として一番下になるのは平気だった。何もわからないのを良い事に、言いたい事を溜めずに言って来た気がする。

 10月16日は『ボスの日』だそうだ。これは、会社を経営していたお父さんの為に『経営者と部下の関係を円滑にする日』として、パトリシア・ベイ・ハロキス氏が提唱して、1958年にアメリカ商業会議所に登録された事が始まりなんだって。
 アメリカでは、ボスを昼食に招待したりプレゼントを贈ったりして日頃の労をねぎらうんだそうだけれど、日本だと逆に奢って貰いそう…。

 有名人で上司だったらいいなという人ねぇ…うーん。最近じゃ『住友信託銀行』の定年後がテーマのCMなんかに出演しちゃってるけれど、長塚京三さんかしら。もう、若い頃なんか、嫌な奴やらせたら右に出る人いないんじゃあないかって、ある意味ドラマには欠かせないような役の印象が強く、けれど自分が年取ったせいか、長塚さんの最近の役柄のせいか、何だかとても味わい深い人に映る。

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20年前の

 20年前の7月17日の翌朝、私は弁当に入れる卵焼きを作る為に、ボウルの生卵を菜箸でかき混ぜていて、裕さんが亡くなった事を知った。

 鶴見の総持寺にはまだ行った事がないが、小樽の裕次郎記念館には6年前に行く事が出来た。
 トイレの中まで『銀座の恋の物語』が流れる、いかにも…という感じのところなのだが、廻り終わった私は、なんだか暫く、涙が止まらなかった。
 ひとつひとつ並べられたものにつけられたコメントが、まき子婦人の語りかけになっていて、何かそれが、切なかったから。
 一言で言えば、ばかだなー…に尽きる。反面、こんなに一途に1人の男性を愛している事を素直に表現できる人生が、羨ましかったのである。

 私は、彼らについて、メディアを通じて伝えられてきた事しか知り得ないから、その中で思い考えるしかないのだが、まき子婦人が裕さんと歩いた道は、決して平坦でも楽でもなかったと思う。けれど、やっぱり幸せだった事を信じたい。
 あの記念館を観て、私は、まきこ婦人の裕さんへの思いは、夫というよりも、血を分けた子供のような感覚に近かったのではないか、という感想を持った。舐めるような愛情も、張り裂けそうな暴言も、繰り返される過ちも、全て受止め、受け入れられるのは、親子だけだと私は思う。

 多分、生きる事に執着を持っていたのは、裕さん本人ではなかったような気がする。彼を生かす事に並々ならぬ執着があったのは、まき子婦人の方だったのではないのか。
 いつも彼が格好よく立っていられるように、影から支える事が彼女の生きている証であり、最期を看取り、後世に語り継ぐ事は、北原三枝として彼女が、裕さんに見初められた時からの運命だったのかもしれないとすら思う。
 やっぱり、男女の愛よりも母性愛が強かったように思う。だから『ばかだなー…』の『ばか』は『親ばか』のばかの事。
 
 十七回忌。品川で行われたイベントに参加した。抽選だったせいだか、会場に行って記念品を戴く時に『おめでとうございます』と言われたのを覚えている。
 そう、往復ハガキで応募という企画だった。テレビで募集を観た主人が、『こんなもん当たらねーだろーよなあ?』と冷やかし半分に言うので『そりゃ送らなければ当たらないよねえ』と返事しておいた。後日、ご招待の返信を見せたら、相当驚いていたっけ。しかも、1枚しか出さないってところに、かなり面食らっていたようである。

 そして、7月23日のまき子婦人の誕生日を共に迎える事なく、裕さんが逝って20年が過ぎた。私はそれを、娘の弁当の卵焼きを作りながらテレビで知った。

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終わってみたら素敵でした

 藤原紀香さんという女性を、正直あまり好きではなかった。好きではないというと語弊がある。他に埋もれる事のない個性と、美しさを持つ女性であるという事以外、知らなかったのだと思う。そして、その個性の部分に、きっと私は共鳴できなかったのだろうと思う。
 陣内智則さんの事も、お二人がお付き合いをしているという事が報道される迄、特に注意して観る事はなかった。特別に目立つ類の芸をするわけでも、普通以上の笑いを取るような人にも見えなかった。

 お二人がお付き合いを認め、色々な報道をされたり、番組で話題になっていても、なんだか興味の外の話のようで、相変わらず、ふーん、へー、そうの粋を超えず、だから昨日、日本テレビが独占中継をしているのを家族が観ていても、私はご飯の支度をしていて平気だったのだ。
 我が家の遅い晩御飯の支度が整った頃、画面では、ムーディ勝山さんがしきりに受け流しているところだった。やがて、陣内さんのピアノ『永久にともに』が流れ出し、気づいたら一緒に泣いてたという次第。
 超がつく位豪華で、華やかなのにアットホームな式だったと思う。

 披露宴というのをしたいと思った事がなく、2度結婚式を挙げながら、2度とも結婚披露宴というのをしていない。結婚式は形や規模はどうあれ執り行うものだと思うが、披露宴ってどうよ という考えだったからである。
 それは、恋人関係の卒業式であり、これから共に老いる迄一緒にいる為の覚悟を確認する式であるのに、あたかもゴールのように、ここが最高点のように考える『結婚』に賛成出来ない事への、ささやかなる反論の表われである。

 今回の披露宴には、数々のサプライズが用意されていた。郷ひろみさんの『お嫁サンバ』もそうだけれど、陣内さんのピアノ弾き語りによる歌のプレゼントもそうである。
 そもそも、紀香さんのウェディングドレスも陣内さんには、当日その瞬間迄1度も見せなかったという。8メートルに及ぶ長さのマリアベールは見事だったなー。ドレスも純白ではなく、淡く染まったクリームローズがとても綺麗で、マーメイドラインは限りなく紀香さんっぽかった。
 この姿をサプライズにするのは、陣内さんへの最高のプレゼントだけれど、バージンロードを娘と歩くのはお父さんの夢だったとか。最後、紀香さんが読む手紙を聞くお父さんの姿が、私にはとても印象的だったし、早口で手紙を読む紀香さんが、かわいく感じた。そして、その横で涙ぐむ陣内さんを、なんだか、とてもかっこよく、逞しく思う私がいた。

 きっと新たな藤原紀香ファン及び、陣内智則ファンが出来た日だと思う。
 そして、結婚したいって思う人も増えたんじゃないかな。披露宴も悪くないじゃん…って思えたひとりとして。

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