カテゴリー「環境問題」の8件の記事

予防の国?

『桜前線』や『人の噂』とは違った広がり方なんだろうが、このまま北上して来ないはずがない『新型インフルエンザ』。

今や、ドラッグストア、ディスカウントショップ、スーパーマーケット、そして多分コンビニも入荷したと同時に陳列する間もなく売れてゆくのであろうマスク。
昨日も、いつも行くドラッグストアの店員さんが
『マスクの箱開けたと同時に、いっぱい手が伸びてきて』
と、驚いていた。
幸いうちには、1年中紙マスク愛用の娘がいる為、100枚入りというのを見つけた時、単なるお得感に負けて購入し、つい先日義母にも60枚入りというのを進呈してある。

この新型インフルエンザを、なんとか水際で食い止めようとしていた頃、最初に疑いが出た高校生が住む地から、どれ程離れているのかわかりようもないが、決定なら県下一斉に休校となる範囲内であり、どの程度の力を持つウィルスなのか見当がつかないという点で、じわじわと国内で広がりを見せている今より驚異であったように思う。
最初の疑いがある高校生が出た朝、学校へ行く娘に
『とりあえずマスク持って、うがい、手洗い、むやみにあっちこっち触った手で顔を触らない』
事を言いつけるしかなかった。

この高校生は空港での検疫がまだ強化される前だったから仕方がないとして、もし自分達が、次にいつ行こうと計画を立てらるかどうかわからない海外旅行を、取りやめる勇気を出せたか問われると即答し難いが、なんで、こんな騒ぎの中、自分が持ち帰らないとも限らないのに、仕事ならともかく、遊びに出かけるかなー・・・とは思った。

いずれにしろ潜伏期間というのを考えると、水際で防ぐというのは、無理だったのだろう。

それにしても、もう、どこで誰がという状況ではない中、今回は、あれ?そんなでもないんじゃん?というモノだからいいけれど、これがもし、ホントに大変な力を持つウィルスだったら、どうなっているのだろう。
りっちーさんのところでもおっしゃってるように、『明日から』だとか『今日の午後から』休校、それで大丈夫なわけがない。

だいたい、休ませた学生達は、街中を徘徊しているというではないか。
外で見つけた子供という子供をしょっぴいて隔離とかしないのなら、学校を休ませる意味なんかないし、ふらふらどこに行くかわかったもんじゃないのなら、強制的に学校に行かせていた方がまだましというものだう。
子供だって、決しておばかさんばかりなわけではない。
境界線が市町村だとか都道府県単位とか言ってるから、危機感を感じる事が出来ず、好き勝手に行動するんじゃあないのか。

発熱相談センターにも、発熱の相談ではなく、マスクが買えないけど、どこで手に入れたらいいのかなんて電話があるらしいし、自分を含め、本当はどういうもので、どうしたらいいのかって、わからない人が多いのだと思う。
そのマスクも、最初は『予防にも大変効果がある』ような事をどこでも言っていたが、売れすぎて取り合いパニックを防ぐ為もあるのか、昨日今日は『飛散を防ぐのには効果があるが、予防にはあまり効果がない』と多く聞く。

ちなみに、昔、初めて日本に保険商品を持ち込んだ外国人が、自分が風邪ひいてもいないのに、やたらマスクをしている日本人を見て、『こんな予防の国なら売れる!』と確信し、この国の保険が栄えたそうである。

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暖房の設定温度 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 暖房の設定温度
「今何度に設定されていますか?」
 設定した通りに暖かかったり涼しかったりしたら、絵にかいた餅でも満腹になれそうである。

 我が家は石油ファンヒーター派なので、冬は、灯油を買いに行くという仕事が増える。
 灯油を買いに行くのは車があるし、特に苦にはならないのだが、ここ数年灯油が高いのには、泣きが入る程である。

 灯油の値上がりと共に、私のPCの位置はダイニングキッチンと居間の境から居間の窓際に移動した。境に置いていた頃は、一度石油ファンヒーターをつけたら春になるまで火を消した生活に戻る事が難しかったが、現在は、日中は陽射しがあれば猫になりそうに暖かいので、消している時間もある程である。

 それにしても、今年の灯油の値段は、数年前の3倍である…。
 頭の上から来る温風が苦手で、エアコンは夏しか使った事がなかった我が家も、今年は併用を決めた。
 朝晩は石油ファンヒーターを使い、その他はエアコンを使っている。

 さて、その設定温度であるが、石油ファンヒーターでは20度、エアコンでは25度から27度。
 今朝あたり冷え込んでいるので、設定20度でも室内温度は19度から上がらないので今21度に上げたところである。

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愛煙・分煙・嫌煙? (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 愛煙・分煙・嫌煙?
「分煙化が進んでるタバコですがあなたは愛煙家ですか?嫌煙家ですか?それとも分煙ならOK派ですか?」
 私の母がヘビースモーカーで、最初に煙草を悪戯に吸ってみたのは中学2年で『わかば』であった。勿論吸ったというより、ふかした程度。
 高校の頃は、親の前と外でなら吸っていた。自分の部屋で吸わなかったのは、部屋が煙臭くなるからである。
 煙草の煙というのは、吸うのは美味いが、吐き出したものを吸うのは煙いだけでなく、身体に悪い。
 これは、自分が吸っていた頃も常々思っていた事で、出来れば、換気がしっかりした場所で吸うのが望ましい。いけない事かもしれないが、空気が澄んだ自然の真ん中で吸う煙草の美味さってのは格別ではないのかな。

 何年か前に、ファミレスに行った時、家族で座った席が、禁煙席だったにもかかわらず、喫煙席との境目で、換気口の位置が悪いのか、多分、こっちの席のが煙いよね…という感じであった。
 分煙というのは、場所を分けただけでは、意味を成さない。せめて仕切りではなく、壁が欲しい。

 最近よく目にするのは、喫煙所と称した狭い部屋であるが、あの中は、足を踏み入れた途端に病気になりそうな状態である。いくら愛煙家であっても、ここで吸いたいとは思わないのだろうが、ここでしか吸えないという点で、ここで吸うしかないんだろうなぁと察する。
 ああやって肩身を狭くし、煙草吸うのをやめさせようという作戦なのだろうか。

 人が吸うのは止めないが、自分の吸わない煙の匂いが、髪や服につくのは大変不快である。

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合言葉は…ダメ。ゼッタイ

 昨日、『許しません、白い粉』と題された講演会に行ったのは、勿論自主的ではなかった。数週間前、町内会の会長さんが直々にチラシを持って我が家にいらしたからで、つまりは義理である。それも数日前迄は、仕事にカコつけて行くのをやめようと思っていたのだが、たまたま、もう1人町内会に義理を感じる立場の人と、電話でお話する機会があり、その方と
 『やっぱ、行っとくかぁ…』という結論。

 『ダメ。ゼッタイ』は、昨今、何人かの芸能界の方が逮捕されたり、大学生が寮の押入れで育てているのが見つかったりといった、不正薬物の乱用を防止しようという運動である。
 これから1人で色々な所へ行くようになるという子供を持つ親の立場としては、ひとごとではない危機感はあっても、開演は午後2時。税関からいらした講師の、睡眠導入に効果的な声が浪々と響く中、前半は眠気を逃がすのが精一杯だった。

 ちなみに前半の話は、税関の役割、紹介、講師ご自身の仕事っぷりの紹介といった内容で、どうにもとっつきにくい上、盛り上がりに欠けるものであった。
 さて後半、本筋に入ったあたりで、席のほとんどを占める、お達者クラブの方々の目も覚めた模様…。
 こんな時にそんな事を関心するのもどうかと思うが、お年を召すと(か、どうかは定かではないが)居眠りしていても微動だにしない人がほとんどで、やや不自然に顔を下に向け、みんな静かに目を閉じているのみ…実に羨ましい…。

 ともあれ、自分の生活に馴染みがあってはならない物の話だから、知らなくて当然かもしれないのだが、ニュースやドラマの中で聞き覚えのある、『覚せい剤』『大麻』『コカイン』『ヘロイン』というものには、各々いくつもの通称がある。『シャブ』『マリファナ』だったらまだわかるが、『チョコ』『アイス』『スピード』『エクスタシー』なんて、ちょっと聞いただけでは、それとは判断できず、面白半分に手を出してしまいそうなネーミングに驚かされた。

 使用方法も、注射器を使ったり、吸ったりと、古典的でいかにも、といった方法だけではなく、錠剤の物もあり、ほんとにお気軽に、サプリメントでも飲むように摂り入れる事が出来るそうである。
 しかも、その錠剤、最近特に若者を中心に急激な広まりをみせているという『MDMA』は、綺麗で美味しそうな色合いであるのとは裏腹に、たった1度の服用で脳を完全に破壊してしまう、大変恐ろしい物であると聞いた。

 人の身体には、体内に入ってきた薬の良し悪しを判断する機能がない。たった1度の好奇心でも、身体はずっと覚え続け、精神と共に薬物への依存性を失わないのだと言う。
 だから、『ダメ、ゼッタイ』なのだ。

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地球温暖化(今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 地球温暖化
「これから暑い夏が来ますか、あなたがしている地球温暖化対策を教えてください。」
 夏…大がつく位嫌い。初夏より残暑のがしんどい。まだ暑いまだ暑いって毎年過ごしているような。
 年々暑さに耐えにくくなっているのか、年々地球の温度が上昇しているのか…両方なんでしょうねぇ、結局。

 地球温暖化対策ですか?そーだなぁ。はりきって参加していないという事だけは確かでしょうか。日々憂いつつ、どちらかと言えば、何の対策もとっていない。

 考え方の根本に『私ひとりが何をどうしても』というものがあるような気がする。
 例えば、ゴミを分別して出す事。
 例えば、レジ袋を使わない事。
 例えば、詰め替え製品を買う事。
 例えば、エアコンをなるべく使わない事。
 例えば、できるだけ車で出かけない事。

 ただ、それが決まりになってしまうと実行しやすい事は多い。
 ゴミの分別を例に上げれば、何でも月水金に持って行ってくれているうちは、どこのスーパーで牛乳パックや肉パックを回収していようが、協力しようとは思わなかったが、今は住んでいる地域の分別が始まり、分別する事を面倒に感じなくなった。
 もしも回収場所が最寄のゴミ収集場所ではなく、特定スーパーの指定された場所になったとしたら、私は従うだろうと思う。

 レジ袋にしてもそう。今は、自宅のゴミ捨てに便利だし、それを回収してくれるから、まだ使っているが、もし、明日から1枚何円かで販売されたら、ゴミ袋を買うのとどっちが安上がりか計算して選ぶだろう。
 もしも、毎日出す生ゴミの量に制限が付いたら、制限内で抑える事に工夫をするだろう。

 日用品のレフィルにしても、今は、レフィルの内容量より通常品の内容量の方が多い上、そっちの方が安い時まである。通常品よりも明らかに高いレフィルでは、買う事にとても勇気を感じてしまう。やはり地球レベルのエコよりも、家計の財布の方が大事なのである。
 そもそもが、作って売る側にも問題があると思うのは変だろうか。ゴミを減らせと言いつつ、新しいデザインの中身付きパッケージは増えてゆく。パッケージは無い人、必要な人だけが別口に買うという事にしてしまえば良い。
 業務用、大容量の方が徳なのは理解できるが、既存のものをまとめ売りする際、個別包装の上からまた包装するような売り方も、是非やめて戴きたい。

 と、いうような文句や意見は次から次へと出てくるものである。

 私は、昼間家にいる生活になって、日中はエアコンをつけないようにしている。なるべく風通しの良いところに行き、風がない日は扇風機を廻し過ごす。
 地球に対してではなく、汗をかかない自分に対して代謝を促す為でしかないが…。

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くじラブ・ワゴン

 クジラというのが哺乳類なんだというのは、とりあえず知っているが、海で生きる大きな魚ではなく、お魚の格好をして、卵じゃなく胎児を育て、子供の形で産み、お乳で育てる程度にしか考えていなかった。
 東京海洋大学には、昔のクジラの骨が展示されている。クジラの先祖は陸で暮らしていたのだが、海を選び海に移り住んでいった。だから、展示されているクジラには腕の骨があり、その先には指の骨があり、しかも5本分あるものにヒレの肉がついている。そして、骨盤がある…よく考えたら、子供を子供の格好で産むんだから当然か、とは思うのだが、クジラにも骨盤かぁ…

 一生懸命、陸へ陸へってきた動物もいれば、海へ海へっていった動物もいたんだなあ というのが感想である。
 クジラには、ぴゅーっとシオを吹く絵がつきものだが、あれはクジラの呼吸である。1時間に1度、ぴゅーっとすると10mにも及ぶそうだ。目はラグビーボールくらいあるけど、ほとんど見えてるうちに入らないから、音で感知するんだって。イルカも音で話し合うんだよね。なんか賢そうなイメージである。

 クジラは、もともとは、暖かい赤道付近で繁殖して、夏になると南極へ食べ物を求めて行くそうな。体温は人と同じ位。脂肪も人みたく厚いそうで、冷たい海にでもいけるのである。そこに人が行って、捕っちゃう点が問題となっているわけである。

 この『くじラブ・ワゴン』というのは、私達のクジラへの意識を改めようという企画である。絶滅の危機にあるクジラを守ろうというもの。
 私は、クジラの竜田揚げ世代なので、クジラというのは、その全身捨てる所がない貴重なものだと習った。実際、旨かったので、また食べる機会があれば戴きたいと思うが、クジラに限定して、すごく食べたいようなものではない。かといって、全面的に守らないといけないものなのか、となると大賛成は、ちと考える。
 けれど、この考えるというのが実は大事なのだと思う。このネットTV番組『くじラブ・ワゴン』は全部で10話。皆さんも1度考えてみては如何。

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くじラブ

 小学校の時『くじらぐも』って習ったな。体育の時間にジャンプしてたら、くじらの形の雲に乗ってしまう話。ジブリ美術館では『くじらとり』というショートアニメーションを観た。これまた私の好きな大村百合子さんが絵を書いている、幼稚園が舞台のかわいいお話である。文は共に中川李枝子さん。中川さんはくじらのお話がお得意のようである。
 給食でよく出た『鯨の竜田揚げ』大好きだったなー。多分、鶏の唐揚げなんかより、ずーーっと好きだった。ころんころんに硬い、歯固め?みたいな肉だった。また、最近時々スーパーマーケットの食料品売り場でお目にかかる『鯨のベーコン』は、私は未だにどうにも馴染めないしろものであるが、実家では父の大好物だったから、よく食卓に上がった。

 私が鯨について知ってる事は、こんな程度だけれど、山村浩二監督のアニメーション『校長先生とくじら』は、現在、世界でただ1国、南極のクジラ永久保護区で捕鯨を続ける日本を考える物語である。
 暖かい雰囲気のアニメーションの中で、シュールに展開してゆく物語は、ふんわりしながら、最後まで目が離せずに終わりを迎え、間違いなく何かを考えさせられる。
 戦後の食糧難時代に重要なタンパク源としてクジラの肉を食べていた日本人、マグロが大好きな日本人。捕らないで守るだけがいいとは思えないが、確かに共存は必要なんだよね。鯨やマグロを思う人も思わぬ人も、1度見てみては如何だろうか。
動画
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地球の悲鳴

 私は、政治や経済の問題には、特に興味も意見もないから、選挙があっても白紙を出しに行っている人だ。
 誰がやったって同じじゃんと思えて、結婚前は投票にも足を運んだ事はなかった。出しても出さなくても、私1人の意見なんか足しにもならないという考えだったからだ。
 結婚して初めての投票の機会の時、主人が白紙と無投票とは意味合いが違うと言うのを聞いて、その時から投票にだけは行く事にしている。

 その、自分に直接ふりかかってこない火の粉には興味のない私が最近思う事。
 やっぱ、このままじゃ、まずい…。

 核戦争が起きて人類がいなくなっても、懐かしいノストラダムスの大予言のままになったとしても、地球そのものが砕け散ったとしても、宇宙のレベルからしたら、誰かが蹴った小石が転がった程度の影響しかないような気はする。
 私は、科学が好きなわけでも得意なわけでもないし、その類の勉強もした事はないから、全て憶測や思いでしか語る事が出来ない。
 でも、地球にも与えられた寿命というのはあるだろう。上手に使っていけば、もっともっと永く住んでいける星なんだと思う。
 今も、降ってくる雨を基に生活をしている人々がいる。その人達にとっては、今より多くても少なくても命取りになる雨だとTBSの『1秒の世界』で観た。
 富士山の永久凍土が減っている。だから将来的には富士山は緑の山になってしまうらしい。しかも、毎年少しづつ崩れていて、そのうちに山自体がなくなってしまいそうだ。
 氷山が解け続け、今年は流氷も形が無いに等しい。その影響で、標高差のない小さな島が地上から姿を消してゆく運命にある。
 反面砂漠が広がり続けサバンナに動物がいない。

 冬暖かいのは確かに過ごし易い。暖房費もかさまない。
 3月の頭に桜が花びらの絨毯となり、東京に雪が降らず、暖冬?ほんとにただの暖冬で済ませていいのか?
 
 こう言ったところで、私は自然のど真ん中に住めるか?と問われると、それはとても返答に困る。車を毎日のように利用し、電化製品に囲まれ、冬暖かく、夏涼しく生活をしている。
 ただ、やっぱり、このままじゃいけないんだ…とひしひしと思う。

 ゴミを分別するのも、スーパーのレジ袋をなくすのも、ひとつひとつは小さな事かもしれないが、やはり小さな事から始めるしかないんだよね。
 私がここに記すのも、知人と茶飲み話に留めるよりは、何かの始まりになるような気がする。

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